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7年ぶりにこのブログを開いてみました☆まだブログが残っててくれたことにまず感謝ヾ(@⌒ー⌒@)ノゆっくり、読み返してみようと思う。それが今の自分と過去の自分とを見つめるよい機会になると思うから。
2013年09月08日
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もし自分が誰からも愛されていないとしたら誰からも必要とされていないとしたら何を力に生きてゆけるだろうか一番愛されたい 必要とされたい自分の愛する人にそう思われなかったら何を力に生きてゆけるだろうかでも自分がここに存在すること自体ただの偶然じゃなくて愛され必要とされている証だと感じることができたなら明日も歩いてゆけるそして自分が愛されているから人を愛することができる自分が愛されているように人を愛することができるだから愛されていないことを嘆く前にまず愛することだ愛する心が愛する心を生み愛する力を生む今ここにいる幸せを大切に今日しかないかもしれない大切なあなたがこのことに気づいてくれるようにともにいられるようにいつまでも今日も明日も上を向いて歩いてゆこう
2006年08月06日
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このことばが必要としている人に届きますように「病者の祈り」大事をなそうとして力を与えてほしいと神に求めたのに慎み深く従順であるようにと弱さを授かったより偉大なことができるように健康を求めたのにより良きことができるようにと病弱を与えられた幸せになろうとして富を求めたのに賢明であるようにと貧困を授かった世の人々の賞賛を得ようとして権力を求めたのに神の前にひざまずくようにと弱さを授かった人生を享楽しようとあらゆるものを求めたのにあらゆるものを喜べるようにと生命を授かった求めたものは一つとして与えらなかったが願いはすべて聞き届けられた神の意にそわぬ者であるにもかかわらず心の中の言い表せない祈りはすべてかなえられたわたしはあらゆる人の中でもっとも豊かに祝福されたのだ
2006年07月12日
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年が変わってしまった・・・(汗)ずいぶんここから離れてしまっていたけどようやく復活できそうだ(涙)今日は妻の誕生日娘といっしょに祝ってあげよう子供の純粋な心はよごれてくたくたになった大人の心をやさしく包み込んでくれる大切なものが何かきづかせてくれる35本のローソクは立たないから8本?(それでも多いけど)あとは花束を!せめて今夜はけんかをしないように・・・
2006年01月11日
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ふと立ち寄った喫茶店気さくなオーナーさんや笑顔が絶えないスタッフそこで思いがけず夫婦の話題に・・・なんとマレさんを知っている(驚)応援エールをもらって店を出た・・・こんなことってあるんだなー感謝!
2005年11月25日
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仕事をしていたら妻からメール!娘が友達とふたりで見当たらなくて探している・・・あわてて電話する。purururururu・・・・・・つながらないっていうか、でない・・・メールで状況きくけど、まともな返事がない!状況がわからん(怒)お友達のお母さんと二人で半なき状態で一時間くらい探し回ったようだ。オレも以前、同じような経験をして探し回ったことがある。薄暗くなるにつれ、焦りと不安がどんどん大きくなってくる。友達のお母さんが警察届けようかって言ってるとメールがあった。警察の前に、自宅前と、共用棟を再度確認してからにしたらと返事。しばらくして発見 のメール・・・ほっとしたけど・・・詳しいこと最後まで書いてこない(怒)まあ、あせる気持ちはわかるからさー。オレが幼稚園年長のとき、3歳下の弟がオレの誕生日会に来ていた友達7,8人をつれて集団迷子になって交番に保護されたのを思い出した(笑)弟は、公園に行こうと言って、案内しようとして迷子になったらしい。歩いて10分くらいの交番だったからなー。ちなみに当時弟は3歳(汗)・・・友達も友達だが(爆)いまでも語り草になってる思い出だ。
2005年11月18日
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「ぐち」を聞くのって難しい。ついつい「それはちがうだろー」って、「ぐちの内容」に意見してしまう。でもほんとは、発散したいだけで、聞いてほしいだけということがほとんど。視点をかえればもっと楽に生きることができるとおもうのだけれど・・・見ていて歯痒く、つい口をだす。男と女の違いなのかなー?
2005年11月15日
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超多忙の3週間がようやく終わり、普段の生活にやっと戻れた♪約半年にわたる長丁場、妻には本当におつかれさまと言ってやりたい。さっそく、きのうは家事オフ(朝だけ?)まあ、自分からオフにしてるとこが妻らしいが。というわけで、6時起きで娘のお弁当作り♪玉子焼きは、失敗・・・味はいいけど見た目はいまいち(ふー)娘は俺の作った厚焼き玉子が大好きなんだ(笑)
2005年11月11日
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先週末は、娘の運動会だった。あいにくの天気で残念!中止にすれば翌日の日曜は快晴だった・・・小雨が降ったりやんだりのなかかけっこや、親子騎馬戦など楽しいプログラムがたくさん♪去年の運動会を思い出すとたった一年でもものすごく成長していると感じる年長最後のプログラムは組み体操と踊り!リズムにあわせて えいさーをおどる♪妻は隣でビデオ撮影オレは一眼レフカメラ(いまどきアナログw)踊っている娘を見ていたら本当によく育ってるなって、涙が出てきた・・・ファインダーのぞいて顔をかくしてた。ふと横をみると妻が泣きながらビデオ撮影してる。そのときの時間ふたりは共有してた娘を思う親として同じときを歩んできたふたりだから同じときに同じように感じたんだと思う。ふだんどんなにうまくいかなくても夫婦であり、愛娘の父親と母親であるこのことは紛れもない事実なんだ!妻はオレが泣いたのは知らないだろうあのときふとまだ可能性はあるのかなってそうであってほしいなって娘の笑顔と同じくらい妻の笑顔がほしいなってそう思ったよ。
2005年10月27日
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結婚式をしていない二人が役所に婚姻届を出すことで夫婦となった結婚について何も知らないまま夫婦になった誓いもなくお互いを深く知ることなく新しい生活が始まったひとつの希望は新しい命の誕生であったそれはもし祝福してくれる人がいなかったとしても神様だけは祝福してくれている十分すぎるほどの祝福であった結婚の学びをせずにあたかも交際の延長のように新しい生活にはいってしまった片道2時間半の距離身重の体籍を入れても別々の生活独身とかわらない環境夫として親として実感はわかず自覚もわかずただ頭で理解するも心で理解せずいまいちど問う結婚とは誓いとは生活とは命を授かる親として夫婦は守らなければならない学ばなければならない多くのことがあるこれから結婚するひとへどうか考えてください学んでください結婚についてお互いがベストパートナーか確かめてくださいこれは相手といて居心地よいということではなくその相手のすべてを受容し自分のすべてをささげる覚悟がその相手に対しできるかということなのです現実を知り違いを知りそれでもなお結婚を選択するときそれは完全な自分の責任になります自分の選択に責任を取れる人人のせいにしない人それが自律です自律したふたりであってはじめて調和のとれたすてきな夫婦になれるのですいま子どもを育てているひとは子どもを受容していますかすべてを受け入れていますか親の思い通りにならないと嘆いていませんかどうか子どもに自分の価値を教えてください存在しているだけで価値がある比べる必要のない唯一無二の存在なのだと親が子どものすべてを受け入れることがその一歩です子どもは親の思うようにはならないものですそういうものなのだと受け入れることです自分が中心だと自分の願望と現実のギャップがストレスになり怒りになりますどうか自己中心的な価値観ではなく相手のベストを考えられる愛をもってください結婚・夫婦・子どもどれも人間に与えられたすばらしい宝物だから妻を愛する喜びは妻がいるから喜べるのですどんな状況もあなたに与えられたベストへの道なのです悲観しなくていい心配しなくいい大丈夫だから
2005年10月21日
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愛することって すばらしい 愛されてるって 感じると 喜びで満ち溢れるから 笑顔に幸せ書いてある 笑顔は笑顔をよんで みんなしあわせな 嬉しい気持ちになる 愛する人の笑顔は なによりのプレゼント それがあったら 生きていける 大きな愛を 心で感じて どんなに 愛されているか 心の扉を開いて のぞいてみよう よろこびの笑顔と よろこびの涙が あふれてくる 愛されているから
2005年10月13日
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もっとも美しい形になることばは「愛」と「感謝」この二つのことばがそろうともっとも美しい結晶となるそうだオレが実際に試したわけではないが「ことば」が人に与える影響は想像以上であることは感覚的に理解している「愛」と「感謝」この水の結晶の話いろいろな意見があるようだがことばの大切さをイメージで理解するあるいは「愛」と「感謝」がこの世界においてもっとも大切なことなんだというビジュアルメッセージとして素直に驚きたいな♪
2005年10月12日
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水の結晶 言葉には 「よいことば」と 「わるいことば」がある 人の体は80%が水である あなたの体の中の水たちは どんな形をしていますか? 水は、結晶になるとき 言葉をかけられると 結晶の形が変わるそうです どうかわるのか あなたの目で確かめて http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Labo/3163/crystals.html
2005年10月12日
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昨晩、妻は実家に娘とお泊り昨日は妻の変わりに娘を習い事に連れて行った妻は家で家事7時くらいに家について一息してから妻と娘は実家へ出かけている間に家が少し片付いていたそして、キッチンにはいいにおいが・・・そう、カレーライス!大好物だ♪でも、二人は実家で夕食のはずということは俺一人のために?♪うれしかった♪最近、手料理食べていなかった気がする冷戦状態で・・・3杯食べたらおなかいっぱいで苦しいでも・・・ひさびさ♪夜は久しぶりにベッドで寝た最近、なかば物置状態の自分の部屋で寝袋くらいのスペースで寝ていたから心地いいでも・・・やっぱひとりの家はさびしい今夜は戻ってくるけど重々しい空気とともに・・・せめて心おだやかに・・・今日の感謝の言葉 カレーライスありがとう Yシャツのアイロンありがとう ハンカチのアイロンありがとう
2005年10月11日
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真夏の砂浜 フロリダの夏の日差しは 容赦なく砂を焼く そんな灼熱の太陽が まだ水平線の向こうに 静寂を保っているとき その青年は長いビーチを 朝の静けさを楽しむかのように 走り続けた やがて青年の目に 一人の老人の姿がうつる その老人はしゃがみこみ たちあがり またしゃがみこむ 青年は見た 老人は何かを投げていた やがて老人の姿は大きくなり 老人が何をしているのか 青年にも見えてきた 青年は立ち止まりたずねた 「おじいさん、なぜ<ひとで>を投げているのですか」 おじいさんは微笑んで言った 「<ひとで>を海に帰しとるんじゃよ」 青年が辺りを見ると 無数の<ひとで>が 浜に打ち上げられていた 「日が昇ったら、<ひとで>は乾いて死んでしまう」 青年は思った 「何匹<ひとで>を助けても、全部を助けることはできないさ」 おじいさんは青年に語りかけた 「たとえ<ひとで>でも、死ぬときには苦痛があるかもしれない。この一匹を救うことに意味があるのだ」 そういうと<ひとで>を次々と海に帰していった 青年は見ていた やがて老人はやさしく言った 「青年よ、このたくさんの<ひとで>は、あなたの友人や周りの人々です。」 「そこに目を留めるかどうかなのです。」
2005年10月11日
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HIROさんの日記より先日の日記で紹介した「大切な命」の公演をされた鈴木中人さんが、ボランティア活動に全力を傾けるようになったのは、大きなきっかけがありました。それは最愛の娘さんを小児癌で失ってしまうという「逆縁」を経験されたのです。そこから鈴木さんは、娘さんの闘病を通して知った小児がんの支援活動に自ら参加し娘さんの「いのち」の意味を、支援活動をすることで自ら感じ伝えていこうと決められたそうです。そのきっかけになった悲しい出来事を本にされています。「いのちのバトンタッチ」という題です。辛く悲しい出来事ですが、そこから何を学び、どんな行動をし、そしてそこから希望を生んでいく、とても清々しい勇気と元気をくれるんです。 今日は出版公演の抜粋を紹介します。 講演 鈴木中人「いのちのバトンタッチ」 地元の学校へ通い、地元の企業へ就職し、社内結婚した。35歳で子供を授かり風景の景を取って景子と名づけた。人生には三つの坂がある。上り坂、下り坂と『まさか』という坂だ。 1992年、3歳の景子がどうも元気が無い。総合病院で診察を受けた。癌だと診断された。自分自身は何が起きているのか良く分っていない状態だった。妻とは一言も言葉を交わさなかった。家に戻って入院の準備をしなくてはならない。でも何も手が付かない。しかし景子ちゃんはいつもの通り。公園に行きたい、ラーメンが食べたいといつもと変わらない。私がやらなくてはならないことは、まず3歳の景子ちゃんに入院の説明をしなくてはならない。家族はバラバラになってしまう。寝る前に説明した。しかし景子ちゃんは自分のことより弟のことを心配した。心臓が張り裂けそうだった。 入院した。3歳の子供には注射ひとつ大変だ。泣く。妻も泣く。 検査の説明や病気の説明もほとんど理解できない。知らない言葉ばかり。病院に小児癌の入院患者は私たちだけ。とても孤独だった。医師の説明では、治る可能性は15%以下と言われ、足が震えた。しかし15%あるなら絶対助けるぞ!と思った。小児癌の専門病院への転院でも悩んだ。35歳の自分は自分のことなら何でも決められるが、景子ちゃんのことは何一つ決められなかった。 自分がすべきことは何か?良き治療を確保すること。生きる望みを与えること。 患者の立場から良き治療とは何か?ふたつの認識すべきことがあると分った。 1.患者と治療者には大きな違いがあると認識すること。治療者側では『死』は日常的なこと。患者にとっては『死』はかけがえのないもの。 2.患者自身が治療者でもある。治療方法を選択できる。いろいろな人の意見を聞いて、納得して治療を選べる。 そして、行動すべきことは次の3つ。 1.医療を勉強すること。 2.現実と向き合う覚悟を持つこと。 3.治療者と良き共同関係を作る。違いがある以上、コミュニケーションを図り良き関係を作ること。 生きる希望を与えること。楽しい明日があることを示したこと。『私、死んじゃうの?』 とつぶやくこともあった景子ちゃんに「早く直してディズニーランドへ行こうね。白雪姫や小人さんに会いに行こうね。」と楽しい明日をイメージさせた。 年末は輸血血液が足りないの治療を中断すると言われた。年末年始はどうしても献血が足りなくて、輸血血液が不足する。それまで良き治療者と家族がいればいいと思っていたが、実は名も知れない多くの献血者などの人にも支えられていることをその時初めて知った。 抗がん剤で髪の毛が抜け、スカートをはいたスキンヘッドの女の子になってしまった。公園でみんなと遊ぶ。普通の子は「じゃあ、またね」とサヨナラをする。景子ちゃんは「ありがとう」といつも言っていた。 医師から保育園へ行っていいよ、と言われた。景子ちゃんは本当に喜んだ。ただ私は心配だった。義務教育ではない保育園や幼稚園は小児癌の子供を受け入れてもらえるだろうか? 保育園では笑顔一杯ですごせた。もちろんすべてみんなと同じことができたわけではない。でも回り皆さんが普通の子と同じに接してくれたことがそうさせたに違いない。 治療は順調に進んだ。もう大丈夫と思ったが、「まさか」は何度もやってくる。最後の最後の念のための脳の検査をした。脳に転移していた。そして骨髄に転移した。 妻と二人で決めたこと。それは景子ちゃんに「輝きのある価値のある人生」をおくらせてあげること。それは海外旅行とかではなく、友達と遊んだり食事に出かけるような普通のことをさせてあげよう。 生活発表会を終えた後、入院。楽しい行事から一転して寂しい病棟。 『お母さん、ごめんね。ずっと病院にいなくちゃならないね』と景子ちゃん。 『大丈夫だよ、私はずっと景子ちゃんと一緒にいられるんだから』と妻。でも妻はずっと泣いていた。 小学校の入学式。5月になると抗癌剤で骨が脆くなってきており骨折した。車椅子で学校へ通った。朝8時半に学校へ妻が送り、夕方から治療し8時、9時になってしまう。お風呂に入って寝るのは10時ぐらいになってしまう。大人でも大変だ。でも一度も学校を休むとは言わなかった。 もう死んでしまうのに、どうしてこんなに頑張れるのだろう? 景子ちゃんは、ただ今できることを一生懸命やっていた。いのちはすごく輝いていた。そしてそのいのちは決して無駄にならない。 9月もう家族旅行も最後ですよと医師に言われ、ディズニーランドへ言った 6月授業参観。本当に辛そうだけど、休むと言わない。初めて途中で帰るといった。 その日なぜか一緒に弟を迎えにいった。「車椅子に乗らない」と車の外へ立ったが歩けない。景子ちゃんをおぶった。本当に軽かった。弟を迎えて、肩越しから手を出して小さくサヨナラ、サヨナラ、サヨナラとよく知っている先生に挨拶した。 その夜容態が急変した。 宿題をやると言って、一文字書くたびにはあ~息をついて書いた。 とても苦しむようになった。申してやれることは何一つ無い。やがて意識が無くなり、うわ言しか言わなくなった。『景子ちゃん、もういっていいよ』親が子供に死んでいいよと言ってしまった。 お通夜で看護婦さんの一言。「命は短かったけど、本当にご両親の愛情に囲まれて幸せだっと思いますよ。」それで救われた。 頑張らなくちゃいけないのではなくて、今でも景子ちゃんと一緒なんだと思うようになった。でもふと景子ちゃんのことを忘れている自分がいる。自分にできることは何か。小児癌の支援活動を始めた。 神渡良平「人は何によって輝くか?」 子供の供養とは、親が生まれ代わること。生まれ変わるとはどういうことか?考えるようになった。 考え方が変わると、出会いが変わる。いろいろなハンデや病気を抱えながら輝いて生きる人たちに出会った。 人は支えあって生きている。 いのちは限りがある。だからこそ今を一生懸命生きる。たとえハンデを持っても、短くても輝くことができる。 人は支えられて生まれて、支えられて育って、支えられて生きていく。 本を読んだ一人の女性から手紙を貰った。「天国へ行った子供を持って幸せでしたね」と言われた。その女性は子供を生むことができなかった。目からうろこが落ちた。子供を持っただけで幸せ。 北海道家庭学校 (北海道紋別郡遠軽町にある大正3年に開設された全国で唯一の私立男子児童自立支援施設)の教会には十字架ではなく、『難有』の文字が掲げられていた。難有り=有難う。 過去と他人は変えられない。未来と自分は変えられる。 自分の旨くいかない原因を外に向けてしまう。でも外に向けても何も変わらない。自分ができることをすればいい。 生き抜く。支え合う。有難う 自分は何をしたら良いのか・・・「いのちのバトンタッチ」 今日話したことは私が学んだことではなく、景子ちゃんやいろいろな人が私に託してくれたこと。まさにバトンタッチ。みんな人生の中には必ず困難がある。それを自分の人生の中に意義付けていく。困難は辛い、悲しい。愚痴ってもいい。でも自分の人生に意義付けることができるのは自分しかいない。 流した涙の分だけ、人は必ず幸せになれる。 公演より抜粋です。 僕が非常に元気をもらうのは、最後の「みんな人生の中には必ず困難がある。それを自分の人生の中に意義付けていく。困難は辛い、悲しい。愚痴ってもいい。でも自分の人生に意義付けることができるのは自分しかいない」っていうところです。ちょっとやそこらの困難はこの言葉を思い出せばへっちゃらです。みんな同じだし、みんな頑張ってるんです。そんなこと思うと、ますます人が好きになりますし、自分も元気になれます。 長々となりましたが、最後まで読んでくださって、有難うございました。 HIROさんの日記よりコピペさせていただきました。自分ももうすぐ6歳の娘がいます。今、この文章に出会えたことを感謝し、これが偶然読んだものではなく、読む必要があったから読むことができたのだと、胸に刻みます。これを読み、さまざまな思いをもたれるでしょう。今、知っていただきたい。選択することができます。生きていることが当たり前だと思い、自分の思うままに生きる生き方と生きている意味が一人一人にあって、その「意味」を全うする生き方あなたはどちらを選びますか?
2005年10月11日
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最近、あまりにも点数低い状態で点数がつけられなかった・・・ でも、試しにつけてみた やっぱりこんなかんじ(涙) まず、点数は低いけれど、自分の心は安定している 軸はぶれていないから 自分ではあわててはいない 正しいことを 正しいやり方で やり続けるしかない 平行線の部分は相変わらずだ 無理にどうこうできそうにないし そうするつもりもない 小競り合いは日々の光景だ ミサイルの応酬もある でも単発でとどまる 最近は、言うことはきちんと言う 間違った意見に対しては、否定する なんでもハイハイ言いなりになって 機嫌をうかがうことが 円満への道ではないと思うからだ ただ、きちんと理解はすること これは心がける 何が言いたいのか 理解していると示したうえで だったらその態度、言い方は違うよねと投げかける お互い ぶつかっても 単発で終わる ぶつかったあとに 理解するからだろうか それと、怒るときに怒りや憎しみに支配されて 気持ちをぶつけることはしない コントロールできる範囲内で怒る ここは怒った方がいいと冷静に判断して怒る 実際は、瞬間的な出来事だけどね 怒りの感情が表に出そうなとき 怒らない いったんこらえて それから怒る これだけで違う ・・・なんか、衝突の話ばかりだな・・・ 実際、なかなか関係は改善していない いまは辛抱 それしかない
2005年10月10日
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何事もない「今」に満足して もしものときを忘れると いざというとき動けない 愛するものを 守れるかどうか 自分がどれだけ危機意識を 身につけているか 娘と歩いている 今、何がおきても娘を 守れるか? 通り魔から守れるか よそ見して突っ込む車から守れるか 大地震がきたら守れるか 歩きタバコの火から守れるか 守るには 何も起きていないときに いかに準備できるかだ 今、自分がおかれている状況を 的確に判断できるか 愛するものを守りたいなら 起こってからでは遅いのだ
2005年10月10日
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愛することが相手のベストを願う心なら相手のベストを知らなければならない自分のベストもわからないのに相手のベストがなぜわかるだろうそうなにがベストかだれにもわからない未来を知らないからだから願うだから祈るそれがベストにつながることをベストへの道を歩むことをもし、それが自分の意と違う道だとしても相手のベストを願いその道を祈るならそれがどんな道でも受け入れる覚悟が必要だ自分がそう願う、願いにすら自分の責任を持ち覚悟を持つことだそれが信じることでありゆだねることだすべて「大丈夫」だからその「大丈夫」を信じて自分の価値観や獲得の要求を捨てて相手のベストを願う今何ができるのか信じて祈るだけ「大丈夫」だから心に平安を怒りや憎しみをすて上を見よう希望を見よう希望があって光がある心で決めること心が決まると感情が変わる心のあり方で感情が変わる自分の人生は楽しくもつらくも自分で選べる「楽しい」「つらい」は感情だから「楽しい」を選んで生きること「大丈夫」な人生は「楽しい」感謝して生きるから愛とは相手のベストをねがうこと
2005年10月09日
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もし、自分の力しか信じられなかったら自分の実力以上のことが望めなかったら困難に直面したとき絶望してしまうだろう自分の力を超えた力を信じそこにゆだねるとき希望が見えてふたたび歩くことができるどうしようもなく絶望的な状況でそれでもなお、希望をもつにはぜったい大丈夫!だと信じることぜったい大丈夫だよ♪大丈夫を信じてごらん!!希望が見えてくるよ!希望は下には落ちていないよ上を向いて歩こういま、傷ついている人がいるかもしれませんがあなたが大丈夫と思っていれば大丈夫♪まず心を守ろう!心を落ち着かせて!
2005年10月06日
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HIROさんの日記より(つづき)昨日のつづきです モンゴル。 牧草地帯の冬はマイナス40度になる。家畜が死ぬと人も死んでいく。羊40頭で人間一人が生きられる。 首都ウランバートル。以前はソ連から7割の国家予算が無償で与えられた。ソ連崩壊でそれがゼロになった。働く場所はつぶれ、失業した大人は飲んだくれた。家庭も社会も荒れた。 子供たちがマンホールの中で暮らしている。暖かいから。外はマイナス30度。暖房をするための温水管が通っているから。ごみだらけの汚水だらけのマンホールの中に子供たちが暮らしている。まず子供たちに日本から服を持って出かけた。マンホールを開けると、子供たちは逃げていく。なぜならいつも大人たち殴られたりしているから。厳しい寒さの中でYシャツ1枚しか着ていない子が居る。なせか顔や耳が傷ついている子供が多い。なぜか。マンホールの中でねずみにかじられるから。ねずみは柔らかいところをかじる。私はいつも世界中どこへ行っても、そこに居る人と同じ場所に寝て、同じ食物を食べる。しかしそこでは眠れなかった。なぜなら眠るとねずみがやって来てかじられるから眠れない。 モンゴル政府もモンゴルの大人もいったい何をやっているんだ?と思うかもしれない。でもそれは違う。彼らもモンゴル国も一生懸命やっている。でも貧しさが大きすぎて手が回らないだけ。だから外国が手助けしなくてはいけない。マンホールには少女も住んでいる。日本だって第二次大戦後、外国に助けてもらって焼け野原から発展したことを忘れてはいけない。東海道新幹線だって外国の援助で作ることができた。 モンゴルの人はチベット仏教を信仰しており、生まれ変わりを信じている。ある男の子が言った。「もう早く死にたい。次に生まれるときは犬になりたい」自分の存在は犬以下だと思っているのだ。 依頼されてモンゴルに学校を作ったが、ある日突然先生に給与を払えないという理由で閉鎖された。今は運営を続けるために、私たちが運営コストを支えている。モンゴル政府には余裕が無い以上、私たちがやるしかない。孤児たちは親を知らない。自分の誕生日も名前も知らない子供も居る。彼らを支援し今では明るくなったが、最初は私たちが行くとみんな逃げた。全員大人に暴力を受けた経験があるから。彼らに「あなたが一番欲しいものは何か?」と聞いた。全員がお母さんと言った。一度でいいから「お母さんに抱かれたい」。 ミャンマー。 ハンセン病の患者がひどい扱いを受けていた。もはや指も手もすべて無くなり、目玉が飛び出している。みんな近づかない。ハンセン病はうつらないのに、それを知らないから誰も近づかない。その彼女の隣に添い寝をしたら、彼女は言った。「死にたい、死にたい、死にたい」「早く殺してくれ~」と叫んだ。私は必ずあなたの生きたくなるような場所を作りますと言ったら、「信じません」と彼女は言った。 多くの人の善意で家を作った。現地の大工はハンセン病を恐れて誰も作ってくれないので、10倍工賃を払って、借金だらけで困っている大工に作ってもらった。手足が不自由な患者たちがペンキを塗ったりできることをやって、みんなで作った。 今そのハンセン病の患者はとても明るく、化粧して私たちに歌を歌って歓迎してくれた。そしてその家から出て、指の無い手で、動けない老人の下の世話を一生懸命にやっている。彼女は言った。「もっと生きたい!」 これらの人たちは私たちと何か違うのですか?問題があるのですか?違います。彼らはただ貧しいだけです。 マンホールに住む一人の少女が言った。「私の夢は早く大人になって、親を見つけて幸せにしてあげることです。」 地雷で片足を失った少女。勉強熱心で学校で一番。将来の夢は通訳になること。でも高校へ進学するお金が無い。勉強ができて、仕事も一生懸命やる。思いやりがあって誰に対しても優しい。そんな娘のために父親は畑を売って高校へ行かせてあげると言った。娘は首を横に振った。「私はお父さんやお母さんと幸せになりたい。早く働いて給料を少しでも多く貰ってお父さんお母さんを助けたい」 豊かであることは素晴らしい。でもその豊かさに感謝できること。人にもモノにも感謝できること。「生きる力」=「感謝」。子供が感謝の気持ちを持たないのは大人の責任。今世界で日本の子供が一番生きる力が弱い。 最後に三つのお願い 1.知ること。理解すること。毎日4万人以上の人が貧しさのために死んでいる。そのほとんどが子供であること。 2.少しだけ分けること。ほんの少しでいい。1%でいい、0.1%でいいから彼らのために援助して欲しい。分け合って欲しい。 3.一番大切なボランティアは何か?世界の貧しい子を助けることですか?違います。 自分自身が一生懸命に生きること!!!彼らは貧しくとも一生懸命生きている。それを知って欲しい。それを日本の子供たちに学んで欲しいだ。 一番大切なボランティアは自分自身が一生懸命に生きること!!! 以上、抜粋です。 「一番大切なボランティアは自分自身が一生懸命に生きること!!!」心を打たれました。 どんな環境下でも、一生懸命生きることで、大きな喜びや感動があり、精一杯生き続けることで持続していく。 ふと、嫌になったり、逃げ出したくなったり、そんな時この話を思い出します。なんて甘いこと考えてるんだ!一生懸命生きるんだ!ってね。 大切な命です。生きることはとても素敵なことです。そんなことを考えさせられました。 HIROさんに同感です。 今、自分が何をすべきで、何が出来るのか、 きちんと考えて生きてゆかなければなりませんね。
2005年10月04日
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HIROさんの日記より僕の友人が昨日「広げよう!いのちの授業」という公演に行ってきました。その話にとても感動したので、数回に分けて報告です。 愛知県豊田市在住の友人鈴木中人さんは、会社を辞めて「命の大切さ」を伝える活動をしています。名古屋で開いた公演には400人以上の方が集まり、いのちについて考え、いのちの尊さに涙したそうです。 以下抜粋です。 池間哲郎「閉ざされた世界の中で懸命に生きる子供たち」 36歳のとき、フィリピンに「スモーキーマウンテン」と呼ばれるごみ捨て場へ行った。そこに3万人が暮らしていた。そこにいた少女に「あなたの夢は何ですか?」と聞いた。「大人になるまで生きることです」との答えに衝撃を受けた。 最初は「自分が何かやったってどうせ世の中は変わらない」と思っていたが、その少女の顔がいつまでも忘れられない。「自分にできることでいいからやろう」とそれ以来活動をし続けている。 64億人の世界人口のうち、13億人は先進国に住んでいる。貧しい国に住んでいる人が80%おり、50億人以上居る。6億もの人は今日の食べ物に事欠いている。栄養状態が悪いので、風邪やお腹を壊した程度の病気で子供がどんどん亡くなっている。世界にはすべての人が食べるに十分な食料があるのに、世界の2割の人が世界の7割の食料を食べてしまっている。贅沢に食べるだけでなく、すごい量の残飯を出して捨ててしまっている。毎日世界のどこかで多くの人が食べるものが無く死んでしまっているのに…。 フィリピンのマニラの北部。「スモーキーマウンテン」。 いつも煙が立ち昇っているので、その名がついた。フィリピンの中でも貧しく食べられずに田舎からマニラへ出てきた人たちが仕事が無いので、ここへ住み着いてごみの山の中から金になるものを探す。それをリサイクル業者に渡してわずかなお金を得る。またこのエリアは警察も入ってこない無法地帯。ごみ処理のトラックに轢かれても、ごみの中に埋められておしまいという状況。子供たちは朝早くから1日10時間ぐらい働いて、得られるのは50円ぐらいだった。大人になるまで生きられるのは3人に一人。 何度か訪問しているが一度そこにいる子供を12人ピクニックに連れて行った。昼の弁当を出してあげた。みんな大喜びしたが、しばらくして沈黙した。そして一人が言った。こんなご馳走は一人で食べるのではなく家族みんなに食べさせたいので家に持ち帰りたいと一人も食べることは無かった。 自分の写真をもっている子なんて居ないので、写真を撮ってあげるととても喜ぶ。とても笑顔の可愛い子が居た。翌年取った写真をプリントして握り締めていったが、もう亡くなって会うことはできなかった。7才の子だった。 タイの北部の山奥の黄金の三角地帯。 民族衣装が鮮やかな山岳民族のことを調べた。みんなとても笑顔が明るいが、やはり問題を抱えていた。農業で生計と立てているが、貧しくて食べるものに事欠いている。13歳ぐらいの少女の半分が売春婦に売られていく。処女で何も知らない少女の誰もが辛いが、「親のために」と売られていく。世界では「親のために、子供が働く」国のほうが圧倒的に多い。日本のように親をないがしろにする国のほうが少ない。そして少女たちが村に帰ってくるのは、エイズにかかり死にに戻って来るだけ。以前はエイズは空気感染すると恐れられ、ひとつの家に閉じ込められて外へ出してもらえなかった。 その地域には今でも「私を売らないで」というポスターが貼ってある。13万円で一人の少女が売られている。カンボジアでは5万円で売られている。 バンコク北部のアユタヤ。 寺院に多くの孤児がいるが、親が居ないわけではない。親が貧しくて食べられないので、子供をお寺に置いていく。忘れられない親子を見た。山岳民族の親はここまで来るだけの列車代だけで精一杯。別れは辛い。もう二度と会えないだろう。父親も泣く。子供も泣き叫ぶ。 寺院で子供一人に与えられるご飯は決して多くない。だからみんなお皿を舐めるようにきれいに食べる。ここにいる子供たちの表情は暗い。スモーキーマウンテンの子供たちはいつ死ぬか分らないが明るい。それは家族がいるから。ここの子供たちは親が居ない。 カンボジアのプノンペン。 金髪の小さな子供が居た。なぜか栄養が足りなくて髪の毛が強く生えてこないから。34歳のお母さんが居たから、とても明るい子供たちだった。親の居ない子供たちは暗い。シンナーを吸ったりする。なぜか食物の代わり。シンナーを吸うと神経が麻痺し空腹を忘れられるから。そして歯が抜け、脳がとろけて死んでいく。 カンボジアは昔は豊かな国だったが、ポルポト政権が800万人とも言われる大虐殺をやった。女・子供は関係ない。戦争とはそういうもの。多くの子供たちはスパイ容疑で殺された。内乱が終結して20年が経った今も苦しんでいる。 ノートも鉛筆も教科書も無い、もちろん校舎も机も無い学校。でもみんな一生懸命勉強する。そんな姿は感動する。そんな子供たちはもちろん1日10時間ぐらい働いている。ゴミ捨て場でお金になりそうなものを探している。毎年行くが、匂いがすごい。そこへ1日居ると、身体に匂いが染み付き帰国していくら風呂に入っても1週間ぐらい匂いが抜けない。そのぐらいの悪臭。そこで暮らす子供に「あなたの夢は何ですか?」と聞いた。「一度でいいからおなか一杯ご飯を食べることです。」 小さい子もみんな働く。生きるためには親だけでなくみんなで働く。でも無理だ。小さな少女がこんな劣悪な環境下で生き続けられるわけが無い。翌年行くと必ず誰かが死んでいなくなっている。スリッパすら買えないで裸足で居る子供が多いため、怪我して破傷風で死んでしまう子供も多い。 ゴミ捨て場に暮らす人たちを強制退去させ、ある地域に集めた。ビニールシートの屋根のようなバラックに暮らしている。ただ強制的に集められているために、お互いに不信感が多く、常にイサコザや殺人が起きる。 私たちで学校を作った。放火される。一からやり直し。何度も繰り返しながら、みんなの信頼を得ることができた。校舎を作るのは簡単。500万ぐらいで建物はできる。安いもの。でも問題は、誰が先生を派遣し誰が運営するか。 子供たちは本当に嬉しい。学校絵で勉強できることが本当に嬉しいから、誰一人居眠りなんかしない。みんなじっと黒板を見詰めて勉強する。そんな姿を日本の子供たちに見せたい。 最初は沖縄の一人一人の善意で市立の学校の校舎がひとつできた。他の日本の団体が作った。イギリス、インド、イタリアの団体も学校を作った。今では3000人の子供が学ぶプノンペンで一番大きな小学校になった。将来必ずこの学校から国を支える人たちが出てくるはずだ。 井戸を掘る。多くの日本の子供たちの善意で作った。学校でそんな行動が起き始めている。私は子供たちに講演するときに「募金してくれ」とかは絶対に言わないが、子供たちが自ら「何かしたい」と行動が起きる。日本の子dもたちは優しい心が残っている。そしてその浄財が形になったことを見せてあげる。井戸ができた写真を見ることで、ただの募金でなく自分達の行為が世界につながったことを実感する。そして視野が世界に広がっていく。 続きは、明日に・・・。
2005年10月04日
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結婚の誓いって・・・結婚式やってないから・・・結婚の誓いやってないやー(汗)いつか、テレビの特番で、娘の願いで・・・できなかった結婚式をサプライズで!なーんて番組あったっけ・・・だれかやってくれー(爆)えーと・・・放送作家さん、ディレクターさん、司会者さん、役者さん・・・役者はそろってるよーーーーーー!あとは・・・だれか妻を説得して(爆)・・・オレか(爆)ふー・・・そっからだ・・・あ、衣替えだ。娘の幼稚園の制服もかえなきゃ。そう言えば、結局「誕生日おめでとう」って言わなかったな・・・シャアな妻どんな妻・・・つの生えとるw 若さゆえのあやまちかな(同い年です)どんな状況も、楽しく過ごしましょう!それが秘訣です♪
2005年10月02日
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娘といっしょにろうそくを「ふーーーーーー」長いの三本、短いの五本チョコケーキにさして娘の歌を聞きながら昼間は摩擦もあったけどなんとか三人で食卓にいることに感謝!!・・・あれ?・・・大人になると~プレゼントはないんだよーーーーー♪(笑) 当たり前のことが 当たり前だと 感謝もせずにすごしてると 当たり前のことが 当たり前でない 訓練をしてきなさいと 試練の旅に つれていかれますよ 誕生日を家族で祝えるって、感謝だぜ!
2005年10月02日
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娘を起こしたあと今日は何の日だー?と聞いたら日曜日!ってかえってきた・・・しばらくしてシャワーを浴びていると娘が走ってきて、ガチャ!「パパお誕生日おめでとう♪」妻は何も言わないが、気付いてはいたようだ。35歳の誕生日はこうして始まった。
2005年10月02日
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生きているから生きていることに目を向ける生きている意味に心を向けるつきつめていくと生かされていることに気づかされた偶然ではなく意味があって命があるこの命が与えられたものだから命を大切に全うしなければならないどう生きたらいいか何をすればよいのか何も考えずなにも知ろうとせず命を浪費してしまったでも今は違う知らなかった時代は幕を閉じ目を開いて生きている己の欲するままに生きる人生はウロコとともに流れ去った誰からも非難も否定もされないこと 妻を愛すること妻のベストを願い妻のベストを考えるときそれは今にとらわれない今の満足がベストではないからだ妻よ君のベストを願うから今は理解ができなくてもいい君のこころが守られてどうか こころの平安が君を満たすようにいつか理解ができる日にこの想いが伝わるように愛しているよ
2005年09月24日
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愛とは・・・そこにあるものではなく生みだすもの自分の意思で愛するのだ愛すると決めるから愛が始まる愛さないと決めたら愛はとまる永遠にとまることのない溢れ出る愛を知っているから愛し続けることができるどんな状況でもとまらない愛相手のベストを願うそれは一方通行の愛でもいつか一方通行が二本になり愛し合う夫婦の愛は高い高い山のようはじめは歩いても歩いてもぜんぜん進んでないみたいなかなか頂上は近づかないとうとう中腹頂が見える見上げるような高い頂道は険しく行く手を阻むもう少しあとわずかだ道は険しくてもあとわずかそこから眺める眺望はすばらしく歩んできた道をも景色にかえるだろう一歩今日も登ったよ
2005年09月24日
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娘が卒園したら離婚するって・・・期間限定の家族それまでの辛抱だからと今の状況を乗り切る妻なりのこころのまもりかた?
2005年09月24日
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とてもつらくとてもかなしいこのさきに出口はあるのかひかりはさしてくれるのか目の前にどうしようもなくそびえたつ困難な壁くじけそうにうなだれてしまいたくなるようなそんななかでただひとり傷ついてたちすくむどうしたらいいのかなみだがあふれるこのかなしみとこのいたみがどうかやわらぐように絶望で打ちひしがれ足が止まってしまったときそんなときでも信じることができる上だけ見てただただ上だけ見て希望の光がかすかにさしこむその光が見えるかぎりこころを守ることができる上を見て目を閉じて心の中をのぞいてみよう希望の光がやさしくつつんでくれるこころは守られたまた一歩踏み出すことができるいつも忘れないこころのひかり希望のひかりいつでもいつまでも愛されていることを
2005年09月21日
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ことばとこころこころをあらわすことばとこころをかくすことばとどちらがいいときかれたらこころをあらわすことばがいいこころがあなたにとどくならことばにのせてとどけたいどんなにあなたをあいするかこころとことばであらわしたいことばがうまくつたわらないこころはこんなにつたえたいのにどうかつたえてくださいあなたへのあいをもしもことばにいのちがあるならたいせつにそだててこころをはこんでもらおうあなたのところへはやくはやくおおきくなーれあいのことばたち
2005年09月20日
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目を閉じて・・・心がざわついているとき自分の心を守るために!目で見えるものではなく心で感じ取るものため息の代わりに深呼吸をする目を閉じて心を守るんだと強く思う!心さえ守られればどんな困難な状況に身が置かれても絶望することなく乗り越える気持ちを保つことができる自分の心が守られたら相手の視点で考えてみる自分の感情は自分の心の状態を表すものだからまず心を守れば怒りや憎しみの感情を止めることが出来る怒りの感情を持っままで解決はできない!最近、妻に対してけんかの中でもしっかりこころを守れるようになってきた大事なことだ!「こころをまもる」感情はコントロールでき感情は行動に現われる正しい行動をするために正しい感情を学び正しいこころでいるように「正しい」ってなんだろうそれは目を閉じてこころに聞いてみよう心が知っている心に語りかけよう自分の良心に
2005年09月19日
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男は理屈で納得しないと行動に移せない生き物なので・・・男なら誰でも、社会的、経済的成功を願っているだろうそして、どうやったらそれができるか日々奮闘している・・・天職という言葉があるこの言葉から来るイメージは楽しい、やりがいがある、成功する・・・だれでも天職につきたい!でも、天職がなにか、自分にはわからない天職にめぐり合って初めてそうとわかる自分が一番輝ける仕事、成功へと導く仕事、それが天から与えられた仕事、「天職」だ!ところで、天職が天から与えられた仕事ならば、天から与えられた生き方もあるはずだ!きっと、たのしく、生きがいがあって、豊かに違いない!一番自分が輝ける生き方のはずだ!どうやったら、その生き方を知ることができるのか・・・ひとつだけ、確かなものがある!誰からも非難も否定もされない生きる道「妻を愛する」という道それこそ、天から平等に与えられたものだ!なんてわかりやすいんだ!この道を歩むかぎり、道を踏み外すことはないこの道を歩むかぎり、実のある人生を手にすることができるその道には、自分のするべき仕事も用意されているだろう!それこそ天職ではないだろうか!今、豊かな人生を歩みたいと思いでも、この道でいいのか、成功への道なのか、実のある人生への道なのか、迷ったときはここに目をむけよう!「妻を愛する」という道ならば「妻を愛すること」はどういうことか!第一に、「妻を愛する夫」というのは、夫としての責任をはたす「よい旦那さん」とはまったく次元が違うということ自分の今までの行動は、自分が中心にあって、自分の行動のなかに、夫として、父親としての行動があったつまり、夫の部屋、父親の部屋、仕事の部屋、自分の部屋を出たり入ったり今はこう思う「妻を愛する夫」が各部屋をまわるんだ!頭の先から足の先まで、どこを切っても「妻を愛する夫」第二に、「妻への愛」はもちろん「アガペー」 (マレさんの本「この人と結婚していいの?」新潮文庫参照/夫婦における真の愛)いろいろなしがらみや、自己中心的な欲求をすててバンザイして滑り台をすべるようにその道にのってごらんすべてがゴールに向かって動き出す!自分の行動が「妻を愛する夫」の行動か自問自答してみよう!最後に、妻をもつ男性の皆さん我々はすでに成功(豊かな実)の切符を手に入れているとは思いませんか?あとは、そのことに気がつくかどうかです!妻を愛そうキャンペーンはあなたの心に問いかけます「妻を愛する夫」より
2005年09月14日
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男がいて女がいて夫婦になるそこに「夫婦の愛」があり「いのち」をさずかる新しい「いのち」は産まれ育ち、また親になる・・・「いのち」を授かったとき・・・親が「いのち」を作ったのかい?精巧な遺伝子の中に、人間のすべてのデータが寸分の狂いもなく書き込まれている・・・これは、偶然書き込まれているのかい?親が書き込んだのかい?そこに、「いのち」が宿ったとき、すでに「ひと」なんだよ親が子供を作るのかい?親が「いのち」を作るのかい?自分は偶然に産まれたのだろうか!突然変異でサルから人ができたなら突然変異でオレは「ひと」ではなかったかもね・・・ありえない・・・そう思えるなら・・・偶然でないなら・・・「ひと」はどこから来たのだろう「ひと」は誰かがつくったの?なんのために?自分はなぜ生きているのか?なんのために生きているのか?目をそむけてきたけど・・・生かされているなら・・・1日1日を大切にしたいから・・・目を閉じて聞いてみよう!その答えは自分の心が知っているよ自分でなにかを作ったときに、それがなんであるかは作った自分が一番よく知っているね自分が造られたものならば造り主がいて自分がなんのために生きているかは造り主が一番知っているはずでもどこにいるの?聞きたいよ!見えないから・・・目を閉じて・・・こころで聞いてみよう・・・神様へのインタビュー
2005年09月13日
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愛するためには愛する心を持たなければならない自分の心が、正しい状態にないといけない怒りや憎しみがあっては心は乱れる怒りや憎しみから、自分の心を守ること感情は・・・選べるのだ気づかないだけで・・・自分で選んでいる・・・坂道にボールを置くと下に転がっていく・・・心もほっておいたら、下に転がっていく・・・怒りや憎しみにまみれ、自分の置かれた状態を悲しみ、絶望へと下っていく・・・でも・・・気づかないと・・・心は、登ることもできるのだもし、自分の心が、コントロールできるものだと気づいたら・・・言い換えれば、すべての行動は、心によるから、自分の行動は、すべて自分で選択している・・・周りの環境のせいにして、坂を転がる人生を送るか自分で坂を登っていく人生を歩むかどちらが生きている充実感があるだろう自分の心が、自分のものになったとき愛することも、自分のものになる愛したいと心に思ったとき、愛することができる愛せないのは、愛そうと思っていないから・・・怒りや憎しみに翻弄され、自分の心が、自分のものではなくまわりの、環境のものになってしまっている・・・~のせい・・・、~だから、無理だよ、こんな状況じゃ・・・、自分の行動は、自分で決めているんだよどんなに怒っていても、好きな人が声をかけてきたら笑顔で応えるんじゃない?怒ったまま挨拶する?人は知らず知らず、感情をコントロールできているただ、気づかないだけ・・・もし、愛する感情がないなーって思ったら自分の心をのぞいてみよう怒りや憎しみに支配されていないか?自分の心を取り戻そう心の平安を取り戻したら相手の視点に立ってみようそして、自分で決めるんだ「愛する」ことを歩いていると、転びそうになるけどそのときは思い出そう心をまもることをいつでも、自分は生かされているんだという謙虚さを胸に自分には生きる価値があり、生きる意味をもって生まれてきたんだと感じよう愛してほしい相手から愛されない悲しみに直面しても自分が生きていることが、なによりの愛なんだと感じよう心配しなくてもいい愛されているから・・・永遠に・・・
2005年09月12日
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経過シリーズもこれでラスト・・・解決したのか?否・・・でも・・・このままではいけない・・・いいことはいい、悪いことは悪い・・・白黒はっきりさせていこう最近・・・あわせすぎていたかも・・・夫婦の関係をよくしていくには、波風を避けるだけではダメらしい・・・ときには、荒波を乗り越えていかなければ・・・妻を愛そうキャンペーンは、第二ステージへ・・・
2005年09月08日
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今朝は、ひさびさに娘の幼稚園送り♪夏休みだったから、多少ボケたが(笑)自分の服と、娘の幼稚園の服にアイロンをかけ娘を起こすと、本日の目覚ましテレビは、DVDじゃなくて「しまじろう」オンエア中♪娘・・・ソファに寝そべっていたけど「しまじろう」でぱちくり状態(爆)よしよし(笑)準備も順調。妻は・・・気圧の影響か、体調はよろしくないらしい。起こしたら、ミサイル発射したのでしばらくほっといた(笑)ぎりぎりになってようやく妻も起きてこれた・・・髪セットして、荷物チェックして・・・オレはその間、車を取りに行ってくる。よし♪完了。午前中に幼稚園の懇談会があるらしい。妻の体調を気遣い、「無理しないようにね。」・・・妻「精神的なものだから・・・」・・・オレ「・・・」まっ、悪態つけるだけ元気という事にしておこう!幼稚園の先生、おひさしぶりでーす。お、みなさん黒いなー(日焼け)・・・そういえば・・・海行かなかったなー(涙)来年こそ・・・そういえば・・・今夜は、家に入れるでしょうか?
2005年09月05日
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日曜日・・・今日は、お出かけから帰ると、久々、3人で夕食。ほんとにひさしぶり♪娘、うれしそう・・・ごめんねー(涙)妻の不機嫌さは相変わらずだが、停戦状態でも、なんとかキープできそうな気配・・・娘の事で、うれしいこともあったし、ふたりでやらないとならないこともあるから、本当はけんかしている場合じゃない。そんな、思いでなんとか停戦というのが妻の現状だろう。オレもなんとか心を守って、状況をよくしていかねば。寝床も、家の中・・・この1週間で一番まともに寝られるかな(ほっ)あと一息!トンネルの出口は近い!
2005年09月05日
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土曜日・・・ふう、一週間だ(汗)朝から予定通りお出かけ。火花を散らしながらも、子供のために一時停戦・・・でも小競り合いは多発!昨晩、家で寝られたから、少し楽。気持ちにも多少余裕が出てきた(ほっ)なにしろ・・・経過も10まできてるし・・・「経過」だから、ほとんど、事実しか書いていないし、それ以上書く余裕がなかったんだなー・・・はやく「いってきまーす」シリーズ復活させなきゃ(笑)3人のお出かけは、結局夕方までかかり、いったん家に帰ってから、妻は家事を、オレは娘を新体操に連れて行った・・・(予定外だったが)帰宅後、実家のオレの荷物を片付けに車を飛ばす。なにしろ、大量のオレの荷物を、月中の母の3回忌までに撤収しろとの父の厳命(笑)なので・・・まあ、1年くらいほったらかしだったから(汗)しかたない・・・荷物を積んで帰路に着く・・・ZZZ・・・眠い・・・運転中、睡魔に襲われダウン!気付くと・・・3時半・・・がーん!メールもはいってない・・・一気に目が覚めた!家にかっとんで帰る・・・ガチャ!ガチャ!ガチャ!ガチャ!・・・戸の隙間から見えるバー・・・妻にメール・・・反応なし・・・そりゃ寝てるわな・・・うーん!これは、やっちまったぜ(とほほ)しかたない・・・車でZZZ・・・明日は早起きで、また3人でお出かけ予定・・・オレも悪いけど・・・早起き考えたらバーはきついぜ(涙)そして朝・・・妻を起こし、入城・・・急いで仕度だ・・・ 続く
2005年09月04日
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金曜日夜・・・仕事で酒を飲んで帰宅・・・今晩、締め出されたら、車は会社に置いてきたから野宿・・・野宿・・・野宿・・・(汗)あ、ガストは5時までやっている・・・土曜は朝から3人で出かける予定がある。まさか今夜はいれてくれよな・・・ガチャ!あいたーーーーー!(よっしゃー)妻は起きている、っていうか、家にいる状況で中に入れた(涙)でも・・・鍵かけ忘れた?もしかして・・・(汗)そんなに、でてけ、でてけって連発しなくても・・・でも・・・しばらくしたら、おさまって妻は寝床へ・・・オレは・・・リビングで爆睡(zzz)続く
2005年09月02日
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幼稚園!今日から娘は二学期。娘を起こす・・・ちょっと寝起きが悪いが、「今ならお姫さま抱っこでつれていってあげる」と言ったらようやく起きた。「ラブベリのビデオ見せてくれたらがばっと起きるよ!」「はいはいラブベリね(がばっとって・・・もう起きてるだろ・笑)」・・・ラブベリのDVDが見当たらず、はなさかじいさんでかんべんな(爆)ちょうど終わる頃、妻にシャワー呼ばれてはいっていった。オレはいつもより早い出社だからこれにて「いってきまーす」・・・なんか普通の朝っぽい?オレの寝床が車だったという以外はね!続
2005年09月02日
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部屋がきれいということは・・・推理!実家にふたりで行った妻と娘。娘はお泊り。妻はおそらく、夜中まで実家の母親と話していて、明け方帰ってきて、少し片付けをしてから寝た。メールがはいっている・・・なになに、「机のうえのパンを食べてください」・・・お、ビニール袋のなかにパンが!買ってきてくれたのか♪・・・う、家の中のパンの在庫一層セールですか・・・袋にいれて車で食べろと。ありがとよ♪出掛け、妻がねぼけまなこで目をあけたので「おはよ」と声かけたけど、無反応でまた寝ちゃった。たぶん、まぼろしと・・・つづく
2005年09月01日
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家に近づく・・・電気が消えてる!いないな・・・案の定、戸は開き、誰もいない部屋でため息一つ。いずれにしても、今夜はここで寝られること決定!しかし、妻と娘がこないだのように帰ってくるかもしれない!待ってよう・・・テレビでニュースをみながらウトウト・・・時は流れ、あたりも明るくなった6時前、ふと目覚めると妻がソファーで洗濯物をたたんでいる。まぼろしや・・・でも一応声かけとこ・・・「おはよ」・・・「・・・」・・・(やっぱまぼろしや)ZZZ・・・朝目覚めると、妻はベッドに寝ていた。部屋が少しきれい。つづく
2005年09月01日
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夜中に寝床を探さなければならなくなったオレは、友人を訪ねた!幸い彼は、快く迎えてくれてお邪魔することになった。車の中でねていると、体力的、精神的に消耗するのでありがたい。爆睡してかなりおちついた!朝一の仕事をこなして家に向かう。妻と娘はお出かけの時間だ。妻からメールで洗濯物干しの依頼・・・いかにも妻らしい(笑)・・・家で着替えて再び仕事へGO! 洗濯物は干したよ♪
2005年08月31日
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今夜もでっか!まさかとは思ったが、今夜も締め出しだ!メールで「仕事の支度でおこまりなら朝七時にどうぞ」ときた。二日連続でマンションロータリーに車停めて寝てたから警備のおじさんに朝、心配されたから今宵はねぐらを考えなければ(涙)あーあ、夜は長い・・・つづく
2005年08月30日
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昨晩・・・娘と妻 帰宅。眠そうな娘を寝かせたあと、妻もそうそうに寝た。オレはしばらく仕事をしてから、床に就く。かわしたのは、事務的な言葉のみ・・・(泣)そして今朝、オレはひとり「いってきまーす」ふたりはまだ夢のなか・・・つづく
2005年08月30日
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きのうの朝の大爆発!その後少し、おさまったのか、事務連絡的メールが何度かきた。あと、娘からも一通きた。でも、夜に、何時になる?みたいなメールはなかった。仕事が終わり十時半頃家に着く。鍵をさしこみ、回す。二重ロックのバーが今夜もされているのだろうか。おそるおそる戸を開ける・・・開いた!ほっ。中にはいると・・・誰もいなかった(汗)。実家に泊まりかな、明日予定ないみたいだし・・・娘の新体操の発表会のビデオをみたあと、部屋で仕事をしていると、ガチャガチャ!夜中の一時すぎ・・・ドロか!・・・眠そうな娘だった! つづく
2005年08月30日
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昨晩も家に入れず(涙)車の中で寝た。妻の悲しみは深い。話すことはないからと、着替えを玄関前に出しといたとメールがきた。・・・アイロンかかったワイシャツないよ、ワイシャツ3枚あるのにタイがないよ(汗)これは、意味あって不完全なのか?仕事に行く時間が迫る・・・何度かのメールのやりとりで、家にいれてもらった。まず、妻に謝った!ほんとに誤ったけど妻は「もう無理!」そして、怒りをオレにぶつけた・・・当然だろう・・・なすがままに、怒りを受け止めた・・・怒りはまだ収まらないだろうけど・・・仕事へ行く時間・・・後ろ髪を引かれる思いで家を出る。出がけ、娘が目を覚まして、「パパー、こっちきてー」と言ってオレを呼ぶ。こんなかわいい娘を悲しませるわけにはいかない!「失敗」をプラスにできるよう、やれることをやる!ぜったいやる!続く・・・
2005年08月29日
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やっちまった・・・昨日の失態怒らせた!きのう、娘とランチしたずっと連れて行きたかった店でもそこは、妻が出入りしてほしくないと言っていた店・・・誤解なんだが(涙)いずれにしても、妻が嫌がる事をしたしかも、妻怒るのやだなーと、娘に口止めしたママには内緒だよって最悪、自己嫌悪娘にもかわいそうなことをした妻はするどいので・・・娘の不自然さを見抜くオレにメール・・・「昼、どこで食べたの?」うっ!予想はしていたが、はやっ!しかたない、オレが悪い子供に嘘つかせた・・・メールで正直に答えたら、激怒の電話が鳴った・・・誤るも許してくれない・・・仕事終わって帰った夜中だった・・・玄関は開かなかった・・・車の中で一夜をすごす・・・朝方、メールする・・・返信が・・・とりつくしまもない・・・今日は、娘のために単身、新宿に午後から行く予定だったそのあと、オレの実家によってくる事になっていたから予定通り行動した。このあと、家にもどるけど、どうなるか・・・心を守り、相手の立場にたつ!これを肝に銘じようしかし・・・誤るとこは誤るしかないんだが・・・そもそも、その店になぜ行ったらだめと妻が言うのか、その問題から解決しないとならないいままで、先延ばしにしていた問題でもあるがもしかしたら、これも話をするタイミングなのかも思えば、以前、このことでもめたときも、娘の行動がきっかけだった(決して娘のせいというのではなく、不思議なタイミングという意味)車で娘がリクエストしたCD・・・アライブ3・・・「このCDどうしたの?」と妻が聞き、○○のだよと答えたら激怒(汗)・・・「なんでそんなことまでするわけ?」「好きな曲だからいいでしょ?」「やだ!」「・・・」そしていままた、娘とのランチ・・・最近は、娘、このCDの3曲目(ゴスペルなんだが)をアカペラで歌い、ピアノでもそれとわかるメロディーが・・・まあ、オレが車のなかで口ずさんでるしね・・・オレは家庭に目を向け、夫婦の関係をよくするためにいろいろなことを学んでいるそのきっかけがマレさんの本であり、カウンセリングであったただ、妻としては、自分の訴えによってではなく、第三者の意見に耳を傾けたことに驚きと失望があるようだそのため、本来なら感謝すべきであろう第三者に対して、夫婦の関係を脅かすもの(夫が自分より影響力を受けるもの)として、「排除」対象になってしまった。この妻の心境はわからないでもない・・・不安感・・・この結果、妻はマレさんと会うこと、関わる事、当然、マレさんの店(キックバックカフェ)に行くこともCDを聞くことも本を読む事すら快く思わないようになってしまった。これは、その前の離婚騒動で、妻より仕事を優先させる発言をしたオレへのとらうまかもしれない自分より優先されるものへの恐怖心それはオレが妻に植え付けてしまったもの・・・しかし、今はそれとは違う・・・むしろ逆で夫婦にとってはプラスのことこれを妻が理解してくれない事には本当の「よき夫婦」にはなれないなぜなら、「よき夫婦」になるためには、お互いの努力が必要で、それは、的を得た努力でなければならないし、男女の違いや、夫婦のあり方についての共通認識のもと行われるべきものだからだその点、マレさんの本や、語っている事は非常に的確でありこのブログを通して書いたように、実践でも証明されることだいまいちど、このことを妻と話し合うことが必要な時期ならば話し合おうただ、考え方というのは、自分でしか決められない他人が押し付けられるものではないだからこそ、時間が必要だと思ったオレの行動をみて、きっかけになったらと・・・しかし・・・王道をはずれた(涙)うそはいけない・・・隠そうとした、子供に口止めしたこれ、大失敗だから、いまその時期じゃないかも・・・だったらどうすればいいのか?夫婦のためにやっていることが夫婦のためになっていない?でも、オレがみているのは、目先の良い関係ではなく、一生の関係だし、実りのある人生をともに歩んでいくことが重要だなにが豊かな人生なのか、妻が理解してくれる事を心から祈りますこれは、オレの力だけではどうにもならないから祈るしかない!
2005年08月28日
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はっ!・・・瞬間気づく。おそるおそる時計を見る・・・げっ(涙)やばい時間だ(汗)ふと目が覚めると、とっても素敵な時間♪そんなことがよくある(笑)いっそのこと、どうしようもない時間にしてくれたらと、思ったり・・・でもたいてい・・・かみさまは起こしてくれる・・・チョーぎりぎりの時間に(笑)そんなとき、「気をつけなよ!」って言われている気がする。今朝はまさにそれ!なんで?ほんとに、よくもまー、こんな「素敵な」時間に目が覚めると思う。1分でも無駄にしたら間に合わない(汗)妻のように「何で起こしてくれなかったのよー」って怒っている暇はない(笑)十分で「いってきまーす」!早い!そしてぎりぎりセーフ!朝一の会議、間に合った。ほっとして振り返ると不思議な朝だった。娘は、いつのまにか起きていたっけ。妻も目を覚ました(妻はオレの起きるのと同時くらい)。外は台風一過でよい天気。機嫌の悪い人はいない・・・昨晩は、なにしろ寝たの5時。妻とお話・・・だいぶ話たまっていた。この3日くらい、夜に話す時間がとれなかったから話したいことが妻のなかで山積みだった。ストレス発散で軽く「言い合い」したあと(笑)約4時間、話した・・・なにかぶつかっているわけではなく、ただただ家族のトピックを話した。眠くもならず・・・寝る前は、「絶対寝坊するよー!やばい。」って言ってたらそのとおーりだった。試練付き(笑)男と女の違いには、右脳と左脳の関係で、1日に「しゃべらないと気がすまない」言葉数がある。男の倍近く、2万数千語、1日の必要消費量(笑)!男は外で働く中で、1日の消費をして、空っぽで帰ってくる。一方、奥さんは、下手すりゃまだ満杯(笑)夫が帰ってくるのを楽しみに待っていて、帰ってきたとたん、「おかえりなさーい♪ねえ、今日ね、○○さんが~」2万数千語続く・・・空っぽになるまで・・・あ、妻は何万語の容器なんだろう?夫は、仕事帰り、疲れていても、これからあと1時間、大切なことが待っているぞ!と覚悟して玄関開けること。この覚悟が、笑顔を作り、それが奥さんの笑顔につながる・・・「笑顔の連鎖」ただし、妻にお願い。寝る時間は考えようね(笑)ふああああああ、眠い(笑)
2005年08月26日
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プチッ。ピシッ。ここ数日ぎくしゃくぎくしゃく。なかなか解決しないひとつの問題をめぐり夫婦の関係は悪化している。お互い言い分はあるのだけれど責め合う前に、解決方法と、自分が何をするべきかまず考えよう。いま、その問題に対して、夫婦が結束しないとならないのにばらばらだよ・・・もう一度、冷静に自分を省みよう。どう考えても、相手の自己中心的な発想からくる発言であっても冷静さを欠いてはダメだ。それなのに、ここ数日、オレのなかでプチッやピシッ!が多い。相手の立場にたつことは必要だけれども、わがまま発言を野放しにしておくことではない。違うことは違うとはっきり伝えなければいけない。ただそれを、「心の平安」を保ちながらできるかということだ。心のなかが、「自分」が中心になるとたいてい冷静さがなくなるね。視点がひとつになってしまう・・・自分側からのねこれでは何も伝わらない・・・まず、相手を受容し、相手の視点にたって、間違いを指摘する必要があり、しかもそれを責めるのではなく悟らせるだけ。なぜなら、結局のところ、行動を決定するのは自分自身であり、自分がそう思わなければ、行動も伴わないからだ。ことあるごとに妻に「北風と太陽」の話をしてきた。責めたら余計に閉じこもるんだよ・・・違うアプローチでやってごらん、太陽の暖かさで上着を脱いだように言葉の温かさで心の覆いを取り払えるようにああ、妻に言っていたことを、いまいちど、自分に言い聞かせよう!自分の心に、太陽の暖かさを!ちょっと・・・台風だったかも(反省)
2005年08月25日
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