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16日付の朝刊を読んでいて、社会面のお悔やみ欄を見ていたら、こんな記事が載っていました。以下、共同通信からの抜粋です。石田 文樹氏(いしだ・ふみき=プロ野球横浜ベイスターズ打撃投手)15日午前1時40分、直腸がんのため横浜市保土ケ谷区の病院で死去、41歳。茨城県出身。葬儀・告別式は18日午前10時から横浜市港北区菊名7の10の8、新横浜奉斎殿で。喪主は妻寿美江(すみえ)さん。 84年の全国高校野球選手権大会に茨城・取手二のエースとして出場し、決勝で清原和博選手(オリックス)らを擁する大阪・PL学園を下し優勝した。日本石油を経て89年ドラフト5位で大洋(現横浜)に入団。プロ通算は25試合に登板、1勝0敗で94年に引退した。以上、引用終わりです。私は、中学高校と、野球をしてはいなかったが、特に高校野球が好きで、さらにマニアックなことを言うと、出場校の正式名称を覚えるのが好きでした。例えば、NY松井の母校、星陵高校は、金沢経済大学と同じ学校法人だったり、隣の福井の福井高校は、福井工大付属だったりと。また、マンガも好きで、やはり『ドカベン』をよく読んでいました。ご存知の方も多いでしょうが少しおさらいすると、ドカベンこと山田太郎が神奈川県の明訓高校に入り、主に保土ヶ谷球場を舞台に、後半は、横浜スタジアムになりましたが、活躍して、甲子園に春夏全て5回出場して、その内、4回優勝、1回は、2年生の夏に、2回戦で弁慶高校に負けるという内容でした。そのドカベンと同じような活躍をしたのが、ご存知、PL学園の清原選手・桑田投手です。彼らは、1年と3年の夏が優勝、2年の春が準優勝、3年の春がベスト4、化けモンです春の選抜は、場合によっては途中の予選で負けても、出れることがありますが、それでも、ほぼトーナメントで、夏は、大阪は極端なシード(3回戦から登場等)もその当時からなかったですから、少なくとも大阪大会の2回戦から5回戦、準々決勝・準決勝・決勝と、7回勝って、やっと甲子園。で、夏は、彼ら2人、1回しか負けていない。それが、甲子園決勝で、2年生の時に1回負けただけ。その相手が、昨日(15日)に亡くなった、石田投手擁する取手二高でした。監督は今年から常総学院の監督に復帰した木内さんです。このPLの2人の成績を見ると、化けモン相手に勝ってしまった、とかしか言えません。清原は、打撃タイトルこそ取れませんでしたが、2,000本安打も達成し、球界屈指の存在感を今でも見せ付けてますし、桑田は、怪我さえなければ、と思いますが、メジャーデビューも果たし、プロ野球選手としては、けっして恵まれた体格ではないですが、ナンバ(古武術)の動きなどを取り入れて、甲子園の優勝投手としては、破格に長持ちして活躍したと考えてます。そういう相手に勝ってしまった石田投手は、まるで、ドカベン(明訓)には、勝ったけど、体を張って重傷を負ってしまった武蔵坊弁慶(という選手がいた)をオーバーラップしてしまいます。まさに仁王立ちで命が尽きたような感じでしょうか。年齢も私より1年上で、自宅も近所のようで、お葬式会場は、多分、歩いても行ける所です。また、息子さんが、今、横浜市内の高校で野球部に在籍しており、なんと気丈にお父さんが亡くなったにも関わらず、翌日の試合に出ていらっしゃいました昨日は私ごとで、しょーもないことを書いて、ほんま情け無かったです。石田さんみたいな劇的な人生ではなく、平々凡々の人生ですが、前に向いて進んで行きたいです。石田さんのご冥福と、残された家族がこれから健康で生活されていくことを、祈っております
2008年07月16日
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金曜日、朝から仕事上のトラブルに関する連絡があり、先輩と共に対処しつつ、午後から夕方までロングランの会議~他方で気になるのが、週末の天気。土曜日は、勤務先の森林保全活動があり息子と共に参加する予定ですが、大雨だと中止になるので、天気予報や中止連絡が来るかどうか確かめますが、中止連絡は無し。天気予報は雨で、定時になり、職場の先輩や後輩はそそくさと退社。何とこの天気の中、釣りに出かけます。ま、別事業所の人間が遠い所へ異動になるので、その送別釣り大会ですが、どうなることやら…こちらも山の中へ出掛けるので、合羽や着替えを準備して備えます。梅雨やし、しゃーないですが、ひどくならなりませんように体調はほぼ快復したしね~
2012年06月08日
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