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一平の参観日

祖父母と2
じいちゃんばあちゃんと 2003/3/14

一平の参観日

 長男の一平が幼稚園の年少組に入ってしばらく経った参観日の時のことです。
その日は小運動会になっていて、たくさんのお母さん方が見に来ていました。
 普段から先生の言うことをまともに聞いたことがなく、お遊戯のときなど友達とふざけている息子でしたので、先生もやりにくかったろうと思います。

 教室の中に入りますと、まっすぐにこちらにやってきて「おとうさん、今日はリレーの選手になった」と嬉しそうに話しました。手のひらには先生がマジックでそのしるしをつけていました。選ばれたのは、足の速さとは関係ありませんでした。ただくじに当たっただけのことでした。

 ぼくなど運動会の徒競走で3等以内になったことがなく、妻も速くなかったので子どもが速いはずもありません。バトンをもらってすぐに追い抜かれる姿を想像すると、その時がっかりしなければ・・・と少し心配でした。しかし、ニコニコと嬉しそうに話す息子を見ると、「がんばれ」としか言えません。

 さて、リレーが始まりました。一平は第4走者です。そのリレーは年長組、年中組、年少組の対抗戦になっていました。当然年上の子どものほうがが速いと思われるので、スタート位置に差をつけていました。ところが、予想に反して年少組の第1走者のタケヒコくんがずば抜けて速い子どもでした。その上、園庭は狭いためトラックが小さく、カーブが急なこともあり、スピードが少々違っていても、前の選手を追い抜くのは容易ではありません。結局2、3走者もトップを守ったのです。年少組の意外な健闘ぶりに、周りの声援も大きくなりました。

 一平の番になりました。予想通り後の選手がその差を詰めてきます。足の回転が全然違っていたのです。『ああ、もうだめだ、追い抜かれる』と思った時、周りの声援が悲鳴に似たものに変わりました。ところが、次の瞬間一平は何を思ったのかバトンを持っている右手を大きくグルグル回し始めたのです。その手が追っ手をさえぎるので、追い抜こうとしてもそれができません。観衆からドーッというざわめきや笑い声が響いてきました。ぼくは、面白いことをするもんだ、と感心して見ていました。

 追っ手はすぐに態勢を立て直して、追い抜こうとします。あと20mほどで次にバトンを渡せるのです。ぼくとしてはこのまま抜かれることなくバトンを次に渡してもらいたいと祈るばかりです。相手にはもうグルグル回しはもう通用しません。
とうとう横に並ばれてしまいました。

 その瞬間一平は立ち止まって、持っていたバトンを左目にあてて、そこから周りを覗き始めたのです。この奇妙な行為に先ほどのどよめきは蜂の巣をつついたような騒ぎとなりました。ぼくは、あきれて言葉も出ませんでした。
 追いついた選手も立ち止まって、不思議そうにそれを眺めているのです。一平は中を覗きながらも少しづつ中継点まで進んで行きました。そして、とうとう抜かれることなくバトンを渡してしまったのでした。まだリレーは続いていたのですが、その余韻のどよめきが続いていました。結局、年少組がトップでテープを切ることになったのです。

 一平はリレーが終わると、すぐにこちらに向かって走り寄ってきました。話題の中心人物になった息子に注がれる視線が、明らかにこちらに注がれているのを感じましたので、思わず「早くあっちに行け」と言ってしまいました。「おとうさん、どうじゃった?」と言う息子に「何でバトンを覗いた?」と聞き返しました。そのときの返事は「知らん」でした。

 今思えば、このとき息子の立場に立っていたら、「よくやったね、一等でバトンを渡すことができて優勝できてよかったね」と言えるはずでした。グルグル回しは、追い抜かれたくない必死の思いの表れで、バトン覗きは勝負へのあきらめと、親に良いところを見せられなかった息子の照れ隠しだったのかも知れません。






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