今が生死

今が生死

2006.10.07
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カテゴリ: 付き合い
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長野県佐久市臼田町の佐久総合病院に8月22日に96歳でお亡くなりになった若月俊一先生のお別れ会に行ってきました。大勢の人の献花が続いて延々3時間以上も続きました。羽田元総理や長野県知事等も献花していました。若月さんは当初は「農民のために」の気持で医療活動をしていましたが、次第に「農民とともに」に発展させました。シュバイツア博士も当初はアフリカの病人のためにでしたが、次第に成長して「アフリカの病人と共に」になりました。私が国境無き医師団の試験を受けに行った事に対して様々な批判がありましたが、私はもとより若月先生やシュバイツアに比べられるべき器ではないと思っています。しかし今日参列して、若月先生の「農民とともに」の堅い信念と実行力には動かされました。もし私がアフリカに行けなかったとしても、「だれだれのために」の思い上がった気持でなく、「だれだれとともに」の気持ちになれるように、心を磨いていこうと思いました。





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Last updated  2006.10.07 18:31:05
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Re:若月俊一先生のお別れ会に行ってきました(10/07)  
響き煙  さん
病人を治すという目的があるだけに、あとは、自分で解決すればいいんです。
シュバイツアー伝記で読みました。
でも、農村医学に貢献した、若月先生は、立派な方でしたね。 (2006.10.07 19:02:05)

Re[1]:若月俊一先生のお別れ会に行ってきました(10/07)  
楽天星no1  さん
響き煙さん
>でも、農村医学に貢献した、若月先生は、立派な方でしたね<
今日頂いてきた「若月俊一の人と思想を語る」の本の中に、厚生省の石原信吾さんと言う人が、「本物と呼び得る稀なお人」を書いており、世の中に本物と呼び得る人は極めて少ないが、若月先生は何の躊躇も無くそう呼べる気がする。本物というのは完全無欠で完璧という意味ではなく、先生にも稚気愛すべしとも言える意外な反面があり、思わずほっとするが、先生の考え方や言動の全てに人間として信頼して間違いないと思わせる確固たるものがある。先生を本物と呼ぶ所以はそこにある。といった意味のことを書いていますが、それを完成させるのに96年は長かったのか短かったのか分かりませんが、少なくとも96年間本物目指してひたすら生きてきた人だと思います。激しい非難や批判、攻撃を受けたこともありましたが、批判に曝されながらも信念を貫いて生きてきた姿勢と実績に対して、本物だったと思っています。

(2006.10.07 21:33:27)

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