踊るムスメとチョコレート、そして夫との日々つれづれ日記

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2006.07.31
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カテゴリ: カテゴリ未分類
なんだかんだで、新居が完成し無事手続きも完了して
今日、夫が施工会社から受け渡しと言う事でマスタキーを得て帰ってきた。

自分は体調がイマイチだったので、無理せず立ち会わなかったけど
一連の報告を聞いてホッとした。

まだ全然引越しの準備も何もしてないし、実は来週には本引越しだというのに
焦りもなく、義父、義母、義兄と隣同士で住むというのも実感がわかない。
また度惑いもあるだろうけど、そこは焦らずに行きたい。
っていうか出来る確信は自分自身正直ないけど。

でも結婚して親となって、新しい家庭があって、つくづく家族がいること
の喜びをかみ締めている。

今までの家族、育った家族は人数がいて役割があったけど、
何かに踊らされていた、振り回されていた、そして誰も「その何か」を
見ようとしようとしていなった。

今までの家族とは縁がもう崩壊している。
実の母親に娘が望んでいることを何も察してもらえず
逆に言ってもらえなければわからない、そして「金」で埋まると信じている。
父はそんな目を当てられない母をずっとかばい、兄と私を守ってきた。
でも父は役割以上の仕事をし過ぎてきた。
娘はそれに気付いてきたけど、どう修繕したらいいのかずっとわからなかった。
というか、きっと父が死ぬまでどんな風にしても修繕されないだろう。
育った家族の行く末は想像がつかない。
正直、想像したくない。怖いし、自分もまたそれに振り回されそうだから。

前を向いて行きたいと思うなら、「今の家族」を大事にしたい。
義父、義母は本当の親と心底思えるようにもっと心を開きたいと思う。
ただ私には「家族を大事にする」という本当というか、本来のやり方がわからない。
時々気付く。他人にも義父、義母、夫、娘にも本来の自分に蓋をして
愛想をふるまっていることに。
でも、最近はそんな自分に少しコントロールできるようになった。
愛想振る舞いは途中で辞めて、特に言葉をかけず、無言でも相槌打つだけに
なった。(たったそれだけだけど、すごく心的には楽になる)


あと、お世辞をいうのも辞めた。
自分が他人に対する言葉に「お世辞」が多いことに気づいたから。
でも今まではそんな言葉はお世辞というよりも自分を見捨てないで欲しいという
願望の裏返しでただ、言っていただけだったのだ。


あとむやみに誤るのも減るといいなと思っている。
いつも見捨てられるのが怖くて「へりくだっている自分」がいる。
だからすぐに意味もなく「すみません」とか言ってしまう。
英語で会話していた時代の時のように、必要な時だけ、必要な分だけ
誤ればいい。もちろん、「ありがとう」も。

今の家族とは健康的な関係で結ばれている。
それがうつ病から回復中の私にとっての一番の救いだ。

ゆっくりだけど要らないものを少しずつ捨てて行きたい。
その過程を否定するのではなく肯定しながら。

私が正直嫌いな人とは「ずうずうしい人」だ。
どういう風にずうずうしいのかと言えば、他人がどう思うが、感じようが
それが正しいと自己を通す人のこと。
悪く言えば世間からずれているとも言えるのか。
逆に良くとらえれば「自分を大事にしている」と言える。
だからうらやましいけど、嫌いなのだ。
私には「自分を大事にする」方法を正しく知らないからだ。

先日、嫌いである人に全然知らない間に子供が生まれていたことに
大きくむかついていた。
その人の嫌いである特徴はすばり、「ずうずうしい」である。
これはあまりにも大人気ないと分かっているが
自分にあるものは最大限利用している、使っているというような人だ。
当然自分にはそれがないわけで、本当はそんなもの欲しくないのに
ないものねだりなのか、やっぱり悪い方にうらやましく感じる。

日本人の幸せの価値観って「皆平等」であることだと思う。
競争社会であり、個人主義がある欧米とは根本的に「幸せの尺度」が違うと思う。
でも私はもっと違う側面で「幸せの尺度」を見て、自分の尺度を直さないと
いけないかなとうすうす感じている。
その上で「本来の自分」を取り戻さなくちゃと思う。

書いた文章を見直すとつくづく「しなくっちゃ」という
自分に強制を化すところが多い。
イカン・・・・。
とりあえず「強制」ではなく「したいな」という願望の方がベターだろう。
その方が楽だし。優等生は卒業したい。

なんか悪いのか良いのか頭が冴えてきたので
さぼっていた友人への手紙を書いてみようかと思います。
うまくまとめようとせず、思いをしっかり正直に書く事。
その友人とは縁が切れてもよいと覚悟しているぐらいに正直に。















































































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最終更新日  2006.08.01 02:12:33
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