2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全7件 (7件中 1-7件目)
1
今夜は水瓶座の新月。それを意識しているわけではなかったのですが、心境に大きな変化がありました。一昨年急死した母に代わり、父の世話のためこの一年間はどっぷり袖ヶ浦生活でした。優しい娘の言葉に後押しされて「カントリーライフ」は始まったのでした。その間、娘は寂しいことも多々あったとおもいます。夏には生死をさまよう事件もありました。それでも袖ヶ浦生活に重きをおいてきました。今回は誰に言われたのでもなく、気持ちが変わってきたのです。「娘とゆっくり東京生活」これに決めました。実は何人かの方のリーディングでも言われたことがあります。「お父様との間にかなり深い契約があり、今回のお世話をすることが決められているようです。」というもの。そういえば父とは誕生日が全く同じの5月6日。数秘でも「6」は養育・・・。どの親も、子供にかなりのプログラミングをしているようです。女親も男親もです。その為に子供は有形無形の圧力を受けてしまう。私の場合、最初の子でしかも男の子を望まれて生まれてきたので、「長男」としての責任を負わされていたようです。私には実際には弟がいて彼が長男なのですが、父は私に期待をかけています。それを証明するかのように、がんばっていた私がいます。その事に気がつき悩んでしまいました。人は誰でも自由意志を持っています。コントロールされてはいけないのです。古い契約はキャンセルしました。破棄して再契約しました。「自由意志を尊重して生きる」ごめんなさいお父さん、でも見捨てるわけではありません。私たちと東京で同居する。東京で弟と同居する。弟と袖ヶ浦で同居する。この全てを拒否する父。父の思いを通せば娘に寂しい思いをさせなくてはならない。もう娘に寂しい思いをさせたくはないのです。毎日娘のいる家に帰り、袖ヶ浦には時々行くことにする・・・。そう決めました。
2006.01.29
コメント(2)

今回の香港旅行は急に決めたため、ほとんど予備知識もありません。コンセプトは、「クリスマスを暖かい外国でゆっくりすること」ただそれだけで行ってしまいました。「旅行ガイド」の冊子は友人にまかせ、4時間40分の飛行機の中」では、いつもゆっくり聞くこともないi-podを聞きながらクリアサイトの復習をしていましたし・・・。それで「えっ?もう着いたの?香港で近いのね~」などとのんきなことを云っておりました。おいしいお店や見所も沢山あったのでしょうが、後の祭りとはこのことです。(インターコンチ香港では、オリジナルクッキーとカードがお部屋にありました)ただコンセプトの「クリスマスを暖かい外国でゆっくりすること」は達成しましたが。。。(見事なイルミネーションのペニンシュラ香港も素敵でした)香港をブログのタイトルにしている方が沢山いらっしゃるのを発見!帰ってきてから、いろいろとお勉強させていただいております。。。
2006.01.08
コメント(0)
朝、起きてみてびっくり。温暖なここ千葉県袖ヶ浦でも、今朝はうっすらと初雪が降りました。2,3日前から父が「雪空だね。一回降らないとこの空はすっきりしないよ。」「ここでは降らないでしょう?この18年間で何回降ったかしら・・・」「殆どふらないねぇ。でもこの空は降りたがっている。」そんな会話を昨晩もしたところだったのです。昼頃には雪もすっかりとけたので、東京に戻ることにしました。帰ってみると、娘はだいぶ元気になっていました。一緒に夕飯を済ませ、お風呂もすんで・・・。一段と元気になりました。よかったよかった!********************今月から、父がいつもより日記に多く登場する予定です。
2006.01.07
コメント(1)

アムリタ♪が袖ヶ浦の父といる間、娘は一人で東京で留守番です。その娘の調子がよくないのです。3日に帰ったときは、「頭の上に何か乗っていて、熱はないけど痛いの・・・」といい、手をかざしてみると何というか・・・頭がまるで噴火したようになっているのです。ボーボーと熱いのです。これでは本人も辛いでしょう。それで30分間ヒーリングをしてみました。すると、「ああすっきりした~」という事なので袖ヶ浦に帰ってきたのですが。今日こちらに行こうと思ってはいるのですが、またしても不調。今度は「目の上が痛い」のだそうです。どうしたものやら・・・。 娘がお腹にいる時のことを思い出しました。7ヶ月に入った頃、毎晩下腹がしくしく痛むようになってしまいました。ちょうど長男が2歳半で近所でも知られたおマメちゃん。毎日追い掛け回してフーフーしていました。ちょっと目を離すと愛車のカウンタックを漕いで、歩けば15分の南浦和駅まで行ってしまい、探し回る日々の忙しさなのです。それである先生に薦められ天津祝詞と観音経の一説を教えていただきました。毎日100回唱えるのです。暗記してとにかく毎日100回続けました。その内、不思議としくしく痛むお腹はおさまってきました。娘は何とか10ヶ月お腹に居てくれ、めでたく3月6日の啓蟄の日に生まれました。最近になって娘はこんなことをを言いました。「わたしは地球からずっと遠いところにいたの。観音様の肩にちょこんとすわって遊んでもらっていて・・・楽しいところにいたの。あるとき遠いところから呼ばれて・・・それで地球にまた来たの」だと言うのです。娘のために作曲していただいた「フレデリックの魂の音楽」を聴いたとき、「ずいぶんと遠い遠いところからやってきてくれたのね・・・」という気持ちになりました。どうりで・・・学校の勉強には全く興味を示さないのです。既成の観念には興味もないのです。そんなことには価値がないと思っているようです。方向感覚と運動神経、暗記、探し物を見つけるのは大得意。そして直感が並外れています。娘は「宇宙の本当の愛」を伝えたいと言います. ***.........***明日は様子を見に,ちょっと東京に行ってきますね。
2006.01.06
コメント(2)

年末に決行した香港旅行は、母の一周忌が済んで甥の一言に後押しされたことがはじまりです。父の世話があって今年は海外でのクリスマスはとっても無理・・・。と、かってにあきらめていました。でも優しい甥は言ってくれたのです。「アムリタ♪おばちゃん、あんまり頑張りすぎないでね」「そっか・・・。甥の目から見ても頑張り過ぎということはかなりがんばりすぎているのかも・・・。ちょっと息抜きに遊びに行ってきましょう!4,5日で行ける海外のクリスマスと言うと・・・香港がぴったり。イギリスに統治された事があるし、雰囲気はいいかもしれない。」というのりで決めました。でもあまりにも直前で、JTBではもう一杯で取れないと言われてアキラメムードの友人。何とかなるでしょう、二人くらい!・・・の気合のアムリタ♪でどうにかなってと言うか、どうにかして香港空港に到着。宿泊するのは九龍側で、エキスプレスで海底トンネルをくぐって生きます。タクシーに間違ってインターコンチネンタル・スタンフォードにつれて行かれてしまい、大変な人の列をかいくぐり30分かけて目指すインターコンチネンタル香港に到着。今日はクリスマスイブ。ホテルのロビーでは可愛い歌声が響いています。街にでるとたくさんの人がイブを楽しんでいます。香港にはこんなに大勢の人が住んでいたのかしら?というほど。。。旅行者も沢山きていますね。あっ、私たちも旅行者でした・・・。街の中の教会でも明るく賑やかにジングルベルです。一番にぎわっていたのがここペニンシュラ香港イルミネーションを一目みようと、それはそれは沢山の人が集まっています。私たちもそうでしたが。。。このホテルは山から9つの龍が下りてきて海に向かう道筋にあり、風水からみてもかなっているとか。Uの字になった建物は龍の両腕が珠を抱えて海に向かっているそうです。宿泊したインターコンチネンタル香港も、風水的にもとてもいい造りになっています。“九龍”と呼ばれる、9頭の龍が山から港へと通り抜ける道の途中に建っているため、その道を遮らないように、正面玄関には噴水を配置しています。ガラス張りのドアや吹き抜けのガラス窓で、龍が通り抜けやすいようになっています。レセプションがロビーの中央にあるのも、龍が富を落としていってくれるようになのだとか。風水を大切にしている国ならではの考え方ですね。クリスマス飾りも洗練されていて素敵です。知り合いを訪ねて深せんにも足を伸ばしました。行きはフェリーで90分。街の景色は香港とは打って変わって大陸・・・です。英語の看板もありません。久しぶりの北京ダックにしたつずみ。知人のマンションから香港を望みます。空がピンク色に染まり、たくさんの天使たちが祝福にきているようです。下に見えるのはは深せん大学。街の中でここだけに緑が集まっています。お買い物を手伝ってくださった、知人の会社の方の奥様。すごいパワーで掛け合って、店の言い値の6割にまで値切ってしまいました。伝わってきます・・・パワーが。後ろに見えるのは、領事館です。帰りは税関を経て電車で香港に戻ります。香港は行政特区で・・・同じ言葉を話す外国なんですね。この続きはまた、お楽しみに!
2006.01.04
コメント(0)

今年も行われたウィーン学友会ホールでのニューイヤーコンサート。バレエもあり竹下景子さんと同様、ただもううっとり見て聴いていました。途中、ラトビア出身の指揮者マリス・ヤンソンスさんがドイツ語と英語で素晴らしいご挨拶をされました。「音楽は心と魂に安らぎを与えます。そして音楽は魂の栄養になるのです。」第一次世界大戦で負けたオーストリアでは、気落ちするウィーン子たちを励ました名曲が生まれました。ヨハン・シュトラウスのあまりにも有名な「美しく青きドナウ」いまでは、第二の国歌ともいわれています。いつともなく思っていたこと。。。それは、「芸術家・・・とくに音楽を仕事にする人は、人間としての最終ステージなのではないかしら。」というものです。昨日の指揮者ヤンソンスの言葉をお聞きしながら・・・ああ・・・やはりそうだわ。。。「魂に栄養を与える係り」とご自分でも仰っていましたもの、間違いありません。少女のからの長年の夢・・・それはウィーンに行くこと。アウガルテンパレス(天使の歌声と言われているウィーン少年合唱団が生活している)も見たい。ドナウ川で恋人たちに混じってクルーズもしたい。街のカフェでおやつにザッハトルテも食べましょう。 今年こそ花の季節に・・・バラが一杯咲き乱れる季節にウェーンを訪れることに決めました。
2006.01.02
コメント(0)
おだやかな新年を、父と袖ヶ浦で迎えています。私の昨年を振り返ってみると、☆キャロル・アドリエンヌの数秘学では「9」の年。9年間のサイクルの終わる年。成就と完成の年。新しい事は始めないこと。様々な出来事が起きてきて仕事、結婚、ライフスタイルの変化を促します。この9年間でかけがえのない事を学んだという実感を得るでしょう。来年の大きな変化に備えて新しい準備を備える年。旅行の準備をするよう に、仕事や問題を一まとめにしましょう。海外旅行をするかもしれません。今年はコントロールしたり、心を狭くしたり、うるさく小言を言ったり、おち込んだりする年ではありません。もっとよい事がじきにやってきます。次のサイクルに入る直前の年のため、劇的、破壊的、感情的な一年になるかも。とはいえ同時にふんだんの豊かさと人生をより良い形に変えるチャンスの 暗示もあるので、思ってもいなかった報酬を受け取るはずです。プッシュしないで結果がおのずとあらわれてくる様にしていましょう。☆細木数子さんの六星占術では小休止、「健弱」の年。健康に注意、知らず知らずのうちに健康を損なうおそれがあります。ふだんは病気しらずの人でも、ちょっとしたことで体調をくずしやすく、慢性的な疲労感に悩まされるかも。疲れをためないこと。ここで大病を患うと、来年の<達成>の運気をうまく活かしきることができなくなりますから小休止の一年と思って行動して下さい。これは健康だけでなく、仕事、人間関係などすべての面においても言えます。 新しいことに着手する時ではない。☆高島易断の九星本命星では西北の「乾宮」で「飛躍」の年 思わぬ出来事に出会っても慌てず騒がず対処して乗り切ること。 新規なことに着手せず、現状維持がよい。転職・転業は来年以降にする 事。 将来の大利をめざしてGO。 目先の小利にとらわれず、大所高所から見直してみて用意周到に手回しを しておくこと。ということでした。切り口は異なっていても一様に「新しいことに着手しないこと。」とありました。そういう時はのすごし方は・・・「陰徳を積む時期」と、以前仕事の大先輩から教わっていました。まさにこの一年はそんな年。「父の世話をさせていただき、私は徳を積ませてもらえた」のだと思います。確かに身体はとても疲れました。週に2回、東京と袖ヶ浦を往復する日々です。「お父さんのお金を無駄使いするなよ!」と弟に釘をさされピリピリしていました。それである時、「お父さん、この非常事態を乗り切るのに私の健康は大事でしょう?こうみえても結構つかれているみたい。少しお金をかけても良いかしら?」と相談しました。「なんだい、エステって。マッサージ?どこか身体が悪いの?」とどうにも理解ができないのです。そして10月、韮崎で再会した叔父と叔母が遊びにきてくれた時に、助け船を出してくれたのです。「アムリタ♪ちゃんはよくやっている。まるでお母さんのようにね。兄さん、アムリタ♪ちゃんが倒れたらたいへんでしょう?いいんだよ、お父さんの世話をしているのはアムリタ♪ちゃんなんだから好きに使って。ねえ兄さん!そうでしょう?」「まあ、必要経費ということだね。あるものの中から使うなら良いよ。」それからというもの、すっかり大船に乗ってしまいました。「身体の芯が冷えていて、細胞レベルで疲労が蓄積されています。」と、エステシャンのかたのお言葉をいただきました。いまではMホテルのゲランパリの会員になって、すっかり癒されています。余談ですが、ボディエステは・ドイツのバーデンバーデンの一流ホテル・香港の一流ホテルよりも私には素晴らしく感じます。(日本語が通じるから♪)そして2006年。「9年サイクルの始まりの年」「達成の年」いままでかかって暖めてきたものいよいよ今生の目的にたどり着きました。それはキャロル・アドリエンヌもフレデリック・デラリュも言って下さっている私の進む道のはじまりです。「新たな癒しをマスターし、知識を分かちあいながら人々を助けることを最終目的とする」この一年がここにあったからたどり着くことができるこれからの一年があります。思えば一昨年母が急死し、始めようとした仕事の頓挫、その後父とのんびりカントリーライフの一年間、そしてその後に受け取ることになったこれからの道。すべてが天の計画のうちに進められていました。受け取る準備ができた今、わたしのもとにやってきたのですね。ご縁のあったみなさまこれから出会うみなさまよろしくお願いいたします。ありがとうございます。
2006.01.01
コメント(8)
全7件 (7件中 1-7件目)
1


