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2008年05月07日
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テーマ: 精神の世界(125)
カテゴリ: 宗教
『百喩経』に『道案内人を殺して天に供える喩え』という話があります。

『商人たちが或る未知の国へ行くために、案内人を雇って出発した。やがて広野の中で、天神を祀る祠にさしかかった。そこを通過するためには、誰かを生け贄に供えなければならない。商人たちは、「親族でもある我々仲間を失うわけにはいかない」と協議した結果、案内人を生け贄に供えた。しかし案内人を失った商人たちは、道に迷った末、ついに疲れ果てて、みんな死んでしまった。』

誰しも道を歩く時は、眼を開けて道を確認して歩きます。もし眼が不自由であれば、杖などで道を確かめつつ歩きます。

人生を迷わずに歩くために、人は覚りの明かりを求めつつ歩きます。覚りの明かりを持つ心を菩提心と言います。菩提心を失えば、道に迷った商人のように、自分たちが今どこへ向かって歩いているのかも分からなくなって、ついには行き倒れてしまいます。そこでこの法話は、次のように締めくくってあります。

『法の海に入って珍しい宝を手に入れようとするなら、善法に従って修行し、それを道案内としなければならない。善法を破れば、生死の広野から脱出することはできず、三途を経めぐって、限りなく長い苦しみを受けるのである。ちょうど、あの商人たちが案内人を殺したために、行くべき道を失い、ついに疲れ果てて死んでしまったのと同じである。』





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最終更新日  2008年05月07日 05時30分06秒
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