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高橋和夫の「イランとアメリカ、そしてイスラエル」にイランの農業基盤の記述があった。 乾燥地帯ばかりの国土で農業をするためにバザール商人がカナートと呼ばれる灌漑用地下水路を構築して農業が可能となってきたそうだ。結果、バザール商人が大地主となり、農民は小作人で農村は研究者曰く「飯場集落」であったそうだ。山の麓に井戸を掘り、くみ上げた水を地下の水路で農地に供給できるようになったお陰で、作物ができるようになり、荒野が農地に変わったようだ。 20世紀後半からは、米国による民主的政権の転覆、王政による抑圧的支配、農地改革、イラン革命、米国大使館占拠人質事件、イラクによる侵略戦争、ウラン濃縮を巡る米国との紆余曲折、経済制裁、原理主義者による抑圧的支配とつづいてきたらしい。ネットの情報では、近年、農業で無秩序に水が汲み上げられ、水不足が深刻になっているらしい。google mapでみると、確かに地図上の青い湖が衛星写真では見当たらない。原理主義者による支配でバザール商人による用水管理がなくなったのだろうか。 宗教指導者は、国を強国から守るため、核保有でその介入を阻止し、原理主義を貫こうとしてきたようだが、異教徒・異民族との抗争の末に遂にはユダヤ勢力に戦争を仕掛けられ、国家存立の危機になってしまった。そんな状況で国内行政が疎かになったのか、水源を枯らせて生活基盤を危うくしてしまっているようだ。 原理主義者の人口は二割、一般的ペルシャ人は四割、クルド人が四割の多民族国家と聞く。水はどの民族・宗教にとっても死活問題だろうに。
Apr 25, 2026
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アコーデオン式の門の扉のキャスターがくだびれてきて、伸縮する時の動きがつっかえ気味になっていたので、ネットにアップされたDIYで交換する様子を参考にしてやってみた。 ネジは固くてとれないとのネットの事例を参考に試すとそのとおりに固くて無理。安い汎用品のキャスターの活用はあきらめて純正品の交換用キャスターを使うことに。 純正品を扱っているところをネットでやっと見つけてとりあえず試しに一脚を注文。UR・UM・UHキャスターLIXIL CBF01031A TOEX 3,637円(内送料700円)。何十年も前の部品のせいなのか値段が倍の店もあった。 新旧並べてみると随分すり減ってた。 スーツケースのキャスターを交換する動画がYouTubeにあって、タイヤの軸をカナノコで切って汎用品のキャスターのタイヤにつけかえていた。 取り外したキャスターをよくみると同じようにすればタイヤだけを交換できそうで、材料をホームセンターで物色。 6mmのシャフトを切るのに難儀してなんとか切っても断片が穴からなかなか外れずにまた難儀。なんとか隙間にひっかけてかきだして貫通。 NBステントラスコM5x40mm 162円 二袋、ステンナットM5 107円、スペーサー5x25mm 110円、キャスター(タイヤ) 425 360円 三個 計1621円。 キャスター車軸、クレビスピン、ショルダーボルトとかが使えそうな気がするがよくわからず、組ネジも丁度よい寸法の物が店頭にはなく、棚に並んでいたM5のネジにスペーサーをつけてタイヤに通した。スペーサーの外径が6.3mmとの仕様でタイヤのM6規格の穴に入るか気にはなったが、押し込めた。スペーサーの摩耗や錆への耐久性はよくわからず。 タイヤのみの交換だとベアリングの回転部分は古いままなので旋回が少し鈍くなっているものの差し障りはなし。タイヤ径が65mmに回復し、硬化してしまったタイヤから弾力のあるタイヤになったので旋回はスムースになり、伸縮時のひっかかりはとりあえず改善できた。
Mar 2, 2023
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4月下旬では、積雪で入れませんでしたが、夏は、木道も整備され、小雨でも散策でき、有難い。この先まで、次回は時間をとって辿ろうと。パノラマ写真
Aug 25, 2018
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高橋洋一チャネルを見てたら中東からのエネルギー危機は楽観視できるみたいなので、根拠にしてた輸入元の割合をネットで確認したら、なるほどだった。
Mar 8, 2026
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長さ、幅、こしが丁度で使いやすい。先生にもあげたら、便利、重宝と。ピアノ歴史館にて 1944年製 D-274 274cm (新品だと¥41,613,000)吉田牧場にてSTEINWAY & SONS のアップライト。牧場主曰く「手のかかるピアノ」と。調律の回数が多いらしい。
May 1, 2026
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矢掛町は山陽道の宿場の古い街並みが保存されている地域だが、その対岸にMontbellの店舗、イタ飯屋、キャンプ場、カヌー施設ができた。矢掛町ではイタリア野菜の生産をしていて、その食材の縁でJAがイタ飯屋を併設したらしい。なかなか旨かった。間を流れる小田川の川辺を辿れば、南方向に見える地蔵峠の稜線には、京大の天文台のドーム(東洋一の天体望遠鏡せいめい)が見えるはず。 もともと矢掛周辺は、大和朝廷の駅伝制の大路である山陽道の駅であり、戦国時代には猿掛城、茶臼山城が見おろしていた宿場町であり、江戸時代には大名の本陣も用意されていた宿場であったそうで、永い歴史のある宿場街だそうだ。 近代の交通網発展により街道と宿場はなくなってしまい、今では遺構として宿場の街並みが残るのみだった。遺構の宿場街が、皆が憩う行楽の宿場町として姿を変えて賑わえばいいなと期待が湧いた。 矢掛周辺の街道の歴史についての日記「間道と山道」
Apr 30, 2026
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