JE2LUZ・熊野

JE2LUZ・熊野

2020/03/23
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カテゴリ: 混在
私は大又川に育てられました。
 真冬は流石に冷たいのであまり川には出ませんでしたが、水が温みだすと川に出て魚を追い始めました。
 春先はほとんど釣れないのに「アメノウオ」を狙いました。
 今のような良い竿に疑似餌ではありませんから中々かかりません。
 餌は「がろじ」でした。
 「がろじ」は「トビケラ」の幼虫で「ゴロ」の間も蜘蛛の巣の様な網を張って酢を作っています。
 黒い虫で、噛み付く心配がないので扱い良いやつです。
 四万十川の方では「ザザムシ」と呼んで佃煮にして食べます。
 うまいものではなかったです。
 あっちでは川のものを何でも食べるようですからね。
 この「ガロジ」は随分減りました。
 砂や泥が増えてゴロが埋まったせいなのか、農薬のせいなのか洗剤のせいなのか????
 巻き貝の「ゴジナ」(かわにな)も激減していますから、川が変質したのでしょう。
 先に書いたように、「ウグイ」や「ハイ」の大きなのが居なくなったのはそのせいなのだと思います。
 昔は川で洗い物をしました。
 洗濯までしたのですが合成洗剤ではなく石鹸でしたから環境への負荷は少なかったでしょう。
 農業用水で食器を洗う家もありましたがこれも洗剤なしですから、残飯や味噌の数が流れても川への負荷にはならず、魚の餌になったでしょうね。
 川が汚れだしてから言われだした「BOD」なんてのは、昔の田舎の川では問題なかったのでしょう。
 大又川に米の研ぎ汁が流れたら魚は大喜びでしたからね。



 暖かくなると暇があれな手製の釣り竿で「ウグイ」「ハイ」を釣って遊びました。
 猫の「クロ」も大又川の魚で栄養補給していました。
 夏になれば「ヘシ・かなつき」を持って上流から下流に下りながら魚を突いていました。
 5寸くらいから上しか狙いませんし、「タイショウバイ」など馬鹿な魚を追いかけたら馬鹿にされました。
 「タイショウバイ」は手づかみで捕るものでした。
 今の大又川では「タイシュバイ」も「赤バイ」もいないし、5寸を越すような魚も激減しています。
 おまけに「鮎」は圧しで点いたら怒られますしね。
 梅雨前からは「うなぎ」のシーズンになり、「ウナギ釣り・夜づけ」「もどり」、真夏には「ゴロ掘り」でうなぎを追いました。
 いつの時代も悪いやつが居て、「毒を流すやつ」「バッテリーを使うやつ」「カーバイト爆薬を使うやつ」が居ました。

 「水生生物調査」が始まった頃に大又川で自主的な調査をしましたが、当然のように「きれいな川」でしたが、昭和30年頃までの大又川とは目に見えないところで随分変わっていました。
 「ガロジ」は減り「川ムカデ?タマチ」なども減り、「ガブ・川ハゼ」まで減っていましたからね。
 人間が川に降りなくなって川が痩せたようです。
 川がガキを育て、ガキが川を守っていたのでしょうか?


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最終更新日  2020/03/23 06:00:07 AM
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