JEWEL

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狼の花嫁 第1話

海斗が両性具有設定です、苦手な方はご注意ください。

遠くでフクロウの鳴き声が聞こえる中、一人の少女は只管暗い森の中を走っていた。
(早く、ここから逃げないと・・)
着ているドレスが泥だらけになっても、少女はその足を止める事はしなかった。
何故なら―
(何、今の・・何か、向こうの茂みで・・)
少女が茂みの方へと持っていたランタンを向けた時、その奥から“何か”が飛び出して来た。
鋭く光る“何か”の眼を見たのが、少女が見た最期の光景だった。
「また、やられちまったんだとよ・・」
「可哀想に・・」
「これで、何人目だろうねぇ・・」
森の中から少女の遺体が見つかったのは、彼女が失踪して五日後の事だった。
そのニュースを聞いた村人達は、決まって皆口を揃えてこう言った。
“狼が、娘を攫って殺した”と。
森の奥から、狼の鳴き声が聞こえて来た。
(狼か・・)
東郷海斗は包丁で野菜の皮を器用に剥きながら、狼が居るであろう森の方へと目を向けた。
「カイト、朝飯の下拵えは済んだのかい!?」
「はい、もう終わりました!」
「そう。じゃぁ、公演の時間までゆっくり休んでおきな。」
「はい。」
海斗は厨房―といっても、天幕を張っただけの簡素な所から出て、真紅の天幕の中へと入っていった。
そこは、海斗だけの空間だった。
彼がこのサーカス団で暮らし始めたのは、一年程前の事だった。
「え、クビ!?」
「済まないねぇ、工場の経営が苦しくて・・」
孤児院から出て、二年位勤めていた紡績工場が不況の煽りを受け、人員削減の所為で海斗は解雇された。
海斗が僅かな所持金と私物が詰まったトランクを持って向かった先は、サーカスだった。
そこで夢のような体験をした海斗は、“団員募集”のチラシを見つけ、面接を受けた。
「下働きでも何でもします!ここで働かせて下さい!」
こうして、海斗はサーカス団「ペガサス座」の団員となった。
最初は下働きだったが、海斗は踊りの才能を見込まれ、一軍メンバーとして活躍する事になった。
「寒っ・・」
海斗はトランクの中から、ギンガムチェックのショールを取り出すと、それを肩に掛けた。
春先とはいえ、この地方は朝晩の冷え込みが厳しい。
海斗はソファに横になると、そのまま眠った。
「ねぇ、何だいあの立派な馬車は?」
「さぁねぇ・・」
公演まで一時間を切った頃、「ペガサス座」の天幕の前に、一台の四頭立ての馬車が停まり、中から軍服姿の青年が出て来た。
「皇太子様、よろしいのですか?このような場に・・」
「市井の人々の暮らしを垣間見るのも、王族としての務めだろう?」

そう言った英国皇太子・ジェフリー=ロックフォードは、口端を上げて笑った。


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