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月の国、炎の国 第1章
月を神とする、雷獣の一族・紅牙族。
炎を神とする、妖狐の一族。
両者の間には、幾度となく血が流れた。
憎しみは末代まで引き継がれ、それは互いの国が繁栄した現在に至っても、変わらない。
そんな中、紅牙族の王家に生まれた王女・火月と、人間と妖狐との間に生まれた妖狐族の皇太子・有匡との縁談話が持ち上がった。
「まぁ、どうしてあの子が?」
「体のいい厄介払いでしょう。ほら、だってあの子は・・」
「姉様、有匡様からお手紙が届いたの!」
火月の義姉・美琴がそんな事を侍女達と話していると、そこへ火月がやって来た。
「まぁ、良かったわね、火月。」
「有匡様とお会いできる日が楽しみだわ!」
火月はそう言うと、屈託の無い笑みを浮かべた。
まだ幼い彼女は、自分と有匡の婚姻が、この国の将来を左右するものであるという事を知らずにいた。
―火月様が・・
―あんな子に、炎宵国の皇太子妃が務まるのかしら?
―国王陛下も、色々とお考えがあるのでしょう。
―それにしても、“あれ”はどうなっているのかしら?
―さぁね・・
女官達が噂をしているのは、火月の双子の兄・アルハンの事だった。
アルハンは、生まれつき病弱で、その上ある事情を抱えており、それ故に王宮の奥深くにある塔に監禁されている。
火月は、アルハンの元に毎日通っては、その日あった事を話していた。
その日も、彼女は自分宛に届いた有匡の手紙を扉越しにアルハンに読み聞かせていた。
「有匡様って、どんなお方なのかしら?早くお会いしたいわ!」
「きっと火月なら、幸せになれるよ。」
「ありがとう、アルハン!」
扉越しに聞こえる、妹のはしゃぐ声が、アルハンの心を沈ませた。
(いいなぁ・・火月は、何もかも持っていて・・)
生まれてすぐ、ある事情から塔に監禁された自分と、王女として何不自由ない生活を送っている火月。
同じ顔をしているのに、どうして自分だけが・・
「アルハン、どうしたの?」
「何でもないわよ。」
「じゃぁ、また明日ね!」
「あぁ・・」
火月が塔から出て、王宮内にある自室へと戻ろうとしていると、廊下で女官達が何かを囁き合っていた。
―ねぇ、あの噂は本当なの?
―北方の蛮族が攻めて来るって・・
―嫌ぁね。
―火月様のご婚礼が控えているというのに・・
「父様、北方の蛮族が攻めて来るって、本当なの?」
「まぁ火月、一体何処でそんな話を聞いたの?」
「女官達が話していたの。」
「大丈夫だ火月、この国はわたし達が守るから、お前は安心しなさい。」
「はい、父様!」
そんな話を火月が家族と話していた頃、彼女の縁談相手である有匡は、中庭で剣術の稽古に励んでいた。
「ま、参りましたっ!」
「ここに居たのか、有匡。」
「父上!」
稽古用の木剣を執事に手渡した後、有匡は偵察から帰って来た父・有仁に抱きついた。
「ますます剣の腕を上げたな。」
「はい、いつか父上のような立派な兵士になりたくて、日々稽古に励んでおります!」
「そうか、わたしは頼もしい息子に恵まれて幸せだな。」
そう言って有仁が笑った時、そこへ彼の妻・スウリヤがやって来た。
「帰って来たのか、有仁。」
「ただいま、スウリヤ。」
スウリヤは、第二子を妊娠中だった。
「母上・・」
「有匡はますますお前に似て来たな、有仁。」
「そうか?ならば、もうすぐ産まれて来る子は、お前に似て美人だろうな。」
「男だったらどうする?」
「どちらでもいいさ、健康に産まれてくれれば。」
「そうだな。」
そんな和気藹々とした雰囲気の中、有匡達の元に一人の兵士がやって来た。
「陛下、北方で反乱が起きました!」
「わかった、すぐ行く。」
「父上・・」
「そんな顔をするな、すぐに戻って来る。それまで、母上達を頼んだぞ。」
「はい・・」
泣き喚き、どうか行かないでくれと父に縋りつきたいのを必死に堪え、有匡は笑顔で父を見送った。
北方の蛮族が反乱を起こし、反乱軍が炎宵国の王都・ティエンカに迫って来るのは時間の問題であった。
「荷物は必要最低限の物だけを詰めて持ってゆけ!」
「母上、どうしても王宮を離れなければならないのですか?」
「有匡、そんな顔をするな。お前はいずれこの国の王となるのだから。」
「でも・・」
「さぁ、行くぞ!」
有匡とスウリヤ達は王都を離れ、東部にある離宮で避難生活を送る事になった。
そんな中スウリヤは、第二子である神官を出産した。
「おめでとうございます、元気な皇女様ですよ!」
「そうか。」
スウリヤは、腕に抱いた娘に、“艶夜”と名付けた。
「可愛い・・」
「これからは親子三人、力を合わせて頑張らねばな。」
「え?」
「皇后様、申し上げます!皇帝陛下が・・」
有仁の訃報が届いたのは、スウリヤが神官を出産した直後の事だった。
有仁の葬儀は、王都でしめやかに営まれた。
(父上、どうして・・)
有仁を喪い、有匡は悲しみに沈んでいた。
一方、火月の十歳の誕生日パーティーが盛大に開かれ、各国から祝いの品々が引っ切り無しに届いた。
そのパーティーには、有匡が国賓として招かれていた。
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