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「木蘭の涙」 歌 Stardust Revue 作詞 山田ひろし 作曲 柿沼清史逢いたくて 逢いたくてこの胸のささやきがあなたを探してるあなたを呼んでいるいつまでも いつまでも側にいると 言ってたあなたは嘘つきだね心は置き去りにいとしさの花篭抱えては 微笑んだあなたを見つめてた遠い春の日々やさしさを紡いで織りあげた 恋の羽根緑の風が吹く丘によりそってやがて 時はゆき過ぎ幾度目かの春の日あなたは眠る様に空へと旅立ったいつまでも いつまでも側にいると 言ってたあなたは嘘つきだねわたしを 置き去りに木蘭のつぼみが開くのを見るたびにあふれだす涙は夢のあとさきにあなたが 来たがってたこの丘にひとりきりさよならと言いかけて何度も振り返る逢いたくて 逢いたくてこの胸のささやきがあなたを探しているあなたを呼んでいるいつまでも いつまでも側にいると 言ってたあなたは嘘つきだねわたしを 置き去りに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一週間前の真夜中に姉が亡くなった。姉は脳性小児麻痺の後遺症でさまざまな障害を背負っていた。だけど、いつでも明るくて前向きで、私はいつも姉の姿勢に引っ張ってもらってきた。私の思春期には色々あって、関係が悪化したこともあるが、最近ではメールの交換を中心にとてもいい関係になっていた。花づくり・愛犬にのめりこむこと・読書・手芸ごと。これらの趣味はすべて姉からの影響をうけたものである。私の二人の子供も成人した。いずれ彼らは独立し、平均寿命から言えば、たぶん夫よりも私のほうが長生きするはず。そうなった暁には、二人で施設に入るなり、どちらかが元気であれば小さな家を借りて老後は二人で過ごそうと決めていた。それはなかなか楽しい計画だった。(夫にはナイショだったけど)そんなある日、姉が子宮ガンの宣告を受けた。青天の霹靂だった。しかも、かなり進行していて手術もできないという。こんなことってあるのだろうか。姉が一体何をしたっていうのだ。理不尽だ、あまりにも・・・姉は病名の告知を受け入れ、抗がん剤と放射線による治療を受けた。一年と3ヶ月、辛い闘病生活の果てに姉は逝ってしまった。「あなたは 嘘つきだね わたしを 置き去りにして」寂しい。今はただそれだけ・・
2005年07月22日
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前回の日記を読んであたたかいレスをくださった皆様、また姉の冥福を祈ってくださったたくさんの方々・・本当に本当に、ありがとうございます。あの日記だけでは説明不足で、私の複雑な気持ちは理解してもらえないだろうなと考えていたら、思いがけずも猫通りさんがご自分の日記で私の思いをそっくりそのまま代弁してくださり、また素晴らしい詩を紹介してくださいました。「千の風になって」この詩を読み進むほどに、涙があふれてとまらなくなりました。通夜・葬儀のときにもかなり泣いたんだけどそれはやはり人前でのこと、どこかおさえている自分がいました。(遺体に対面したときには呆然としただけで、どういうわけか涙が出てこなかったのです。)そんな私が、猫通りさんの日記でこの詩を読んだときにはじめて人目も何も気にせずに、思い切り体中にあるだけの涙を流すことができたという感じです。猫通りさんのこの日記へはこちらから。猫通りさん、本当にありがとう!今日は病院の支払いをすませに行って、病棟の看護士さんたちに挨拶をしてきました。事情を話せば長くなるので、またまた曖昧なことですが、ここでまた新たな苦しみが私の中に生まれました。それは、姉の死期を決定したのは私の選択だったということです。この苦しみはきっと一生続くのだろう。。。
2005年07月19日
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去る7月13日午前0時29分、私の実姉が永眠しました。病院からの知らせを聞いて駆けつけたけれども臨終には間に合いませんでした。12日の午後4時ごろに、「また明日来るからね」と声をかけ、かすかに頷いてくれたのが私にとっては最期の姿でした。(ちょうどその日のお昼頃に医師からの説明があり、非常に状態が悪くなっていて後一週間くらいだと思うが急変もあります、という説明を受けたばかりでした。奇しくもその日にホスピスへの転院の順番が来たのですが、そんな状態で動かすわけにはいかなくなりました。)このときが近いうちにやってくるという覚悟は早くからできていたけれど、そんなものは何の役にも立たないということがよくわかりました。14日に通夜・15日に葬儀も終えました。花が好きだった姉のために、祭壇は花だけで飾りつけしてもらいました。それも色とりどりの花で。とても綺麗だった。大好きだったユリや胡蝶蘭などたくさんの花たちに囲まれて、姉は喜んでいてくれたかな。今、私の心の中はからっぽで、ひたすらぼんやりして過ごしています。すっかり弱ってしまった母も心配だし、後片付けも手伝わないと、とは思うのだけど何をする気力もなく時間が流れていきます。前回のコメントへのレスもいまだそのままで、本当にごめんなさい。「義経」も前回は見れませんでした。今日の夜は見る気になれるかな?もう少し落ち着いたら、姉の思い出など書き綴ってみたいと思います。今しばらくこちらにも来れないかと思いますが、どうぞおゆるしください。
2005年07月17日
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冬ソナにはいまいちはまれなかった私がすっかりはまってしまったテレビドラマ。それはNHKの大河ドラマ「義経」なのであります。義経を演じるタッキーのなんと素敵なこと・・・このドラマを見ているときの私の目は、くっきりハートマークになっていること間違いなし!普段のタッキーを見ていてもなんとも思わない。そりゃ美少年(もう少年という年でもないのかな?)だとは思うけど、これといって心に感じるものは何もなかった。それなのに義経になりきったタッキーには、もうビリビリしびれっぱなしなのです。それからカッコいいなぁ、と思うのは木曾義仲の愛妾・巴御前を演じている小池栄子さん。この人も「義経」以外で見てもなにひとつ感じるものはないんだけど、「義経」での小池さんはすごく素敵。義仲を見つめるこの人の眼がすごくいい。愛する人のために、女だてらに合戦にも颯爽と参加するそのカッコよさ♪もう一人、北条政子役の財前直見さんもまた見事なほどハマリ役だと思う。久々に大河ドラマを最後まで見ることになりそう。大枚はたいて解説本なるものまで買ってしまいました。義経姿のタッキーのポスターをどこに貼ろうか今考え中^^悩みが多いわりには、こんなのんきなこと言ってる私。けど、こんな楽しみのひとつでもなきゃやってらんないよ。。もはや開き直りの境地です。
2005年07月02日
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さてさて、再び久しぶりの日記です。ですが、もう言い訳をするのはやめておきます。いつも同じことばかり言ったってしかたないものね~トップに流れる文字にも書きましたが、相変わらず状態は好転せず暗い気持ちの毎日を過ごしています。PCをたちあげてもどうにも言葉が出てこないことが多くて、こんなことになっていますが、その中でひとつだけ「え~い、これもあれも書いてやる!」とストレス発散の場を化しているブログがあります。そうです、他でもありません。認知症プラス腰痛のため要介護2と判定されている義母への愚痴日記です。思い切ってこれをリンクさせました。興味のある方は読んでやってください。ここまでは前置きで、さて本題です。昨日、神戸のホスピスのある病院に家族面談に行って来ました。子宮ガンで闘病中の実家の姉の転院を申し込むためです。今入院中の病院は、基本的に急性期医療のための病院なので、転院先を早く予約しておいてくださいと少し前からせっつかれていて、弟が面談予約をとりつけてくれて二人で行って来ました。病院自体はごみごみとした感じで、第一印象は「え~こんなところにホスピスがあるの?」と思ったけど、いざ緩和ケア病棟(今はこの言い方で呼ぶことが多いらしい)のある階に足を踏み入れるとそこは別世界でした。なんと優しくおだやかで美しく落ち着いた清潔な心安らぐ空間がそこに広がっていたことでしょう。(形容詞多すぎ?)心底からびっくりしました。面談に当たってくれた担当医師と看護師長のお二人、これがまたなんとまぁ素晴らしい方たちで、先程の形容がすべてそのまま当てはまりました。ホスピスに入るということは、もう一切の治療はしないということです。(この病院ではそういう方針)ただ、苦痛をやわらげるためには最大限の努力をしてくれるそうです。ボランティアさんも50人!もおられて、そのうちの何人かにお会いしたけれどこれまた先程の形容詞がすべてそのままあてはまって・・助からない命ならば、せめて最期は可能な限りおだやかに過ごさせてやりたい。私達のその願いをここならばかなえてくれそうだと感じました。ただ、順番待ちがあって、転院できるのは早くて2週間先だということです。もう今となっては、一日も早くあの別世界に姉を連れていってやりたい。そう願うばかりです。
2005年07月01日
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