杉浦祖玄さんは、日本における市井の隠者かな忘れるには惜しい
杉浦祖玄さんは、由美ちゃん の師であった。たまたま由美ちゃんのホームページを見ていたら、「だいじょうぶ」by杉浦祖玄 とあったのだ。
何年も前にお手紙を出したことがある。
なんと巻紙でお返事が来た。見事な筆であった。一緒に詩集が入っていた。
祖玄さんは詩人でもあった。
「からっぽの詩 いのるこころにみせられて」には、坂村真民さんが序を載せている。
宇宙的になった祖玄さんの世界
坂村真民
「からっぽ」の詩を作り続けてこられた祖玄さんの詩が、宇宙的となり、その粒子とも言ってよい詩の数々が、このたびの詩集に光っているのを見て、いいなあ、いいなあと、感銘しながら詠んでゆきました。
詩は作った人の心と、読む人の心とが、ぴったり一致した時、生きてくるものです。
宇宙は生きてくるものです。
宇宙は生きています。
でも、それを感じない人には、宇宙は存在しないのです。
それと同じく、優れた詩があっても、それを感じない人には、詩は働きかけてきません。
聞けども聞こえず 見れども見えず
こうした人たちが近頃増えてきました。最近特に、そういう人たちが、心豊かであった日本の人たちを消してゆこうとしています。
わたしも詩を書き続けていますが、それはこころというものが、どんあに大事なものであるかを、知ってもらいたいためです。
祖玄さんの言われる、からっぽというのは、宇宙のような、何にもとらわれない、からっぽの純粋さを言うのだろうと思います。般若心経のいう、空の世界、無の世界だと思います。
雲の美しさも、空であるから 花の美しさも、無であるから
それのわかる人にならねばなりません。そのための、いのりなのでありましょう。
星のようにキラキラ光る詩が、頁をめくるたびに出ています。
よい声で鳴く鳥のような詩が、いっぱいあります。
大乗仏教、特に禅によって磨かれた祖玄さんの愛に満ちた詩集の出現を喜び、序文といたします。
杉浦祖玄さんは、2005年9月に逝去されたという記事を、今日ブログで読んだ。謹んで哀悼の意を表す。
「からっぽの詩 いのるこころにみせられて」抜粋
序詩
ふしぎ
いっぽ すすめばいっぽ すすむ
いっぽ すすめばいっぽ すすむ
とうさんも かあさんも
じいちゃんも ばあちゃんもこの ふしぎをいただき
いきて こられた
わたしも
このふしぎを いただき
いきて いこう
がを はる
すくない りこうが
あたまを もたげいま おれがの
がを はりだした
ごあいさつ
ぺんぺんぐさ みっけごあいさつ
せんとうの みち
「とうちゃん あしがあるくの いやがっている」
ははに きかれぬように
そっと ささやき
おぶってもらった せんとうのみち
ほほが まだほてる
まね
かわいい わたしがほとけさまの まねをする
なんでまた おちょぼぐち
かつて ここに
かつてここに やたいがあって
きのつよそうな おばさんがらんぼうなこえ はりあげて
よっぱらいの あいてをしていた
みそのこげる いいにおいのなかで
あるひ やたいのかげで なみだふいてた
いがいに きゃしゃな おばさんの
しつぼうのまなことであった
みてはならぬもの みたような
ふくざつなおいに わたしがゆらぎ
あかちょうちんの ひかりもまばら
秘密日記 ご本人のアクセス時のみ表示☆祖玄さんの詩をよんでたら、わが幼き日々を思い出してしまった
いぬにかまれて
あるひ いぬにかまれた
ほんまちのいえに なきたいきもちをこらえて
ぐっと がまんしてかえった
とちゅうで いちばのおばさんに
どうしたの いぬにかまれたの
まあかわいそう
そうなぐさめられて がまんしていたきもちが
いっぺんにはじけて おおなきをした
あの おさないひ
ねこをおいかけ
みずてっぽうで みーこをおいかけまわした
みーこは必死ににげて おいつめられて
ごみばこのなかに にげこんだ
ああ みーこ ごめんね
こどものころの ざんこくなおもいとおこないが
いまもなお くいとなってのこる
ねずみのあかちゃん
あるひ あそんでいるとき
びょういんのがけで ねずみのあかちゃんをみつけた
はこにいれて うちにもってかえったら
かあちゃんから したたかにおこられた
おそれをしらぬ あのころ
おかあさん そんなことがあったのをおぼえていますか
にいちゃん
ちいさいころ にいちゃんのまねばかりしていた
にいちゃんのすきなものを すきになった
あいじょうじのうた りくじょうのかけっこ
ははがなくなったあと にいちゃんにいわれた
おれはおまえがすきだぞわたしも またこたえた
にいちゃん わたしも にいちゃんがすきだよ
みどり川の四条橋横の石碑
「念じれば花ひらく」という碑をどこかで見たことありませんか?この「だいじょうぶ碑」は2005年に逝去された杉浦祖玄さんという方の碑です。
西尾市内であきちゃんラーメンを営業するかたわら、お店の裏に大潤禅堂を建て、座禅を指導して、数々の人を「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と励まし、詩人でもあり、西尾市内にいくつかの碑を、そして五大陸各地に「念じれば花ひらく碑」を健立されました。
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