カルトにこだわる事情


古来、泥棒にも三分の理、といいます。
それは自分の側のリクツも実は同じです。

これは正しい、今やらなければならない、自分もやらなければならない、、
という思いは、「理想主義的」な人達に共通する心情でしょう。

そんな「奇特な人」「マジメなやつ」が罹る病気がカルトとか盲従とかの傾向です。
いろいろな理想主義的な団体に接触してきた経験から、目が逝っちゃってる人がどこにでも居るなぁと。

そういえば、右翼系の集会に紛れ込んで「万歳三唱」するわたしを見た左翼系の知り合いに、「陶酔していた」と笑われたことがあります。
また、とある音楽喫茶に過激派くずれの青年を連れて行ったら、現役の既成左翼の青年が興奮と疲労のために目が逝っちゃって、うわ言のように歌っているのを見て、戦慄しました。

あまりに異様だが、、よくよく考えれば、そういうことは、自分たちにも有ったみたいだ、ということに思い当たるわけですね。
家族が見たら泣くだろうと思う。痛ましい。

オウムの人達も街頭宣伝しているときは、むしろ幸福そうな表情でした。
本人は高揚しているのだろうと想像できます。

どこで間違ったのか、どうしたらその渦から抜けられるのか、という疑問と課題を負っています。


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