今日の気持ちを短歌におよび短歌鑑賞

今日の気持ちを短歌におよび短歌鑑賞

2013.05.17
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今日の聖句:「内村鑑三所感集」(岩波文庫)より
http://www.izu.co.jp/~jintoku/utimura10.htm

原文は文語調、人徳の口語訳および意訳の個所もあり。



神の救い


自分自身反省することは、自分の中にはなんら善いものが見つけられないと言うことです。こ

ころの中は、汚れ、悪念、邪欲、貪婪(どんらん)などです。このような悪しきものを自分自

身で取り払わなければ、神にちかづくことが出来ないのであれば、わたしは到底神に近づくこ

とは出来ないでしょう。しかしながら、神はわたしの罪よりも大きな存在です。神はわたしが

罪のある人間であるにもかかわらず、わたしを救って下さるのです。神はわたしのためにわた

しの中の罪を殺して、わたしを神の従者にして下さるのです。わたしが救われることの唯一の

希望は、ひとえに神の御恵みにかかっておるのです。もし神がわたしに御恵みを下さらないの

であれば、わたしの救われる希望はまったくなくなってしまいます。


一日一生(内村鑑三)

キリスト・イエスの良い兵卒として、わたしと苦しみをともにしてほしい。兵役に服している

者は、日常生活のことに煩わされてはいない。ただ、兵を募った司令官をよろこばせようと努

める。また、競技をするにしても、規定に従って競技をしなければ、栄冠はえられない。労苦

する農夫が、だれよりも先に、生産物の分配にあずかるべきである。(テモテ第二書二・三~

六)


神に導かれる生涯はもっとも安全なる生涯である。何びとも、神によるその成功を妨げること

はできない。また何びとも、われらの競争者として起(た)つことはできない。永久的成功は

われらに保証せらる。神にたよるがゆえに、完全に独立である。かれが命じたもう事をさえ、

なせばよいのである。ゆえに、人に頼む必要なく、媚(こ)び諂(へつら)うの必要は絶対に

ない。また生活の心配は絶対にない。神に徴発せられし兵卒である。彼が、わが生活を保証し

たもうはもちろんである。自分の目的を遂げんと欲するがゆえに生活の心配があるのである。

神の御用に服役して、神が生存の責任をにないたもうは当然である。


「矢内原忠雄の今日の言葉」

あぶくま無教会ホームページ(現在閉鎖)『日々のかて』よりの転載です。

5月18日(土)

私は雲の中に虹を置きます。これは私とあなたたち及び生き物の間に、世々限りな

く私が立てる契約のしるしです。

(創世記 9:12-13)



 大洋の上、あるいは広野の上にかかる虹がいかに雄大であるかを思えば、洪水

の引いた後バビロンの平野に現れた虹は、ノアの目にいかに美しく、いかに壮大だ

ったでしょうか。

 虹は黒雲の中に現れず、また白日の下においても現れません。虹は雨が上がっ

て青空が広がろうとする、その直前に現れます。古きは過ぎ去って、見なさい、新し

い生命が出ようとする時の希望の色であり、復活の預言です。

 神の革袋(かわぶくろ)に貯えられた私たちの涙の水滴が水蒸気のように立ち昇

り、それを通して神の愛と栄光が分解される時、それは七色の虹となります。ヨハネ

が幻影(げんえい)に見た神の御座の周囲に虹があり(黙示録 4: 3)、またエゼキエ

ルの見たエホバの栄光の輝きは「雨の日に雲にあらわれる虹のようです」(エゼキエ

ル 1:28)とあるのも、単に神の威厳(いげん)を示すための形容ではなく、悲しんでい

る人をなぐさめ、死んだ人を復活させ、荒廃(こうはい)の地に救いと希望を与えられ

る神の愛の輝きを象徴(しょうちょう)するものと解すべきです。


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内村鑑三とともに

内村鑑三







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最終更新日  2013.05.18 02:08:22
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