今日の気持ちを短歌におよび短歌鑑賞

今日の気持ちを短歌におよび短歌鑑賞

2013.06.21
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類

今日の聖句:「内村鑑三所感集」(岩波文庫)より
http://www.izu.co.jp/~jintoku/utimura10.htm

原文は文語調、人徳の口語訳および意訳の個所もあり。

6月22日(土)

破壊者

キリストは破壊者ではありません。完成者です。完成者でありますために破壊者のように見えるの

です。破壊するための破壊者がおります。完成するための破壊者もおります。前者は真正の破壊者

であって、後者は真正の建設者なのです。そしてキリストは後者の建設者なのです。殻は芽をまも

るために必要です。しかしながら、幼い芽がすでに根を地中に張るようになると、殻は自然と不必

要となります。芽を殻の破壊者と見るのは誤りです。芽は殻の破壊者ではなくて、その完成者なの

です。




6月22日(土)


イエスはもう一度大声で叫んで、ついに息をひきとられた。すると見よ、神殿の幕が上から下まで

真二つに裂けた。また地震があり、岩が裂け、また墓が開け、眠っている多くの聖徒たちの死体が

生き返った。そしてイエスの復活ののち、墓から出てきて、聖なる都にはいり、多くの人に現われ

た。百卒長、および彼と一緒にイエスの番をしていた人々は、地震や、いろいろのできごとを見て

非情に恐れ、「まことに、この人は神の子であった」と言った。(マタイ伝二七・五○~五四)


人の死は何びとのそれも厳粛である。これに超自然的なる、神秘的なるところがある。人は死に臨

んで、ただの動物でない。また知能的機械でない。いかに冷静なる人といえども、死に面しては霊

的である。感情的たらざるを得ない。人は死に臨んで無限の世界に直面する。自己は死して死せざ

る者なるを直感する。人の死ほど、厳粛なる、おそれ多きものはない。われら、愛する者の死の床

にはべりて、霊の世界にありて神の前に立てるがごとくに感ずる。「人のまさに死なんとする、そ

のいうや善し」にとどまらない。そのさまや聖しである。人の息の絶ゆる所に、神はその天使を率

いて臨在したもう。浮薄きわまる人の世も、死が見舞う所だけは厳粛である。神聖である。(注一

五・二六九)


「矢内原忠雄の今日の言葉」

あぶくま無教会ホームページ(現在閉鎖)『日々のかて』よりの転載です。

6月22日(土)

主イエス・キリストを信じなさい。そうすればあなたもあなたの家族も救われます。

(使徒行伝 16:31)

家族の救い

 神の国は霊と真実の交わりであり、肉親の交わりとは全く質を異にします。血肉は

神の国を継ぐことは出来ないのです。私たちが神の恩恵によって信仰に入って後、

私たちの家族もまた同じ信仰に入ることは、私たちの心からの願いとなります。しか

し私たちの最大の関心事は神の国の成ることであり、私たちの肉につながる家族生

活の幸福ではありません。ただ私たちの家族の救いもまたその中に準備されて行き

ます。 ・・・ 

 家族伝道は心にかけるべき事柄ですが、しかしあせることはありません。また失望

することもありません。私たち自身の信仰は家族に対して福音の証となり、神の真

理はそれみずからの能力を私たちの家庭においても現されるでしょう。私たちのつ

とめるべきことは、家族の無理解にかかわらず自分自身の信仰の立場を堅く保ち、

天のエルサレムに顔を向けて勇ましく歩むことです。その事が結局、家族の救いに

対して私たちとしてなしえる最善の準備なのです。


私のおすすめの本


内村鑑三とともに

内村鑑三







お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2013.06.22 02:05:43
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: