今日の気持ちを短歌におよび短歌鑑賞

今日の気持ちを短歌におよび短歌鑑賞

2014.05.13
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白浜短歌会五月歌稿下書きNO.1     後藤瑞義



                                A子さん


初めての介護施設に入所する全身脳裏リハビリ励む

新緑も雨露受けて葉を広げ周囲覆いて景色見え隠れ

1.「全身脳裏」、全身はいいとして脳裏とはなかなかむずかしい言葉を

使っています。要するに体と頭(あるいは心)のことでしょう。頭とか心とか

でなく「脳裏」という言葉を使っているところが、ある種の作者の強い思いを

感じます。多分心良くは思っていないのかもしれません。「初めての介護施

設」は、初めて介護施設に入ったのか、他の介護施設に入所したことがあ

るのかは、ちょっと不明ですが、文字どうりですと他の介護施設に入所した

ことがあったように感じました。まず、事実をしっかりつかむ、事実が重い場

合は事実だけでも歌になると思います。

参考: 初めてよ介護施設に入所して頭と体のリハビリをする



2.リズムが、ぽつぽつとした感じです。内容的には合っているかもしれません。単な

る新緑の歌ではないでしょう。「雨露」と「露」をつけたところにも作者の何かを感じま

した。葉の広がってゆく生命力、それはあたりを隠してしまうのです。そこに目を向け

たところはすばらしいと思います。

参考: 雨露を受け新緑の木々の葉は周囲覆いて景色を隠す


畑                B子さん


嬉しくて畑仕事が楽しくて体うきうき良く動いてる


自然にね笑顔が出てる毎日が感謝感謝の陽を浴びてます


畑には去年の種がこぼれしか恵の苗がすくすく育つ


1. 感情が爆発したようです。そうでなければこういう歌はうたえないでしょう。なんで


もないことがすばらしいことだった、そんな発見が歓喜をもたらしたのでしょう。


2.一首目と同じような感情が働いているようです。作者にとって、「自然に笑顔がで


てくる」感じがする。これは、貴重な感じです。


参考:自然にね笑顔となれる今日の日よ感謝かんしゃの陽を浴びてます


3.「苗がすくすく育っていた」驚きと感激。短歌表現は、過程、進行形より結果を表現


したほうがいいように思うのです。「すくすく育つ」と「大きく育つ」の違いです。それか


ら、苗はなんの苗でしょう。「恵の苗」もいいのですが、具体的に名前を入れるとイ


メージがはっきりすると思います。短歌はまず事実をしっかりつかむことから始まると


思います。


参考: 畑には去年の種がこぼれしか○○の苗が大きく育つ



               H子さん


歩む軸五月四日で変わりたる記憶の中に進路がありし(求めん)


きみと子と暮らした部屋を壊したる姿かわれど我等のルーツ


夥し本の処分は胸刺すも空いたる棚の目次は愉快


1.作者には独特の言葉のセンスが確かにあるようです。たとえば、「歩く軸」といった


言い方です。「変りたる」はここで切れますか、それであれば、「変りたり」のほうが落


ち着くと思います。それとも、「変りたる記憶…」と下に続くのでしょうか。「たる」と連体


形で止めて余韻をもたせたのでしょうか。下の句はなかなか難しいです。「記憶の中


に進路がありし」と「記憶の中に進路求めん」で悩んでいるようですが、前者は過去で


後者は未来へ思いをはせたような感じで、おもしろいと思います。また、それが私の


理解を苦しましています。「記憶の中」とは、ご主人がご健在であったときのもろもろ


の記憶なのでしょうか。




2.「部屋を壊したる」これも連体形ですね。「姿かわれど我等のルーツ」この表現も


独特です。そして、そこに作者の思いがこもっているのでしょう。媚のない表現はこれ


からも伸ばしていってもらいたいと思います。



3.ここでも「空いたる棚の目次」という不思議な表現があります。棚に目次が貼って


あるんでしょうか。その棚の目次が愉快と言っています。上の句で沢山の本を処分し


た悲しみを歌っています。それが、下の句へゆくと愉快となるこの複雑さ。しかし、こ


の愉快は悲しみの果ての愉快なのでしょう。悲しくて愉快としか言いようがないという


気持もあるのだろうと察します。説明しない、自分の気持に正直に歌を作ってくださ


い。いや、すでに、そうした感じで作っておられるので感心しているのです。



                                   C子さん

庭隅の小さき草花赤黄色如雨露の水に光る玉ゆら

元気かね大丈夫だよと母と娘の日課となりし携帯電話

物言わぬくまさんだけど「寝ようね」とふとんに抱きて安堵しねむる


1. 「庭隅の小さき草花」に目を止めたのはよいと思います。それが、如雨露の


水に一瞬きらめいたところでしょう。「玉ゆら」もせつないと思います。小さなもの


に、忘れられたようなものに目をとめる。これが短歌で大切なことだと思いま


す。



2.「携帯電話」が結句でびしっと決まっています。感情を抑えて、ありのままに、その


ままに歌っているところがよいと思います。



3.これも、よいと思います。こんなことを歌にしてはいけないのではないかといった


考えを捨てるところから歌が生まれるように思います。一人住いのある種言うにいわ


れぬ感情をこんな調子で、ある面では明るく、ちょっとユーモラスに歌う。そこに、か


えって深いものも伝わるような気がします。




                               D子さん


この海を友にいつしか古希が過ぐ少し賢き吾になりたし


貸切りの海辺でまずは心呼吸波とたわむる癒しのタイム




1.「この海を友にいつしか古希が過ぐ」という、事実をしっかりとらえた上の句


と、一転して「少し賢き吾になりたし」という思いが、違和感なく一首のなかにお


さまっています。いいと思います。大きな海と小さなわれ。「少し賢き」がつつま


しくていいと思います。




2.「心呼吸」は「深呼吸」の誤りではないですか。それとも、意識して「心」を使


いましたか。「心」もおもしろいとも思いますが、ちょっと浮く感じがします。ここに


目が止まってしまって、下の句がぼやけてしまう感じがします。「癒しのタイ


ム」、いい言葉ですが、言葉に頼り過ぎている感じがします。こういった場合、な


んとか言葉ではない、言葉であらわさない表現がほしいと思います。


参考: 貸切りの海辺でまずは深呼吸波とこころのたわむれる時




                       E子さん


幼子の手をつなぎ行くとなりの家族我にもありし遠き日想ふ


写真帳昭和も遠くなりにけるセーラ服の様々なつかし


青春にたゝきこまれた今生も使ひはたして我古希に至れり


1.「幼子の手をつなぎ行くとなりの家族」としっかり事実をとらえています。これ


がしっかりしているので、「我にもありし遠き日想ふ」が生きてくるのです。「遠き


日」という言葉にせつなさがこもります。




2.「写真帳」に重みがあります。「遠くなりにける」これも連体形で終っていま


す。本来なら「なりにけり」だと思うのですが、やはり余韻をもとめているのでしょ


うか。「セーラー服の様々」でいろいろ想像できますが、たとえば、「セーラー服


の様々の顔」とするともっと具体的になると思います。その具体によって気持を


表現するのも短歌です。


参考: 写真帳昭和も遠くなりにけりセーラー服の様々な顔



3.「たたきこまれた今生」は、「たたきこまれた根性」ではないでしょうか。「古


希」は七十歳ですが、七十歳のころを思い出しているのでしょうか。現在のお歳


ですと、米寿でしょうか。


参考: 青春にたゝきこまれた根性も古希に至りて使い果たせし


(つづく)





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最終更新日  2014.05.13 19:07:04
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