今日の気持ちを短歌におよび短歌鑑賞

今日の気持ちを短歌におよび短歌鑑賞

2014.09.20
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九月号歌評下書き (「賀茂短歌」9月号より)             後藤瑞義

原 明男
あす帰省(かえ)る孫にと竿を振る老いの手竿に跳ねる鰺の銀鱗

 帰省されたお孫さんが明日帰るというのです。なんかしてやれないかと
あれこれ考えた作者ではなかったでしょうか。釣りをした作者なのですが、
お孫さんといっしょだったか、一人で行ってお孫さんへ食べさせることが
出来る鰺の収穫に喜んでいるのか、はっきりしません。しかし、結句の
「手竿に跳ねる鰺の銀鱗」という描写に作者の喜びがあふれています。
「鰺の銀鱗」という表現が文字通りきらきらかがやくようでよろしいのでは
ないでしょうか。「手竿」という表現もよかったと思います。なにしろ、
作者の心踊りがよく伝わります。孫の歌はどうしても甘くなると言われます。
その点作者も承知しているのでしょう、自分を第三者のように「老い」とのみ
表現しています。ちょっとしたことですが、大切なことだと思います。

渡辺つぎ
百歳を越えてはじめて知りしこと長生きの宝ひろうことあり

 百歳を越えてはじめて知ったことがあったと作者は言っています。それが、
長生きの宝をひろうことだと言っているように思います。「長生きの宝」とは
どういうことか、あるいは物かは具体的にはこの歌では分かりません。作者自身
が百歳になって初めて知ったことなのですから、七十一歳のわたしにわかろうは
ずがないとも思われるのです。いやあるいは作者自身もそのような含みをもって
この作品を作っているようにも思われます。つまり、百歳になると、ああやっぱり
長生きしてよかったというような、おもいもよらぬ宝物をひろうことがありますよ。
だから、どうか百歳になってみてください。ならなければいくら説明してもきっと
分からないでしょうから…。そう作者が言っているように思えます。

鈴木菊江
立ちこめし霧の中より一すじの光の如き夏鶯のこゑ

 あたりが霧にもやっている、そうした状態なのでしょう。そうした、もやもやと
したなかより鶯の声がしたのでしょう。その鶯の声を一筋の光のようだ把握したと
ころが特異な感じがします。夏鶯ですので、めずらしかったのでしょう。またその
鶯のこえが透き通った、霧をも晴らすような一筋の光のようだったというのでしょう。
鶯の声を聞く前の作者自身の心持はどんなものだったのでしょうか。あるいは、
作者の心理状態も霧がかかったようだったかもしれません。それが、鶯のひと声で
ぱっと一瞬晴れたように思ったのではなかったでしょうか。

                                 黒田幸子
新しく買った方がと言われても思い出の時計は修理に出そう

 最近の傾向といいますか、世の移り変わりといいますか、時計も最近は消耗品化して
いるようにも思われます。また、最近では携帯電話などが普及しまして、時刻はそれで
知ることが出来るために時計を持たない人も少なくないようです。ただ、長く身につけ
ているとなにか単に時刻を知るためのものではなく、一種の生き物のようないとおしさ
をおぼえるようになるようです。まして、思い出の時計、どのような思い出があるのか
知りませんが、大事なものなのでしょう。いくら新しい時計であってもその思い出を埋
合わせることはできないでしょう。修理に出していつまでも身近において置きたい作者
なのでしょう。

                              後藤早苗
畑仕事やめようかなと思いつつ今年も種をあれこれと買う

農作業の大変さを熟知している作者です。最近は体がきつくなってきてやめようとおもった
のでしょう。しかし、やっぱり今年も種を買ってしまった。それも、一種類ではなく、あれ
これです。やはり収穫のときの喜びがそうさせたのでしょう。子供達の喜びの顔、知人親戚
縁者の喜びの顔、そんな喜びの顔を見るのが楽しみの作者なのでしょう。

                                藤井美智子
はつらつと女性キャスター向日葵をバックに立ちて「大暑」を告げる

 はつらつと女性キャスターがニュース番組かなにかで今日の暑さを報道しているのでしょう。
そう、「きょうは二十四節気のひとつ大暑です」とでも言っていたのでしょう。そしてキャスター
のバックには向日葵が、多分数百あるいは数千という向日葵が植わっていたのかもしれません。
その太陽をイメージする向日葵がいやがうえにも暑さを増幅するようです。それと同時に、
女性キャスターのはつらつさをますます印象付けるような効果があります。ところで作者は
この女性キャスターのはつらつさに感動しています。あるいは、作者はこのキャスターとは
逆な感じを持っていたのではないでしょうか。なんと生き生きとしたキャスターだろう、
わたしもこんなにはつらつとしてみたいといった思いが一首になったように感じました。

                              鈴木きみ


 真夜中です、作者は眠られず起きています、他の人は当然眠っています、
起きているのは作者だけです。あたりはしんと静まり返っています。多分作者の心もしずまって
いるのでしょう。これは、眠れないために与えられた時間だと作者は気がついた、あるいはプラス
に考えたのかもしれません。多少負け惜しみ的な感じもしないではないですが、そのプラス思考が
よいと思います。

                              土屋文恵
トントンと槌音高く海の家活気呼ぶごと組み立て始む

 題が「夏の到来」となっています。作者にとっての夏の到来は、まず海の家の組み立
てから始まるようです。「組み立ての槌の音から始まる」といったほうが良いかもしれません。
そして作者は、「活気呼ぶごと」といっています。作者の住んでいられる白浜、夏の賑わいは
下田随一です。ただ、最近はやはり少し翳りがみえるのでしょうか。下田市全体がそうなんです、
そんななかで白浜の賑わいは下田市にとって頼みの綱でもあるのです。作者もやはりそんな気持
ちがあるのかもしれません。






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最終更新日  2014.09.20 08:30:26
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