今日の気持ちを短歌におよび短歌鑑賞

今日の気持ちを短歌におよび短歌鑑賞

2015.08.24
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小説「わたしの起したいくつかの奇跡」としたい(2)

これから書くことは奇跡でもなんでもない、少年時代の失敗談あるいは懺悔(ざんげ)の気持ちです。

5円硬貨

 小学校三年生か四年生かの夏休み、いっしょに川で泳いでいた友の背中にあるものを発見したのでした。あの穴の開いていない五円硬貨、国会議事堂が描かれていた昔の五円硬貨です。ちょうどその五円硬貨くらいの大きさの円い跡を見つけたのです。それはわたしにとって大変ショックな出来事だったのです。

 その五円硬貨のような円い跡を友の背中に見つけた一年くらい前のことです。わたしたちは校長室に呼ばれて校長先生に大きな声で叱られたのでした。その友とわたしとあと一人か二人いたでしょうか、「子供なのに金儲けをしたりすると牢屋に入らなければならなくなるぞ」といったことだったと思います。わたしたちは、みんなわんわんと泣いて、もうしませんから許してくださいと謝ったことをおぼえています。

 紙芝居を買ってもらった友達がいたのです。それを他の級友たちに、読み聞かせたのです。それだけなら別に校長室に行くことはなかったでしょう。級友から一円ずつ徴収したのでした、それも見ることを強要しかつその料金として一円を強制的に徴収したのでした。そして帰りに、駄菓子屋に行き集めた金で菓子を買ってみんなで食べたのでした。

 校長室に呼ばれて叱られたことはとっくに家に伝わっていました。帰るとすぐさま詰問され、確か叔母たち(その当時は小姑が何人か家にいまして)に押さえつけられて背中に灸をすえられたのでした。

 その後、その灸のことはすっかり忘れていました。自分では背中を見ることが出来ませんので背中がどのようになっているのか気にもせず忘れてしまっていたのです。

 友の背中の五円玉くらいのまるい跡を見つけたとき、あ!!友もお灸をすえられたのだとそのとき気がついたのです。それと同時に、自分の背中にもこの友のような五円玉くらいの円い跡がついているのだろうと気がついたのです。

 時代劇などで、罪を犯し島流しにされると手に刺青をされるようなシーンがあったのを思い出したのです。わたしは、自分も罪を犯し、罪人として背中に五円玉のような烙印を押されたんだとそう思ったのです。

 それからわたしは、人前で肌を、裸になることを極端に避けるようになったのです。わたしの背中にあるであろう五円玉のような円い跡、そのお灸の跡よって自分の犯した罪がみんなに知れるのではないかと恐れたからなのです。

                            (つづく)





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最終更新日  2015.08.31 01:33:48
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