今日の気持ちを短歌におよび短歌鑑賞

今日の気持ちを短歌におよび短歌鑑賞

2016.01.29
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一月号歌評(歌誌「賀茂短歌」1月号)下書き                後藤瑞義

原 明男
一病もおだやかにして年用意餅つく杵の音も伸びやか

(評)作者は確か腎臓の摘出手術をされたと記憶しております。「一病もおだやかにして」の一病はそのことと思います。昔ながらの杵で餅をついているようです。現在では珍しい光景でしょう。そこにも作者のこだわりを感じます。杵の音は搗き手によってもあるいは搗き手のその日の健康状態や気分などによっても違うのではないかと想像します。「一病も」の「も」は、気持ちも体もおだやかにしてといったところだと思います。そういったおだやかな状態で餅をつくと杵の音ものびやかになるのでしょう。年用意の餅つきの音に良い年が迎えられそうな予感を感じたかもしれません。

渡辺つぎ
体重が減るごと足が重くなる老衰というはあなふしぎなり

(評)本当に「あなふしぎなり」です。わたしなどは、体重が重く動きがにぶくなるために体重を減らします。それが世の常識だと思います。しかし、作者は百五歳になります。百五歳ともなるともはや常識は通用しないのでしょうか。作者もそれに気が付いて驚いているのではないでしょうか。ああこれが老衰ということかと百五歳にならんとするときに作者がやっと気が付いた、そんな感じです。それだけ作者は老いを意識してなかったともいえるのではないでしょうか。それにしましても、悲しむわけでもなく、淡々とご自分を受け入れている作者に感動するのです。

鈴木菊江
来年の花の配置を夢みつつ狭庭ふみゆくコスモス日和

(評)作者は確か九十八歳になられると承知しています。「来年の花の配置を夢みつつ」に一層の重みを感じます。「狭庭ふみゆく」もしっかり踏んでいる感じがします。事実作者はいまだ杖を使っておりません。明るい秋の一日を想像します。「コスモス日和」がぴったりしているでしょう。おだやかな、すがすがしい感じの一首になりました。

                                 黒田幸子
おなますを正月用にどつさりと沢山作ってとたのまれている

(評)作者は米寿の祝いをすでにされていたと記憶しています。且つお一人で住んでいらっしゃるはずです。そのうえでの、「おなますを正月用にどっさりと沢山つくって」とたのまれているのです。それは、大勢で行きますからという意味もあり、お母さんのおなますはとてもおいしいのでいっぱい食べたいという意味もあるでしょう。そして、なによりもそれをお嫁さんか誰かははっきりしませんが、頼まれたことに対する作者の喜びが伝わってきます。

                              後藤早苗
家中の窓ガラスふきさわやかに新年迎える準備できたり

(評)家中の窓ガラスをふいた作者がいます。窓ガラスは普段は気がつかなくても、実際拭いてみると案外汚れていることに気が付きます。気が付かなかった汚れをも拭き取って、文字通りすっきりさわやかになった作者、作者の心もすっきりさわやかになったことでしょう。すでに新年を迎えたような感じかもしれません。いつ新年になっても大丈夫という心境でしょう。


                           藤井美智子
ありがたくいたゞきましょうまた一つ歳がふえてと媼が笑う

(評)「ありがたくいたゞきましょう」の言葉は少し屈折しているようにも感じます。ほんとうはあんまりうれしくないし、もらいたくないのだけれどと言った含みがあるようです。何をいただいたのか、「また一つ歳がふえて」ということです。「媼が笑う」、この媼とは誰でしょう、案外と作者自身かもしれません。そんな想像をするとより味わいが深くなるように思います。

                                小池美恵子
病める眼で婿のくれたる「写メ」を見る小さき画面に女孫は踊る

(評)作者は網膜剥離の手術をなさったと承知しています。「病める眼で」がそれです。娘さんのご主人が子供の動画をメールで送ってきたのでしょう。携帯の小さな画面にお孫さんが踊っている動画のようです。それは、作者が一番喜ぶことだとお婿さんが知っているためでしょう。目を病んでいる作者にとって小さな携帯電話の画面を見つめるのは楽ではないことが想像されます。ただ、お孫さんが元気よく、あるいはかわいらしく踊っている姿は、作者にとってはこの上ない癒しなのではないでしょうか。病める眼さえ忘れてお孫さんのかわいらしい踊る姿に見入っている、見詰めている作者の姿が浮かびます。

                             鈴木きみ
白鷺も渡り鳥を退職し群れずひたすら狩野川に住む
(評)まず、「白鷺も」の「も」に作者の思い入れを感じます。作者の「も」なのか、別の誰かの「も」なのかは分かりませんが。それに、「渡り鳥を退職し」と鳥に人事で使う言葉をからませています、それで白鷺は何かの、誰かのことをたとえているんだと思うのです。「狩野川」も単なる白鷺が今いるといった単純なものではないでしょう。もう五十六七年前になるでしょうか、狩野川が氾濫し数千人の死者を出したことを思い出すのです。この一首の背後にある孤高な感じは、いつ昔のように暴れるか分からない危うさも受け入れてこの地に生きてゆこうとする意志を感じるからだとおもうのです。さらに言えば、この「狩野川」自体も何かの譬えのように思うのです。たとえばご病気であったり、ご病気の再発の怖れだったりを想像するのです。

                              土屋文恵
めらめらとたぎる炎よ怨念を焼き尽くしませ和平の世へと

(評)今回、五首を「竹燃ゆる」という題で連作しています。早めに送られてきていますので、左義長(どんど焼き)ではないかもしれません。ただ、「めらめらとたぎる炎よ」といい、「怨念を焼き尽くしませ」といい、なかなか強い言葉を使っています。そして、「和平の世へと」とおさめているわけです。昨今の世界各地をゆるがすテロの事件、誰しも心を痛めます。それを真正面に据えて、精一杯強い言葉を使ってまとめあげた、そんな作者の真面目な気持ちを素直に受け止めたいと思います。





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最終更新日  2016.01.29 14:16:58
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