七月号歌評(同人誌「賀茂短歌」より) 後藤瑞義(人徳)
館内が 灼熱 に暮れて両国のビルの谷間に上弦の月
原 明男
(評)「両国」とありますから、「館内」は国技館のことでしょう。作者は相撲観戦をされたようです。館内は熱戦に次ぐ熱戦だったのでしょう、「灼熱に暮れて」がそれを物語っています。ただこの歌は、熱戦のことよりは、相撲が終わってビルの間に見た上弦の月を歌っています。上弦の月は、新月から満月に至る中間的な半月です。そこにこの歌のしみじみとしたところがあると思います。作者自身のなかにまだなにか燃焼しきれないものを感じたのかもしれません。
百六歳の五尺のからだ異例なり故障あらずも衰えてゆく
渡辺つぎ
(評)作者はご自分のことを、「百六歳の五尺のからだ異例なり」と歌っています。確かに、百六歳は、「異例」のことでしょう。百六歳の長寿は、作者の精進もあるでしょうが、体に悪いところがなかったからだったのでしょう。しかし、そうはいっても、だんだん衰えてゆく体はいかにせん止めようがないといった哀しみを感じます。
突然におそひし突風大切な息子さらひてゆきし病魔よ
鈴木菊江
(評)ご長男が最近逝去されました。七十代でまだお若い別れとなりました。「突然におそひし突風大切な息子さらってゆきし」はまさにそのことを歌っています。最近の不安定な気象現象「突然におそひし突風」がそれを表わしています。「息子さらひてゆきし」と「病魔よ」との間に間を置いて読みました。「病魔よ」が強く余韻として残ります。
人の起源は海より来るものと聞く海に向えば和むものあり
黒田幸子
(評)まず作者に、「海に向えば和むものあり」という思いが浮かんだのでしょう。今作者は海に向かっているのでしょうか。この心をなごます海の力はなんだろうか。と不思議に思ったのかもしれません。「人の起源は海より来る」というのは、生命の起源といったほうが正しいかもしれませんが、そういった科学的といいますか、学問的といいますか、そういったむずかしい事でもなく、なにしろ海に言い知れぬなつかしさ、親しさを感じている作者なのでしょう。
手相にはあるとうわずかの金運を信じて八十路大病もせず
藤井美智子
(評)今回作者は「手」という題で五首作っています。その最初の歌がこの歌です。手相には、運命線、感情線、生命線、知能線などがありますが、金運の線もあるんですね。昔だれかに「あなたは金運があるよ」と言われた、そしてそれを信じてきた作者なのでしょう。そのために大病もしないで八十歳になれたと思っているようです。面白いのは、「金運」と「大病しなかった」こととを結びつけているところでしょう。「金運」も「わずかの金運」としているところにもなにか作者の心持が出ていると思います。
遠方の友気にかかるも会えず過ぐ友も老いたり我も老いたり
小池美恵子
(評)遠方の友達を気にかけている作者です。会いたいと思っているようですが、会えずに時だけが過ぎて行くといった状況のようです。作者は病後のこともあり遠くへ行く事ができません。今のことですから、電話などで近況を告げ合っているのかもしれません。そうしたなかでの下の句「友も老いたり我も老いたり」というリフレインが哀しみを増します。
久々に喜寿を迎えし友々とむかしにもどり若々語らう
鈴木きみ
(評)今月は、同窓会ということで五首作られました。その五首目にこの歌があります。久し振りに会ったようです。そしてみなさんは「喜寿」を迎えられました。文字通り喜びが一首のなかに感じられます。「久々」「友々」「若々」といったリズムにそれが感じられました。特に「若々語らう」という表現が新鮮でした。
えごの花天蓋のごと咲き溢れ無垢なる母のやすらぎ覚ゆ
土屋文恵
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