今日の気持ちを短歌におよび短歌鑑賞

今日の気持ちを短歌におよび短歌鑑賞

2017.12.18
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カテゴリ: 短歌

賀茂短歌・渡辺つぎさんを読む 同人誌編集発行人・後藤瑞義
 下田市立野の渡辺つぎさんは、賀茂短歌会の同人で、1911(明治44)年3月生まれの現役歌人です。同人誌「賀茂短歌」(2016年10月号から17年6月号)の作品より昨年に続き一首か二首を選び鑑賞してみました。
スタッフの箸がふれれば口を開け一人前を食べつくす 老人 ( おい )   (十月号から)
(評)養護施設にてショートスティをする作者、その折りに観察したことを歌にしたのでしょう。満百五歳の作者の衰えない好奇心に感心します。この歌は、作者自身のことではなくあくまでも他者を観察して作った歌です。
「スタッフの箸がふれれば口を開け」は、一人では食事ができない人でしょう。スタッフが箸でおかずをつまんで口元にもっていって、そっと唇にふれるとそれが合図のように口を開けるのでしょう。そのような遅々とした食事風景、スタッフのご努力を感じます。そして、凄いと思いましたのは、一人で箸を持って食べることの出来ないような人であっても、「一人前を食べつくす」という言葉でした。「食欲が生きる力ですよ」と満百五歳の作者に言われているようにも感じたのです。
立ち座る動作に膝がもの申す百と五年も働いたからと  (十一月号より)
(評)立ったり、座ったりするたびに作者は「イタタ、イタタ」とか言うのではないでしょうか。それを「膝がもの申す」と膝を擬人化しているのです。「無理もないなあ、百と五年使い続けているんだから…」、「働いたから」は作者が働いたということよりも、膝が働いてくれたからということでしょう。それは、膝に対する労わりの心であり、感謝の心でもあるように思うのです。
一日一日追い込まれゆく道なれど何だ坂こんな坂と頑張っている(十二月号より)
(評)あと三か月足らずで満百六歳の作者です。「一日一日追い込まれゆく道」、一日一日生きて行くということは、なにか追い込まれてゆくような気持になるということでしょうか。または、作者自身終着点のようなものを定めていて、それに向かって追い込まれて行くように感じるのでしょうか。そう思うと胸が痛くなります。生きて行くことを道を歩いて行くことにたとえています。そして、その道は平坦な道ではなく坂道のようです。ですから、「何だ坂こんな坂」といまだに頑張っているのだということでしょう。
いのちとは自分のものでもままならずまだ生きていた越年近し (一月号より)
(評)「いのちとは自分のものでもままならず」、まさにその通りだと思います。生きたいと思ってもままならいのが人の世の定めでしょう。ただこの歌はそういった常識的なことをうたっているのではないのです。それは、次の「まだ生きていた」ということばです。作者が満百五歳で、もうじき百六歳になると聞けばうなづけるでしょう。結句「越年近し」に思いがこもります。また一つ歳を頂くんだといった思いです。その思いが、上の句に返って「いのちとは自分のものでもままならず」にエンドレスのようにつながってゆく感じがします。
かえりみれば長く短い一世なり精一杯に生きてきたから(二月号より)
(評)百五歳の作者、三月で満百六歳になります。その作者の言葉「かえりみれば」は重く響きます。「長く短い一世なり」、確かに長い人生だったことでしょう。と同時に人間は今を生きるしかありません、この一瞬にしか生きられないのです。そんなことから短いという言葉が浮かんでくるように思います。下の句「精一杯に生きてきたから」、ご自分の百五年の人生をかえりみるとき、作者には長かったようでもあり短いようにも思える、しかしながら「精一杯に生きてきたから」、悔いはありません、そんな感慨を述べているようです。
仏壇に供え眺めるアマリリス直径二十二糎みごとに咲けり(三月号より)
(評)まず、仏壇にアマリリスを供えたのでした。この歌はただ仏壇にアマリリスを供えたというのではなく、それを「眺める」としているところに特色を感じました。「直径二十二糎」と具体的な大きさが示されています、多分、作者が測ったのでしょう、百五歳の作者のそうした行動もすばらしいところです。その大きさが、ただ供えるだけではなく、眺めることに通じたのでしょう。作者は大きなアマリリスを供えると同時に、供えられた仏様の側に立ってびっくりして眺めているのかもしれません。
知恵袋満たんにして逝きたしと今日も歌詠む百五歳われ(三月号より)
(評)これは、28年度の静岡県芸術祭に入選した作品五首の中の一首です。
古来より死を旅にたとえてきました。「知恵袋を満たんにして」には、ガソリンを満たんにして旅立つイメージを受けます。「満たんにして逝きたし」、それは死後の旅路に備えているように思われます。そして、歌を詠むというのは知恵袋を満たんにするのに役立つと考えているように思われます。ですから、「今日も歌詠む」、百五歳になっても歌を詠んでいるのですと言っているようです。ともあれ、死後のために知恵袋を満たんにするという考え方、究極的な前向きな生き方に感動を覚えるのです。
百歳をめざしてぐんぐん登ったが百六歳は降るがままか(四月号より)
(評)「百歳をめざしてぐんぐん登った」という言葉には、力強さ、若々しささえ感じます。読んでいまして勇気が湧きます。しかし百歳の頂を越して今百六歳の作者には、もはや降(くだ)るイメージしかないのでしょう。「降るがままか」とつぶやく作者、それは観念的に言っているのではなく、ずっしり体に感じる衰えのような、体感的なものなのでしょう。作者の作品を何十年と読んできまして、「降るがままか」というようなマイナス的な表現はあまり例がありませんでした。ただ、現在の作者の正直な思いなのでしょう。
ようやくにきびしき冬をくぐり抜け春日のひかりに老い肌ゆるむ(五月号より)
(評)「くぐり抜け」に、ようやくきびしい冬が終った思いが伝わります。それは暦の上だけでなく、日差しが春のおだやかな光となったことが百六歳の作者に実感としてわかったようです。それが、「老い肌ゆるむ」に出ています。寒さがゆるむという表現はありますが、「老い肌ゆるむ」という表現に特色を感じました。
夢に逢う「まだ生きてたの」と故き友目をまるくする夜の訪れ(六月号より)
(評)「夢に逢う」、誰とでしょうか。友、 ( ふる ) き友と夢で逢ったのです。作者は、百六歳になります。それで、友に夢で「まだ生きてたの」と言われたのです、それも驚いたように目を丸くして言われたのです。その友は、勿論すでに亡くなられているわけです、「 ( ふる ) き友」でなく「故き友」と「故」の文字を用いています。結句の「夜の訪れ」になにかしら、悲哀のようなものが滲みます。また友が夢に現れて「まだ生きていたの」と言われるのではないだろうかと言った余韻を感じるのです。
百六年世の移ろいをしみじみと思いに浸る梅雨の夕暮れ (六月号より)
(評)作者は、九月六日に永眠されました。この作品は、作者が公にした最後の作品だと思われます。いわば辞世の歌と言ってもよろしいかと思います。
 「百六年世の移ろい」、明治、大正、昭和、平成と生き抜いた作者、その百六年の世の移ろいをしみじみと思い返したのでしょう。折しも梅雨の季節それも夕暮れ時でした。「思いに浸る」が、縁語的な意味合いもあり「梅雨」と響き合う感じがしました。「夕暮れ」もなにか作者の晩年を暗示しているようにも感じます。この歌の読み方としましては、「百六年世のうつろいをしみじみと」で一拍間を置いて、「思いに浸る梅雨の夕暮れ」と読み ( くだ ) すとよいでしょう。文字通りしみじみと作者の思いが伝わってきます。ご冥福をお祈りいたします。





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最終更新日  2017.12.18 15:23:28
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