平成30年5月18日(金)
詩集「測量船」:三好達治(85)
獅子(2)
途 すがらに、彼の檻の一隅をも訪れたのである。 彼は眼
をしばたたいた。その眼を鼻筋によせて、浪うつ 鬣 の
向日葵 のやうに燃えあがる首を起こし、前肢を引寄せ、
姿態を 逞 しくすっくりとたち上った。彼は鉄柵の前に
つめ寄った。しかしその時、彼はふと 寧 ろ反って自分の
動作のあまりに 緩慢 なのに解きがたい不審を感じた。蝶
はもとより、 夙 やく天の一方にその自由の 飛翔 を 掠 め消
え去った。彼は歩行を促す後体のために、余儀なく前体
を一方にすばやくひんまげた。そして習慣の重い 歩 どり
で檻にそって歩き始めた。彼にとっての実に僅かな、た
だ一飛躍にすぎない領土を、そこに描く 屈従 と 倦怠 の 縦
横無尽 の線状 から、無限の距離に引き伸して彼は半日の
旅程に就いた。しかしながら
懶
く王者の
項
をうな
垂
れ、
(つづく)
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