今日の気持ちを短歌におよび短歌鑑賞

今日の気持ちを短歌におよび短歌鑑賞

2018.09.21
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カテゴリ: 短歌

鑑賞:歌集「悲しき玩具」(六十四)下書き     後藤瑞義

 ( ) 歌の順序は歌集の順序によります。

   自分よりも年若い人に、 
 
 
   半日も気焔を吐きて、 
 
 
      つかれし心! 
 
 
 
 
 

 この歌は、年下の人間に、半日も発破をかけて疲れてしまった。そういった
単純な歌ではないように思いました。

「自分よりも年若い人に」という言い方、特に「年若い人」、「人」と言ってい
るところに注目しました。「人」とは、単なる人間というのではなく、特別な人、
恋人や妻や夫であったもします。ですから、啄木にとって単に年下の人間、
後輩というより、もっと深い関係のある特別な人と解したのです。

なにかこの若者を啄木は立てているように思ったわけです。それは、年下
や後輩と言わず「若い人」と言ったり、二行目の「半日も気焔を吐きて」という
言葉にも関連してゆきます。

 若者が気焔を吐くのを、年長者が、「まあ、そんなに熱くならないで」と抑え
るのが普通のように思えます。それが、逆転しているのは、この若い人に啄
木は一目置いているように思ったのです。自分より若い人なんだけど老成し
た感じだったのかもしれません。だから、自分が年下のように気焔を半日も吐
いてしまった。馬鹿なことをしたものだといった反省の気持ちが伝わります。

たとえば晩年の啄木は社会主義思想に傾倒していたようです。そうしたなか
で、その人間は自分より年若いが冷静な、理論家であったかもしれません。(こ
れは根拠のない、私の単なる想像であり、空想です。)

 「つかれし心!」とはどういうことでしょうか。「気疲れ」ということばがあります
が、疲れし心は、気疲れではないように思いました。気疲れは、他人に対してあ
れこれ気を使い疲れる事です。心疲れは、本当はそんなことをしたくないのだが
してしまった、そんな反省の心のように思ったのです。

年が自分より若くても、一目を置いている人に対して、体調もすぐれないのに
「半日も」気焔をあげ、無理をして疲れてしまったことを反省している啄木が浮か
びます。

   自分よりも年若い人に、 
 
 
   半日も気焔を吐きて、 
 
 
      つかれし心! 
 
 
 
 
 





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最終更新日  2018.09.21 08:25:10
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