歌集「悲しき玩具」(七十二)下書き 後藤瑞義
( 注 ) 歌の順序は歌集の順序によります。
引越しの朝の足もとに落ちてゐぬ、
女の写真!
忘れゐし写真!
「引越し」、何時ごろの歌でしょうか。引越しも何回かしているで
しょう。たとえば、北海道の流浪の生活に見切りをつけて上京した
啄木。東京でも、何回か引越しをしたはずです。東京での引越しを
考えました。
前の晩に引越しの片づけをしたのでしょう。啄木のことですから、
それほど沢山の家財道具があるようには思われません。本類がや
はり多いのでしょう。その本のなかに昔渡された女性の写真をはさ
んであったのかもしれません。それがぱらりと落ちたのでしょう。そ
の写真は、啄木にとっては「忘れゐし写真!」であったのです。「写
真」となっていますが、その女性自身をもすっかり忘れていたのでは
なかったでしょうか。
明治四十年ころの写真に対する状況はどうだったでしょうか。やは
り貴重であり、高価なものであったように推察します。そのような貴重
の写真を啄木に与えた女性は、どんな女性だったのでしょうか。北海
道の流浪時代、釧路で出会った女性、借金の記録も残っている女性、
わたしは、根拠なく芸者「小奴」のことなどを思い出しました。
上京して自分の生活することでいっぱいいっぱいだったであろう啄
木を想像します。夜の引越しの準備の時には気が付かなかったので
すが、朝になって明るくなって一枚の写真が落ちていることに気がつ
いたのでしょう。それはあんなに世話になった、親密に付き合ってい
た女性の写真であった。しかしその写真を見たとき、その女性のこと
をすっかり忘れていた自分に気が付いたのでした。心に余裕のなか
った自分の日々を思わないではいられない啄木だったのでしょう。悲
しく寂しい時を過ごしていた啄木だったのではなかったでしょうか。ま
だ家族を呼ぶ前の、単身上京をしているときの、生活に困窮していた
啄木を想像しました。
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