短歌鑑賞(島木赤彦の一首)
田舎の帽子かぶりて来し汝(な)れをあはれに思ひおもかげに消えず
さて、の上記歌ですが、難しいところのないそのままの歌です。ですか
らまずこのまま、そのままを鑑賞したいと思います。
田舎の帽子をかぶっているなあと赤彦は思ったわけです。「来し」の「し
」は過去の回想の助動詞「き」の連体形です。あの時は、来たっけなあ。
つまり、田舎の帽子をかぶって来たっけなあと回想をしています。田舎か
ら都会に多分来たのだと思います。
「汝れ」は、ごく親しい者に対する、どっちかというと目下の感じがします、
子供であったり、昔のことですから奥さんでもいいのだと思います。「おま
え」と言った感じです。
「あわれに思ひおもかげに消えず」は、非常に哀れ深く思ってどうしても
その面影が目に浮かんで消えないといったことだと思います。
一切の事情等が分からず、この歌だけの情報で鑑賞するなら、次のよ
うになろうかと思います。「汝れ」を例えば奥さんとしますか。
流行おくれの田舎で売っているような帽子をかぶって、(東京の私の下
宿を)尋ねてきたおまえ、(都会の帽子でも買って送ってやればよかった
が、)(なにか田舎田舎した)そのおまえの姿をあわれに思って、今もあり
ありと目に浮かんでくることだ。
死んだ奥さんを偲んでいるようにおもえます。また、そういう死者に対する
歌とするとより深いものとなるのと思います。
種明かしみたいで申しわけありませんが、実はこれは亡くなった子供さん
を偲んだ歌なんです。
赤彦は、伊藤左千夫が急死したために、アララギの結社誌の発行など
で、一時期単身で上京し、家族とは別居していたようです。
そんな別居中の夏休みかなんかでしょうか、子供さんが上京して赤彦に
会いに来たときの記憶のようです。
短歌のこと、アララギのことを最優先にして、家族を顧みなかった自分を
責める気持ちもあるのではないでしょうか。亡くなった子供に対してああして
やればよかった、こうしてやればよかったという後悔の気持ちを縷々述べた
い気持もあると思います。そういう歌を作りたくなるのも自然と思われますが、
その方法を赤彦はとりませんでした。
アララギ派赤彦は「田舎の帽子かぶりて来し汝」とただありのままに写生を
しています。「あはれに思ひ」は、上の句の写生があるために生きてくるの
だと思います。そして、また「おもかげに消えず」も上の句の写生があるため
に生きてきていると思います。
島木赤彦が、長男の死を詠んだ一連の作品のなかの一首です。
田舎の帽子かぶりて来し汝(な)れをあはれに思ひおもかげに消えず
涙とか、死とか、悲しいとか、あらわな表現をを抑えている。これぞアララ
ギ派の短歌方法なのでしょう。
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