2002.08.13
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これはもう一人の人に限定できっこないほど一杯います。現にジャズの世界ではピアニストだけで一冊の本が出来ちゃうからです。
 あるとき村上春樹の題名は忘れてしまったのだけど、ジャズに関する話がありレイ・ブライアントの
「ゴールデン・イアリング」
のことが載っていた。ブルースフィ-リングに溢れた・・・という言葉で思わず買ってしまった。このアルバムは駅の構内で売っているベスト物だったのだが、セロニアス・モンクの対極をいく感じでジャズが解かりやすく演奏されていた。この曲は一言で言えば、エモーショナルに溢れ、ちょっと寂しさも醸し出すご機嫌なナンバーであった。スペックス・ライトもブラシでブライアントの演奏を盛り上げていてこれがいいのだ。ピアノとブラシはホント良くあう。
ジャズ喫茶に行ってリクエストした場合メグの店主寺島さんからから「ええ!こんな解かり易い曲かけるの?」てな感じのナンバーだ。彼のキャリアの初期に歌伴をしていたためか、スタンダードをプレイしたとき実に豊かな表情を見せる。アート・テイタムやテディ・ウイルソンをアイドルとしていただけにソフィスティケイトされた魅力もある。この解かり易さもジャズの魅力だと思う。僕はコルトレーンを聴かないわけではないがこの人のアルバムを聴くといつもほっとする。ビル・エバンスも凄いジャズピアニストだけどレイほど暖かい弾きかたではない。おっとこんな書き方するとエバンスファンに怒られちゃうな。

当然のことながらそれからしばらくレイのCDを買い漁った時期があった。最近のお気に入りは
1987年「レイブライアント・プレイズベイシー&エリントン」だ。ベイシーと言った途端一ノ関にあるベイシーの店主菅原さんからお声がかかりそうなナンバーがキラ星の如く入っている。
中でも「ジャイブ・アト・ファイブ」はお気に入りだ。

レイ・ブライアントは1931年12月24日ペンシルバニア州フィラデルフィア生まれ。50年代前半兄のトミーとフィラデルフィアで活動、チャーリー・パーカーやマイルス・デイビスとも共演。55年NY進出。ベーティー・カーターの歌伴と組み合わせてエピックに初リーダーアルバム録音。56年マックス・ローチのグループに参加。同年「ワーク・タイム」でソニー・ロリンズと共演。57年はカーメン・マクレエの歌伴、58年はジョー・ジョーンズと共演、59年ソニー・ロリンズに再び参加する。60年代前半はコロンビアに自己のトリオアルバムを吹き込む。その後カデットからソウル色の強いアルバムをリリース。1972年オスカー・ピーターソンの代役でスイスのモントルー・ジャズ・フェスティバルに 出演。衝撃的な成功を収める。その時のアルバム「アローン・アット・モントルー」がある。それ以後はトリオ・ソロで活躍現在に至る。日本へも度々来日している。
本に書かれていることをづらっとあげたが結構日本人に人気のある人なのです。
彼のお得意のナンバー「A列車で行こう」何度聴いてもあ、こんな風に弾けたら人生楽しいだろうな!女にもてるだろうな!という
実にメロディアス極まりないブルースフィ-リングに溢れた弾き方
してます。





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最終更新日  2002.08.13 20:33:53
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