2013.12.14
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カテゴリ: 音楽
ロックがリアリティを持ちカルチャーを先駆したいった時代が確かにあった。ビートルズは曲のみならず長髪で生き方を主張し、ウッドストックを頂点としてロックがどこまで行くのだろうかとゾクゾクしながら未来をアメリカの音楽をひたすら夢中になって聴き続けた時代があった。ディランの声に違和感を感じながらも強烈なオリジナリティを詩とメロディから感じ、何言ったんだかわかんない曲も訳して歌ってみたりした。



久しぶりにシカゴの「長い夜」聴いた。まさにリズム&ブルース。音はロックだが根底にはブルースが流れている。完璧なメロディ。詩も言うべきことを探しながら夜明けを待つと言う、ロックの未来を暗示したような曲。まあこの取り方は人それぞれだが。

当時ジョンリーは高校生だった。今思えばブルースに憧れたイギリスとアメリカの若者がロックを生み出し、反体制と自由と平和を訴えていれば何でもありという時代だった。まあ、それは今でもそうなんだけどね。

1968年はスーパーフライも歌ってたけどロックがビートとして与えるパワーには絶対的なものがあった。グランドファンクの後楽園球場にいけなくて悔しい思いをした年頃でもあった。四畳半ソングを軟弱だと看破し、クリームとツェペリンとディープ・パープルこそが男の聴く音楽だと勝手に決め付けていた。

爆発的な高揚感を味わった時代。今思えば高度成長とあわせて、いい時代に生まれたと断言できる。戦争なんかない時代。ラブ&ピースが軟弱だと思ってもそこには自由があった。

これは回顧じゃないよ。純粋にロックを聴くと言う視点に立った場合その時代の空気、そう空気を吸ったというのはとても幸運なことだと感じる。カルチャーと経済は同じ線上に結構ある場合が多いから実験的なことも結構行われてきた。音楽とずれるけどあの頃のカルチャーの頂点は人間がロケットにのって月に行くことだった思う。そのなんというのか、月に行くと言う目標が誰にでもアイデンティテイを感じさせることが出来る行動であったからだと思う。今はどうか。金はあるはず。でも月に行こうと言う発想はしばらくの期間なくなってしまった。なぜなんだろう。

それはロックにも同じことが言える。結局の所どこかで壁にぶち当たってしまったのか。閉塞感のようなものすら感じる。ある時期ロックは商業音楽に成り下がったと言われた時があった。商業音楽だってかまやしない。聴いた瞬間ゾクゾクさせれば言いのだが、コールドプレイなんかじゃ無理。結局老いたのかもしれない。
で、まあヤッパリ60年後半から70年前半の音楽を聴いている。
ピンク・フロイド、ELP、ドアーズ、ヤッパリいいんだなあ。ゾクゾクさせる。






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最終更新日  2013.12.14 19:29:40
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