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ご挨拶が遅れましたが・・・旧年中はありがとうございました。今年1年、皆様が心穏やかに過ごせますように。実は2年ほど前より、別の場所と並行して日記を公開しておりました。こちらの更新は、本日をもちましてお休みとさせて頂きます。もう1か所は、今まで同様にのんびりと続けていく予定でおります。もしよろしければ、そちらを覗いてみて下さい。http://ameblo.jp/yuzuki-to-nonnbiri/ありがとうございました。
2012年01月08日
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今だから書けることだけれど、1才半のあなたを連れて療育施設の親子教室教室に通い始めた頃、この子は一生喋らないんじゃないか、言葉による指示が通るようにはならないんじゃないかと、本気でそう思っていました。12才になった今、他の同年齢のお子さんと比べてしまえばまあ色々とありますが、あなたはあの頃には全く想像しなかった姿に成長しました。12才のお誕生日おめでとう。
2011年12月13日
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昨日、ゆずきに勉強を始めているように言ってから私は買い物に出かけ、帰って来るとゆずきは計算ドリルをやっているところでした。先週1回目をやる時に説明したのだけれど全く分かっていなかったようなので、日曜日に改めて説明して1回目を終わったページにもう1回トライしていたのですが・・・「わからん! もう1回最初から説明して。」よく言えました!!出来るようになることも大切だけれど、それよりも分からない時に分からないと言えることの方がもっと大切です。今までは「分からないなら説明するから言いなさいよ。」とこちらから声をかけないと「分からない」と言えなかったので、これは大きな進歩だと思います。
2011年12月13日
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早いもので、ゆずきもあと半年ほどで中学生です。中学卒業後、入れる高校があるかという問題はちょっと脇に押しやって、その先就労する時のことを考えた時に、それまでにどんな力をつけて欲しいか、つらつらと書いてみようと思います。おにい(長男)は中学卒業間近まで親も、おそらく学校の先生も知的障害を伴わない自閉症と言うものを知らないまま接していて、それでも本人が自分なりに対応して今はなんとか就労しています。もちろんSTだとかOTだとかSSTだとか、世に言う療育とか言うものを一切受けていない長男です。当時、そういったものの存在すら知りませんでした。だからと言うわけでもないのですが、ゆずき(二男)も幼児期に通った療育施設と幼稚園と小学校の通級指導教室以外は、何もしていません。そんな子育てをして来た私の感覚のまま書くことなので、今時のしっかり勉強なさって丁寧に対応していらっしゃる方々からは、無責任だとお叱りを受けるかも知れませんが、それも覚悟の上で思うまま書いてみようと思います。教科の学習については、高校の入試のこともあるので出来ないよりは出来た方が良いと言うのが本音ですが、学ぶ内容よりも学ぶ姿勢を身につけて欲しいと考えています。学習そのもについては、ある程度の国語力と、数、量、時間等の概念、四則演算が身についていれば(分からないなりにも中学校の学習内容に取り組む中で、そのあたりまでは定着するのではないかと・・・)、あとは学ぶ姿勢が出来ていれば必要に応じて学んで行けると思うのです。就労した時に、必要なことを学びながら仕事をして行くためにコミュニケーションを取れるようになって欲しいと思います。・分からないことは「分かりません。」「もう一回教えて下さい。」と言えること。・提出物の期限を守ること。・提出物が期限に間に合わない時や、作業や活動で先生の指示の通りに出来ない時に、 ほったらかしにしないで、自分から報告して次の指示を受けること。・作業や活動を最後まで指示の内容を頭において注意深く行うこと。 (どういう形で提出するか、どこまでやって終了かなど・・・)4件目に書いたものについては、算数のドリルで計算問題の式を立てて計算までは正しく出来ていても、答えの覧に単位を付けて書くことが出来ていないとか、三択の問題で記号で答えなさいと書いてあるのに答えそのものを書いたりということがわりと頻繁に見られるので、そういう所の注意深さを身に付けることが先々そこに繋がって行くのではないかと思います。たとえば部品を1個ずつ加工する仕事で、加工の作業そのものは正しく出来ていても、出来た物を所定の箱に指示通りに収めるとか、所定の場所に置くとか、そこまで正しく出来ないと仕事をしたと認めてもらえません。たぶん。最後にもうひとつ・・・・少しだけ打たれ強くなること。周囲の人の理解を得て本人に無用なストレスが加わらないような環境を整えられるのが理想なのかも知れませんが、世間は急には変わりませんし、会社は支援施設ではありません。人として常識の範囲で精一杯気を遣って頂いても、どうしても本人にも無理はかかります。特にメンタル面で・・・だからと言って現実問題すぐに休職だとか離職だとか言っていられないので、そこは本人の方でストレスを貯めて抱え込む所の容量を少しだけ大きくすることも必要だと思います。おにい(長男)は今、ここに書いたようなスキルだけで仕事をしているようなものだと思います。ただ、幼い時期に適切な対応が出来ていないことが大きな原因だと思うのですが、自己評価が低く、周囲の人の言葉や態度を必要以上にストレスとして自分の中に貯めこんでしまって、その貯めたものの始末も上手ではないので、そんなところから前に書いたような状況になっています。おにい(長男)とゆずき(二男)は年齢が12才違うので、ゆずきが就労する頃には世間の状況も少しは変わっているものと期待したいものですが、それでもやっぱり本人が強くなるしかないと言うのは現実だと思うのです。
2011年11月14日
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本日、ゆずきの通級指導教室の指導日でした。いくつかの活動の中で、今折り紙でくす玉(?)を作るというのをやっています。1回に数個ずつ、折り紙を折ってパーツを作り貯めています。作ったものを見ていないので、今までにどんな色の折り紙を使っていたのか、私には分からないのですが、今回ゆずきが黒い折り紙を選んだのを先生が止めて、別の色に変えさせたんです。黒は葬儀とかのイメージにつながるから・・・ということのようなんですが・・・確かに、場に応じた服装とか色とかは、学校の授業で一斉に教えられることではないし、どこかにルールとしてはっきり書いてあるわけでもないけれど、ほとんどの人が自然に身につけている知識であって、そういうものが自然に身につき難い場合もあるけれど、それは今教えなければならないことでもないと思うし・・・それよりも、くす玉に黒を使うのってダメですか?そんなことよりも、今丁寧に扱わなければならない事柄が他にたくさんあるでしょうに。
2011年11月11日
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最近はいつものことですが、ブログも間が開くと少々気合いを入れないと書けなくなります。気合いを入れたところで、長男について書きとめておこうと思います。幼少期や学齢期から書くと永久に終わらなさそうなので、高校卒業後からにしておきます。2006年4月 入社高校を卒業して就職しました。発達障害のことは会社に告げずに入ったこともあって、体力的な面よりも精神的な無理が大きかったようで、朝、体が動かず出勤出来ないことが時々ありました。当時いた所は土日祝日休みではなく平日に休みが入るので、休みに合わせて精神科の予約を取って経過を見ながら働いていました。2009年7月 入院就職して4年目、「自分の中に複数の人格がいる」と」言うようになり、それぞれの人格の間で記憶を共有していない部分があって仕事に支障が出そうだということで、別の病院を紹介されて、そちらで休養と検査のため入院することとなりました。検査の結果は解離に近い状態ということでしたが、解離性同一性障害の診断がつくほどではなかったようです。対処する手段としてそうなっているということで、医療的に何かをするということもなく、退院後のフォローはもとの病院に戻されました。2009年12月 配置換え会社内で職場が変わりました。発達障害の特性から考えると、以前の職場より合っているように思うのですが、4年以上かけてそれなりに慣れた職場から、仕事の内容が全く違う所に移って、かなり辛かったようです。また、以前の職場と違って土日祝日が休みなので、有給休暇を使って病院へ行かなければならないのは困ったことです。2010年2月 通院開始自分の中にいる人格の数が増えて、記憶を共有していない部分も多くなって、本格的に仕事に支障をきたしそうになり、以前入院した病院への紹介状を書いてもらって受診しました。が、結局医療的に何かをしてくれるわけでもなく、それでも「定期的に様子をみますか?」とは言ってもらえたので、2カ月に1回のペースで通院するようになりました。「仕事に行けているなら大丈夫ね。」みたいな捉え方しかしてもらえず、解離についての話しには蓋をして脇へ押しやろうとしているように感じられて、ただ、もしもこれ以上何かが起こった時に改めて紹介状、予約というステップを踏まなくても良いように、ただそのためだけに通院していたようなものでした。内科とか外科とかなら、本人がギリギリまで無理をしても仕事が出来ている間は大丈夫なんて言わないと思うのだけれど、どうなんでしょう。2011年4月 主治医異動主治医が換わりました。医療的に何か出来るわけではないことは以前と変わりませんが、今度の主治医は、本人の解離しているという自覚にも正面から向き合ってくれているようには感じます。9月に受診した時に、主治医の目の前で人格が入れ替わったので尚更かと思いますが、「前回は女の人だったよ。」とかサラリとおっしゃる。本人が携帯のメモに何人かの人格の名前と特徴を書きとめているのを、本人の承諾を取った上でご自分の携帯のカメラで撮って、「詳しく聞く時間がないから、出来る範囲で良いので書いて来てくれない?」とおっしゃいました。(注)発達障害のある成人の方のブログを徘徊していて、「解離しています」と書かれているのを見かけたことがあります。けれども、発達障害のある方の多くが同じような経過をたどるわけではないと思いますし、解離性同一性障害の診断が出ている方の背景に発達障害があるとも限らないと思います。
2011年10月18日
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ブログを放置している間にもう秋です。ゆずきの小学校では先日運動会が終わりました。今年の出場種目は100メートル走と組み立て体操でした。100メートル走が終わった後、担任の先生が偶々私の近くを通りかかられ、声をかけて下さいました。100メートル走は、顔を見ていましたが最後まで頑張って走っていました。組み立て体操は、出来るように本当に良く頑張って練習していたのですが、ペアを組む子が今日はお休みになってしまって、練習した通りに出来ないのが残念です。とのお話しでした。組み立て体操、ほとんど後姿しか見えませんでしたが、背中を見ていても全身緊張しているのが分かって、一生懸命やっているのを感じられました。運動会が終わって帰宅した時のゆずきの日焼けした顔は、満足そうで、少し得意そうで、彼なりに達成感があったのだろうと思われる、そんな表情でした。
2011年09月26日
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校庭に6時20分集合。起こさなくても自分で起きて、良い顔をして出かけて行きました。修学旅行に向けて事前の調べ学習や班ごとの話し合いなどが1ヶ月ほど続いていましたが、何が決まったか聞いても、ゆずきの口から答えを聞くことが出来ませんでした。ゆずきの苦手な総合学習の時間が多いことや、修学旅行の日が迫って来ることで緊張している様子は見られるので、あまりしつこく聞かない方が良いかと思い、聞くことを少し控えていたのですが、そうも言っていられません。思春期に差し掛かって、親から色々詮索されるのが煩わしいだけなら良いのですが、どう考えても旅行の行程が分かっていないようなので・・・一昨日(旅行2日前)「班別の自由行動の時とか、どこにどうやって行くのか分かってなくても、同じ班の子が誰か分かっていて付いて行けば旅行には行って来られるけど、それで良いの?分からないまま付いて行くのと、どこにどうやって行くか自分でも知っていて行くのと、どっちが良い?」ゆずきの答えは、「知っていたい・・・」「修学旅行が終わっても、それから先も総合学習はあるし、ずっと分からないまま終わるのはもったいないでしょ?ゆずきが何が分かって何が分かっていないか先生に分からないと、先生もどこで手助けをして良いか分からないから、明日の朝先生に電話しても良い?」昨日(旅行前日)「この期に及んでこんな話しで申し訳ありません。京都での班別行動の時の移動は徒歩なのかバスなのか、お昼はどうするのか、全く分かっていないようなんです。私が聞くとフリーズしてしまって答えが返って来ないので、確認して頂けないでしょうか。」担任は、班ごとの話し合いや調べ学習にも、見た目問題なく参加しているので、よもや分かっていないとは思っていなかった様子でした。夕方、担任から電話がありました。分かっていなかったので説明した上で、本当に分かっているか確認して下さったとのことです。京都の班別行動については、現地のガイドさんに内容を見て頂いて最終的に「しおり」に各自記入したのが先週の金曜日、ゆずきが通級に行っていた時だそうで、後から写させてもらったそうです。「きちんと書いていたので分かっていると思っていました。」と・・・「写す時は書くことに意識が全部行ってしまうので、書いている内容は言葉として入っていないと思います。」と言っておきました。担任曰く、ゆずきに限らず説明したのに分かっていない子も少なくないそうですが、だから何?周囲の子の多くは学習を進めるにつれて頭の中に修学旅行のイメージが出来上がって、それに向かってテンションが上がって行くのに、ゆずきはその流れに乗り遅れて、イメージが描けない「わけの分からないもの」(修学旅行)はそれでも確実に近づいて来るわけで・・・その感覚をゆずき自身がどれだけ自覚していたかは分からないけれど、何も感じていなかったハズはないと思うし・・・とりあえず修学旅行については先生から説明してもらったことで、いくらか落ち着いたようです。冒頭に書いたように、良い顔をして出かけて行きました。
2011年06月07日
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保護者の欄よりテレビで歴史上の出来事をワイドショー風に紹介する番組を熱心に見ていたと思ったら、社会科の教科書が広げておいてありました。どれだけ分かっているかはともかく、歴史に関心はあるようです。通級指導教室で・・・6月の初旬に奈良、京都への修学旅行があることから、通級の先生はゆずきに向かって「京都で有名なのはどこだっけ?」ゆずき、無言。先生、すかさず「えっ? 歴史好きなのに?」私が思うに・・・「どこ」と言われても地名を問われているのか神社仏閣の名称を問われているのか分からないと思います。また知っているお寺の名前があっても、自分が知っているそのお寺が有名なのかどうかも分からないでしょう。6年生になって初めて歴史の勉強が始まって、それには興味が持てているようだとは言っても、好きなことと、たくさん知っていることとは別です。修学旅行に向けて事前の学習や話し合いが進められているのでしょうけれど、ゆずきの場合先生が介入しない話し合いの場面では特に、話しがどう流れて行って、最終的にどこに行き着いたのか、イマイチ理解出来ていないという懸念もあります。それに、ゆずきは自分の思いに即座に言葉が乗って来ません。何かを問われてから答えの言葉が出て来るまでに時間がかかることが多いのです。通級の先生はその時間を待つことをしないで、すぐにどちらかと言うと否定的な言葉をかけてしまうことが多く、私はそれをパーティション越しにイライラしながら聞いています。通級の指導の後自校に戻って連絡ノートを担任の先生に提出すると、その日の下校時にはコメントを書いて持たせて下さいます。担任の先生の欄より毎時間、復習のために時代の流れとできごとの確認を行うのですが、的確に答えられますし、課題に沿って調べる時も、進んで調べているように思います。TVをみてそれだけでおわらず、教科書とつなげて理解を深めようとすることはすばらしいと思います。そういえば、○○(地名)の古墳にも興味をもって聞いていました。ゆずき自身の口から学校での出来事を聞き出すことは難しいので、この連絡ノートに書かれる担任の先生のコメントは、私にとって大切な情報源になっています。
2011年05月28日
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先日の通級指導教室の指導の途中に先生からゆずき本人に向けての話し。ゆずきと同じ学校の4年生と5年生の子が同じ通級に昨年から通っていて、2人は学校でも一緒に遊ぶようになったので、ゆずきもその仲間に入らないかと。どうやら5年生の子はクラブがゆずきと一緒らしい。ゆずきからは何の返答もなし。当然でしょう。違う学年の男の子か女の子か分からない子と、いきなり友達にならないかと問われても、イメージがまったく浮かばないので、友達になりたいとも、なりたくないとも答えられない。先生のこの話しの持って行き方を聞いた時点で、私の頭の中には不信感が沸いた。指導終了後の先生から私への話しによると、5年生の子の保護者さんが、学校内や放課後に家の近くで遊ぶ友達を求めていらっしゃるご様子。同時にもう一件、1ヶ月に1回グループ指導の時間を予定しているので、話しに出ている2人と一緒にどうかと。友だち・・・の件については、「本人同士の相性などもありますし、何とも・・・」と曖昧にごまかしておいた。グループ指導については、6時間目になるということで仕事の時間に重なることもあって、「本人の指導上どうしても必要な状況であるとか、本人が強く望むのであれば仕事を休んででも参加しますが、そうでなければ私としては遠慮したいです。」と答えた。学校で休み時間に一緒に遊ぶと言っても、発達障害のある子の話しなので大人の見守りや手助けが必要になると思う。何の手助けもなく仲良くなって遊べるくらいなら、同じクラスの子と遊べるはずなので。学校内での事については事前に担任の先生に協力を求めておく必要はあると思うし、私の方でも相手のお子さんの様子や、先方の保護者さんのお子さんに対する考え方や物事のとらえ方など、ある程度理解していないと何かあった時に対応に困ると思う。例えばクラブの時間に本人同士が意気投合して一緒に遊ぶ約束をしたなら、それをわざわざ止めることはしないけれど、通級の先生が口添えしてわざわざ関係を持たせると言うのなら、最初は保護者同士が連絡を取り合う所から始めるものだと思う私は考え過ぎ、あるいは性格が曲がっているのだろうか。
2011年05月24日
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ゆずきの通級先を今年から変えた。一昨年通い始めた通級先は車で30分近くかかる距離だった。昨年度、隣接校区の小学校に通級指導教室が新設されたのだけれど、通っていた通級先の先生と良い関係が出来たところだったので、あえて変えずに通い続けることにした。今年度は隣接校区の学校に通級先を変えた。移動時間が3分の1近くになるので自校の活動への影響が少なくなるし、何より私が体力的に楽。しかし・・・先週の指導日。通級の教室の前に、人がたむろしていた。教室前方の扉は私が入る時に閉めたのだけれど、後方の扉は先生がわざわざ半分ほど開けた状態にして指導を開始した。指導が始まる頃までに人数が増えたようで、教室の中まで聞こえて来る話し声が徐々に大きくなった。後方の扉のすぐ脇に保護者用のスペースが作ってある。私は、大人げないと思いながらも、わざと音たててその扉を閉めた。指導終了後に先生から聞いた話では、朝の活動の時間に保護者が本の読み聞かせをするのだそうな。「静かにするように言っておきます。」と先生はおっしゃったけれど、「定型発達の子の保護者さんたちは通級指導教室というものの存在もご存じないと思うので、仕方のないことなのかもしれませんね。」と言っておいた。今週の指導日。私とゆずきが教室に入る時点での人数は先週より少なかった。しかし、先生と私が話しをしながら、ゆずきの気持ちが切り替わるのを待っている間に、ノックも挨拶もなく教室に入って来て「この部屋にある本で見たい物があるんですが、良いですか?」とノタマウ人が1名。これには先生も「あの・・・、もう指導が始まってるんですけど・・・」と、即刻退室して頂いた。あれは保護者?それとも職員?指導終了後。私 「読み聞かせに来られる保護者さんが毎回違うなら、毎回こういう事が起こるんですよね。」先生 「あの人は図書室の司書ですから。」私 (心の中で)「ここがどういう場所か、職員に説明してないわけ?」『何年何組』という表示でなくてもここは教室で、ここで行われているのは学習なんだと分かるように書いて貼っておいて頂くと良いんですけど、この学校から通級している子の保護者さんの中には、自分の学校にこういう場所があって、自分の子がそこに通っていることを必要以上に他人に知られたくない方もいらっしゃいますよね。私が平気だからと言って、貼って下さいとは言えませんね。やっぱりいらっしゃるそうです。教室の外に「○○○○ルーム」という教室の名称が貼ってあるのにも拒否反応を示す保護者さんが・・・昨年度はどうなっていたんだろう。そこが通級指導教室であることや、その意味を伝えなくても、その場所が通常の教室と同じ教室で、そこで行われているのは学習であるということは伝えられるでしょう。それさえも伝えられないのなら、読み聞かせをする保護者さんの集合場所を別の場所に変えて下さい。
2011年05月21日
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当たり前のことですね。宿題が楽しくて仕方がないと言う子は絶対いないと断言は出来ませんが、いても稀だと思います。少し前までは、宿題をしながら「絶対無理!」「死んだ!」と繰り返していたゆずきです。時々「なんで(ドリルの1ページの問題数が)20問もあるの?」とか言いながら・・・ところが昨日はちょっと違って・・・「なんで漢字なんかあるの? ひらがなとカタカナだけで良いのに。」「誰が漢字を作ったの?」「円の面積って必要あるの? 覚えてると何か役に立つの?」などと文句を言っておりました。文章を全部ひらがなとカタカナだけで書いたら、とんでもなく読み難いと思うよ。円の面積は・・・求める必要がある場面に遭遇したことはないけど・・・宿題をやりたくない気持ちが、こんな風に言葉になって出て来るようになったのが面白いとのんきなことを言っていられるのは今だけだと思いますが、これもひとつ、成長した証しかな・・・と思っています。
2011年05月13日
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学校の尿検査のための採尿です。一昨年までは、前日から「明日の朝はトイレに行く前に言ってね。」と言っておけば自分で意識していて、全く困ることなく採尿出来ました。ところが昨年は、「持って行かないといけない。」という意識が強すぎたのか、何回かトイレに誘って試してみても「出ない!」の連続で提出出来ず。数日後に設定されていた予備日も同様で提出断念。・・・と思ったら学校で養護の先生が、いったいどうやって促したのかは聞いていませんが、採尿して下さったそうです。今年はどうなるかと本気で心配しました。最初はやはり「出ない!」と言い張っていましたが、出かける時間ギリギリに声をかけたらなんとか・・・よかった・・・
2011年05月12日
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ドラマ『ハガネの女』、見ました。半分怖い物見たさで・・・あら探しのつもりで見ていたわけではありませんが、つっこみ所は満載でした。あれを見た人が、「あれがアスペルガー障害」と固定したイメージを持ってしまったら・・・という心配もしないわけではありません。それでは、十人十色の発達障害がどんな風に描かれていたら誰もが納得出来たのでしょうか。また、ドラマの中の先生の発達障害に対する理解や対応が完璧だったら、それはそれで現実離れしてしまうわけですし。先生にもクラスの子どもたちにも、その保護者たちにも、真剣に向き合ってくれる人もいれば逃げ腰の人もいるでしょう。話す機会を重ねるうちに徐々に理解してくれる人もいれば、話しの通じない人や聞く耳すら持たない人もいるでしょう。それが現実なので、その点であのドラマはリアリティーはあったと思います。あのドラマを見た人に知っておいて欲しいと思うことはあります。定型発達の子も性格や得意不得意などの個人差はありますが、発達障害の子の場合は得意なことと苦手なことの凸凹が大きく、「個人差」で片付けられる範囲を超えています。だからこそ発達障害と呼ばれるのです。「アスペルガー障害だから・・・」と診断名で一括りにしないで、○○さんはこれが得意だけれどあれは苦手、○○くんはこんな時にはこう言うと上手く伝わると、一人一人に向きあって欲しいと思います。一人の子で経験した支援方法が別の子にそのまま使えることもあれば、上手く行かないこともあります。もう一つは、特別支援学校や特別支援学級は通常学級で学級運営の妨げになる子を排除するための場所ではありません。集団の中で学ぶ通常学級と個別の支援を受け易い小集団で学ぶ特別支援学級と、どちらの方が本人の力に合った学び方が出来るか、学校生活の色々な場面で力を発揮出来るか。多くの親はそんなことを基準にわが子の就学先を選ぶと思います。けれど、地域によって差もあるのですが、知的障害を伴わない発達障害の場合、ほとんどそれだけを理由に特別支援学級への入級を認められないこともあります。発達障害の診断が出ていれば本来は特別支援学級、通常学級に子どもを入れるのは親のワガママというわけではないのです。地域や学校によっては、発達障害の子が特別支援学級在籍ですべて通常学級で学習して、特別支援学級の担任が(全面的にではなくても)支援に入るという体制が取られる例もあるようですが、どこの学校でも・・・というわけには行きません。発達障害の子を通常学級に通わせている保護者は、わが子にかかる負担だけでなく周囲の子への影響も考え、悩んだ上でその場所を選んでいるのです。たぶん多くの保護者がそうだと思います。ひとの迷惑顧みず・・・などということはありません。番組のHPのBBSが批判の嵐でもの凄いことになっていました。批判的な投稿のほとんどが当事者の保護者によるものですが、その中に発達障害の程度や知的障害との兼ね合いで出来ることの少ない子を下に見ているのではないかと感じられるものが何件もあったことに驚きました。
2011年04月30日
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昨日は今年度1回目の授業参観でした。教科は社会。今まで学習したことのない「歴史」という分野に興味はあるようでも、思考力はイマイチついて行っていない様子でしたが、それでも彼なりに熱心に取り組んでいるようではありました。学級懇談会は役員の選出から。今年はそろそろ逃れられないと覚悟していたのですが、逃れることが出来ました。その代わり、6年生まで1回も役員をやっていない人は、年に3回ある資源分別収集の時に集積場でのお手伝いがあります。担任の先生の自己紹介とこの1年に向けてのお話。昨年と同じ先生なので、今年は何かにつけて安心です。保護者の自己紹介。先生が保護者の顔を覚えたいからということでしたが、昨日は学級懇談の後で学年懇談もあるため、今までになく参加人数が多かったので、「こんな機会は今しかない」と思って、咄嗟に他の保護者に向けて、ゆずきのことを少しだけ話させて頂きました。「少しマイペースな発達のし方をしている子なので、皆さんのお子さんに迷惑をかけることがあるかも知れませんが、他のお子さんの我慢の上に成り立つことでは良くないと思うので、お子さんから何か気になることをお聞きになった時には、私にでも先生を通じてでも何なりと教えて頂けると有難いと思っています。」学年懇談会は修学旅行について。6月7、8日にバスで奈良と京都へ。どちらの日にも班単位での自由行動があり、買い物を出来るのもその時間の中なので、そこが少し心配ではあります。自由行動の時に班の仲間からはぐれて遭難することだけは避けて頂きたいものです。ついでに・・・既に今年お子さんが特別支援学級に入った方から聞いてはいたのですが、従来あった特別支援学級2クラス(知的と自閉症・情緒)に加えて、今年から肢体不自由のクラスが新設されたということで、始業式の次の日、全校児童に向けて放送で「廊下は走らない」よう指導があったというお話がありました。身体的に健常で定型発達の子だけで考えても、1年生と高学年の児童では体格も身体能力も大きな差があるので、接触事故などあれば危険です。従来あった特別支援学級に在籍する子であっても、低学年は特に身体感覚も未熟であったり、周囲の状況に気を配りながら歩くこということも難しかったりします。今まで身体に障害のある児童が在籍したことがなかったようなので、改めて注意を促すことは必要なのでしょうけれど、「廊下は静かに歩きましょう」というのは取り立てて身体的に配慮が必要な児童がいなくても、ごく当たり前に指導されるべきことなのではないのでしょうか。ちなみに5年ほど前、ゆずきが1年生で特別支援学級に在籍していた時に、こんな日記を書いています。
2011年04月21日
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先日、「今小さいお子さんをお持ちのお母さんたちの支えに、いくらかでもなれるような自分になりたい。」などと書きましたが・・・とんでもないです。ごめんなさい。撤回します。発達障害のお子さんをお持ちのお母さんのブログをあちこち読ませて頂くと、どなたも診断されてから短い期間でしっかり勉強なさって、お子さんのことも本当に良く見ていらっしゃいます。お子さんに対しても学校に対しても思慮深く上手に対応していらっしゃって、その姿勢を含めて学ばせて頂くことがたくさんあります。いくらかでもお役に立てるかも・・・なんてとんでもないですね。たまには言葉も交わしたりしながら、勉強させて頂けるようになれたら良いなと思います。
2011年04月20日
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昨年の今頃は何を書いていたかと思って見たら、なんと、3月、4月と何も書いてなかった・・・その前の年末からずっとおにいが不調で、ゆずきは幸い大きな問題もなく、ブログは放置状態だったようだ。3年生から4年生になる時に、特別支援学級から通常学級に移籍することもあって、新学期が始まって早い時期に担任と面談する時間を取って頂くようにお願いした。するとコーディネーターの先生(特別支援学級の担任)が新年度担任、前年度担任、校長先生、教頭先生、教務主任、指導主事までそろえて下さって驚いたのだけれど、昨年も今年も引き続き同じような形を取って頂けた。日頃直接話しをする機会のない先生方にも、親がわが子に何をどう学んで欲しいと思っているか、聞いて頂く良い機会なので、今年もまた思うことを話して来た。ゆずきのこれからの1年にすぐに反映しなくても、先生方それぞれの頭の片隅にいくらかでも残っていれば、先生方が何年か先に出会うお子さんたちの役にいくらかでも立てるかもしれないと、そんなことも思いながら。4月14日 ケース会校長先生、教頭先生、教務主任、昨年度コーディネーター、今年度コーディネーター、担任(昨年度と同じ)、学年主任、指導主事(?)と揃って頂けた。冒頭に今日はお母さんの思いを聞く場だと言って頂けたので、思うことを話させて頂いた。事前にメモすら用意していなかったので、行きあたりばったりな話しで何をどう話したか記憶が定かではないけれど、出来るだけ書きとめておこうと思う。昨年度1年、先生から特別に連絡を頂かなければならないようなこともなく過ごさせて頂けたのは、先生にもクラスのお友だちにも恵まれたのだと、大変ありがたく思っています。今年1年通してめあてとして行きたいのは、予定帳を書き忘れないようになることと、文字をもう少しだけ読みやすく書けるようになること。最近になって家族と関わりを持とうとするようになって来たけれど、急に近づいて来て体に触れたりするので、お友だちとの距離の取り方やアプローチの仕方が上手でないことからトラブルになることも考えられるので、少し注意して見ていて頂きたいこと。修学旅行については、5年生の野外学習で2泊3日特に問題なく過ごさせて頂けたようなので、行動面では心配していないけれど、事前学習や準備の段階でどの程度深く学べるかで、実際に出かけて何を学んで来られるかが違って来ると思うので、その点で配慮をお願いしたい。「迷惑をかけずに行って来られました」で終わってしまっては寂しいので、興味の持てること、思い出に残ることを1つ2つ拾って来られたら嬉しいと思っています。学校は学習の場なので、教科学習の時には場面に応じて気持ちの切り替えが上手く行って集中出来るように、出来るだけ支援をして頂いて、本来学ぶべきことにエネルギーが向けられることが理想だと思います。定型発達の子なら頑張らなくて良い所で本人が頑張って、その上で「出来ています」というのは、少し違うと思います。定型発達の子も無理もしたり頑張ったりもしているわけなので、それとの区別は難しいですが・・・学校以外に療育の場がないことや、将来就労する時のことまで考えると、支援が不十分な時に自分で切り抜ける力や、自分のことを分かってくれない人との関わり方も学校の中で身につけなければならないと思いますが、そういう場面をわざわざ設定して頂く必要はありません。支援が必要なことが分かっていても、見守って頂いた上で自分で切り抜けなければならない場面は十分過ぎる程あると思います。4月15日 通級指導教室、開級式今年度から隣接校区の小学校の通級指導教室に移りました。開級式は4時からなので、6時間目が終わってから自校を出ると少し遅れて到着することになります。前日から何回か、ゆずきに3択で提示して選んでもらいました。1.5時間目で早退して余裕で開級式に行く。2.6時間目が終わる少し前に早退して開級式に間に合うように行く。3.6時間目が終わってから、開級式には遅刻して行く。ゆずきの答えは最初から一貫して「3」でした。そうですね。やっぱり自分のメインの居場所が優先ですね。開級式そのものよりも、学校と教室と先生の顔を確認することが大切なので、それで良し。ゆずきにとっては全く初めての場所なのに、何の抵抗もなく入って行くことが出来ました。指導の時間は昨年度と同じに金曜日の1時間目です。移動時間が3分の1近くになるので、母の体力的には楽になります。先生は・・・どうなんでしょう・・・?
2011年04月18日
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私のことです。ゆずきが7日の始業式の日に持ち帰った、年度始め恒例の書類たち。昨日が提出期限だったのにすっかり忘れていて、思い出したのは昨日の夜明け前、仕事に出かけてからでした。幸い昨日はスタートは遅かったけれど折り込みチラシがなくて(選挙の後なので)軽いので順調に仕事は終わり、家に帰ってからゆずきが起きて来るまでに記入完了しました。新学期が始まってみたら担任が5年生の時と同じ先生で、ホッとしているとは言ってもあまりに緊張感なさ過ぎですね。
2011年04月12日
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お子さんに発達障害の診断が出て間がないお母さんのブログにコメントしながら、10年ほど前のことを思い出した。1才直前になっても言葉かけに全く反応しなかったゆずきの聴覚検査を薦められ、聴覚障害児の通園施設に付属する診療所で検査を受けた時のこと。行動を見ると聞こえていないかのような所もあるけれど、脳波を取ってみると聞こえているということで、市の発達相談センターのパンフをいきなり渡されて、「この子、このままにしとくと言葉覚えないよ。で、どうするの?」答えに困って、「発達のフォローをして頂いている小児科の先生に相談してみます。」と答えた私にその後向けられた言葉は、そこで躊躇していることを責めているかのように私には聞こえた。耳の検査をして聞こえに問題があれば、そこの施設に通うことになるかもしれないということだけは、なんとなく頭の片隅においていたけれど、聞こえていた時のことまで考えていなかった。その頃の私には、前もってそこまで考えて覚悟しておくことなど出来なかった。12月の雨の日。半泣きで帰りのバスを待った。後日、小児科の医師の「行って損にはならないから行ってみたら」という言葉に後押しされて、市の発達相談センターに電話をした。初めてセンターに行くことになったのは1月の雪の降る日で、慣れない道でしかも雪の中、そこで既に半泣きで車を運転して出かけて行った。センターのスタッフの方に、そこに行きつくまでの経緯を話し、聴覚検査の時のことを話しながら、「そんな先のことまで考えられなかった」と大泣きした。別の話しです。こことは別のブログのブログ内のメッセージに、見知らぬ方からのメッセージが届いた。そちらのブログでは発達障害関係のコミュニティに数件参加しているので、そこのリストから来られたようなのだけれど、お子さんの発語が遅いことを心配なさって、「大丈夫でしょうか?」と・・・その時はただ、「なんで私?」と思ったのだけれど、ブログの記事を少し読んで頂けば、特別に勉強しているわけでも何でもないことが分かるような私の所に、それこそ藁をもつかむ思いでメッセージを送らなければならない程、それだけ不安な思いを受け止めてもらえる所がないということなのだろうと、後になって思った。その時は「なんとも申し上げられません」としか答えられなかった。大丈夫とも大丈夫じゃないとも言えないのは事実なのだけれど、もう少し、たとえほんの少しでも、その方の気持ちに寄り添うような答えは出来なかったものかと、今になって申し訳なく思う。おにいが小さかった頃とくらべれば当然のこと、ゆずきが小さかった頃と比べても、集団検診等で発達障害疑いのお子さんが程度の軽いお子さんや知的な遅れの見られないお子さんまで含めてピックアップされるようにはなっているけれども、母親が抱える不安・・・、程度が軽いからこそ感じる不安・・・、誰が見ても障害があるという様子でもなく、それでも側にいると肌で感じる違和感、それについて誰も納得のいく説明をしてくれないことによる不安、そんな母の思いまで汲み上げてくれる所は十分はないのだと思う。ゆずきが小さかった頃、ブログを通じて知り合った人たちに自分が支えて頂いたように、今小さいお子さんをお持ちのお母さんたちの支えに、いくらかでもなれるような自分になりたいものだと思うけれども・・・
2011年04月03日
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先週の通級の時に、その前2週かけて行ったウィスク・サードの検査の数字が出ていたので、本人にも説明して頂くということで、ゆずきと揃って説明を聞いた。・・・が、失敗だったかも・・・検査結果は、全検査、言語性、動作性のどれも、数字としては100を超えていたので、その数字だけに目が行ってしまって、「力は十分あるのだから、頑張れば皆と同じくらいに出来る」みたいな話しになってしまい・・・検査をして頂いたのが今の時期で良かったと、つくずく思う。今週は閉級式で、今年度はお終いだから。「やれば出来るはず。出来ないのはやる気がないから。」みたいな思いを持って指導されたらたまらないから。来年度は通級先を変更するので「そちらに検査結果も送ります」と言われて、うっかり同意してしまったけれど、これもちょっと後悔。来年度通級でお世話になる先生が、この検査結果をどう読むか・・・通級指導教室のある学校から自校に戻る車の中で、とりあえず説明してみた。先週とその前とやったパズルとかクイズで分かったことは・・・紙に書いてあったり実物があったりして、見て分かって考えるのは得意だけど、耳から言葉で聞いて分かって考えるのは少し苦手だということ。聞いて分かるのが苦手だから、注意深く聞けるようになることも大事だけど、それと一緒に、分からない時に「もう一回説明して下さい。」って言えるようになることも大事だということ。さてさて、この説明がゆずきにどれだけ通じたのやら・・・私信ですめい1017さんへいつも立ち寄って下さってありがとうございます。ご長男の高校ご卒業、おめでとうございます。
2011年03月08日
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おにいへの告知は、はっきり言って失敗だった。そもそも、私が「発達障害」という知的障害のない障害を知らないまま、おにいは中学生になり、卒業が迫った頃初めて専門の病院で受診したというのが、今思えばマズかった。思春期、受験とただでさえ不安定になる種満載の時期に、「自分には何かあるのかも」って・・・、そんなことをスンナリ納得して受け入れられるワケがない。結果、初めて見る大きなパニック!今思うと、おにいには本当に悪いことをしたと思う。そんな経験から、ゆずきには思春期に入る前に告知をと思っていたのだけれど、既に11才。のんびり育っているゆずきでも、そろそろ思春期に片足くらいは突っ込んでいるのでは?2年ほど前、ある療育講演会で講師の方との座談会に参加する機会があって、「心配事は告知について」という私に、講師の方は「告知? 自己認知ね。」とおっしゃった。この言葉を聞いて私は思った。そうか。告知って、診断名を告げるだけでは意味ないんだ。大事なのは、本人が自分の状況を知ることなんだ。・・・と思ったものの、そこから先、今に至るまで1歩も進んでいない。先日、某支援機関の電話相談に電話して、告知についての相談だと告げたところ、児童向けに書かれた発達障害の解説本を薦められ、なんとなくスッキリしない気分になった。ゆずきが言語にまつわる部分が無茶苦茶弱いということもあるけれど、そうでなくても、小学生が本を1冊や2冊読んだだけで納得出来るほど、発達障害って単純なものか?ゆずきの発達のフォローをして頂いていた医師から「『自閉』ということをメインに見て行きましょう。」と言われた時、ゆずきは1才半。それから療育施設の通園や幼稚園の通級教室に通うようになり、通園施設を退園して保育園に移り・・・私がゆずきの状況を自分なりに理解したつもりになれるまで、3年くらい掛ったような気がする。もしかして、私の頭が悪いだけのことか?それを本って・・・まあ、きっかけにはなるだろうけど。「医療機関で説明してもらうのは?」とも言われたけれど、ゆずきは継続して受診している医療機関がない。診断書が必要な時だけ受診している医師、つまりゆずきにとっては「この人誰?」な世界の人からいきなり「君はね・・・」って言われるのもどうかと思う。第一、日頃からゆずきに関わっている人でないと、ゆずきの理解力がどんなものか分からないので、ちゃんと伝わるように話すのは難しい。そこで思い出したのが、通級指導教室の先生。都合の良いことに、通級の時間を使ってウィスク・サードの検査をして頂けることになっていたので、その結果を見て、苦手なことと得意なことを先生から本人に直接話して頂くのが良いということで、私としては不完全燃焼っぽいまま、その電話は終了した。これも先日、テレビでアスペルガー障害の男性の就労に向けての研修の様子を放送していた。県庁での実習で、言葉で作業内容を指示されても実際にはどうして良いか分からないその男性、自分で「実際にやって頂けないでしょうか?」と頼んだ。これって、すごい!この男性は日頃の研修から、自分の得意な事と苦手な事、出来る事と出来ない事が自分の中である程度整理出来ていて、相手がどう協力してくれたら作業が進め易くなるかを自分で考えて伝えることが出来る。(どんな場面でもというわけには行かないと思うけれど)これも、2年前のあの講師の方がおっしゃった『自己認知』なのかなと思った。就労にはまだ間があるゆずきに今伝えたいことは・・・苦手なこともあるけど得意なこともたくさんあって、上手く出来ないことがあることが、人としての価値が劣るということではないこと。ざっくり言うとこんなことなのだけれど、これがまた結構難しいかも。「はい、今から告知をします。」「はい、告知終了しました。」な~んて単純に済む話しではないので、その時、その場面に応じて、一生かけても終わらないくらいの長期戦覚悟でする話しなのかもしれないと、これを書きながら今思っている。
2011年02月25日
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とにかく何か書かないと、放置されたブログになってしまいそうなので、とりあえず、ゆずきについて思いつくままに書いてみます。小さい頃のゆずきは、テレビを見る時に完全に自己完結の世界だったのですが、最近は一人で見るよりも誰かと一緒に見る方が楽しいと思うようになったようで、面白いシーンがあると呼びに来たり、内容を説明しに来てくれたりすることがあります。自分からの発語が少しずつ増えて来て、時々ですが、テレビに合わせて歌を歌う姿も見られるようになりました。この「歌」が私にとって結構画期的なことなのです。おにいは小さかった頃、保育園で覚えた歌を家で歌って聞かせてくれたのですが、ゆずきはそういうことが全くなかったのです。鍵盤ハーモニカは、保育園で練習している時には家にある楽器でも弾いて聞かせてくれたのですが、歌は全く・・・小学校に入っても、授業参観などで皆で歌を歌う場面でも、声をほとんど出していなさそうな様子なのです。口は動いていて、歌詞は正しく覚えているようなのですが・・・1年生の頃から月に2回ほどのペースで音楽療法士さんにお世話になっていました。「ました」と過去形なのは、昨年の12月に音楽療法士さんのご都合で個人相手のお仕事を止めてしまわれたので、別の方を紹介して頂くことはせず、そこでお終いにしてしまったからです。どこかの国の民族楽器のような主に打楽器を何種類も用意して下さって、療法士さんの弾くピアノに合わせて演奏するのですが、ゆずきは楽器の形や材料や、どこから音が出るか・・・には興味があっても、ピアノで演奏される曲そのものには全く興味を示しませんでした。歌を歌わせようと、小学校の集会などでよく歌われる曲を弾いて下さっても、あまり覚えていないし、歌詞を見ても歌えないのです。簡単な曲なら木琴で弾くことは出来るので、リズムはある程度正しく覚えられるようなのに、歌は何故?好き嫌いの問題ではなく、ゆずきはメロディーが覚えられないのではないかと、私は思っていました。その頃は本気で・・・昨年の10月の土曜日、某所で行われたピアノ・ライブに私は行きたかったのですが、主人は仕事だし、昼間とは言っても、ゆずきを留守番させて出かけるには家を出てから帰るまでの時間が長過ぎるし・・・ということで、ライブの場所の近くにある水族館をエサにゆずきを連れ出し、「ゲームしてて良いから」とライブにも付き合ってもらうことにしました。音楽にさほど興味があるわけでないゆずきに、ステージの前の席で静かに聞いていなさいと言うのは無理な注文なので、ゲームをしていても、多少席を立っても、周りのお客さんにも影響が少なく、演奏者の方の視界にも入り難いように席は二階にしました。(会場はホールのような閉鎖した所ではなくて、演奏中も人が出入り出来るような所ですので念のため・・・)ライブ1回目の途中から入ったのですが、聴き始めて2曲目の途中で、ゲームをしていて聴いていないと思っていたゆずきが顔を上げて、「これ知ってる」とつぶやいたのです。私の車の中で常に流れている、演奏者の方のオリジナルの曲。週に1回、片道30分近くの道を車で通級指導教室まで往復するので、ちゃんと聞いて覚えていたのですね。ライブ2回目の途中で、ゆずきの「もう帰ろうよ」攻撃に負けて会場を出たのですが、ゆずきが「ここでは静かにしていないといけない」と理解して(たぶん)他人に酷く迷惑をかけないように過ごせたことと、それ以上に、いつも聞いている曲を覚えていたことが私には嬉しかったのです。つい先日ゆずきが、テレビから聞こえて来るメロディーを聞いて「威風堂々!」と言いました。「なんで知ってるの?」と聞くと「学校でやってるもん!」ゆずきの通う小学校では、例年卒業式で5年生が演奏していたようなので、今年もその練習が始まっていたようです。
2011年01月31日
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おかげさまで、穏やかにお正月を迎えることが出来ました。・・・と言いたいところですが、なんと昨日(3日)トイレの排水管が詰まりました。業者さんを呼んで、床を掃除して、薬局で薬品を買って来て消毒して大騒動の末、正月早々、工事代金として諭吉さんが数人去って行きました。(泣)今年もどうかよろしくお願いいたします。
2011年01月04日
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宿題の計算ドリルの丸つけをしている私にゆずきが一言。「合ってたことにしといて!」母が直して丸を付けたら、あなたの頭の中の間違った記憶も自動的に修正されるのなら、いくらでも直しておいてあげるけど・・・
2010年12月20日
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先生の話を聞いてラーメンのスープなども食べすぎると体によくないことがわかってびっくりしました。家の人がタバコをたくさんすっているので早くやめさせたいです。11月に養護の先生のお話しを聞いたようです。お話しを聞いて分かったこと、そして自分が思ったことがちゃんと書けてますよね。小学校5年生の子が書く文章としては随分拙いものですが、1年前、2年前のことを思うと、これでも大きく成長しています。ゆずきは普段からお父さんがタバコを吸うことを気にして、自分で取り上げようとすることも度々ですが、おにいが目の前でタバコを吸っていても何も言いません。それでもタバコを吸っているのはお父さんと限定しないで「家の人」としているのは、直接は言わないけれどおにいのタバコのことも心配しているのかも・・・
2010年12月09日
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11月のいつ頃からだったか、ゆずきは時々「学校行きたくない」とつぶやくようになった。「何が嫌なの? お友達のこと? 勉強?」と聞くと「勉強メンドクサイ」。それが少しずつ頻繁になったので「勉強は何が嫌なの?」と聞くと「国語」。勉強が嫌で学校に行きたくないと言っている間はまだ平和かと思いながらも、連日「行きたくない」と言われれば流石に気になって、偶々担任から電話があったので伝えた。原因は漢字だと思うとのこと。50問の漢字のプリントをやって、何点以上が合格で合格した人から名前が書き出される。合格していない人は再テストなので書けるようにして来なさいと・・・再テストと書かれたプリントを私も確認はしていたけれど、いつものドリルの宿題だけで気力を使い果たしているゆずきに、壊滅状態の50問を書けるようにって、どうすりゃいいのよ?・・・ってことで、見て見ぬ振りをしていた母なのでした。「『書けるようにして来なさい』では無理なことが分かったので、本人と話して5問ずつ分けてやることにしました。」ということで、予定帳に赤い文字で書かれて来る熟語を5回書いて行って、翌日テストという形っをとって頂くことになった。家で繰り返し書いて行ったらテストで丸が貰えるという経験を少しずつ積み重ねて下さい。そもそも担任から電話がかかって来た要件というのが、図工の作品を評価する前に本人が持ち帰ってしまったので、持たせて下さいとのこと。次の日持たせて帰宅後に「先生に見てもらった?」と聞くと首を横に振る。また次の日「見てもらいなさいよ」と声をかけて送り出し、帰宅後に聞くとまた首を横に・・・「先生、何も言わなかった?」と聞くと首を縦にふる。(これは事実と違いました)1週間以上経った頃、予定帳に赤い文字で「ホワイトボード」と書かれて来た。先生から声をかけられて提出するのでなく、自分から「持って来ました」と言い出せるように、こちらで何らかの手立てを用意するべきだったという意味かと深読みしてしまったけれど、とりあえず電話で確認。担任の話しでは声は何度もかけて下さったのだけれど、持って来ている様子ではなかったと・・・他の子が既に提出しているのに自分1人だけ遅れて提出するのは、動くタイミングとか難しいかもしれませんと伝えて、改めて声をかけて頂くようにお願いした。かくして提出することは出来たのだけれど、未完成であったことが発覚した。水彩絵の具で着色した後ニスを塗るのだけれど、ゆずきは着色の途中。家で着色して、後日学校でニスを塗ることになったのだけれど、これって、ニスを塗っていた時間中に一回もゆずきの様子を見てくれてなかったってこと?親として複雑な思いはあるけれど、とりあえず問題のホワイトボードがどうなるか決まったら、ゆずきの表情が少し明るくなった。ゆずきの特性から考えて当然苦手な総合学習。連日「明日総合ある? 学校行きたくない」と言うようになり、もしや「皆目分かりません」状態になっているのではと担任に電話。授業参観が総合学習の発表の予定で、電話したのがその3日前?どうやら3クラス合同で活動していたようで、「ゆずきくんのいるグループは私の担当ではないので分かりません。担当していた先生に聞いてみます」(私の心の声) 「お願いだから(担任の)先生が側にいるようにして下さい。」授業参観と同じ日の1限目が通級で、そちらの連絡ノートに「何をやって良いか分からなかったようです」とあった。やっぱり・・・とりあえず発表が出来るように体裁は整えて頂けたようで、授業参観の前日は何日かぶりで「学校行きたくない」と言わずに登校した。連日の電話にお付き合い下さった先生、ありがとうございました。今朝もまたゆずきは「学校行きたくない」と言いながら登校して行った。今度は図工が嫌なんだそうな。付き合っているとキリがないので「嫌でも行ってもらいます」と送り出してしまった。図工についてはつまずいたばかりなので、多少は気を配ってもらえるのではないかと期待しながら。考えが甘いか?
2010年12月06日
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通級指導教室の連絡帳に親学級の担任の先生が書いて下さったコメントです。国語の「わらぐつの中の神様」の学習では、学習後の感想文を自力で書くことができました。1学期のことを思うと成長しているなと感じました。過剰に介入することなく、それでいて必要な所はきちんと見届けていて下さって、伸びている所に気付いて正しく評価して下さいます。大変ありがたいことです。小さかった頃のゆずきは、今思うと人に「頼る」ことはあっても「甘える」ことがなかったように思います。何かして欲しい用件がある時に言葉なり態度なりで伝えて来ることはあっても、精神的に甘えることがなかった・・・わけではなくても、少なかったように思うのです。けれども最近になって、特に用があるわけでもなさそうなのに、背中に寄りかかって来たり膝に乗って来たり、まるで幼い子がするようなことですけれど、彼なりに甘えているようなことが多くなって来ました。またテレビを見る時に、以前は完全に自己完結だったのだけれど、最近は私と一緒に見て感想を聞こうとします。感想と言っても自分の語彙の範囲で簡単な答えを彼なりに想定しているようで、そこから外れた答えを言っても、それを聞いて理解しようという意識はまだないようですが・・・以前に比べると、自分から人との係わりを求めるようになったのでしょう。それはそれで、本音を言えば面倒な時もありますし、学校でのお友達との関係でも今までにはなかった問題が出て来たりもするでしょうけれど、それなりに育っている証拠なのでしょうね。嬉しいことではあります。
2010年11月24日
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先日、美術教室に出かける時にゆずきが「本は?」と言いました。前回作った絵本がまだ未完成で、持って行かなければいけないと思っていたようです。でも、その作品は前回1回で完成しているので、そう説明しても納得しないのでその本を持って行って、先生とお話して来ました。ゆずきは目の前に実際に見えないものを頭の中に思い描くことは苦手です。なので作品を作る時も絵を描く時も、最終的にどんな形にするか自分でイメージ出来ないまま「なんとなく」取り組んでいるようです。その辺りは先生も気付いていらしたようですが、そのイメージがないままだと、「これで完成しました」という認識もなかったのですね・・・ゆずきにしたら、先生が「おしまい。」と言ったからその日の作業は終わりと理解していただけで、「よし、出来た。」とか「来週はここをこんなふうにしよう。」とかいう意識はたぶんないに等しかったかと・・・つまり、「達成感」というものは知らないままでいたのでしょう。今お世話になっている教室は基本的には小学生までを対象ということになっています。ここでお世話になれる間に、自分でイメージしたものに向かって作業を進めて達成感を持つ、そんな経験が少しでも出来るよう対応して頂けるようにお願いしました。そのためのヒントをこちらからも提供出来るように家での様子にも気をつけていようと思います。
2010年11月15日
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仕事の途中で道を聞かれることが偶にあるのだけれど、そんな時は大変困ってしまいます。住宅地域の中で自転車に乗っていれば、その地域の人だと思って聞かれるのだろうし、確かにその地域の人なのだけれど・・・私はとんでもない方向音痴なんです。方向感覚は鈍い。屋外ならいくらかマシなのだけれど、一歩建物の中に入るといきなり方角が分からなくなります。その上、見た景色が記憶に残っていない・・・というか、残り方が変・・・頭の中で地図がジグソーパズルになってシャッフルされた状態・・・というか、RPGのダンジョンの画面のよう・・・つまり一度に狭い範囲しか頭に浮かばなくて、頭の中で隣のエリアと繋がらないので、全体図というか、広範囲の図が頭に浮かばないんです。道を聞かれると、出来ることなら一緒に行って道案内したい気分になります。記憶にないわけではないので、実際に行くことは出来ます。最短コースでないこともありますが・・・聞かれたその場所で道順を説明するのは難しいです。市役所の事務所の場所を聞いた外国人のお兄さん、案内が間違っていて迷ったならごめんなさい。
2010年11月09日
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金曜日の朝は、いつも通りならゆずきは通級指導教室に行ってから自校に登校なのだけれど、今日は私がおにいの通院に付き合うためにゆずきを送って行けないので通級はお休みとなりました。今までは毎回ゆずきには「用があって送って行けないから」としか話していなかったのですが、「おにいの病院へ一緒に行かないといけないから。」と初めて言ってみたら意外な反応。無茶苦茶不満そうな顔・・・通級を休む日はいつもがっかりしたような様子ではあったものの、仕方がないと思っていたようですが、理由がおにいのための用事と分かったら面白くないようです。私 「薄情者! ずっと2ヶ月に1回くらい休んでたでしょう?」ゆずき 「なんで2ヶ月に1回なの?」私 「予約だから勝手な時に行けないの。」ゆずき 「さっさとなおせばいいじゃん!」私 「・・・・・」私の心の声 「治るものならさっさと治したいよ。あんたも一緒にね。」ゆずきにはまだ告知はしていません。なのでおにいのことも当然話していません。思春期に入る前には告知を・・・と思いながら、時間だけが過ぎて行きます。しかし、朝の慌ただしい時にいきなりアレはまずかったですね。おにいの告知には大失敗しているのに、全く学習していないし、懲りていない・・・告知について、本気で考えなければならない時期が来ています。
2010年11月05日
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中学校へ行って、特別支援担当の先生と会って来ました。先日の小学校の個人懇談の時に担任の先生にお話して、小学校の特別支援コーディネーターの先生を通じて連絡を取って頂いていました。ゆずきの今の状態を説明しながら思ったことは、ゆずきの発達障害の程度は軽い部類に入るのだということ。こんな場面では必ず支援が要りますと、具体的にお願いすべきことは思い当たらないない。でも、だからと言って大きい集団の中で本人が困ることなく過ごせるということではなく、それでも彼なりの方法でなんとか切り抜けてしまって、困っていることに周囲が気付き難い。そんな微妙さが難しいところだと思う。中学生になるまでには、まだしばらく時間があるけれども、その間にどんな具合に発達していくか、様子を見ながら中学校とのやり取りを何度か重ねていくことになると思う。
2010年10月28日
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息子たちは2人とも、目立った事件もなく、それぞれの居場所でそれなりに平和に過ごさせてもらっています。書く事がないわけではないのですが、色々と考え込んでしまって書けなくなってしまいました。今までも開店休業のような状態でしたから、ここで改めて宣言する必要もないくらいのことですけれども、しばらくお休みさせて頂きます。
2010年08月08日
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ていねい【丁寧】細かいところまで気を配ること。注意深く念入りにすること。また、そのさま。ゆずきの書く文字は、どう贔屓目に見ても「丁寧に書いてある」とは言い難いシロモノだ。今年度の始めに担任と面談した時に、「字を丁寧に書くということが上手く指導出来ていなくて・・・」と話したところ、担任の方から「『下敷きを使って、字がマスから出ないように書く』ということから始めるのはどうでしょうか。」という提案があり、まずはそこからということになっている。しかし、家でゆずきが書く文字は・・・通級指導教室で担当の先生と差し向いで書く時には、そこそこ読める字が書ける。この差は何?本人の緊張感の違い?通級指導の先生と母の実力の差?先日、あまりにもキタナイ字に担任も我慢の限界が来たようで・・・「○○(通級がある学校名)で書いて来るくらいの字で書きます これではていねいではありません」と赤い大きな字で書いてあった。これって、どういう意味合いなんでしょう。通級指導教室では書けるのだから、家でも同じくらいに書きましょう。自分が意識すれば書けるハズでしょうということ?それとも通級指導教室の先生と同じくらいのレベルの声かけを、母がしなさいということ?程よく集中すること、程よく注目すること。そして、その注意集中の程度を一定時間保つこと。ゆずきにとって、これは難しいことだし、こちらが想像する以上にエネルギーの要ることなのだと思うのだけれど。ノートにたった2行書きこまれた赤い文字だけで、「はい、そうですか」と改善するくらいなら、今ごろ既に、もうすこしマシな字が書けるようになっているような気がする・・・というのは、適切な指導をして来なかった怠慢な母の言いわけですか?
2010年06月04日
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KENTARO OTSUKA PIANO LIVE 2010~時を越えて~昨日(5月3日)のことです。当日、途中の駅で2人の方と合流することになっていたのですが、お1人はネット上のお付き合いはもう随分長いものの、直接お目にかかるのは昨年秋以来2度目、もうお1人は初対面ということで、小心者(「どこが?」という突っ込みはご遠慮ください)の私としましては、かな~り緊張していたのでした。ところがお目にかかった途端、私の不安を吹き飛ばすようにお二人ともずっと以前からの友人のように親しく接して下さって、3人で過ごした1日はとても楽しい時間となりました。素敵な出会いに感謝です。当日使用されたピアノは大正時代に作られたピアノということで、修復はされたということなのですが、それでも高音部の鍵盤には押さえたら自然には戻って来ない個所があったりと、少々個性的な状態でありまして・・・そんなわけで、演奏の途中で時々思うように音を出してくれないこともあって、そんな時に演奏者のKENTAROさんは少しだけ困ったような顔をして、それでもその目はその古いピアノを気遣うように、愛おしむようにとても優しいのです。私がKENTAROさんのピアノを聴いたのは今回で3回目だったのですが、3回とも本来音楽をするために作られた場所ではなくて、楽器も前回2回は電子ピアノでした。出かける時は正直なところ、1回くらいは普通(この言葉も少々語弊がありますが・・・)の場所でグランドピアノで聴いてみたい・・・とか思っていたのです。でも、今回の演奏を聴いて少し考えが変わりました。KENTAROさんという人は、その場所で、その楽器で、その時そこに居合わせた人たちと、そこでしか味わうことの出来ない空気を作り上げてしまう人なんだと、そんな風に思うようになったのです。7月にまた今回の会場の近くでライブがあるので、チケットを購入して来ました。前方の程々の距離に大きなニンジンがぶら下がったので、そこまで頑張ります!!
2010年05月04日
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間が空いてしまいましたが、おにいの話しの続きです。これから書くことは、あくまでも私から見た印象によるものです。おにいにも話してみて「違う」という答えは返って来ませんでしたが、実際のおにい本人の内面の状態を正しく言い表しているものではないと思います。テレビとかで、人が自分がどう行動するか迷っている状況を画像で表現する時に、人物の頭の上に天使と悪魔が出て来て口論している図ってありますよね。実際に人の頭の中には色々な考えが混ざっていて、天使と悪魔のように白黒はっきりしたものから、その中間の曖昧なものまで幾つもあって、その境目もはっきりしていなかったりすると思うのです。で、その天使と悪魔、その他いろいろを一歩下がった所から見回して、その場に応じた判断をして程々の所を選ぶ「自分」がいるのではないかと思うわけです。ところが最近のおにいの場合、天使と悪魔を含めてその他色々のキャラが、「本音」その1・その2・その3、「建前」その1・その2・その3・・・という感じに段々はっきり分かれて来て、それぞれの個性が徐々に強くなって、一方全体を見回して制御している「自分」の影は逆に薄くなっているように感じているようです。職場では、自分で強く意識して「建前」の部分を前に出して「本音」の部分を覆い隠しているようなのです。職場での実際の様子を見ることが出来ないので、本人に向かって軽はずみに口に出すわけにはいきませんが、何もそこまで気を張って自分を抑えなくても良いのではないかと思うこともあるのですが、本人にしたら程々の所が分からないので、どこかで一回気を抜いてしまったら、理性その他諸々・・・そのまま全部崩れてしまうような気がしてしまうのではないかと思います。おにいが精神科を受診する時に、高校生の間は毎回私も一緒に行っていましたが、医師にどこまで話しをするかは本人の決めることなので、特に医師から聞かれなければ私から具体的なことを話すことは控えて来ました。なので、後から本人に話しを聞くと家で自分から話していた自覚症状を医師に伝えていないことも珍しくありませんでした。でも、そこは本人が自分で決めることだからと思って口を出さないようにしていました。・・・が、もうそんなことを言っている場合ではないように感じたので、今回は、本人が話していないかも・・・と思われるところまで私の口から医師に伝えることにしました。そうすることで紹介状が書いてもらえたので、今回はそれはそれで良かったのかなと思うのですが、いつまでも親がついて歩くわけにも行かないでしょうし、それでも放っておくわけにも行きませんし、どこまで関わるか・・・難しいところだと思います。とりあえず、今はいくらか落ち着きを取り戻したように見えるおにいです。来週受診して、また入院を勧められたら・・・休息が必要ならそうするのが良いのでしょうけれど、既に有給休暇を使い尽くしているので、年度が変わるまで外来で様子を見ながら引っ張って、4月以降に入院・・・とか無理でしょうか・・・
2010年02月10日
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おにいは12月の末に職場での配置が変わり、以前と仕事の内容もその場の雰囲気も大きく違う中で、またまた不調です。以前の仕事に比べると今の仕事の方が、一般的な感覚で言えば(発達障害があることを考慮しての話しです)合っているように思うのですが、時間をかけてようやく慣れた前の仕事と今の時点で比べてしまうと、仕事の内容にも人にも慣れていない今は心身ともにかなりキツイようです。1月半ばに精神科を受診したのだけれど、本人が話したいことを話せる雰囲気ではないと感じてしまったようで、自覚症状を十分伝えられずに、「慣れるまでは仕方がないでしょう。」と投薬も何もなく終了。1月の末に発熱!熱による関節痛、筋肉痛で動けず、腹痛で食べられず・・・初日は午前と午後に点滴。食事は丸二日野菜スープで過ごした。改めて、本人に代わって私が精神科を予約。「先生に私からお聞きしたいこと、お願いしたいことがあるので一緒に行きます。」と伝えてそのように時間を取ってもらった。当日、先生と本人が話した後で私が呼ばれて、「本人がどこまで話しているか分かりませんが、(詳細略)仕事にも支障が出ていると思いますし、健康管理も難しくなります。今の状態でどう接してやれば良いのか分かりません。」と言うと・・・「それなら前に入院した病院へ行けば?」と仰せになる。(そんなこと言うなら、前回受診した時に何故もっときちんと本人から話しを聞き出して紹介状を書いてくれなかったの!!?)実は、前回の受診時に現状の判断の説明もアドバイスも投薬も何もなく、紹介状を書いて欲しいなどと言える雰囲気でもなかったようなので、仕方なく以前入院した病院に直接問い合わせたら、再診でも紹介状がないと予約を受け付けられないと断られたのです。そのことを告げると紹介の手続きをしてくれました。まだ2週間以上先になりますが、以前入院した病院へ行くことになりました。本人は今、病院の予約が取れたことで多少安心したのと、苦手だった人が退職されたことで、なんとか少しは落ち着きを取り戻して来ました。・・・が、春に調子が悪くなった時と同じに、持ち歩くコーピング・グッズの量が減っています。まだこれから崩れて行く兆しなのではないかと心配ではありますが、とりあえず次の受診日までなんとか穏便に過ごせると良いなと・・・詳細はまた後ほど書きます。
2010年02月04日
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ゆずきは、学校では特別に先生の手を煩わすこともなく過ごしているらしい。ところが家での学習の様子となると・・・「宿題しなさい」と声をかけてから始まるまでの時間が長い。ノートに向かってからも、すぐに始められるわけではない。(あなたの中には、真空管でも入ってるんですか?)「自分がやらないと、いつまで経っても終わらないよ!」国語の教科書の音読。文字から音声変換が素早く出来るのは良いことなんだけれど、早口言葉以上のスピードで読むので、何を読んでいるのかサッパリ分からない。「自分で聞いて分かるように、ゆっくり読みなさい」と言うと一音ずつ区切って、まるで視力検査。「遅ければ遅いほど良いってわけではないでしょう?!」計算ドリル。そこそこのペースで終えて答えもほとんど合っているけれど、ケアレスミスが多いことと文字がキタナイ。漢字ドリル。ドリルの文字を見て書くことが難しいようなので、先日もここに書いたように手書きのお手本を見て書かせると、いくらか書きやすいようではあるけれど、書いた文字は「雑」にしか見えない。「『きちんと』書きなさい」と言うと、「これと同じには書けないー!」となるので、「ゆっくり書きなさいと言うと、手が震えるほどの超スローモーションで書こうとする。「遅ければ遅いほど上手に書けるってわけではないでしょう?!!」書いている様子や表情を見ていると、「いいかげん」に書いているという意識は本人にはないように見える。少なくとも、私にはそう見える。「ていねい」とか「きちんと」という言葉の意味が伝わっていないような気がするのだけれど、これを「具体的な表現で」って、いったいどう言えば良い?日記。学校で何か行事があった時には、それについて書かせようと思って話を聞き出そうとするが、言葉が出て来ない。なんとか事実関係だけ聞き出しても、その先、それで自分が「どう思ったか」は「・・・・・」通級指導教室ではそれなりに話せるのに、家ではもうお手上げ状態。通級の先生は、ここではこんな言い方をすれば良いと、言葉を教えていけば良いとおっしゃるのだけれど、本人の感想を三択とかにしても聞き出せない場合、本人の気持ちを置き去りにしたままで当たり障りのない言葉をこちらから提示してしまうのもどうかと思うし・・・親学級の担任も通級の先生も、「ここでは出来ています。お母さんだと甘えてるんじゃないですか?」とおっしゃる。確かに、学校だと面白くないことでもやるけれど、家でまではやりたくないとか、面倒だという気持ちはあると思う。普通にそういう気持ちも育って(?)来ているということも、そんなに悪いことではないと思うし・・・でも、本当にそれだけなんだろうか?「やらなきゃいけない」という気持ちがあっても、自分の気持ちを向けるべき所に向けられないとか、注意力を維持出来ないとか、自分の意識をコントロール出来ないということが障害特性ということはないのか・・・・と思うのだけれど、先生に言っても否定されてしまう。学習面でも行動面でも、先生から見たら目立った問題のないゆずきを前にしてそんな事を言っても、それを理解して欲しいと思うのは無理な話なのか?単に私の考え過ぎで、私から見て問題点に見えている所は普通(?)の個人差の範囲の話?何かが違うような気がするのだけれど・・・何がどう違うのかと問われても説明出来ないし、もしも、どうすれば良いか具体的に言えば支援はすると言われたところで、どうすれば良いか分からないし・・・(そんなもん、分かってたら最初から自分でやってるし・・・)人が物事をどう捉えているか、どこまで理解しているか、画像診断とか脳波とかのデータから読み取れたら良いのに。そうしたら、この部分については定型発達の子と少し違う理解の仕方をするので、事前に説明しておいて下さいとか、その場で個別に指示を出して下さいとか頼み易いのに。
2009年12月07日
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あまりにも長く間が空き過ぎたので、ちょっと気合いを入れないとね。(笑)おにいのこと・・・前回のあの日記を書いたところから放置しているので、ご心配をおかけしたかも知れませんね。おにいは7月に休養のため2週間入院しました。入院中の医師や臨床心理士とのやり取りや、同年代の患者さんたちとの会話を通して、今の自分の状態をどう受け止めるか、考えることが出来たようです。どこまで行っても答えの出るものではないけれど、今の段階として自分の気持ちをどう維持していくか、とりあえず今の時点での答えみたいなものを、彼なりに見つけたようです。これからもずっと、その時その時に応じて新しい答えを探し続けることになるのでしょう。ゆずきのこと・・・4年生になったゆずきは、『通常学級プラス通級指導教室』という体制で大きな問題もなく過ごしています。『側から見て目立った問題がない』イコール『本人が困っていない』ということではないと思うので、微妙に問題在りだとは思うのですが・・・担任の先生の専門が理科ということで、『見て分かる』形にして伝えることが上手なようで、算数と理科につては、要点をある程度自分で掴んで楽しんで授業に参加出来ているようですし、言葉の力の問題で、そろそろアヤシクなるかと思った社会も、内容によっては興味を持って参加しているようで、最近ではその日に学習した内容を家で自分から話してくれることもあります。毎日の宿題で問題になるのは『日記』と『漢字ドリル』です。『日記』は、今の時点で深追いしてもどうにもならないので、とりあえず何か書けば良しとしています。私が自分で上手く言葉を導き出してやれないので、問題を先送り・・・というか、放り出しているだけですが・・・『漢字ドリル』は、何も言わずに書かせると走り書きのような書き方になってしまうのですが、「丁寧に書きなさい」というと、超スローペースになってしまいます。「ドリルをよく見て書きなさい」というと、ドリルの活字の形と鉛筆で書いた文字では細部の形が違うので、そこが気になってしまって書けなくなります。誰もそこまで全く同じに書きなさいとは言っていないのに・・・中間の程々のところで・・・というのが無理な注文のようです。なぜ漢字ドリルを鉛筆書きに近い書体で作ってくれないんだろう。と言っていてもどうにもならないので、本人が使うのと同じマス目のノートに私が同じ書式で手書きして、それを見て書かせてみました。まだ2日試してみただけですが、どうやら本人もその方が書き易いようです。いつまで続けられるかアヤシイですが、しばらくは、なんとか頑張ってみようと思います。誰が見ても分かるほど障害の程度が重ければ、配慮がいることも理解してもらえるのでしょうけれど、周りのお子さんに助けてもらったり、自分なりになんとかして切り抜けてしまえる程度だと、先生の側からは問題点は見え難くなります。だからと言ってそれは、大丈夫ということではないのです。この辺りの微妙な問題を先生に理解して頂くのは大変難しいことです。
2009年10月28日
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以前おにいは、外出時にはいつも大きなバッグに一杯のコーピンググッズ・・・っていうんでしょうか、自分の気持ちを落ち着ける手助けになる品々を持ち歩いていました。まったく、いったい何をそんなにたくさん持ってるんだか・・・と思うくらい。ところが3ヶ月ほど前からいきなり、持ち歩くバッグが極端に小さい物に替わったのです。私の頭の片隅に、「コーピンググッズではどうにもならなくなったのか?」という思いもあるにはあったのですが、強く実感したわけではないので、そのまま見過ごして来ました。そうして先月、朝起こしに行くと、見るからに体調が悪そうで出勤したところで使い物にはならなさそうなのに、本人は出勤すると言い張るのです。今までは、体調不良で欠勤する時でも、「明日休みなら今日は頑張って出勤すれば?」と言いたくなるような様子で、実際一度は出勤するように促していたのですが、今回は全く様子が違っていました。「事務所に休むって電話して、近くに○○さん(直属の上司)がいらっしゃったら電話に出てもらって、お母さんに代わって。『本人は行くと言いますが私が止めました。』って話すから。」結局、その方は事務所の外に出ておられたので、私が直接お話しをすることはありませんでしたが・・・その日の朝のうちに、以前から時々受診している精神科のクリニックにだめもとのつもりで電話させたところ、その日の夕方に診て頂けるということになり受診したところ、初めて薬が処方されました。薬を飲みながら、外見的には今までとあまり変わらないような態度で日常を過ごしていたのですが・・・つまり・・・、仕事が終わって帰宅した後、友人と会うと言って外出して遅い時刻に帰宅とか・・・体調・・・と言ってもメンタル的なことなので、不摂生をしなければ体調を崩すことはない・・・とは言い切れないけれど、一般的にはそういう風に思うものだから、そこはパフーマンスだから・・・と話すと、「それは分かる」と言うのです。けれど、気分を換えるために外出しようと思ってしまったら、そのことしか頭にないようで、夜遅くに帰宅した翌朝に体調不良で出勤出来なければ、「夜遅くまで出歩いているから、朝動けなくなる」と思われるかも・・・なんてことは思いつかないようで・・・(思われる相手はだだ一人なのだし、この相手を私がなんとか出来れば良いのかも知れませんが、それもかなり難しいものがありまして・・・)・・・で昨日の朝、本人は休むと言うし、片や出勤させろと言うし、ゆずきが朝一で通級指導なので私は出掛けないといけないし・・・仕方なく放置したまま、私はゆずきを連れて車で家を出たのですが、途中でおにいの携帯の着信音が鳴り、路肩に車を停めて電話に出ると、聞こえて来たのはおにいの荒い息遣いの音でした。過呼吸になってるし・・・過呼吸になってる人から電話で助けを求められても出来ることは何もなくて、とりあえず自分がゆっくり深呼吸をして、それから「大丈夫だから、ゆっくり息して。ゆっくり吸ってー。ゆっくり吐いてー。ゆっくり吸ってー。ゆっくりはいてー。」(お産の介助か?)少し経つと呼吸は一旦収まるのだけれど、しばらくするとまた荒くなって、再び「吸ってー、吐いてー。」そんなことを繰り返してから、そこでやっと私は、おにいの居場所が自室ではなくて出勤経路の路上であることを知ったのでした。「もう行かないとゆずきが遅刻するから、危なくない所に車が停めれてるのなら、そのままそこで休んでから家に引き返しなさい。お父さんはもう出勤して家にいないから。」通級指導を終えて、ゆずきを自校に送り届けて家に帰ると、おにいは爆睡中でした。そろそろ勤務先にカミングアウトする必要がある時期に入っているのではないかと思うのだけれど、本人はもうしばらくこのままで行きたいというのです。カミングアウトさえしたら欠勤が大目に見てもらえるわけではないし、現状で十分気遣いはして頂いているように思えるので、もしもここで専門の機関に間に入ってもらって本人の特性等を会社側に説明してもらったとしても、これ以上具体的に何が出来るかと言ったら、結局何もないのではないかと思うし・・・世間の就労支援の実態というのは、いったいどの程度のものなんでしょうか。
2009年05月16日
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ゆずきは、今年度から通常学級に移りました。担任は、昨年度5年生を受け持っておられた女の先生です。新学期が始まった当初は、夜になると妙にハイになって、学校でかなり緊張しているであろうことは想像出来ましたが、機嫌が悪いわけではなく、本人的には適度な緊張感・・・というか・・・手応えが感じられているのではないかと思って様子を見ていました。私が2月から夕刊の仕事も始めたため、、仕事から帰ってから宿題をさせるので夕方の時間の流れが慌ただしいですが、ゆずきなりに、出来るだけの量はやっています。私的には、良く頑張っていると思うのですが、甘いのでしょうか?日記の更新を怠っていた間の学校関係の出来事を書き留めておきます。3月19日特別支援学級の担任と交流学級の担任、校長先生、教頭先生まで同席で面談。これは、個人懇談の時に特別支援学級の担任から申し出がありました。この時に、新年度が始ったら家庭訪問まで待たずに担任と面談の時間を設けてもらうようにお願いしておきました。4月13日新年度担任、前年度担任、校長先生、教頭先生、教務主任、指導主事と面談。教頭先生と教務主任は異動して来られた先生なので初対面でした。担任と話しが出来れば良いつもりでいたので、この展開は予想外でしたが、良い機会だと思って、思うことを出来るだけ話して来ました。4月14日通級教室の教育相談。担当は、昨年度まで特別支援学級(情緒)の担任をしておられた女の先生です。 担任も通級教室の担当の先生も、熱心そうな先生ではあるけれども、熱心さの度合いと、どれだけ子どもの特性を理解して子どもの思いに寄り添ってくれるか(わがままを通すという意味ではありません)、とは必ずしも合致しないように思うので、これから色々と起こるであろう事件(?)を通して見て行くしかありません。
2009年04月22日
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1週間前、月曜日の朝のことです。起きて来たゆずきの顔を見てびっくり!(というか吹き出しそうになったと言うのが事実ですが・・・)右の頬がポッコリと腫れていました。前の晩から微熱があったのですが、熱が少し上がっていました。顔を見た瞬間は「おたふく風邪?」と思ったのですが、それにしては腫れている位置が前の方だし・・・とりあえず、掛かり付けの内科・小児科の先生のところへ。で、やはり「おたふく」の線は消えて歯科を受診することに。以前から通っている歯科に電話して事情を話すと予約が一杯とのことで、なお食い下がると「痛みはありますか?」と問われる。そう言われても、「本人が言葉で『痛い』と訴えない」イコール「痛くない」ではないと思うので・・・(特に発達障害の子の場合)なんとか次の日のお昼に予約を取りました。この前日から少し食欲が落ちていて、この日の朝からは「食べない」「喋らない」という状態だったので、本人もかなり違和感はあったのだと思います。それでも夜は普通に眠れたようなので、どうにも耐え難いほどの痛みではなかったのでしょうけれど。「痛い?」ときいても、「なにかモゴモゴする?」ときいても反応なし。「なにか、へん?」ときいたらコクンとうなずいたのです。ゆずきが自分ではっきりと自覚して、自分の中で「痛い」という言葉と繋がっているのはたぶん外傷と打撲の痛みくらいだと思うのです。あと・・・、風邪の時の咽の痛みとか・・・私たちは、虫歯などの痛みも無造作に同じ「痛い」という言葉を使って表してしまっているけれども、考えてみれば感覚としてはそれぞれ随分違いのあるものですよね。ゆずきの中で、自分が感じているこの違和感が、切り傷とかの感覚と同じ「痛い」という言葉で表せるものだとは思えなかったのではないかと・・・・・・って、もしかしたら本当に痛くなかったのかもしれませんが、それでも「食べない」「喋らない」というのは尋常ではないので、本人的にも何か尋常でない感覚ではあったと思うのです。その次の日、麻酔の注射をして、腫れた歯茎を切開して膿みを出すという処置を初体験したゆずきでした。騒ぐことも暴れることもなく処置は終了しました。事が起こる前から通って、本人と医師との間に信頼関係を築いておくことは大切ですね。1週間経った今は、腫れも引いて食欲も元にもどりました。
2009年02月23日
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1月から何の説明もなくいきなり始まったゆずきの図工の交流ですが、事情が判明しました。 今やっている「紙版画」のみ交流だそうです。 授業で「紙版画」をやるのは3年生だけで、4年生になると彫刻刀を使う版画になるので、やらせてみましょうと言うことだそうです。 交流学級の担任が気付いて提案して下さったのでしょう。 「小刀」については、4年生以上でも「使いたかったら使っても良い」という場面はあるけれども、使い方を教えるのは3年生のこの時期だけだそうです。 「小刀も交流しますか?」と言って下さいましたが、図工の交流を始めたばかりで、集団の中で本人がどれだけ指示を理解して動けるものか予想出来ませんし、うちの子に先生の手を取られている間に他のお子さんに何かあっては申し訳ないので、遠慮させて頂くことにしました。 ちなみに、この説明は交流学級の担任から聞きました。 最初から情緒学級の担任を飛び越して交流学級の担任に聞きたかったのですが(その方が、きちんとした説明が聞けるのは分かりきっているので)、やっぱりそれはマズイかと思い直したのです、一応は… でも、放課後に学校に電話したら、情緒学級の担任は出張ということで不在だったので、交流学級の担任を呼んでもらって話しを聞くことが出来ました。(ラッキー!) しかし情緒学級の担任は、なぜ事前に説明してくれないんでしょう。 話してくれたら納得出来ることなのに… もしかしたら私って、とにかく何が何でも文句言って来るヤツだと思われてますか? 私としては、別に趣味で色々言い続けて来たわけではないのですけど…
2009年01月22日
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長らく放置していましたが、あまり間が空くとそのまま書けなくなってしまいそうなので・・・私は昨年の11月に足を痛めて仕事も休んでいましたが、お正月明けから復帰しました。再度転倒などしないように、百均で買った懐中電灯をポケットに入れて、安全第一でボチボチやっています。ゆずきの方ですが・・・知的学級の担任が辞めました!私は秋頃から登校時も下校時も付き添いをしていないので、先生や他の保護者と会う機会もなく知らずにいたのですが、昨年12月の始めの授業参観・学級懇談の後から出勤していなかったそうです。2学期の最後の週の学級通信に「体調不良によりお休み」と書かれていて、本来は通常学級の1・2年のサポートをしている先生が支援に入るとも書かれていました。年が明けて3学期の始業式の日。持ち帰った学級通信には「都合によりお辞めになりました」担任は1・2年のサポートの先生がなると・・・ここで余談ですが、こちらの市で小学校に配置されている低学年のサポートの先生には「○○○○○・サポーター」という呼び名がついていて、私は一般的に言われる「支援員」のような位置づけの人で「教員」とか「教諭」とかいう身分では採用されていない人だと思っていました。つまり「勉強」そのものを教えることは出来ない立場で、従って「担任」になることはあり得ないのだと思っていました。・・・が、違ったのでしょうか?先日同じ学級の保護者の人に偶然会って聞いた話によると、前からいるサポーターの先生が知的学級の担任になって、本来のサポーターには別の先生が来られたそうです。その辺りについて、学校側から何も説明がないので全く事情が分かりませんが・・・まぁ、身分や免許がどうでも、間に合ってくれれば何でも良いんですけどね。ゆずきは、どっぷりと1日中支援学級にいるわけではないためか、12月以降も目立って変った様子はありませんが、交流は体育と音楽だけで1日のほとんどを支援学級で過ごす子たちは、結構大変なことになっているのではないかと思います。それから・・・3学期から突然、ゆずきは図工が交流になりました。私の方から希望したわけではありません。学級通信に書かれた時間割りを見てビックリです。おまけに2月からは「小刀」を使用するということで、注文書も来ました。4年生になれば「彫刻刀」を使用する場面もあるので、それに向けて「小刀」も経験させておきましょうということなのか・・・来年度に向けて、今まで交流していない教科も交流させて見ましょうということにしたら、たまたま「小刀」が登場する時期に当たったのか・・・・・・というか、今はまだ「紙版画」をやっているので、「小刀」の注文書は来たけれども、実際にそれを使う場面も交流させるのかは、担任から何も説明がないので不明なのだけれど・・・もう一つ考えると、知的学級の担任が辞めて、支援学級内で手が回らないので、学級の人工密度を下げるためにとりあえず放り出されるとか・・・それもあり得ないことではないと・・・交流学級の担任には申し訳ないけれど・・・いづれにしても、昨年度末の段階で保護者からどこまで交流するか希望を取った上で進めていることなので、減らすにしろ増やすにしろ変更する場合は、本人にとっての目的であったり学校側の事情による理由であったり、何かきちんとした説明があるのが当然だと思うのです。何の説明もなくいきなり突きつけられるのは不快です。担任と保護者との信頼関係を損なうことになります。・・・っていうか、既に情緒学級の担任のことは信頼とか全くしていません!!
2009年01月17日
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病院(整形外科)へ行ってきたのですが、受診を終えて駐車場の自分の車に戻ったところでびっくり!!なんと、隣に駐車してある車とナンバーが同じなんです。そっくりそのまま同じ・・・なわけないですから、よくよく見ると、ひらがなの文字は違っていました。当然なんですけどね・・・でも、ほんと、びっくりしますよ。あんなの、初めて見ました。
2008年12月26日
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11月ということで、夜が明ける時刻も少しずつ遅くなり、仕事中に足元が暗いので気をつけないと…と思った途端にやってしまいました。 ほんの少しの段差に足をとられて転倒しました。 仕事はなんとか終えて帰宅して、「捻挫した」と言っていたのですが… 学校から帰ったゆずきが「ねんざのこと、ネットでけんさくしてみようか?」 「ありがとうね。 でもホントは骨折なんだよ。」 レントゲンを撮ったところ、骨に亀裂が入っているそうです。 2週間くらいは松葉杖使用です。 母がいつもの通りには動けないことをゆずきはちゃんと理解して、「あれ、とって。」「これ、棚にしまって。」というお願いに素直に応じてくれます。 今度の日曜日は学校解放日(一日中授業参観)です。 親子行事でドッヂボールがあるので、お父さんに出てもらうように説得中だったのですが、これでもう、問答無用でお父さんに決定です。 ドッヂボールを免れたのはラッキーですが、リスクが大き過ぎます。
2008年11月06日
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一昨日、ゆずきの小学校での個別懇談がありました。市教委から連絡があり、現在の支援学級(情緒)判定から通常判定に変わり、通級も情緒の通級教室かADHD、LD等を対象とする通級教室にという判定が出たとのこと。通級については、現在通級している子たちの動向が決まらないことには、どれだけ欠員が出来るか分からないので、通えるかどうか分かるのはまだしばらく先のことになります。ゆずきは2年生の終わりあたりから、学習等で頑張って充実感があるのは交流学級で、特別支援学級は休憩場所と思っているような様子で、主人と二人で「困ったことだ」と話していたのですが、流石に担任もそのことに気付いたようです。ところが、そのことを「困ったこと」とは思っていないようで、「そうみたいですねぇ。」と流されてしまいました。進級までの半年近くの間、特別支援学級で過ごすに時間に、その場所だからこそ出来る事、その場所でこそしなければならない事があるはずですが、担任の方からその辺に触れて来ることはありません。これがまた、大変困ったことです。以前から支援学級の担任にも交流学級の担任にも、様子を見ながら休み時間や給食の時間など授業以外の場面も経験させて欲しいとお願いしてあったので、休み時間やお昼休みについては1学期のうちから時々交流学級の担任が声をかけて下さって、一緒に過ごすこともありましたし、給食についてはこれから少しずつ交流の時間を取って頂くことになりました。とりあえず、授業で交流する時間以外にも、通常学級での色々な場面を経験させてもらうことで、来年度進級してから、本人が戸惑うことが少しでも避けられるのではないかと思って・・・来年度から通常学級に移るとなると、状況によっては学級の保護者にゆずきの特性について説明する必要も出て来るかもしれません。となると、その前に本人への告知も考えなければなりません。以前から一日伸ばしにして来た宿題ですが、もう後がありません。本格的に考えねばなりません。
2008年10月26日
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今日の午後、ゆずきの来年度の処遇について市教委の担当者との話し合いがあります。二学期の始業式の日に担任から直接「9月26日に」と告げられて、次の日には連絡ノートに「3時から」と書かれて来ました。担任から伝えられたことはこれだけです。当日子ども本人を同席させるのかさせないのかも、担任もしくは誰か学校側の人が同席するのかどうかも何も・・・ちなみに、今の段階で学校から市教委へ本人に関してどの程度の情報が行っているのか、又は何も行っていないのか・・・そんな事も当然何も伝えられていません。先週末に持ち帰った今週の時間割によると、当日本人は5時間授業でお迎えは2時50分です。もしも6時間授業ならお迎えは3時50分なので、本人を同席させない場合でも何も問題ないのですが、5時間だとどうなの?本人も同席させるから特に何も言って来ないのかと、きちんと確認しないまま推測してしまっていたのですが、今までの担任との数々の出来事から考えたら、やっぱりそれは間違いでしたね。「念のため」と思って、一昨日担任に電話しました。私 「当日、本人は同席させるんでしょうか?」担任 (当然というような口調で)「いえ、保護者だけです。」私 「2時50分お迎えで3時から話し合いで、本人はどうしておけと言うことでしょうか?」担任 (しばし絶句した後)「こちらで見ます。」事前に「当日本人は同席させない。」と伝えておいてくれたら、先週末に時間割を見た段階からでも、私の母か主人に本人を迎えに来てもらうように段取りは出来たのに。当日の6時間目は5・6年生は委員会で、学級の5年生2人もそれぞれに先生が付き添って参加します。なので、ゆずきを見るとなると、誰か他の先生にお願いしなければなりません。「でも、まぁ、そこはなんとかしてもらいましょう。」とその時は意地悪く考えたのでした。これだけでも十分腹が立つのに・・・昨日、帰宅したゆずきの連絡ノートを見ると・・・「9月2日の連絡帳に明日の日時についてかいておきましたが、家の都合がつかなかったようで、早急に連絡していただき、すぐに対応出来たと思います。電話をいただいてからもう一度検討して、3:00~3:30 ○○(特別支援学級)の教室で○○先生(教務主任)にゆずき君を見て頂くことになりました。」意味不明!!ちなみに9月2日の連絡ノートには「9月26日(火) 適正就学に関わる教育相談を3時より行います。職員室に声をかけて下さい。」とだけ書かれています。普通の人は、この文から「本人は同席させない」と当たり前に読み取るのでしょうか?早めにこちらから確認を取らなかったのが悪いのだと言われてしまえばそれまでなんですが・・・でも、一昨日の電話でのやり取りの後の流れとしては、担任が書いて来たこの連絡ノートの文章はおかしくないですか?当日本人は同席しないので、本人のお迎え等の手配が必要だったとはっきり確認したのは一昨日の電話が初めてなんですよ。家の都合云々という話は、いったいどこから湧いて出てきたんでしょうか。事前にはっきりと伝えておいてくれたら、こちらできちんと段取りをします。直前になっていきなり学校側に押し付けるようなことはしません。その程度の良識は持ち合わせているつもりです。納得がいかなかったので、昨日のうちに担任に電話したのですが、例によって私が何を怒っているのかは全く分かっていないようでした。まったくもう・・・いけないいけない。こんなことでイライラしている場合ではないのです。落ち着け、じぶん!!
2008年09月26日
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1学期の終業式の前日、来年度に向けてゆずきの処遇(情緒学級判定で情緒学級在籍)の見直しのお願いをしました。こちらの希望としては通常学級に移籍と同時に通級教室の入級希望ということで、そのために判定等が必要であるなら、時期を外さないように段取りを踏んで頂くよう、教頭先生にお願いして来ました。夏休みに入って連休が明けた火曜日、担任から電話がありました。移籍と通級について市教委に問い合わせたところ、判定のために診断書と発達検査の結果を教育委員会に提出しなければならないとのこと。発達検査はウィスク・サードと指定です。早く問い合わせをして、すぐに連絡して貰えて良かったです。ウィスク・サードの検査なんて、1回では終わりませんから。それでも今からなら夏休み中に終えられるでしょう。先週、今までも役所関係や教育委員会関係の診断書が必要な時だけ受診している某診療所へ行って、検査の予約をして来ました。一応医師と話しをするので、しっかり料金が発生します。そして今週の月曜日、検査に行きました。予約の枠が1回に45分と決まっているので、当然1回では終わりません。来週の月曜日に次回の予約となりましたが、それでも終わらないかも・・・って、予約に行った日と1回目の検査で既に2000円超えてるんですけど。あと2回かけて検査して、検査結果と診断書出して貰ったら全部でいくらになるんでしょう。教育委員会さん、検査結果だとか診断書だとかって気安く言わないで頂けませんか?あれって、タダじゃないんですけど。診断書は医師でないと出せないので、どうしても必要なら仕方ないですけど、検査は教育委員会の方でどなたかキチンと研修を受けて頂いて、そちらでやって頂けると助かるんですけど、それって法律的に無理なんでしょうか?
2008年07月31日
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(この日記は意味不明の日記になります。 覚悟して読んで下さい。 面倒だと思われる方はスルーして下さい。)先月、小学校で学校解放(1日中授業参観)がありました。 行事のアンケートに… 毎回授業参観の度に思うのですが、通常学級には出欠をチェックする名簿が用意してあるのに、〇〇(特別支援学級)にないのは何故ですか? 今年は交流学級の名簿に名前を加えて頂いてあるようですが、〇〇の保護者の場合交流授業がなければ通常学級へは行かない方がほとんどなので、参加していてもカウントされません。 と書いて提出したら、その日の連絡ノートに担任からの返事が書いてありました。 〇〇に名簿がないのは、こちら(担任)で出欠の確認ができるので必要ありません。 交流学級の名簿にも出欠ができるように通常学級の担任に働きかけます。 どうにも納得が行かないので、翌々日になって電話しました。 まず、名簿は先生か役員かどちらが人数を把握するための物か? これは担任だそうで、全体数は調べてないそうです。 でも、これは聞かないと分からないことなので、もしも役員が総数を出しているなら、○○の数は入っていないのか…とか思ってしまいます。 もう一つ。 私は通常学級の名簿に入れて欲しいなどとは、一言も書いていません。 あれをどう曲解するとこうなるんですか?! 担任の回答は「カウントされないと書いてあったので…」(ここで何故こんな答えが出て来るのか…理解不能) 私… 「手間のかかる事ではないので、他のクラスと同じように名簿を用意してもらった方が、同じ対応をして貰えていると感じられて安心出来るし、保護者同士も誰が来たか分かるし、その方が良いと思います。 どうしたら保護者の側が一人の児童、一人の保護者として同じ重さで尊重して貰えていると感じられるか、もう少し想像力を働かせて動いて頂けると良いんですけど。」 こういう事をあの担任に伝えようと思ったのが間違いでした。 どう言葉を探しても、的外れな反応しか返って来ません。 結局私がキレて終了。 「もう諦めました。 もう先生には言いません。」 私はいつも特別支援学級も通常学級の1クラスと同じ重さとして扱って欲しいと思い、特別支援学級の担任にも、機会あるごとにそう伝えようと試みて来たつもりです。ところが担任は最近、「同じに」という言葉を聞くとそれに過剰反応するように、「交流学級の名簿に一緒に・・・」と言います。こちらが言いたい「同じ」と微妙に違うニュアンスに捉えているようです。交流学級、つまり通常学級の一人として同じに肩を並べて、そこにいる皆と同じ対処をされて、それで必要なことを十分学んで行けるなら、わざわざ特別支援学級に居ません。通常学級で他の同年齢の子たちと同じ枠の中に入れてしまうよりも、もっと本人に合った個別の対処をするために特別支援学級があるのではありませんか。通常学級の大きな集団の中ではない場所だからこそ出来ることをする、そのための大切な場所・・・ではないのですか?担任はなぜ、通常学級の1クラスと同じに特別支援学級も大切な1クラスとして、どっしり構えていてくれないのでしょう。どこか自信なさげに見えてしまうのは私だけなのか・・・通常学級では、学校から保護者に向かって発信される情報は、全学年に届けられるものもあれば、内容によっては特定の学年にだけ届けられるものもや、全学年に届けられるけれどもその内容は学年によって違うものもあるはずです。学年によって活動や学習の内容は当然違いますから。特別支援学級の場合、全学年のものは当然届きます。そして学年によって違うものも、(たまに抜け落ちることもありますが)一応はそれぞれの学年あてのものは届きます。でも、私はこれにも常々疑問を感じていました。お知らせの印刷物等、通常学級の保護者に渡されるものが手元に届けばそれで十分だと、先生方は本気で考えているのだろうか?特別支援学級の子の場合、実際学習出来る内容は通常学級の同学年の子たちとは差があります。なので、学校を通して購入する色々な用具等も、通常学級の子と同じに購入してもほとんど使わないこともあるわけです。学校としては、使わないから案内も渡さないというわけにも行かないでしょうから、案内は渡します。「学級でも使いますから必ず用意して下さい」でもなく、「学級では使わないので不要なら買わなくて良いです」でもなく、案内だけが連絡袋に入っていたりするわけです。けれど、受け取った保護者はそこで悩むわけです。(たぶん皆さん悩まれてると思います)「これを実際使うんだろうか? 買わないといけないんだろうか?私の場合で言うと・・・1年生の時の鍵盤ハーモニカと絵の具セットは業者さんが学校に来て販売しました。鍵盤ハーモニカの販売については、担任からは声もかかりませんでしたが、学年通信に案内が書いてあったのを覚えていたので、無事購入しました。鍵盤ハーモニカは音楽の交流の時に使いますから。絵の具セットは、販売の当日の朝に口頭で知らされましたが、その場で確認したところ、学級で個人持ちの絵の具を使うことはほとんどないということで、これは買いませんでした。この頃美術教室に通い始めて、そちらで使う絵の具は持っていたので、もしも学級で使うことがあっても、それを持たせて構わないということだったので。そして、しつこいようですが、忘れもしない名札です。2年生からは算数と生活の交流を始めたので、他の子たちは必要なかったものが必要になって、その辺の連絡漏れがパラパラとありました。生活でトマトの苗を植えるのに、通常学級は1年生で朝顔を育てるのに植木鉢を買っているのでそれを使いますが、ゆずきはそれがありません。その年の1年生の分を買う時に一緒に買って貰えると良かったのですが、担任は全く考えてなかったようです。どこかから、上の学年が使った物を探し出して貰えたので、それを使いました。そして、これもこのブログにも書いた「ものさし」。散々文句を言ったので、2学期以降は副教材、ドリルその他通常学級で購入する物で使いそうな物は事前に連絡が来て、購入するかしないか意思を確認して貰えるようになりました。3年生では算数のドリルや社会の副教材、習字のお手本等々・・・大きい物ではリコーダー、習字道具、国語辞典、漢字辞典。辞典は頂いた物が家にあるので買いませんでした。習字セットも、買うのを見合わせようか・・・と迷った挙句買いました。リコーダーは交流の音楽に使うので・・・実は先日特別支援学級で3年生以上が「習字」の学習をしました。以前にも学級全員で書き初めなど、習字・・・らしきことはやったことはあるのですが、その時は道具は学校の備品を使いました。今回、当日の持ち物に「習字道具」とあったので、「皆、ちゃんと習字道具買ってるんだ・・・」と関心していたのですが、そうではありませんでした。1人、習字道具を買ってない子がいて、学級の子の上の子(中学生)のを借りたそうです。たった5人のことなので、事前に確認してくれたら良かったのに・・・担任は、全員買っていると思いこんでいたのでしょう。通常学級で学校を通して物を買う時に、特別支援学級も該当する学年の保護者に「案内を渡せばそれで良し」という発想は止めて頂きたいものです。それぞれの物の通常学級での使用頻度(上の学年になった時も含めて)、特別支援学級の使用予定の有無、学級の備品等、借りられる物があるかどうか・・・購入の案内と一緒に、そういう情報も提供して頂けると、買っておいた方が都合が良いか、借りて済ますことが出来るか判断出来ると思います。何がなんでも見た目「同じ」に買わせることが、同じに扱うことではないと思います。通常学級と特別支援学級とでは活動の実態が違うのだから、その実態に合わせた支援を親と学校とで出来るように、そのために必要な情報がきちんと行き来するように配慮して頂くことが1クラスとして「同じ」に扱って貰うということだと思うのだけれど・・・それがきちんとして貰えないと、特別支援学級とは名ばかりで、通常学級の中では対処し難い子をとりあえず一まとめにして「お守」をする場所になってしまいます。特別支援学級の担任の先生には「ここでしか出来ないことをしているんだ」という気概を持って欲しいと思います。・・・と、ウダウダと書いて来たけれど、改めて考えてみると、担任は今までに特殊学級というものをネガティブに捉える保護者にたくさん会って来たのかも知れない。そして担任自身も、特別支援学級の保護者は皆ネガティブに捉えているものだと思い込んでいるのかも知れない。だから私などが何か言うとすぐ、同じ場所に並べて外見上通常学級と同じに扱って貰えないのが不服だと思っていると勘違いして、私から見たら的外れな反応ばかりが返って来るのだろう。そういう風には捉えていない親も現にいるのだと、その本人がどう説明しても通じないほど、今までの経験の積み重ねがそれだけ強烈だということなんだろうか。それとも、ただ単に、日本語の理解力がないだけか?今日も少々気になることがあって、連絡ノートに書こうか、朝学校まで行って直接話をして来ようかと迷ったけれど、どちらもしないことにした。どうせ鬱陶しがられるのがオチだから・・・誤字脱字・・・きっと一杯あると思うけれど、もう知りません。今は読み返したくないので。大変無責任な文章をアップして申し訳ありません。どうぞスルーして下さい。
2008年07月09日
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ゆずきは通常は体育・音楽・算数・理科・社会と、総合学習は部分的に交流学級で参加しています。国語については、1学期に1単元を選んで交流ということで、昨日から「三年とうげ」というお話の学習が始まりました。先週末に、私が読んで聞かせました。特別支援学級では本読みをやったようです。そうして初日の昨日、国語のノートを見ると、初感想文(?)が書いてありました。かんそうを書こう。「えいやらえいやらえいやらや。一ぺん転べば三年で、十ぺん転べば三十年、百ぺん転べば三百年。こけて転んでひざついて、しりもちついてでんぐりがえり、長生きするとは、こりゃめでたい。」という歌がおもしろいです。初めてなので、まぁこんなもんでしょう。本当に、この部分が面白くて気に入ったようです。本読みをさせてみたら、この部分はとっても楽しそうに読んでいました。
2008年07月08日
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