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2024.08.23
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テーマ: 不登校(798)
カテゴリ: カテゴリ未分類


当時は登校拒否といっていたのだけれど私の場合は登校拒否という言葉のほうが適しているかもしれない。
今なら学校も楽しいだろうなと思う。

元々幼稚園の頃から子供の騒がしさが苦手だった。
友達ができない訳でも上手くいかない訳でもなっかった。
どちらかといえば我が道をゆくタイプで嫌なことは嫌だと言うし遊びたくなけば遊ばない。
多分、不登校のイメージとはかけ離れていたと思う。
多分、みんなからすれば色んな事は我慢してない方だったと思う。

結論、私が不登校になったのは馬鹿らしくなったから。
私は分からない事は分からないと先生に聞くタイプで、ある授業の時に先生から
「お前はめんどくさいなぁ」といわれた。
またある日は強烈な腹痛の時に帰りたいと言ったら
「噓つけ、赤玉飲んどけ」
と言われた。
赤玉とは腹痛を抑える常備薬のような物?だと思うけど…
その時に私の中で疑問が浮かんだ。
そもそも、先生って絶対じゃないよね???って。
それで許可を取らずに帰った。
それからは行きたい時に行って行きたくない時は行かない。
それでいい場所になってしまった。

中学生になるとグループとか酷くなくても虐めとかウンザリする事ばかり。
唯一頑張ってたバスケ部も早々にキャプテンに選ばれそうになったけど…なんというか。
自分のチームプレーの向いてなさにガッカリしてやめた。
質問しても面倒くさいと言う先生。頭から嘘つき扱いする先生。
学校から学ぶことなんて何もないと思ってしまった。
それからはもう楽しくもなければ何で私ここにいるんだろって思うばかり。
学ぶ事なんて自分で見つけなきゃいけないのにね。


私の兄も姉も高校は1年の1学期で辞めていた。
そして子供の私から見ても高校に行けるはずないと思う程の貧困。
私の頭からは進学という2文字は消えた。
でもそれは当時の私にとっては超ラッキーな事だった。
とはいえ、やっぱり毎朝学校行くか行かないかモヤモヤする。
そこで中3になり4月の内に1度だけ登校した。
久しぶりすぎて友達と話す事がない(笑)居場所もない。
この日、私は学校には2度と行かない事を決めた。担任にもその事を伝えた。
ついでに給食費も学級日も払わないという事も言った。
でも恐らくそれくらい宣言した方が自分がモヤモヤしなくて済むから楽だったんじゃないかな。
今思えば、理屈が多くて何を言っても言い返すか態度や行動で示す様な非常に面倒くさい子だったと思う(笑)


学校に行かないで私は家で内職をしていた。させられていたわけじゃない。
学校を無意味に感じ、家にお金も無く、働ける年齢でもない私には内職がピッタリだった訳だ。
私には幼い頃から獣医師になりたいという夢があったけど頭の悪さとお金のなさでその夢は諦めた。
今思えば学校に行かなくても将来の事は考えるもんだよ。だってみんなは受験なんだもん。

ほんとにフとした瞬間だった。雑誌の裏表紙に動物看護士ってあって。
【これだー----!】って思った。
中3の夏休み直前。
頭がフル回転しはじめたことをよく覚えてる。
親、教師、周りは大人ばかり。
自分でお金を払うと言ったところで信用されないし今までにしたことがない勉強を自分一人でやりきれるのか。。。
飽きっぽい私は自分を信用できない。。。
まずは自分を試してからだ。
そう思った私は大の苦手なジグソーパズル3000ピースを買った。
【これを完成させない限り動物看護士の通信教育には申し込めない】
という課題を自分につくった。
(ちなみに当時、動物看護士は国家資格ではなかったので年齢制限はなかった)

約1ヶ月、私は内職とジグソーパズルに明け暮れた。
初めてのパズルの完成!!
私は自分に勝ったと思った(笑)
これで正々堂々自信をもって申し込める!どうでもいいなら完成には至らなかったのだから。。
申し込む時に自分としては大金を払う緊張を今も覚えている。
今まで使ってきたお小遣いの額とは違うのだから。
教材が届いた時はワクワクした。
全部で何ページあって1日最低どれくらいやれば学校の卒業に間に合うのかスケジュールをたてた。

1人だったし毎日借金の取り立てが次々にくるような、家庭内暴力が絶えないような環境だったけど
不安よりもとても楽しかった。
朝から内職をして夕方から毎日勉強。
少々の理不尽も私だって学校に行ってないんだからという理由で見過ごせた。
誰もが無理だと鼻で笑ったけどとても力強い味方ができた。

それは家のペットを診てくれてた動物病院の先生。

ある日、飼ってた猫の様子がおかしく自分の知識では尿路結石に違いないと思い先生の所に連れて行った。
先生から「どうして解った?」と聞かれた。
恐れ多くて小さな声で勉強していると言った。
先生は凄く喜んでくれてその日から私に動物病院の手伝いをさせてくれた。
卒業したらここで働きなさいと言ってくれた。
私は夢のように嬉しかった。

そして無事に最後のテストに合格した時、私は全てに勝ったと思った(笑)
恐怖心や心細さ、私を馬鹿にした担任にも、勉強の邪魔をする借金取りにも、全て。
愚痴一つこぼさず弱音を吐かず自分のやるべき事をやりきって勝ち取った(笑)
担任の先生は卒業証書を持って来たときに「お前には敵わん」と言って笑った。
学校へ行かない代わりの責任を果たした気分だった。


私の場合、救いだったのは親が何も言わなかったこと。
勿論、親も私が高校に行かないと言った事で金銭的な事は安心できたと思う。
学校に行かないのなら働けと言っただけだった。
私は学校に行かない事も勉強することも1人で決めた。1人で決めないと誰かに邪魔される気がしたし、それ以上何かのせいにするのは自分が嫌だったから。
親も親で大変な時期だったんだろうけど何も言われないってやっぱり楽だった。

学校に行ってない時って子供は大人を納得させなきゃいけないって思うもの。
そこで何か言われるともう何も言えないと思う。優しい言葉であれその時は優しさに感じないよね。
理由とか気持ちとか分からないし分かってくれないから聞くんでしょ?って感じだもんね。

学校はできれば行った方がいいと今は思う。でもね命がけで行くところではない。
私は思う。
自分で決めていい。どちらが自分のためになるのか。
その選択をしたってすぐには苦しさから解放はされないけどね、そこからまた考えたらいいんだと思うよ。
いずれみんな同じ道ではなくなるのだから。今がその時だって全然かまわないよ。









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最終更新日  2024.08.23 19:19:30
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