Room of hobby

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第2話


 闇の中に佇む5つの人影、だが誰一人として口を開くことはない。沈黙のみが空間を支配していた
 そこに飛び込んできたうっすらと青い光、その光は5人のうちの一人の女性の膝元に降り立った。
「あら・・・、《退治する者》が現れたのね・・・」
 女性は耳まで届くかのような唇を開き、微笑した。
「そうみたいだな。早いうちに殺しておかなければ、我々の妨げになりかねん」
 そう言った男は腕を組み、女性の横に立っていた。
「で、どんな奴が式神を切り捨てたんだ? まぁ、式神殺すのに時間かけてりゃ弱い奴なんだろうがな、けっけっけ!」
 ぶら下がっている男が頭に手を組んで下品な笑い声を上げた。
「高校生の女の子だそうだ。何やら本職の《退治する者》に雇われて幽霊退治をしていると」
「本職の《退治する者》に雇われてだぁ~? けっけっけ! そりゃ殺しやすいってものだ! 俺に行かせてくれよ! その生意気な女子高生の魂を奪ってきてやるぜ! けーっけっけっけ!」
 ぶらさがっていた男は床に降り立つと、腕を地面すれすれまで垂らし涎を垂らしていた。
「スキンク、その女好きの性格をどうにかしろ。その性格で以前、女性の《退治する者》に手痛い仕打ちを受けたそうじゃないか」
 スキンクと言われた腕の長いトカゲのような顔をした男は舌打ちをして腕を組んだ男を睨んだ。
「おいおい、ストレングスのおっさん。何年前の話してやがるんだぁ?」
「以前みたいな失敗をしないように注意しろと言ったんだ」
「うっせぇなぁ! それぐらい分かってらぁ! な、いいだろ? ジョナ?」
「うふふ・・・、アルバイトの子に殺られないようにね~?」
 ジョナと言われた女性は膝元に降り立った青い光に照らされ妖艶な微笑をしながらスキンクを見た。
「けーっけっけっけ! それじゃあ、楽しみに待ってな! けーっけっけっけ!」
 そう言うとスキンクは笑いながら、風に包まれその場から消えた。
「よかったのか? ジョナ。あの調子だったらスキンクの奴、また油断して殺られてしまうぞ」
「いいのよこれで・・・また殺されたら所詮その程度の奴だったって事よ・・・うふふふふ・・・」
 ジョナは青い光に照らされながら、これから先起こる事を想像してか、楽しそうに笑った。

   ◇   ◇   ◇

「ちょっと、刹那君。聞いてる?」
「ん・・・? あぁ、聞いてるよ」
「嘘、絶対聞いてなかった! 目が死んでたもの!」
「そんなこと無いって・・・」
 刹那は昨日起こった事件、そして《幽霊退治のアルバイト》の事がまだ受け止められなくて悩んでいた。
「今日の刹那君ちょっと変だよ? 風邪でも引いたのかな?」
 この少女は、絵梨では無い。俺のクラスメートで、クラスのアイドル、華山 実弐榎(かやま みにか)彼氏は・・・多分まだいない。
「ん~、どうだろ・・・多分大丈夫。で、何の話してたっけ?」
「もぉ、やっぱり聞いてない~・・・、いいも~ん、組長に聞くから」
 実弐榎は口を膨らませて、組長と呼ばれる少年の机へと向かった。
 その少年の名前は、角濱 琥魅(かどはま くみ)通称組長、怖い顔をしてるわけじゃないのだが、皆組長と呼ぶ、多分名前が琥魅だからだ。
「組長~、ここの問題教えて~」
「ん、いいけど刹那に聞くんじゃなかったのか?」
 組長は刹那の方を首を傾げて覗き込んだ。
「刹那君、私の話聞いてくれないんだもん、だから教えて~!」
 実弐榎は組長の机に椅子を持って来て、数学のプリントを広げた。
「・・・何かちょっと悔しいけど、今はそれどころじゃないからな~・・・」
 刹那は組長と実弐榎が仲良く勉強してるのをちょっと見て、机にうつ伏せになって昨日の事についてまた考え出した。 
(あの透明なのが幽霊で・・・、絵梨は幽霊退治のアルバイトをしている・・・? 誰が雇ってくれているんだ・・・? よりによって今日は絵梨学校に来て無いし・・・お見舞がてら絵梨の家に行ってみるか・・・?)

   ◇   ◇   ◇

 放課後、刹那は学校の帰りにそのまま絵梨の家へと向かった。
 チャイムを鳴らすと、扉が開き絵梨が出てきた。
「あら、刹那。私の家に何の用かしら?」
 絵梨は相変わらずの口調で門の前に立っていた刹那を見た。
「いやぁ、絵梨が学校休んだから風邪でも引いたのかと思ってね・・・」
「あなたに心配されなくてももう熱は下がってきてるわよ」
 絵梨は腕を組んで微笑した。
「それで、折角お見舞いに来てもらったんだし、家上がってく? あなたも、聞きたい事がありそうだしね」
 刹那は自分の思っていることが見透かされたようで、面食らった。
「それじゃあ、お邪魔します・・・」
 刹那はそう言って絵梨の家の門をくぐって玄関を通り抜けた。
 絵梨は先に家に入ってリビングにあるソファーに座っていた。
「で、刹那。何が聞きたいの?」
 絵梨は足を組んで、ソファーに座り込み、刹那はその前に座り何を聞こうか迷っていた。
「えっと、まずは・・・、何で絵梨は幽霊退治のアルバイトなんてしてるんだ? 普通のバイトだってあるだろ?」
「幽霊退治をする人たちの事をまとめて《退治する者》と言われてるんだけど、その《退治する者》の人員が少なくなってきてるみたいなのよ。それで、私のお母さんが以前幽霊退治の仕事をしてたから、私にも同じ血が流れてるってことで、幽霊退治をしてるの。それで、まだ18にもなって無いし高校生だから、働くなんて無理な話でしょ? だから、アルバイトってことにしてもらってるの分かった?」
「あぁ・・・そういえば絵梨の母さん特別な仕事してるって聞いたことあったな・・・、特別な仕事って幽霊退治の事だったのか・・・」
 刹那は手を顎に付け納得したように頷いた。
「私達《退治する者》の間では幽霊退治の事をGhost extermination(ゴースト エクスターミネーション)って言うんだけどね、それでここ最近、学校が終わったら何時も仕事入っててそれで風邪をこじらせたってわけ」
 絵梨は手をでこに付け、ソファーに寝転がった。
「それで? 他に聞きたいことはある?」
 絵梨は寝たままの体勢で、刹那の方を見て、眠そうに瞬きした。
「えっと、その幽霊退治のアルバイトって、誰が雇ってくれてるの?」
 絵梨は起き上がって、心配そうに刹那の顔を見た。
「あなた・・・、もしや幽霊退治のアルバイトしたいとか言うんじゃないでしょうね?」
「ち、ちがっ! そんなアルバイトどんな奴が仕事くれてるのかな~って思っただけだよ!」
 刹那は慌てて手を振り、また落ち着いて話し出した。
「あと、仕事内容について・・・」
「仕事内容と雇い主聞いてどうするの? あなた・・・やっぱり・・・」
「だーかーらー! 違うって!」
 絵梨はそんな刹那の様子を見て笑っていた。
「まぁ、いいわ。雇い主は、人に言っちゃダメだって言われてるから言えないけど、仕事内容はこの世に未練が残っていて成仏できないでいる善良な幽霊、陽霊(ようれい)って言うんだけど、それを成仏させ天国へと送るのと、人に危害を加える幽霊、陰霊(いんれい)っていう達の悪い幽霊を消滅させて地獄へと送る事かしらね?」
「陽霊・・・陰霊・・・? えっと、自縛霊みたいなのと、悪霊みたいなのか?」
「オカルトなのは分からないけど・・・、そういう部類のものかしらね? まぁ、その二つぐらいかしら」
「そんな仕事してて、危なくないのか・・・?」
 刹那は心配そうに絵梨に尋ねた。
「あら、心配してくれてるの?」
「そ、そんなんじゃないけど・・・、危ない仕事だったらやめたほうがいいんじゃないかなって思ってさ・・・」
 そう言い終えると同時に刹那は俯いた。しかしそんな刹那の様子を見ても絵梨は淡々と言った。
「あら、死ななければいいのよ」
 刹那はその言葉を聞いて、顔を挙げ絵梨に向かって怒鳴りつけた。
「お前! 自分の命を何だと思ってるんだよ!」
 刹那の怒鳴り声にぴくりとも動揺せず、刹那を睨み付けた。
「いきなり大声出さないで。全く、何であなたは何時もこう感情的になるのかしら・・・」
 絵梨は嘆くように首を横に振り、またソファーに寝転がった。
「これが感情的にならずにいられるか! 俺はお前の事を心配して言ってるんだぞ!」
「もう、五月蝿いわね・・・。私は病人よ? ほら、また頭痛くなってきた・・・いたた・・・」
 絵梨は手を頭に付け、大げさに呻いた。
「お前がそんな奴だったなんて思わなかった! もういい! 帰る!」
 刹那はソファーで寝転がるかきに怒鳴りつけ、ドアを力いっぱい閉め、玄関へと向かった。
「ちょっと、刹那。ドアは静かに閉めなさい。壊れたらどうするの」
 絵梨はドアをすりすりと撫で、玄関で靴を履いている刹那の方へと近づいた。
 刹那は靴を履き終わると、黙って出て行った。
 絵梨は出て行った刹那を見送ると、また家の中へと入り、自分の部屋へと入っていった。


   ◇   ◇   ◇

 刹那は家に帰りつくと、すぐに自分の部屋に行き、ベッドの上に制服のまま寝転んだ。
「刹那~、家に帰ったらうがいと手洗いをちゃんとしなさいって言ったでしょ~?」
 一階で母がいつもどおりうがいと手洗いをしなさいと小学生に言うように刹那に言う。
 だが、刹那はそんな母の声が聞こえないように布団に潜り込み、そのまま眠りについてしまった。
 それからどれだけ時が経っただろう・・・、刹那が起きた時にはもう空は赤く染まっていた。
「ん・・・、俺帰って来てからそのまま寝ちゃってたのか・・・」
 刹那は起き上がり、布団から這い出て自分がまだ制服だったのに気づき、服を着替え一階へと降りていった。
 一階に降りると、母はもう料理を作っていて、妹はいつもこの時間帯にやっている歌番組を見ていた。
「あら、刹那おはよ~、今日はランニングはしてこないのかな?」
 母は手をエプロンで拭きながら刹那の方を見ながら首を傾げた。
「ん・・・、今日はちょっと体調悪くって・・・」
「もう、だから言ったでしょ~? あれほど、外から帰ってきたら手を洗えうがいしろって・・・、熱は測ってみた? 悪い風邪とか拗らせないといいんだけど・・・」
「大丈夫だって・・・、それより母さん今日の飯は?」
 母はそう尋ねられてにやーっと笑い、カレーの皿を取り出した。
「・・・まさか、今日もカレーだなんて言わないよね・・・」
「ふふふ、軽い冗談よ、今日は野菜炒めですよ~」
 刹那はホッとして、妹の桃花が座っているソファーに行き、桃花の横に座り込んだ。
「ふ~ん、このグループの新曲でたんだ~」
 刹那は少しでも胸のもやもやを晴らそうと妹に話しかけた。
「そだね~、でも私はこの曲あんまり好きじゃないな~・・・」
「ん、そうか? 俺はいいと思うけどな~」
「確かに曲はいいんだけど、歌詞がね~・・・」
 桃花はしかめっ面をしていながらも、テレビで流れてる歌を聞いていた。
「ふむふむ、あぁ、言われてみれば確かにあんまりよくないな~・・・、前出してた曲が曲だったから新曲がこれじゃね~・・・」
 刹那はあまりよく知らないのにアーティストの話で盛り上がっていた。
「ちょっと、貴方達~、ご飯できたから運んでくれないかしら?」
「「はーい」」
 二人はテレビを消して、キッチンに並べられた皿を食卓のそれぞれのところに並べた。
 ちょうど、その時父も部屋からリビングまで来て何時もどおりの晩御飯が始まった。
「はぁ・・・ほんと今日もカレーじゃなくてよかった・・・」
 刹那はため息を漏らしながらご飯を口に運んでいた。
「あら、ほんとはカレーのつもりだったけど、ちょうど材料切らしててね~」
「材料切れててよかった、ほんと。もぐもぐ」
 そして、ご飯を食べ終わった後、刹那はまた部屋に戻り、机の前に座り今日絵梨に怒鳴りつけた事を反省していた。
「感情的になったのはやっぱり不味かったよな・・・、でも・・・やっぱりあの絵梨の言い方は気に入らない・・・、でも、あんな仕事をしてるからこそ・・・死にたくないとか言ってられないんだろうか・・・」
 刹那はそう言いながら、またベッドの上に寝転がった。
「明日謝ろう・・・、それで俺に何ができるか考えよ・・・」
 そう言って刹那は、また眠りについた・・・。

   ◇   ◇   ◇

 翌日、刹那は学校の帰りに絵梨を誘って帰宅することにした。
「なぁ、絵梨・・・昨日はごめんな・・・」
 絵梨は突然謝られて困惑した様子だったが、すぐに何時もどおりの口調で返した。
「いきなりどうしたの? 昨日家に帰るまでに頭でも打ったのかしら?」
「そんなんじゃねぇよ・・・」
「ふ~ん」 
 絵梨は刹那を疑うような目で見て、何も言わずにまた歩き出した。
「あっ、待てよ・・・」
 刹那は絵梨の後を追って、走った。
 しかし絵梨は突然その場に止まり、周りを警戒し、鞄を放り投げた。
「絵梨・・・どうしたんだ?」
 刹那はそんな様子の絵梨を見て、周りをきょろきょろと見回した。
「来る・・・」
「え・・・?」
 絵梨は何も無い空間に右手をかざすと黒い空間に繋がる穴のようなものが現れ、その中から鞘に納まった白い日本刀を取り出した。
「今日もお願いね、仮初乃華(かりぞめのはな)」
『全く、貴様はアルバイトなのに働きすぎだぞ』
「え・・・刀が・・・喋ってる・・・?」
 低い声が辺り一面に木霊する、その声はかきが持つ刀からしている。
「アルバイトだからって手は抜けないわ。それに、やっかいごとにはもう慣れたしね」
『このアルバイトを始めてまだ1週間しか経ってないのにもう慣れるとは・・・、大した肝っ玉の持ち主だ』
「それは褒めてくれてるのかな?」
『無論だ』
「そ、じゃあお礼を言うべきかしら」
『いちいち口の減らない娘だ・・・。それよりも今回の霊圧は大きいぞ。気をつけろ』
「分かってるわ、式神使うのがめんどうになってきたのかしら? これを成仏させれば給料上がるかな?」
『私からも、あいつに言っておこう。くれぐれも死なないようにな』
「了解。Ghost extermination、開始するわ」
 絵梨は仮初之華を正眼に構えると、正面を見据えた。
 すると、目の前の道で小さな竜巻が起き、中から腕の長い男が現れた。
「けーっけっけっけ! 可愛い女子高生がおっかない刀を構えてらぁ! けーっけっけっけ!」
「御託はいいわ、さっさとかかってきなさい」
「けっけっけ、そう慌てる事もねぇ、楽しもうじゃねぇか!」
 トカゲのようなその男は、下品な笑い声を上げながら後ろの刹那を睨み付ける。
「何だ、何だ~? そいつも《退治する者》の一員かぁ~? 武器も何も持ってねぇし、食っちゃっていいのか~? けーっけっけっけ!」
「こいつは単なる同級生よ、何もできない無能。こんなのが《退治する者》に見えるの? あなたの目、腐ってるんじゃない?」
 刹那は目の前で何が起こっているのか分からなかったが、最後の無能っていうのが自分の事だと分かったらしく反発した。
「ちょ、誰が無能だよ。それに絵梨、どこに向かって話してるんだ?」
 その様子を見てトカゲのような男は高笑いをして絵梨の方を見た。
「けーっけっけっけ! そいつ俺の姿見えてないのか! そりゃあ、ますます食べやすいってものだ! けーっけっけっけ!」
「五月蝿いわね、あなたが食べにきたのは私でしょ? そんな奴食べたって美味しくないわよ」
「ちょ、絵梨! 何言いたい放題言ってるんだ!」
 刹那は絵梨の方へと近寄ってきた。それを見計らってか、その男は刹那の方へと真っ直ぐに飛んだ。
「ちっ・・・! 刹那! ちょっと下がってなさい!」
 絵梨はそう言うと、足を踏み込み飛んでくる男に向かって横に一閃斬りつけた。
 しかし、その男は身軽にその一閃を交わし、刹那へと飛び込んだ。
「刹那! 伏せなさい!」
「え・・・?」
 刹那は咄嗟にしゃがみ込み、風が吹き抜けるのを感じた。
「けっけっけ! 運動神経のいい餓鬼だ! だが、次は外さないぜ~? けーっけっけっけ!」
 男は上空に飛び上がり、自慢の長い腕を伸ばし、辺り一面を闇に染めた。
「く・・・、刹那そこの電柱に隠れてなさい! 邪魔よ!」
「わ、分かったよ・・・そんなに怒るなって、な?」
 刹那はそう言うと近くにあった電柱の影に隠れた。

   ◇   ◇   ◇

「あなたの得意なフィールドに変えたってわけね・・・、望むところよ」
 絵梨は刀を斜め下に構え上から降りてくる男を見据えた。
 しかし男は降下しながら闇の中へと消えてしまった。
「おっと、そうだ。死ぬ前に俺の名前を教えてやろう! 俺の名前はスキンク! 《ナイトメア》の一員だ! 能力は《ステルス》! 霊力のある奴でも見えなくなる能力だ! けーっけっけっけ!」
 闇の中にトカゲ男─スキンクの不気味な声が木霊する。しかし、その中でも絵梨は冷静に辺りを見回す。
「ふん、《隠れないと何もできない能力》の間違いじゃないのかしら? まぁ、隠れたところで私の敵では無いのだけれど」
「けっけっけ! 言ってくれるじゃねぇか女! だが、この攻撃を受けてもまだ同じ事が言えるか~? けーっけっけっけ!」
 すると絵梨の後ろからスキンクの腕が伸びてきて絵梨を殴りつけた。
 しかし、絵梨は寸での所でその打撃を避け、そのいきおいのまま身体を反転させ、腕が伸びてきたところへと飛び込み、縦一閃に斬り付ける。
 だが、絵梨は宙を斬るだけで、全くといっていいほど手応えが無い。
「ほらほら! どっちに向かって攻撃してるんだ! 俺はこっちだぁ!! けーっけっけっけ!」
 また後ろからスキンクの手が伸びてきて絵梨の横腹に拳がめり込む。
「・・・っ!」
 絵梨は殴られたいきおいで塀に体が叩きつけられ、短いうめき声を上げる。
「くっ・・・、仮初之華これはどうしたものかしら」
『敵の霊圧を計ろうにも、辺り一面霊圧が充満していて、見つけ出せないな・・・。敵が攻撃してくる時に腕が一瞬だけ伸びてくる。その腕を斬りつければ傷を負わせる事はできるだろう』
「わかった、やってみる・・・」
 絵梨はその場に止まり、また辺りを見回しながら腕が出てくるのを待機していた。
「けっけっけ! 無駄だ無駄だぁ! このフィールドで俺に傷を負わせる事はできないぜ! けーっけっけっけ!」
 今度は絵梨の後頭部を狙って腕が伸びてきた。
「そこっ!」
 絵梨は身体を回転させ、上空からくる腕に向かって下から斬り上げた。
 だが、その腕はその場から消え、絵梨が先ほどまで向いていた方から伸びてきた。
「けーっけっけっけ! 腕は二本あるんだぜ!」
 前方から伸びてきた腕は、今度は絵梨の左腕を爪で切り裂いた。
「・・・っ、もうほんとやっかいな腕ね」
 絵梨は左腕を押さえると、その隙間からは赤い血が流れ出た。
「絵梨!!」
 刹那は絵梨が怪我をしたのを見て電柱の影から出てきた。
「この程度の傷・・・何て事も無いわ。だから、あなたはそこに隠れてなさい」
 絵梨は右手で刀を持ち直し、先程と同じように、またその場に止まり辺りを警戒した。
「けっけっけ! 今度はどこを切り裂いてやろうか! 右足か? 左足か? それとも刀を持ったその右腕を切り裂いてやろうか! けっけっけ!」
「ふん・・・、相変わらずよく喋るわね、あなた生前はコメンテイターとかしてたの? きっと売れなかったんでしょうね~、可哀想に」
「生前の事なんて覚えてねぇよ! 幽霊になってからこれまで何人も殺してきてからすっかり殺しに目覚めてしまってなぁ! けっけっけ、お前はどんな声で鳴いてくれるんだろうな~? けーっけっけっけ!」
「あら、断末魔を上げるのはあなたよ? きっと汚い声で鳴くんでしょうね~」
 絵梨は声に出さない笑いを上げた。
「けっけっけ! 聞いてみないとわからないぜ? いい声で鳴くかも知れないだろ? けーっけっけっけ!」
 スキンクはそういうとまた絵梨の後ろから腕を伸ばして、爪を光らせた。
 絵梨は冷静に至近距離まで近づいてくるまで待ち伏せていた、すると前からもスキンクの腕が爪を光らせながら近づいてきた。
「けっけっけ! 両方からの攻撃! どうやって塞ぐ! これでおしまいだ! けーっけっけっけ!」
 両方の腕が絵梨の方へと刻一刻と近づいて来ているがそれでも絵梨は動かない。
「何だ何だぁ? もうおしまいか~? 《退治する者》に雇われてるって聞いて来て見ればここまで腰抜けだったとはなぁ! 俺が出る幕も無かったかぁ? けっけっけ!」
 絵梨は目を閉じて、刀を右手前に下げた。
「終わりだー!」
 スキンクが勝利を確信したその時。絵梨は向かってくる両方の腕の間へと飛び込んだ。
 そして、次の瞬間、絵梨はスキンクの本体を切り裂いた。
「なっ・・・ぎゃぁぁぁぁぁぁあぁ!!!!」
「私がこの程度で殺られると思って?」  
 絵梨は刀を右手前に振り、緑色の血を振り落とした。
「ば、馬鹿な! どうして俺の居場所が分かった!」
 スキンクは腹部を抉られ、その場にしゃがみ込んだ。そして、辺り一面を包んでいた闇は消え、空は何時もどおりに赤く染まっていた。
「簡単な事よ、両方から手が伸びてきているならその真ん中を叩けば、本体に当たるでしょ? まぁ、右か左かの2分の1の確立だったから、外したらやばかっただろうけどね」
「そうか・・・、俺としたことがうかつだったぜ・・・」
 スキンクは緑の血をどくどくと流しながら、息絶え絶えの状態だった。
「そういえば、お前・・・どこかで見たような・・・、そうかお前あいつの娘か・・・!」
 突然言われた《あいつの娘》という言葉に絵梨は驚いた表情を見せスキンクに問いかけた。
「あいつ・・・? あなたもしや私のお母さんを知ってる?」
「知ってるも何も・・・初めて殺されたのがお前の母親だ・・・生きてるかどうかは知らないがな・・・、けーっけっけっけ」
 スキンクからは青い光のような物が出てきていて、下半身は光となって上空へと上がっていた。
「お母さん・・・」
 絵梨は俯き、持っていた刀《仮初之華》はいつの間にか消えていた。
「けっけっけ! お前は我々《ナイトメア》を敵に回した! これから別の一員がお前を殺しにくるだろうよ! 精々殺されるがいいさ! けーっけっけっけ!」
 スキンクはそれだけ言うと、上半身までもが青い光となって、空へと消えて行った。
 絵梨はその場で俯いたまま、何かを考えるように只静かに黙っていた。
「絵梨・・・」
 刹那は、辺りを包んでいた闇が晴れたので、電柱の影から出てきて絵梨の方へと近づいた。
 絵梨は刹那が近づいてきたのを感じて、刹那の方を見て、何時もどおりの表情に戻した。
「さて、それじゃあ時間も時間だし、私は先に帰るね。家に帰って今夜の晩御飯の用意しないといけないから・・・、それじゃあまた明日学校でね」
 絵梨は笑顔で刹那に手を振り、小走りに走っていった。
「絵梨・・・、俺には何ができるんだ・・・? ただ電柱の影に隠れて絵梨が殺されないかを見守るしかできないのか? そんなの・・・悲しすぎるよ・・・俺達友達じゃねぇか・・・」
 刹那は俯き、とぼとぼと家へと歩き出した。

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