おいでやす。郡山ハルジ ウェブサイト。

完走記-バンクーバーマラソン2003

VancouverStart

3月の荒川市民マラソンで「サブフォー」を逃した私は、その雪辱を晴らすために、急遽ひと月後にカナダ国内で開催されるこの大会に臨むことにした。

【スタートまで】
前の日のコースツアーでコースのアップダウンの激しさを目の当たりにし、目標をサブフォーから「自己記録(4時間5分58秒)更新」に下方修正。また、数多い登り坂を考慮し、レースにはグリップのよいターサーで臨むことに決定。レース当日目を覚ますと予報どおりの雨。Take3さんからもらったおみやげの「夜のお菓子」のうなぎパイを朝飯代わりに食す。スタートまでに止むことを祈りながら、同宿のチェコ出身のオヤジ・ランナーとタクシーで会場に向かう。
気温は10℃を切っている。できれば長袖かせめてTシャツが欲しかったところだが、一張羅のタンクトップでスタート地点に並ぶ。肩を打つ雨は正に氷雨である。

【スタートから15キロ地点まで】
スタートして1キロもしないうちに、足が湿ってくる。水溜りを避けて走るが、前や横を走るランナーがはねた雨水が足にかかるのは避けられない。2-3キロ地点では一層雨脚がつよくなる。靴の中は早くもグショグショ。通気の良いターサーの底穴空き構造が裏目に出る。自分ではマイペースを維持しているつもりだが、やたらと(特に若い男に)抜かれている気がする。荒川の時はあっと言う間に過ぎた5キロ地点がなかなかやってこない。スタート直前に済ましたはずなのに身体の冷えから早くも尿意を催す。しかし次のトイレは13㌔までないので我慢して走る。11キロ地点で道端で立ちションしている男を見掛け、自分も立ちションの誘惑に駆られるが我慢。しかし12-13キロ地点の空地の草陰で立ちションしている男を見掛け自分もついに我慢が出来なくなり、道脇にそれる。ここでロスタイム1-2分。雨は足だけでなく、全身を濡らす。いくら速乾性のシャツとタイツでも、次から次へと降り掛かる雨水と汗の両方まで蒸発してくれない。腹回りが濡れて冷えているのは特に不快である。それから20分もしないうちに次の仮設トイレが目に止まると、また尿意を感じてストップ。実際に便座に掛けるとついでに便意を催し、排便。これでロスタイム約3分追加で、目標タイムのための貯金がほぼなくなる。

【15キロから30キロ地点まで】
コースはいよいよスタンレー・パークへ。自然の地形ゆえ、カーブもアップダウンも不規則。鬱蒼とした林の中の氷雨は余計に身に染みるような気がする。もちろん応援の観衆もいない。目標タイムも遠退くし、靴の中はグショグショでパンツまで濡れた状態で走っているのがとてもみじめに感じられ、このまま走り続けるのが馬鹿々々しくなってきて「リタイア」が頭をよぎる。晴れであれば本来ここはコース上で最高眺めの良い地点なはずなのだが…。ほぼハーフ地点にある最高標高点のプロスペクト・ポイントまでの坂は正に心臓破り。ここで無理をすると例の「脚の付け根」の故障が目を覚ますので、小刻みなピッチで辛抱強くちょこちょこと駆け上る。視界が開けるとそこは坂の終わりであるプロスペクト・ポイントのみやげ物屋。何人かのランナーがみやげ物屋脇のトイレに出入りしているのが見えると、またしても尿意を感じてトイレへ…。ここでまたしても1-2分のロス。前半で予定タイムをオーバーするようではサブ4はちょっと無理っぽい。
ここから数キロはほぼ下り坂。エネルギー補給のためにポケットに入れていたチョコ味のPowerGelを口に含もうとしたところ、パウチの脇のほうが破れて口の周りやら手がベトベトのチョコまみれに。できれば水道で洗い流したいところだが、コース上には適当な水道もなければ今や時間的余裕もない。パークを抜けると、道端で応援する人の視線と笑い声を感じる。カナダ製の商品の品質に走りながら怒りを覚える私。

【30キロから40キロ地点まで】
バーラード・ブリッジの手前の坂の沿道でTake3さんの奥さん(とそのお友達)を発見し、走りながらご挨拶。橋を越えると30キロ地点。ここから先の35キロ地点を折り返して橋のたもとに戻ってくるまでが約10キロだから、片道5キロ往復の日頃のトレーニングのコースと同じ感覚のはずである。ただ、前日コースツアーで一緒だった同コースの経験者でもあるアメリカ人女性は、ここからの10キロが精神的に一番辛いポイントだったと言っていた。確かにここからは住宅地で、路面の舗装は悪くアップダウンが多い。この辺から周りのランナーの一部が「壁」にあたってペースダウンしたり坂の途中で歩き始めた。私は「脚の付け根」を気遣いながら、時にはマイペースを守るために目を閉じたりしながら慎重に走るもやや疲労とペースダウンを感じ、参考までに心拍計を見ると意外にもまだ140bpm台。身体の方は「まだまだ余裕」であることを知り、同宿だったチェコのおやじの「30(35)Kmの壁というのはメンタルなもの」という言葉を思い出す。坂を登り切った折り返し地点でまたしてもトイレを発見、ゴールまで膀胱が持つかどうか心配になり一応トイレに入る(またしてもロスタイム約1分)。レースは残すところ10キロを切り、脚は惰性モードで動いている--そんな時、ふとカナダ人かアメリカ人の小柄な女性が私の脇を通り過ぎながら、すれ違う友人ランナーに大声で応援の声を掛けた。「壁」地点付近を走っているはずなのにエライ元気やなーと思いつつ、この人のペースに着いていくことに決める。しばらく横を並走すると、この女性が意外にも激しい息遣いで走っていることに気付く。彼女はどうやらかなり無理をして「大声で応援」していたらしい。1キロもしないうちに、彼女は道脇に逸れて後方へと脱落していった。ほぼ同じ頃、今度は体格の良い青シャツの白人男性(国籍不明)が大きなストライドで私の脇を抜いて行った。私はこの時点でもはや「脚の付け根」を気遣う走りをやめることにし、ゴールまでペースを速めて走ることにした。行ける所までこの青シャツ男について行くことにする。周囲を走っているランナーの息遣いは、誰もがもはや限界…といった感じ。自分はまだまだ余裕がある、と思うと、走りながらイヤミな余裕の笑みが漏れる。橋のたもとまで辿り着くと、青シャツ男はややペースを落とした。仕方がないので適当に次のターゲットを前方のランナーに定め、バーラード・ブリッジのふもとの坂を駆け上がる。この地点まで来て「脚の付け根」の故障に目を覚まされたら困るので小刻みなピッチで慎重に走るも、もはや私を抜き去る者は誰もいない。

【40キロ~ゴールまで】
ついに登り坂の頂上、橋の中間地点まで辿り着いた。あとはゴールまでの2.195キロはほぼずっと下り坂。ラストスパートだ!と思っていたところ、ベテランっぽい白人女性が非常に安定したフォームで私の左を駆け下りて行った。これはもう彼女に着いて行くしかない。私は背後から見た彼女のフォームを頭の中で反芻しながら、その走りを真似てさらにピッチを上げる。---しかし彼女にはなかなか追い着かない。彼女だけではない。自分としては荒川フルの同地点では考えられなかったようなハイペースで走っているのだが、誰もがラストスパートのひとふんばりなのであろう、なかなか「ゴボウ抜き」といったような具合にはいかない。そうこうしているうちに、スタート/ゴール地点のBCプレースのドームが見えてくる。そろそろスロットル全開モードにスイッチしても息が保つかな…などと考えながら、いつしか最後の約300mの直線の入り口へ。ゴール地点ではDJによる実況中継の声が響いている。歓声もスゴイ。DJは4-hourがどうの、と叫んでいる。彼方のフィニッシュライン上の電光掲示板を見ると、意外にもまだ3時間台---しかも59分!DJは「急げ、まだ4時間に間に合う!」とゴールに向かうランナーたちに向かって叫んでいたのだ。DJと観衆が一緒になって、4時間へのカウントダウンを始める。10、9、8…私は何も考えずに電光掲示板の数字を見ながら残り100mやそこらを全力でダッシュしていた…どこにそんな力が残っていたのか…。しかし私がフィニッシュラインを過ぎる数m前にDJと観衆はたしかに「ゼロ!」と叫んでいた(実際にはそれは私の耳に入らず、おそらくは目の前に迫る電光掲示板の数字が「4」に変わるのを目にしていたのだと思う)。フィニッシュラインを過ぎた私は「Shit! Shit!」と連呼していた。---その時点では電光掲示板のタイムは「グロスタイム」であることを忘れていた私は、たった数秒でサブ4を逃したと思い込んでいたのだ。ゴール前の全力ダッシュのせいで全身の血中にアドレナリンをたぎらせていた私。凄まじい形相で悔しがる得体の知れないアジア人男性にまわりのランナーや係員スタッフはさぞかし辟易していたに違いない。

【ゴール後の回想】
少し落ち着いてから、ウォッチを見て驚いた。まだ3時間59分を過ぎたばかりの数字を表示していたからである。--そこでちょっと考えて、ようやく気付いた。実際のスタート地点を過ぎるまで1分くらい掛かっていたから、ネットでは4時間を切っていたのである。意外なサブ4に拍子抜けしたところで、今度は試しに平均心拍数をチェックすると、なんと147bpm。レースペースどころか「速めジョグ」の時の心拍数である。150bpmオーバーだった時間と130-150までの「最適ペース」時の時間が約1時間50分ずつ。残りの20分は「130bpm以下」と出た。トイレで計6-7分はロスしているので、その間及びその直後の心拍数が130bpmを切っていたというのは分かるが、LSDペースの心拍数で20分を走っていたというのはちょっと誤計測っぽい。
今回は「脚の付け根」の故障が出るのを気遣うために、かなり抑え気味に走ったことが結果的に効を奏したようである。いわゆる「30(35)キロの壁」と言われる明らかな失速はなかったし、最後にスパートをかける余裕もあったので、スタミナはたしかに持続したようである。前週に試みた「カーボローディング」と、レース中のエネルギー補給も有効だったに違いない。コースのキィポイントとなるバーラード・ブリッジを前日に試走してみたこともメンタルな面でよいリハーサルになった。一方ターサーで走ったことは、登り坂に関してはプラスであったが、雨対策については失敗だったと思う(でも、仮にニューバランスで走っていても結局足の濡れは避けられなかったであろうが…)。また今回「タイツ」で臨んだことも、プラスだったか否かは定かではない。ま、メンタルな面では多少効果があったかも。
ところで、ゴール後のマッサージ・サービスでは若いおネエちゃんに当たったが、これが正にプロの技だったので感動した。ただ、「脚の表」をマッサージしてもらうために仰向けになった時、前のモッコリがちょっと恥ずかしかった。オマケに、あとでタイツを脱いだ時に見てみたら、前にオシッコの染みが付いてたよ…(トホホ…)。
VancouverSmall


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