【NYまでのヒッチハイク-宗教ネーちゃんの「移動する部屋」】 そして旅立ちの日の午前、私は「IS 95N to New York(国道95北上方面、ニューヨークまで)」とマーカーでスチロール・ボードにカラフルに記したサインを作成し、バックパックを背負って大学のインターナショナル・スチューデント・オフィスにあいさつに訪れた。私の企図を伝えると、オフィスのディレクターやスタッフらは「Crazy.(そんな無茶な)」「You can’t be serious.(冗談だろう)」との反応を示したが、私が本気であることを理解すると、「米国内の法律では、ハイウェイでのヒッチハイクが禁止されていること」「近年は下火になっているものの、ヒッチハイクがらみの殺人が存在すること」を教えられ、真顔で「気をつけなさい。」を繰り返された。ごもっともである。 私は礼を言い、大学のキャンパスから1マイルほど離れたハイウェイに向かって歩き始めた。実はその時私は「うまくいけば今日の晩にはニューヨークに着くかな。」などと安易なことを考えていた。
【いよいよノルウェーへ!「What are you doing here?」】 スウェーデンとノルウェイの国境は、「深い谷」であった。その深い谷には橋が掛けられ、その橋の向こうがノルウェイなのであった。その国境のこちら側とあちら側には展望台のようなところの付いた休憩所があったのを覚えている。何十、あるいは何百メートルあったか知れないが谷底まではかなりの深さがあり、またそのあたりはなかなかの景観であったように思う。
たしか国境を越えたその日のうちに、私はノルウェイの首都オスロに入るやや手前でヒッチハイクした車から降ろされた。 彼方に見えるオスロのダウンタウンを眺めやると、私は突然、爆発的な感慨と高揚感に襲われた。それは、今見えている街のどこかに、女友達のKが存在することを想像した時に沸き起こったのだと思う。不思議なことに、その瞬間まではまったく自覚がなかったのだが、私をしてノースキャロライナからここまでの何千キロもの道のりを何週間か掛けて動かしたものは、Kへの思いにほかならなかったことにその時あらためて気付かされたのだった。私は、歩道のない車道の路肩をオスロ方面に歩きながら、通過する車の排気ガスを浴びつつ英語で何か感動のセリフを叫んでいたと思う。そして、オスロが見渡せる陸橋の欄干に掛けられた、ガード用の埃まみれのプレクシグラスの表面に、人差し指で、きっと誰にも読まれることもなかろう「K, I am here!(K、着いたぞ!)」とのひと言を記した。
その晩、私はKの寮に電話を掛け、彼女を呼び出した。電話口の向こうで彼女が開口一番に言ったセリフを今でも覚えている。「What are you doing here?(何んであなたここにいるの?)」 私は、きみに会うためにここまで何週間もヒッチハイクをつないで来たのだということと、以前そのうちきみに会いに行くかも知れないことを話した記憶があることを告げた。彼女は、電話口の向こうで、たぶん呆れていた。
程なくして彼女の部屋に現れたこの2人の隣人は、イリノイかどこかの中西部出身の長身のブロンドと、ニューヨーク出身の小柄な女の子で、どちらもK同様ノルウェイ系であった。しかしKと違うのは、二人とも母方がノルウェイ人であることと、いかにも甘やかされて育ったすれっからしなところだった。紹介されて間もないうちから、彼女たちは比較的露骨にセックスの話をし出したのを覚えている。それと、小柄な方は私の年齢を聞いて、当時26歳になったばかりの私に「You are an old man.(あんたはもうオッサンだね)」とのたまったのも記憶に残っている。長身のブロンドの方は、何かにつけ「とっととアメリカに帰りたい」を連発し、ベッドが堅いことと背骨の痛みを愚痴った。あとでKが教えてくれたのだが、何しろこの女の子はアメリカにいた時にボーイフレンドと妙な姿勢でセックスをして以来、背骨を痛めてしまったらしい。話を聞いたところ、この二人はどちらもアメリカにボーイフレンドがいるらしいが、夜な夜なバーやクラブで引っ掛けた地元の野郎を部屋に連れ込んでいるようであった。小柄の方がこの地元の男たちに関していかにも嫌悪感を露わにして言っていた。「わたし、包茎は本当にダメ。生理的にダメ。」北欧では割礼の習慣がないので、誰しも男性器には包皮が被っていることを私は何かで聞いて知っていたが、彼女たちが少なくとも包茎が確認できるようなことをしているらしいことはよく分かった。 Kはこの2人と一緒によく夜間外出するようなので、私は彼女に、地元の男と遊んだりしないのか尋ねたが、答えはノーであった。
またしばらく、前よりさらに気まずい沈黙が続いた。私はしばらくどうすべきか考えた上で、沈黙を破って言った。「K, I had a second thought. …I want you to sleep in bed. I am going back to sleep on the floor.(やっぱり僕が床に寝るよ。)」 それに対して彼女が何を言ったか記憶にないが、かくして彼女はまたベッドに戻り、私は床の上で毛布を被った。
さらに沈黙が続いた。ふたりは、ほぼ間違いなく、その時点ではもはやすっかり覚醒していた。 私は、彼女が目覚めていることを確信して、気まずさにどもりがちになりながらも、思い切って小さな声で言った。「K, I meant that I want to sleep with you.(K、違うんだ。君と一緒に寝たいんだ。)」