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宗教の凋落?
100 カ国・ 40 年間の世界価値観調査から
ロナルド・イングルハート著 山崎 聖子訳
2010 年代に顕著になった世俗化の進行
東京大学名誉教授 島薗 進 評
著者はミシガン大学の名誉教授で本書の刊行と前後して亡くなっているが、百を超える国や地域を対象とする世界価値観調査( WVS )が始まった一九八一年から二〇一三年まで、世界価値観調査協会の初代会長を務め、意識調査の定量分析を長期にわたって続けた政治学者である。
原著の代をそのまま訳すと「宗教の突然の衰退( suddenn dectine )――何がそれを起こしたのか、その次に何が来るのか?」となる。原著の表紙に掲げられた折れ線グラフが示すように、信仰心を計る二四の指標に基づく指数でアメリカ人の「総合宗教性」を三年ごとに分析すると、一九三〇年代から九〇年代までは八五から八〇年代までは八五から八〇ぐらいで推移していたものが、以後、急速に低落し二〇一八年には六五近くまで下落した。
WVS でも米国の「神の存在を信じない」という人の数は九九年には四%に過ぎなかったが、二〇一一年に一一%、一七年では一八%、最少年層では26%に達している。二〇〇〇年頃までは世俗化は西ヨーロッパ諸国では進んでも米国は異なると捉えられていたが、今では米国も西欧諸国と同じパターンとみられるようになった。この変化は特に二〇一〇年代に顕著で、この時期に宗教性が上昇していたりさほど変化していない旧共産圏や儒教文化圏やイスラーム圏諸国の動向を踏まえても、世俗化の信仰は明白だとする。
著者はこの状況をかねてより持論である「進化論的近代化論」で説明する。科学技術の進歩や生活環境の向上により不安感が減少すると伝統宗教の衰退が進む。それをよく示すのは、「生殖・繫殖規範」が後退しかわって「個人選択規範」が指示されるようになることである。これを示す WVS の質問項目は、「生活における神の重要度」、「生活における宗教の重要性」、「離婚の需要」、「中絶の需要」である。
生存の不安が濃い社会で多産が望まれ、それが「生殖・繁殖規範」を掲げる宗教への支持を引き寄せる。かつての世俗化論が重視していた科学的知識の普及とか宗教集団の自由競争の有無とかではなく、社会の進化に伴う生存への主要因だとする。このような人類進化の行先を代表するのは北欧諸国であり、民主主義の指標においても最上位に位置するが、そこでも排外主義の台頭の兆しがないわけではない。宗教がそうした傾向を後押しする傾向もまだ見える。
仏教や「宗教は信じないがスピリチャル」現象について触れていないなど、「宗教」の捉え方が疑問が残るが、宗教と世俗化の現在について示唆するところの多い書物である。
◇
ロナルド・イングルハート ミシガン大学社会研究所名誉教授。シカゴ大学博士号 ( 政治学 ) 。物質主義社会や政治意識の研究で知られる政治学者。著書には『文化的進化論――人びとの価値観と行動が世界をつくりかえる』など三〇以上。二〇一一年五月逝去。
やまざき・せいこ 電通総研研究主幹。
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