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人は権力を求めても虚しさは消えない。それで、さらなる権力を求めるようになる。しかし、それでも虚しさが消えることはない。で、さらに権力を求める。 墓場に権力を持ってゆけると信じてね。
2026年05月14日
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こころの病になるような人は、幼少時代に良い子であることが多い。親から期待されて育ち、その期待に応えられなければ捨てられてしまうという恐怖・・・。ゆえに、その恐怖からこころの病になるのだ。恐怖は不安となり、自身のこころを蝕んでゆく。 自身が腐ってゆくまで・・・。
2026年05月13日
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こころの病になると人と打ち解けなくなるのは、他人と共感出来なくなるからです。なぜ、共感できないのか?それは、前向きなエネルギーが枯渇するから。 毎日が不安でいっぱいだから。
2026年05月12日
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こころの病になると、他人と共感することが出来ないという。つまり、人を愛する気持ちが無くなってしまったということなのでしょう。では、どうして無くなってしまったのか?それは、こころの病になると、愛することにより愛されることに重点を置いてしまうからです。 誰か、私を愛してくれ!とね。
2026年05月11日
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自分のやりたいことが何もできないということで、他人に敵意を抱く。恐れと見捨てられる不安が、その人を内面から縛り付ける。要するに、独立性の欠如から自己実現できないということです。他人に敵意を抱きながらも、他人なくしては生きて行かれない。何というジレンマ。 この地獄から逃れるのは難しい。
2026年05月11日
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人というのは、どこまでも一人であるが、同時にどこまでも他人と一緒であるというのが、情緒的に健康な人であるという。ということは、情緒的に不健康な人は他人といても孤独を感じるということだ。その孤独感のために人は不安になる。不安になるから、他人に迎合する。他人の言うことに従ってしまう。 良いも悪いもね。
2026年05月10日
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本当の信頼関係というのは、自分の世界があっても他人との関係に影響はしない。自分の世界があっても、他人を失うものではない。しかし、こころの病になると、自分の世界を悪と感じる。他人の世界で生きることが喜びと感じるようになる。 他人に迎合することによってね。
2026年05月10日
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会社の上司と部下の世界も、政治の派閥の世界でも、常に上下関係が基本になっていて、下の者は上の者を常に気にしている。同じように、こころの病になる人は、他人の顔色を常に気にしている。それは、上下関係ではなく、ただ単に他人に依存しているからです。他人に依存しなければ生きて行かれない。自分一人では、何一つ満足にできない。 こころが、いつも不安なのだから。
2026年05月09日
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トラブルに悩まされて、問題の責任を他人に擦り付けても何も解決はしない。なぜなら、トラブルの原因は自分にあり、自分自身が変わらなければ問題は解決しないからです。しかし、そういう人ほど変わろうとはしない。しないどころか、さらに問題を大きくする。で、二進も三進も行かなくなり、逃げ出してしまう。 なんだかな~。
2026年05月09日
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現実の世の中では、自分の思い通りには行かないものだ。さらに、自分のこころの中に、他人への依存が少しでもあるなら、なおさらだ。また、問題から逃げて責任を他人に擦り付けているうちはね。ゆえに、依存から脱却し、問題に立ち向かうことが大切なのだ。 前向きな姿勢が人生を切り開く。
2026年05月08日
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こころの不幸な人は、皆同じような顔をしてるという。まぁ、要するに、個性がないということなのでしょう。ではなぜ、個性がないのか?それは、常に他人に依存して生きているからである。 自分というものを持っていたら、他人に従えませんから。
2026年05月08日
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こころの病の人は、他人から愛されることを望むという。決して、自分からは愛さない。で、無条件の愛を望む。何があっても見捨てられない愛・・・。自分がどんな悪いことをしても許してもらえる愛。 そんな愛は、どこにもないのにね。
2026年05月07日
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こころの病の人は、何事も危険を嫌うから個性を発揮できないという。まぁ、肉体的には大人でも精神的には子供だということなのでしょう。で、誰かに依存しなければ生きては行いかれない。他人の顔色を気にせずにはいられない。 それは、自分が嫌いだからです。
2026年05月07日
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人としてまともな生活を送るにはこころの支えが必要である。こころの支えがない者は、カルト集団や過激な政治的思想集団に入ってしまうだろう。それだけ、誰かに依存しなければ生きてゆけないということです。つまり、自分というものがない。 なんとも、情けない・・・。
2026年05月06日
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カルト宗教にハマるような人は、それを手ばしたら生きていかれないと感じる。こういう人に、まともな理屈は通用しない。理性や客観性が欠けているからであり、これを取り戻すには相当な時間がかかるだろう。それでも、諦めてはならない。 洗脳は、必ず解けるのだから。
2026年05月06日
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長い間、人生の悩みに苦しんでいる人は、自分から解決する行動が取れないという。で、今のままでそっとしておいてくれ・・・というのが今の願いである。いくら、他人が助言しても聞く耳を持たない。まぁ、こういう人は苦しむことを楽しんでいるということなのでしょう。 私には理解できませんが・・・。
2026年05月05日
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偶像を崇拝しようとすれば、その偶像は神聖化される。その人の言うことはすべて正しいものとなる。カルト集団はそのいい例である。カルト集団の教祖は神となり、絶対的な存在に・・・。こころの健康な人なら疑いを持つが、そうでないなら簡単に信じてしまう。 偶像は、所詮は偶像なのです。
2026年05月05日
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生まれたときに帰りたい!と願う者は、リスクは避けたいので、自分からは絶対に動かない。誰かが自分のために何かしてくれるのを待っている。例えば、職場でパワハラを受けているが面と向かって文句は言えないので、誰かが解決してくれるのを待っているようにね。まぁ、要するに、すべてが他力本願だということなのでしょう。 これで良く、人生を生きられたものだ。
2026年05月04日
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現代人は、いつも昔に戻りたいと思っている。それも、生まれる前の母親の子宮の中にね。で、もう一度最初からやり直したい!今の、腑抜けな自分をもう一度からやり直したい。とはいえ、昔に戻ったところで結果は同じ。 腑抜けな自分は変えられない。
2026年05月04日
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大人の世界に無条件の愛はない。無条件の愛とは、子供に対する親の愛だけである。ゆえに、大人の愛には打算が付きまとう。愛されるためには、自分も相手に何かをしなければならない。 それが、大人の世界・・・。
2026年05月03日
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今ある悩みや苦しみは、過去に問題を解決しなかったからである。過去に問題を解決しなかったから、今の問題があるのである。しかし、それを認めようとはしない。もし、認めれば自分が自分でなくなってしまうから。まぁ、要するに、自業自得だということなのでしょう。 問題の原因は自分にある。
2026年05月03日
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今はいいけど、いつか必ずしあわせになる・・・。こういう風に言える人には、生きる力がある。何事にも負けない、問題を解決する力がある。しかし、悩んでいる人には、このような力はない。いつも、何かから逃げている。 そして、何かに怯えている。
2026年05月02日
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人生とは、問題だらけの連続であるという。まぁ、一難去ってまた一難ということです。で、その問題の中で成長出来る人と出来ない人がいます。まず、成長できる人は問題に立ち向かい自ら解決する人。で、成長できない人は、問題から逃げ回る人。 さて、あなたはどちらですか?
2026年05月02日
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世の中には、○○依存症の人だけでなく、どうしようもない人はたくさんいるものだ。何事において、どうしようもないのだ。何かあれば問題を引き起こし、さっさと自分は逃げてしまう。で、迷惑をこうむるのは周りの人間。後始末に忙殺される。 こういう人間とは、関わりたくないものだ。
2026年05月01日
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時間が問題を解決する・・・ということがある。でも、本当にそうだろうか?借金を踏み倒した方はすぐに忘れるが、踏み倒された方はしつこく忘れないものだ。また、逆に時間が問題を大きくしてしまうこともあるのだ。 まぁ、要するに、問題が起きたらすぐに解決するのが一番だということです。
2026年05月01日
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物事を丸く収める。なんか、平和的でいいように思えるが、実は問題の先送りなのである。時間が問題を解決するというが、それも間違い。問題を起こした方は忘れても、問題を起こされた方は絶対に忘れないから。 死ぬ思いをした苦労は生涯忘れない・・・。
2026年04月30日
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自分が嫌いな人は、他人の世話をさせられながら、文句を言われている。自分が嫌いな人は、他人に対して無防備、他人の考えていることが分からない。また、考えようともしない。ゆえに、いつも他人から騙されて利用される。 そして、利用価値がなくなると簡単に捨てられる。
2026年04月30日
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こころの病になると、自分を安売りしてしまうという。で、他人からバカにされると「そのとおりだ」と思ってしまう。そして、他人の言うままに行動する。自分の意志とは関係なくね。ゆえに、他人からいいように利用される。 で、利用価値がなくなると捨てられる・・・。
2026年04月29日
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世間では「何事も丸く収める」ことはいいことだと思われている。しかし、丸く収めるというのは問題の先送りであることが多い。また、丸く収めたところで、関係者のこころには不満がくすぶっていることもある。まぁ、要するに、すべてが丸く収まるということはあり得ないということなのでしょう。 アメリカとイランの戦争もその典型的な例です。
2026年04月29日
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こころの病になると、褒められたいとか、慰められたいとか、守ってもらいたいとか・・・そういう感情に左右されるという。で、こういう人は不安感と抑うつ状態に陥る。誰かに褒めてもらわないと自分自身が崩壊してしまう。誰かに慰められないと不安になる。誰かに守ってもらわないと生きて行かれない。 人生が本当に苦しくなる。
2026年04月29日
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現在、悩みに押しつぶされている人は、己の人生を嘆く前に、己のこころの中の依存を打破しなければならない。自分は情けない存在なのだということを認めなければならない。他人に依存しなければ、生きてゆけないのだということを認めなければならない。認めれば、気が楽になる。明日からどうしたらいいのか解決策が見えてくる。 認めなければ、永遠に悩み続けるだけ・・・。
2026年04月28日
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勇気とは、こころが健康であるが故の行為である。こころが健康であるから、何ものにも恐れずに挑戦できる。しかし、こころが病になると問題から逃げてしまう。逃げることで、さらに問題を大きくしてしまうという悪循環。で、ほとぼりが冷めたころに何食わぬ顔で現れる。 こころの病になると、気が強くなるのか?
2026年04月28日
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何事において依存心が強いと、いつも問題を起こし、その問題を大きくする。そして言わなければならないことを実行するには勇気がいるが、しかし、依存心が強い人にはそれがない。ないばかりか、何か問題が起こるとすぐ逃げてしまう。まぁ、要するに、トラブルメーカーだということです。 こんな人が近くにいたら、周りの人は大変なことになる。本当にね。
2026年04月27日
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ある時期で解決していれば、大きくならなかった問題がある。その時に解決していれば良かったのに、それをしなかった。それは、あなたが弱いから。他人に好かれようとして問題を放置したから。 全ては、身から出た錆だということです。
2026年04月27日
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他人に心理的に依存していなければ、文句は言える。しかし、依存していたら何も言えなくなる。それは、他人を恐れているから。で、その恐れている相手から認められたいから。それだけ、人は弱いということです。 誰かに頼らなければ生きてゆけない。
2026年04月26日
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人はそれぞれ、実際に怪我をして出来た傷は目に見ることが出来る。しかし、背負っている苦労は目には見えない。目に見えなければ無いも同じこと。 他人というのは、人の目に見えない苦労に対しては冷たい。
2026年04月26日
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会社をリストラされたとか、目に見える困難に対して世間は寛容だ。しかし、目に見える困難がないのに「大変だ」といえば、世間は冷たい。まぁ、要するに、こころの中は目に見ることが出来ないからだということなのでしょう。その人の困難はその人だけにしか分からない。 他人を当てにしてはならないということです。
2026年04月25日
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社会は人に対して、年齢にふさわしい責任を求める。ところが、人というのは責任よりも保護や依存を求める。で、社会からつまはじきにされる。で、つまはじきにされた人は犯罪に走る。 社会に恨みを抱いてね。
2026年04月25日
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人には二つのタイプがあるという。一つは、冒険という不確実を選ぶのと、もう一つは、安寧という確実性を選ぶとね。で、前者には責任が伴い、後者にはそれがない。さて、あなたはどちらを選ぶのか。 大体は、後者ですね。
2026年04月24日
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人が他人に愛を求めるのは、自分がこころ細いからである。愛がなければ、朝起きてもこころ細い。夜寝るときもこころ細い。そんな、こころ細さをどうすることも出来ない。で、そんなこころ細さを解消してくれるのが人と人との絆なのだが・・・。その絆を、どう作っていったらいいのか分からない。 人と、どうかかわっていいのか分からない。
2026年04月24日
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男が理想の女性と出会ったと思う時には、母親のような愛を与えてくれると思うらしい。しかし、所詮、恋愛は男女の関係でしかなく、親子の関係にはなれない。で、結局、男は恋愛に挫折し女と別れることになる。そして、母親のような愛を与えてくれる人を探し求める。 死ぬまでね。
2026年04月23日
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人間は、逆立ちしても人間である。神様にはなれない。むしろ、そんな天国はないと思うことで人生は開けるのだ。つまり、他人を見る目が出来てくるということなのでしょう。 自分を騙そうとする他人をね。
2026年04月23日
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私にとって家族がこころの支えだとか、ペットがこころの支えだとか・・・よく言われる。しかし、家族やペットがこころの支えになるには、その人のこころの成長がなければならない。こころの成長がなければ、家族やペットに依存するだけの存在となるからです。 その、こころの成長はそう簡単には得られない。
2026年04月22日
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母なる愛を持った母親に育てられなかった者たちは、大人になって恋愛をして「無条件の愛」を得たと錯覚する。で、その錯覚により恋愛はトラブルに変わってゆく・・・。外国の心理学者が言うように、子供だけが無力なのではない。大人も、心理的には子供のように無力なのだ。 どんなに、財産や権力があってもね。
2026年04月22日
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こころの病の人は、相手に対して「無条件の愛」を求めるという。要するに、自分の言うことを何でも聞いてくれる人・・・ということです。何も反論もせずに、無条件で言うことを聞いてくれる人。そんな人は、どこにもいないのですが、こころの病になると、そういう人を求めてしまうのです。要するに、こころが不安なのでしょう。不安であるがゆえに、相手にすがってしまう。 自分一人では、生きてゆけないから。
2026年04月21日
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こころの支えのない人は、その場その場の愛を求めることになるという。ではなぜ、こころの支えがないのか?それは、あなたが親から愛されていなかったからです。親から愛されて育たなかつたゆえに、こころの支えがない。で、愛されたいがためにその場その場で生きてゆく。 永遠にね。
2026年04月21日
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会社の中で、なぜパワハラが無くならないのか?つまり、パワハラすることによって自分の力にこころの支えを求めているからである。パワハラによって、自尊心を癒しているのだ。家庭の中でのDVも似たようなことである。 それだけ、人は自尊心が大切だということです。
2026年04月20日
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人間たちの権力とか名声への執着は、もの凄いものがある。そのもの凄いエネルギーは母親への執着からくるという。幼い時に、母親に甘えられなかった執着が、大人になっても続いて行く・・・。で、社会的権力や名声を求めてゆく。権力や名声が母親代わり。 愛が欲しい!
2026年04月20日
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現代人は何故、身体がボロボロになってまで権力や名声を欲しがるのか?それは、権力や名声によって、こころの不安を癒したいからである。権力や名声では、しあわせになれないと思いつつも何故か求めてしまう。そこまで、こころの不安というのは大きいのです。 大きい故に、どうすることも出来ない。
2026年04月19日
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人生への確実と愛情が、こころの支えだという。そして、それを求める原因が、こころの不安。こころの不安ゆえに求めるのですが、時に間違ったものを求めてしまうことも・・・。間違ったのなら、改めればいいのですが、こころが不安になるとそうは行かない。間違ったことを、認めたがらないのです。で、不幸に向かってまっしぐら・・・。 まぁ、これも人生です。
2026年04月19日
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