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女子柔道の15名の訴えで明らかになったパワハラ問題、最近はわたしのブログは体罰問題から始まって、いじめと体罰の関連なんかで埋まっているわけだけれど、そして、いろいろな人たちの意見を聞いているけれど、みなさん、まだまだ掘り下げが足りないなぁ~ ともっとはっきりと言えば、私が言っている「日本人の社会の欠陥」 として捉えなければ解決しない問題である、という認識に立たなければ、根本的な改善はできないと言うことなんだけれど、そして、すべてを包括した中で、国民的コンセンサスを得られるような活動を定着させなければならない、ということにならなければダメだと思う 権力を持っている者たちだけが集まって、その場しのぎの対面を繕うだけのことでは、グローバルな動きになっている全世界から、呆れられることになってしまう 日本の権力者はマジで世界レベルの発想を持たなければ、国家そのものを破滅に導いてしまいますよ と、わたしに言われてるようじゃあ、マジで考えが足りないね
2013年01月31日
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女子柔道のロンドンオリンピック代表選手達が、日本女子監督を、暴力・パワハラがあった、として告発に踏み切った、との報道があった 大阪桜宮高校の体罰問題もそうだけれど、指導者が自分の立場を利用して、立場の弱いものを威嚇する行為は、マジ怒れる 日本の社会全体に言えることだと思うんだけれど、何かで「事を成した人」を無条件に認めてしまう、という傾向があって、「あの人が言っているんだから間違いないだろう」となるし、逆に、ちょっとの問題でも、変わった意見を持っていると、「あの人の言うことは少し考えた方がいいかも」となって、なんか、その時その時で状況判断することが少ないように感じるんだよね~ これって恐らく日本人だけの特徴なんじゃないかなぁ~ と密かに思っている 昔から「村八分」って言われる言葉が示しているように、周囲との意見が合わないと、どうしても排除される感じがあるし、出来るだけ自分の意見を言わないで、周りの意見に合わせようとしてしまう、という頼りない個人になっていて、反面「赤信号、みんなで渡れば怖くない」みたいな、団体依存症、という言葉があるのかどうかは知らないけれど、人と違ったことすると恥ずかしい、という、つまり「個人を尊重しない」 傾向にあるんだと思う 日本の国民は「島国根性」という言葉もある通り、「個人の自立」を認めない傾向にあるし、だから、指導的暴力、に対して寛容なんだと思う もう、いろいろな場面で問題が起こっているこういう時にこそ、「個人の思考を尊重する法律」みたいなものを作ったらどうなんかなぁ そうするとわたしみたいな、普通の人と違うことしか考えない人間も、少しは住みやすくなると思うょ あっはっは
2013年01月30日
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昨日、第183通常国会が召集されて、安倍首相の所信表明演説が行われた その中身は、ほとんどの方々が言っているけれど、心地のいい言葉で飾り付けただけで、内容の少ない演説だった この演説の中から、わたしはわたしなりに感じるところがありまして それは、演説の最後のところで言っていることなのですが、安倍首相の演説文そのまま わが国が直面する最大の危機は、日本人が自信を失ってしまったことにあります。確かに、日本経済の状況は深刻であり、今日明日で解決できるような簡単な問題ではありません。 しかし、「自らの力で成長していこう」という気概を失ってしまっては、個人も、国家も、明るい未来を切りひらくことはできません。芦田均元首相は、戦後の焼け野原の中で、「将来はどうなるのだろうか」と思い悩む若者たちを諭して、こう言いました。「『どうなるだろうか』と他人に問い掛けるのではなく、『われわれ自身の手によって運命を開拓するほかに道はない』」と。 この演説をお聴きの国民一人一人へ訴えます。何よりも、自らへの誇りと自信を取り戻そうではありませんか。私たちも、そして日本も、日々、自らの中に眠っている新しい力を見出して、これからも成長していくことができるはずです。今、ここにある危機を突破し、未来を切り開いていく覚悟を共に分かち合おうではありませんか。 「強い日本」をつくるのは、他の誰でもありません。私たち自身です。 ご清聴ありがとうございました。 政治家が、学校なんかの講演で喋っているわけではないのだから、わたしは、一国の首相の演説としたら、この最終段で「失格」だと思っています 「日本人が自信を失った」のは何故でしょうか「『自らの手で成長していこう』という気概を失ったのは何故でしょうかそれは、すべての日本の政治家が「政策よりも政局」という「永田町の論理」で、「国民のための政治」を実行してこなかった結果である、ということなわけで、それに対する政治家としての責任を理解もせずに、棚上げして、恥ずかしくもなく、上から目線でものを言う体質は相変わらず、政治家は「国民の負託を得て国家運営を任されている」という重い使命を忘れて、「『強い日本』をつくるのは、他の誰でもありません。私たち自身です。」なんて、良く言えるものだと、怒りがこみ上げてきます もっとはっきりと言えば、政治家として毅然とした個人の政策を表明して公約に掲げ、選挙民一人ひとりから自らの政治活動を評価して貰う、そこから「政治不信を取り除くための自助努力をする」と表明する、それが、国民の自信を取り戻すための、政治家としての最大の責任なんだ、ということに、何故気がつかないんでしょうか またひとつ、政治家を見る目がきつくなってしまいました
2013年01月29日
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いじめと体罰には共通したものがある それは、どちらも弱い者に対する攻撃、だということである どちらも相手が抵抗できない状況の中で、相手に攻撃を加えるものである いじめ、の原点は、他人との付き合い方、好き嫌い、である 体罰、の原点も、生徒との付き合い方、好き嫌い、である 指導だの訓練だのと言ってはいるけれど、好きな生徒に体罰は与えないはずだ 気に入らない、もしくは自分に反抗的な生徒にしか体罰は与えないはずだ だから、体罰を受けない生徒にとっては「良い先生」であり続ける そして、体罰を受ける生徒には何かしらの問題がある、という発想になる それに反発すると、なおさら、体罰を受けるような状況ができて来る だから、いじめや体罰はごく少数の人間に向けられているし 挙げ句に、いじめを受ける人間には問題がある、という認識が増長していくから いじめや体罰を受ける生徒は周囲から孤立してしまい、自殺という悲惨な事態に追い込まれていく わたしは教育者でもないし心理学者でもない でも、いじめの双方の生徒の気持ちを想像できるし、体罰を加える教師や体罰を受ける生徒の心情も想像できる なのに、教育者や、学者と言われる研究者が、こんなにも社会問題化している、いじめや体罰についての解決策を みんなで何とかして良い方向に向かわせよう、って、みんなでまとまりを作って考えようとしないのか、もっと言えば、国家が率先してこのいじめや体罰の問題に道筋をつけようとしないのか、まだまだ考え方が固まらない若い生徒たちに、人として正しい生き方を何故教えようとしないのか、あ、そうか、国家の指導者はみんな正しい生き方してこなかったから無理なんだな、なんて、マジで考えてしまいます
2013年01月28日
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大阪桜宮高校の体育科で起きた体罰問題から、市長や教育委員会なんかが「体罰をなくすためにどうするか」という本題を忘れて、体育科の入試中止して他の府立高校の体育科定員を増員するとかの動きが目立つけれど、まあ、それは当面やらなければならないことで仕方がないとして、メディアは事あるごとに「体罰についてどう思いますか」という意識調査キャンペーンを繰り広げているけれど、そして、返答をする国民の半数以上が「ある程度の体罰は容認する」とのことで、こういう国民体質が「いじめ問題の根本解決」にならないのだし、企業の中でも「セクハラやパワハラの撲滅」も根本的に進まない、ということなんだろうと思う こんなことを考えていると、いじめる側といじめられる側がどんな関係にあるのか、そして、その量的比較はどんな比率になっているのか、なんて興味がわいてきて、早い話が、権力者はサディスト体質になってしまい、従属者はマゾヒスト体質になってしまう とすれば、この国には、永遠に民主主義は成り立たないかもしれない、という結論に至るわけでありますが、おっと、こんなことでサドだのマゾだのとくだらない結論出してるお前こそ 本題を忘れてるじゃあないか~、しっかりせいよっ と言われてしまいそうですねっ あはは でも、けっこういいとこついてると思うんだけどなぁ~
2013年01月27日
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昨日、大阪市の教育委員会から大阪府の教育委員会へ、府立高校の体育科の定員増をお願いする会議が開かれて、その中で大阪府の教育委員長から、大阪市の教育委員長に 「当事者としての反省に欠けているのではないか」という言葉に 「府立高校の中にも問題を抱えているところがあるのではないか」と返して、おいおい、それがまさに「反省がないということなんだ」けれど、まあ、市の教育委員長の立場に立てば、教育行政はどんな行政からも独立している、ということを意識して発言したかったのだろうけれど、場面的には大外れだったと思うんだけれど、しかも、最終的にお願いする場面でも「定員増はお願いしません」と言い切ってしまうという始末で、橋下市長が「わたしのほうからお願いします」と言って、なんとか収まったような、いずれにしてもこの体罰問題は多くの側面から検討しなければいけないから、いろいろな教育関係者や行政組織や、最終的には国家的な組織まで巻き込まなければいけないわけで、だとすると、この教育長のような態度では完全に失格ということなんだろうと思うし、現実に起こった問題のひとつひとつに対処していくことが大切なのに、組織のすじを通すことを最大の目的にしていることこそが、大阪市教育長の足りないところだということに気がつかなければダメだと思う
2013年01月26日
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アルジェリアのプラント施設建設現場でのテロ事件で殺害された方々が、今朝、羽田空港に到着した それぞれの家族も大変な悲運の中で、その辛い思いをかみしめるしかなく、こういう国家を超えた、ある意味戦争犠牲者のような事態にこそ、国家として徹底したフォローをしなければならないのだと思うのだけれど、果たしてどこまでやってくれるのか、原発事故の時と同じで、「前例がない」とか「法律がない」とか「法解釈では該当しない」とか言って、うやむやにしてしまうつもりなのだろうか 海外の現場に出向いて行く方々の思いは、日本という国家をも背負っている気概である これに対して実際に国家を背負っている政治家や官僚は、なにもせず、自分たちの立場が良くなるのかどうか、が判断基準になっている こんなことでは、日本はいつまでも閉鎖した封建社会から抜け出せない ホントは日本にこそ革命家の存在が必要とされているのではないか、と思ってしまう とは言え、殺るか殺られるかの厳しいストレスに日本人は耐えられないだろうなぁ~ と、農耕民族の戦闘力の弱さに思いを馳せてしまう おっと、そんなことではなかった、無念にも、遠い異国の地で命を落とされた皆様のご冥福を心よりお祈りいたします
2013年01月25日
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公務員の退職金減額法案が去年の国会で可決されて、地方の公務員にも同様の措置を取ることになって、その取扱いを真面目に決めた県の教職員の駆け込み退職が急増しているのだとか、そんな法律が決まったのも知らなければ、教員の退職金が3000万円も出るんだってことも知らなかったし、そこで3月末まで勤めて給料もらっても50万円位少なくなってしまう、なんて制度を作ったことも知らなかったし、まあ公務員は民間に比べれば格段の待遇をされているようで、民間で3000万円も貰う人なんて相当な大会社勤めでも特別な人以外にはないわけで、そんなにたくさんの退職金貰いながら、減額されるから卒業式には出られないけれど辞める、という判断をする先生って、結局サラリーマンの感覚でしかないんだなぁ、と思うしかないし、それはそうと、政治家の定数是正ってどうなったんだか、自分たちの身を切ることも忘れて、他人の退職金減額やってる場合かって、そんなこんなで、わたしの知らないことって、えらいたくさんあるなぁ~ でも、こんなことが騒ぎになる日本って、マジで「ノー天気国家」だよね~
2013年01月24日
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大阪桜宮高校の体罰問題から抜け出せないでいますが、特に桜宮高校に在学している体育クラブの生徒が市役所を訪れて、市長に意見を申し述べるという、摩訶不思議な行動まで起こしたという、なんとも規律の無い話で、誰が手引きしてこんな行動になったのか、興味津々なわけで、そもそも高校における課外活動には、当然のことながら、訓練もあるし指導もある なにも体育会系のクラブに関わらず、どんなクラブでもあるのは当たり前で、その中からいろいろな技能・技術の向上も図られるわけで、 けれども、それらの訓練・指導の中に、体罰があってはならないわけで、その体罰を「訓練・指導と同じ」と感じていることに、大きな根本的な問題がある、ということなんだけれど、教師によっては「体罰による指導もあり得る」なんて、わけのわからないこと公然と言ってる人もけっこういるようだから、きっちりと教えてあげようと思う 訓練や指導とは、きちんとした手順や解説ができるものであって、体罰は、単に心身に直接的なダメージを与えるものである 体罰も訓練・指導の内、なんてわけわからないこといってる先生方 体罰はそもそも暴力行為なんだから、そこんとこ間違えないでねっ
2013年01月23日
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大阪市教育委員会が決定した桜宮高校体育科入試中止と普通科への切り替え 一応の決定に、大阪市教育委員会の見識がまともなことに、ちょいと安心した けれど、高校クラブの部長8人が大阪市役所で記者会見をしたのだとか、で、今まで培ってきた伝統を潰さないでほしい、と要望したとか、また、教育委員会の委員長1人だけが、委員会の総意として決まったことを、「看板を普通科にしただけのことで意味がない」と言ったのだとか、委員長が個人的な見解を述べてみたり、高校のクラブの部長が示し合わせて、体育科教師や体罰体質を美化してみたり、なんだかみんな「体罰により自殺に追い込まれた生徒がいる」ということを忘れて、自分のことが一番大事なんだからさぁ~と、恥ずかしくもなく主張していることに愕然とする まあ、とりあえずはひとつは決まったけれど、教師の総入れ替えなど、まだまだ後半戦がありますので、根本の問題「体罰を容認する教育体質の徹底的改革」から、逃げていないか、よ~く観察していきたいと思っています
2013年01月22日
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今日、大阪市教育委員会による桜宮高校体育科の入試方針が決まる 連日言っているように、根本的な問題は入試の是非ではなく、体罰による自殺者が出たことに、教育委員会がどのような責任を取るのか、同時に、現場当事者の高校管理者や教師にどのような責任を取らせるのか、ということなのであって、もし、自らの反省や責任を棚上げして入試の実施だけを決定するならば、マジで大阪市教育委員会や教育現場は「無法地帯」であると断言できる 大阪の人たちも、ここまで来て何にも言わないなら、ボケや突っ込みだけで面白おかしく生きているだけで、大した人たちじゃあないよねっ 軽蔑に値するわっ
2013年01月21日
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桜宮高校の体育科入試実施の是非について、方向性が出てきたようで、それはやはり入試実施を考える、というもののようで、では自分たち教育委員会や、体育科顧問の責任について、きちんと言及しているのか、というとそれはうやむやである 大阪市の教育委員会に限らず、権威主義に陥りやすい権力者たちは、自分の持っている権力を自分のために使おうとするから、自分たちが反省しなければならない、なんて、絶対に考えない むしろ自分たちは正しい、と考える そういう権威主義が、一人の生徒を死に追い込んだのだ、ということにも気がつかない だから、自殺した生徒が弱かった、で済ませてしまうのだろうと思う まことに「度し難い」教育界の陰湿な体質である
2013年01月20日
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言い忘れ、というか、説明不足というか、ダメ押しというか、それは、体罰に苦しんで自殺した生徒が出たにもかかわらず、それでもまだ、桜宮高校体育科への入学に拘る生徒や保護者がいる、という現実が信じられない、 ということで、それは、教育における体罰は禁止されている、ということが理解されていないどころか、体罰によって強くなる、と頑なに信じているということで 言いかえれば、「自分の目指すことが実現するならば法を犯しても良いんだ」と言っていることなんだけれど、なんで恥ずかしくないのかなぁ~ まあ、月曜日に大阪市教育委員会がどんな方向で進めるのか、もし、自らの反省もなしに「生徒の希望が多いので」とか言って、入試実施するというなら、マジどうしようもない、ということで
2013年01月19日
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大阪桜宮高校の体罰による自殺問題から、体育科の入試を中止する、という話や、教師の総入れ替えを行わなければ給与予算を凍結する、という話まで、橋下市長の言うことは激しいけれど明確に伝わってくる 言っていることが明確だから、それに対する意見も当然明確だ それは「入試を中止すれば子どもたちが困るだけだ」そして「子どもたちを被害者にしてはいけない」 とも言われるわたしはこのいじめ問題について、教育委員会や教師サイドが、当事者として「どのような反省のもとに、どのような対処をするか」、が、根本的に決められなければならない、と思っているので、橋下市長が「入試中止」「給与予算不執行」と言っていることに反応するよりも、「教育委員会としてはこのような改革を実施します」ということを明確に打ち出すべきなのに、当事者としての認識が足りないから、市長の言うことに翻弄されてしまう、ということなんだろうと思っている つまり「教育委員会メンバー総退陣と高校管理者並びに体育科教員の総入れ替え」を 事件当事者として主体的に自己処分する、ということをを明言して、入試を実施する という結論が、教育現場の責任者として最良の選択になるのだと思う それが出来なくて、市長の言うことは独善的だ、とか市長こそが、教育委員会や教師に対して体罰を与えている、として、世論を味方につけようとするならば、大阪市教育委員会は、永遠に権威主義と機能不全から脱しきれないことになる、と思う そして一番大切なことは、世の中が「教育のための体罰はあり得ない」という認識をきちんと持たなければならない、ということなんだと思う
2013年01月18日
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厚生労働省が生活保護費の支給水準引き下げで調整に入った、との報道があった もともと自民党が選挙の時に10%減額を公約にしていたからか、こういう弱い者いじめの政策は実に動きが早い もっとも、働かないでお金がもらえるのだから、「貰えるものは貰わなきゃ損しちゃう」という安易な考えで、生活保護をうけている人たちがいることも事実なのだろうから、ただ単に「弱いものいじめ」とばかり言っていられない現状もあるのだろうけれど、それならなおのこと「生活を維持する手段を与える」こと、を考えるべきなのではないだろうかもっと具体的に言うならば「生活保護対象者村」を作って、その中で生活している限りは、衣食住に不自由はない、という環境を与える生活保護を受けざるを得ない人は、ある意味で「破たんした人」なわけで、一定の管理の中で生活することを義務付けることによって、再就職の活動や、あっせんも受けやすくするようにしていくこと、の方を優先すべきなのではないだろうか 生活保護を必要としている人の中には、高齢で仕事ができない人もいるのだろうし、病気を抱えて病院通いの人もいるのだろうし、定職に就けない人の方がはるかに多いわけだから、支給の金額を減らすことにのみ奔走するのではなく、それぞれの人に合った保護政策をつくり上げること、そしてそれに見合った支給方法(病院に直接支払いとか)、にしながら、それを成就した暁に不正受給が無くなり、国家の生活保護費全体が減少する、というやりかたが、求められる姿なのだと思うのだけれど・・ね 公務員は、なんでも一律にした方が効率的だと思っているのだろうけれど、きめ細かな配慮をすることによって、ロスを減らす、ということを学ぶべきだと思いますよ
2013年01月17日
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テレビ朝日のニュース番組で、桜宮高校での暴力指導について、コメンテーターの皆さんがそれぞれ思うところを話していた その中で、高木美保さんが言っていたこと つまり「体育会系の活動を自分でも経験している中で、たとえトップを取れなくても、自分でやってきたことの実感があって、その中で自分の努力の価値がわかるし、それで自分のモチベーションを維持できるんだ」というようなことを言っていた これってわたしが昨日ブログにちらっと書いた「結果より経過を大切にすべき」ということ、と同じことなんだよね~ そんなこんなで、高木美保さんにすごい親近感を持ってしまいましたよ
2013年01月10日
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大阪の公立高校で、部活動の中で暴力的な指導が日常的に行われていた、という報道があったけれど、人間の社会ってマジで困ったもんだよね~ 何がって言うと、つまり「競争社会」ということなんだけど、勝たなきゃいけない、ってことに執着しすぎると、どうしても、どこかに無理が出て来る、ってことで、だから、すべての目的が「勝つこと」にすり替わっているからで、ホントは「勝つための努力をすること」が目的でなければならないのに、評価する側が、「勝ったこと」を評価点にするから間違いが起こるわけで、「勝った」こと自体の結果的価値と、「勝つために努力した」経過的価値とを、別の評価にしなければいけないのだと思う 人間は出来るだけ単純に生きようとする生き物だろうから、すぐに結果で物事を判断するけれど、それがすべての世の中のひずみを作り出す原因になっているのだと思う、「勝てばすべて良し」ではなく、「勝つために乗り越えたこと」に大きな価値を付ける世の中にしなければ、弱い人間は永久に淘汰され続けていくわけで、そんな社会は「動物の社会」でしかないわけで、そのために人間には「教育」という行為を知っているわけだから、その教育の現場で、教育の本筋を外れた「勝利至上主義」が蔓延しているとしたら、「本末転倒」の極めつけだと思いますね ところで、突然思い出したけれど、「キリスト教」の教義って、「万人を愛せよ」とか「右の頬を打たれたら左の頬を出せ」とか、信者でないのに言うのもなんだけど、良いこと言ってるよね、でも、そのわりには本場の欧米でも大したことやってないか~
2013年01月09日
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こんなことになるの、わかっているのにねぇ~ 朝日新聞の取材で引っかかった「手抜き除染」震災復興が遅々として進まないというのに、もともと「除染作業」というのは、「除染すること」が目的であって、「作業すること」が目的ではない、ということをしっかりと理解していなければならない にもかかわらず、「作業すること」を第一義にしているから、作業する方も「作業して金を取る」が目的になって「除染作業」ということを忘れてしまう これを「本末転倒」ということなど、わたしだって理解できるのに、国家(政府だか環境省だか知らないけれど)は、一番大事な「除染した後の廃棄物の処分場」なんか決めもせずに、建設業JVに丸投げして、すべての責任を逃れようとしている だから、捨てるところもままならなくて作業している人たちは、工期に間に合わせるように、どこへでも捨てて、汚染水も垂れ流しで、早く仕事をしなければみんなが困るんだ、なんてわけのわからないこと言って、「除染作業」ではない「汚染作業」を正当化しているだけで、しかも、作業している人たちは「こんなことしてちゃあいけないんだよなぁ~」と思ってやっているから、なおさら「どうでもいい」ということになって、どんどん汚染作業が進んで行く、ということなんだよね~ 今、自民党の政権になって、景気が良くなるなんて浮かれているのは、政財界の金持ちと、無責任体制にぬくぬくしている官僚だけ、なんだということを、国民は早く理解しなければ、また借金し放題されて、公共工事という税金丸投げ体制に垂れ流しされて、無責任極まりない、本末転倒の仕事をされて、あとは知らないよ~ という国家的詐欺に引っかかるということなんですね 朝日新聞の報道に、政治家や官僚などの既得権益者 つまりは利権屋たちがどんな言い訳をするのか、見ものだよね~
2013年01月08日
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箱根駅伝は2日目の復路に入って、日体大がトップを維持して総合優勝したわけだけれど、中継を見ていたら、結構いろいろなドラマがあって、第4区(たぶん)で明治大学の選手がもうじき中継点というところで急に失速して、後続の2選手に抜かれてしまうという、残念極まりないことや、早稲田と帝京(?)のゴール直前100mのデッドヒートやら、みんな大したもんだね~ 選手全員で繋いで結果を出していくっていうことは、他の選手の調子の良しあしも自分たちでかぶらなきゃいけないっていう、太っ腹なところがなきゃダメだってことで、それがすごいよ~ わたしも今年の抱負は箱根駅伝の選手に見習って、「仲間と共に生き抜くことこそが豊かな人生を作る」おっと、これはわたしの場合はすでに実践しているか あっはっはまあそんなところで今年も平常心で邁進したいと思います
2013年01月03日
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箱根駅伝、面白いですね~ 往路優勝は日体大、なんと26年ぶりなんだとか しかも昨年は最下位だったというからマジでびっくり、大学対抗なのに20校しか出ていないのは、予選会で絞られてしまうからで、しかも、上位10校には「シード権」が与えられて、来年出場決定し、11位からは、また予選会から始めなくてはいけないとのことで、なんか、アスリートの世界って厳しいよね~ みんなでタスキを繋げていくわけだから、もし本調子でない選手がいたら、マジたまんないよね~ わたしなんかそのプレッシャーだけで、おかしくなっちゃうと思うよ だからあんまり団体行動に向いていないんだろうな~ でも、こういう勝敗がすべての競技って、ある面では残酷で、だけど、敗れても精いっぱいのタイムを打ち出しました って、美談のように言われるけれど、実況を夢中になって見ているくせに言うのもなんだけど、負けた人たちをなんでいちいち褒めちゃうのかなぁ~、新年早々、ふと、そんな思いに駆られちゃうけいちゃんでした
2013年01月02日
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2013年 明けましておめでとうございます。 皆様のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。 元旦 洛南醍醐寺 満開の桜
2013年01月01日
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