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グルックと言いますと、歌劇「オルフェオとエウリディーチェ」間奏曲〈精霊たちの踊り〉がとりわけ有名で、それ以外は知られていないと言う処でしょうか?オルフェオとエウリディーチェ(Orfeo ed Euridice)の序曲とコーラスが、YouTubeでアップされていますが、一聞の価値がありそうです。Christoph Gluck - Orphee et Eurydice (1774 version in French) - The Mourning of Eurydice序曲の後、ユーリディチェ(Eurydice)の死を悼むオルフェウス(Orpheus)のアリア、それに続く合唱コーラスはそのメロディを繰り返して、オルフェウス(Orpheus)の深い嘆きを象徴する設定は見事なものです。クリストフ・グルック(Christoph Willibald Gluck:1714年~1787年)はオーストリアとフランスで活躍したオペラの作曲家。現在では歌劇「オルフェオとエウリディーチェ(Orfeo ed Euridice)」によって、中でも間奏曲〈精霊たちの踊り〉によって良く知られている。グルックはオペラ音楽の改革者として活躍し、賛否両論が白熱したらしい。出演するスター歌手よりも作品が重視され、レチタティーヴォは劇的に構成され、演技に割り込まないようにするというのがグルックの考えであった。その結果生じた、より流麗で劇的な作曲様式は、リヒャルト・ワーグナーの楽劇の先駆と看做されている。35曲ほどの完成されたオペラと、いくつかのバレエ音楽と器楽曲がある。ベルリオーズはグルックの心酔者であり、重要な影響を受けている。
2009.08.05
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バイオリンの演奏を悪魔に教えられたとも噂されたパガニーニ、彼は又優秀なギタリストでもありましたので、良いギター曲も残されています。しかし、収納動画数が多いYouTubeでも、聴くことの出来る作品は極めて限られていて、ソロ演奏は下記のもの位の様です。Ana Vidovic - Grande Sonata de Paganini演奏するのはアナ・ビドビック(Ana Vidovic)、世界各国で演奏しているクロアチアの女性ギタリストです。ニコロ・パガニーニ(Nicolo Paganini, 1782年- 1840年)はイタリアのバイオリニスト、ビオラ奏者、ギタリスト、作曲家。パガニーニ自身が楽譜を一切外に公開しなかったことに加えて、死の直前に楽譜を殆ど焼却処分してしまった上、彼の死後に残っていた楽譜も遺族がほぼ売却したため楽譜が散逸してしまい、大部分の作品は廃絶してしまった。現在では24の無伴奏奇想曲や6曲のバイオリン協奏曲などが残されているが、現存している譜面は、彼の演奏を聴いた作曲家が譜面に書き起こしたものが殆どと言われている。 パガニーニは、1800~1805年には表立った活動をやめ、ギターの作品を数多く作曲しているが、フィレンツェの女性ギター奏者を愛人としていた為と言われている。
2009.07.29
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この音楽カセットは30年前に購入したもので、それまでガブリエーリと言う作曲家は知りませんでした。妙に静謐な感じのする音楽ですので、何か作業をする際のBGMには最適なものでした。日本では聴くチャンスも殆どありませんが、YouTubeでジョヴァンニ・ガブリエーリが聴けるのは嬉しいことで、アップされている数も相当数になっているのは驚きです。欧米ではファンも多いのだろうと推測されます。 Giovanni Gabrieli: Canzoneジョヴァンニ・ガブリエーリ(Giovanni Gabrieli)(1554~1612年)はイタリアの作曲家・オルガニスト、1586年からサン・マルコ大聖堂のオルガニストとして活動した。様々な楽器の音色を活かした色彩感と華麗さ、音の強弱、高低などのコントラストの強調、多層的な音楽空間の創出など、古典的な均整感はなくなり、滑らかな旋律の流れも分断されていることから、反古典主義的な音楽におけるマニエリスムであるとされる。当時最も影響力のあった音楽家であり、ヴェネツィア楽派の頂点に立ってルネサンス音楽からバロック音楽への過渡期を代表する存在となった。諸外国、とりわけドイツ語圏から留学生を受け入れ、分割合唱による作曲技法を国外に広めた。
2009.07.24
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我が家にはBeaux Arts Trioの音楽カセットがあるのですが、近頃はあまり聴きません。其処でYouTubeにて検索してみましたら、1964年収録の演奏がアップされていました。画像も音質も良くはありませんが、往時の演奏スタイルが覗えて却って良いかも知れません。Schubert - Piano Trio No. 1 in B-flat Major D898Yehudi Menuhin (violin)Hephzibah Menuhin (piano)Maurice Gendron (violoncello)ピアノ三重奏曲第1番作品99、D898は、シューベルト(Franz Schubert)の死後に出版されたため、「遺作」とされている。シューベルトはピアノ三重奏曲を4曲作曲しているが、その内の1曲(D28)は1812年に作曲、15歳であった。残る3曲は1827年ないし1828年に作曲され、シューベルトが30歳となってから作曲されたという。第1番は1827年に作曲され、当時は歌曲集「冬の旅」や3曲のピアノソナタ(第19、20、21番)が生み出された時期でもあった。初版譜は自筆譜が紛失し、シューベルトが亡くなったために出版が遅れ、1836年にウィーンのディアベッリ社から出版された。
2009.07.17
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フラメンコはやはり、歌、舞踊、ギターが混然としつつ総合したものに魅力があり、その意味ではYouTubeで動画を観賞するのが一番良さそうです。カンテ (Cante):歌、魂の奥底から響く深い声こそ、フラメンコの真髄といえる。バイレ (Baile):舞踊、足でリズムをとるサパテアード、手のブラッソはフラメンコの命。トケ (Toque):ギター、指先でフラメンコギターを叩いてリズムを取る奏法が特徴。パリージョ (palillos):利き手には高音、逆手には低音のカスタネットをつける。ハレオ (Jaleo):「オーレ!」、「ビエン!」などの掛け声が場を盛り上げる。パルマ (Palma):高い「セコ (seco)」と低い「バホ (bajo)」手拍子を使い分けて叩く。下記の動画、映像は鮮明さに欠けますが、代表的曲種のソレアレスとブレリアスが続けて楽しめるので、お勧めです。Angelita Vargas "soleares y bulerias"ソレア (Solea):soledad (孤独)が由来とされ、深みと威厳のある曲種。アレグリアス (Alegrias):alegre(喜び)という語源通りの明るく陽気な曲種。ブレリア (Buleria):burla(あざけり)が語源でテンポが速い曲種で、激しい曲調を持つ。フラメンコと言いますと舞踊(バイレ:Baile)が注目されますが、ギター(トケ:Toque)、カンテ(カンテ:Cante)、手拍子(パルマ:Palma)無くしては、魅力も半減することになりそうです。フラメンコ(フランドル地方の音楽)という語が、今日知られる意味でのフラメンコに対して用いられるようになった時期は、19世紀半ばのことである。フラメンコが演奏される場は、当初はプライベートな空間が中心であったが、19世紀後半にカフェ・カンタンテと呼ばれる定期的にフラメンコが上演される飲食店が出現し、フラメンコの普及を後押しするが、20世紀初頭には姿を消す。20世紀後半になるとタブラオと言う飲食店が出現し、フラメンコ上演の場の大きな部分を占め現在に至っているが、劇場公演ルもフラメンコ上演の重要な場となっていった。演じ手では、20世紀後半にギター、カンテ、舞踊の各分野で革新を行う人物が登場した。
2009.07.08
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アストゥリアスは、アルベニス(Isaac Albeniz)作曲「スペイン組曲」の5曲目、中でも最も印象的な楽曲の一つ。元来はピアノ曲だが、後にタレガによりギター曲として編曲され、以後ギター版が有名となった。「アストゥリアス(Asturias)」はスペイン北部の地名ですが、この曲自身は南部アンダルシア(Andalucia)地方のスペイン情緒を感じる曲で、副題は「レイエンダ(Leyenda:伝説)」、ロマンに溢れ繊細な名曲です。Asturias(Leyenda) by John Williams 演奏者はジョン・ウィリアムス(John Williams)、上記の画像は30年前で、今では髪も薄く白髪となりましたが、中庸のテンポで典雅に弾く姿は魅力的です。他の演奏も多くYouTubeにアップされていますが、技巧に任せてハイテンポで演奏する例が多く、不満です。
2009.07.03
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我が家にあるカセット、30年前にヒューストンで購入したものですが、近頃は聴かなくなりました。ルイジ・ボッケリーニ(1743-1805)はイタリアのルッカに生まれ、13歳でチェロ奏者としてデビューを果たし、その後ローマでも研鑽を積み、20歳前半には父とともにウィーンの宮廷に勤め高い評価を得る。1768年には演奏会の本場パリで成功を収めるなど、名声を極めるが、1769年スペインの宮廷に招かれドン・ルイス皇子付き奏者兼作曲家となり、マドリッドで後半生を送った。1785年ルイス皇子の死後不遇となり、晩年は失職し貧困と忘却の内にこの世を去った。YouTubeにも数多くアップされていますが、下記のものが良さそうです。Boccherini-Quintetto n. 4 G 448 Fandangoギター5重奏第4番の第4楽章は“ファンダンゴ”、ギターは勿論のことチェロも活躍しますが、カスタネットが入って、情熱的な音楽で熱く盛り上がっていきます。
2009.06.25
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マレーネ・ディートリッヒの「リリー・マルレーン(Lili Marleen)」を聴きました。彼女の持ち歌として知られていますが、一寸退廃的な彼女の歌い方は、この歌の解釈としてはベストとは思われません。YouTubeで検索してみますと、戦時に於ける健全な恋歌としての唄い方があることが分かります。 Lili Marlene by Marlene Dietrich第二次世界大戦下、ベオグラードのドイツ軍放送局から流れる歌に、多くのドイツ兵が耳を傾け故郷を懐かしんだと言われている。又、対峙するイギリス兵の間にも流行して、大きく広まった。日本ではハリウッド女優マレーネ・ディートリッヒの持ち歌として知られている。第二次世界大戦当時、ナチス政権下のドイツを離れ、アメリカの市民権を得ていたディートリヒは進んで連合軍兵士を慰問し、この歌を歌った。Vor der KaserneVor dem großen TorStand eine LaterneUnd steht sie noch davorSo woll'n wir uns da wieder seh'nBei der Laterne wollen wir steh'nWie einst Lili Marleen,Wie einst Lili Marleen.Unsere beide SchattenSah'n wie einer ausDaß wir so lieb uns hattenDas sah man gleich darausUnd alle Leute soll'n es seh'nWenn wir bei der Laterne steh'nWie einst Lili Marleen,Wie einst Lili Marleen.兵舎の前の大きな門の前に、街燈が立っていたそして未だ立っているだろう其処でまた君と会おうあの街燈の下で前のようにリリー・マルレーン以前のようにリリー・マルレーン二人の影は一つになって僕等が愛し合っていたことは皆にも分かった皆は見るだろう街燈の下に立つ僕達を前のようにリリー・マルレーン以前のようにリリー・マルレーン
2009.06.15
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BWV1027~1029はヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロの為のソナタとして知られていますが、ヴィオラ・ダ・ガンバをチェロに、チェンバロをピアノに置き換えたチェロソナタとして長く楽しんで来ました。ダイナミズムを発揮するには、チェロとチェロの方が断然良いのでしょうが・・「ヴィオラ・ダ・ガンバ(Viola da gamba)」はイタリア語で「脚のヴィオラ」の意味で、楽器を脚で支えることに由来する。ヴァイオリン属に比べると音量が小さいヴィオラ・ダ・ガンバは、劇場や野外での演奏には適さず、もっぱら宮廷や上流市民の家庭における室内楽、および教会音楽で用いられた。バロック音楽の古楽器演奏と指揮で知られる、コープマン(Ton Koopman)が チェンバロ(Cembalo:Harpsichord)を奏でている演奏がYouTubeでアップされていますが、静謐な感じがして良いものでした。Bach: Sonata for viola & harpsichord (BWV 1027)室内楽はダイナミックレンジを問うもので無いことが分かります。
2009.06.12
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1950年代の小中学校では、「おもちゃの交響曲」はハイドンの作品として教えられましたが、その後、天才モーツァルトの父レオポルト・モーツァルトの作曲だと言うことが定説となり、YouTubeでもその様にアップされています。Leopold Mozart - Toy Symphonyしかし、その定説も新たな発見で覆り、オーストリア・チロル地方の作曲家エトムント・アンゲラーの作品となった様です。おもちゃの交響曲(Toy Symphony)はオーストリア・チロル地方出身の神父エトムント・アンゲラー(Edmund Angerer)が1770年頃に作曲した三楽章からなる小交響曲である。「こどもの交響曲(Kindersymphonie)」とも呼ばれる。18世紀からもっぱらフランツ・ヨーゼフ・ハイドンの作品となっていたが、これは当初から嫌疑がかけられていた。次なる候補はハイドンの弟ミヒャエル・ハイドンであったが、これも確証が得られなかった。事態が大きく動き出したのは1951年、レオポルト・モーツァルトの作曲とされるカッサシオン(全7曲)が、バイエルン州立図書館から発見され、その一部が「おもちゃの交響曲」と同一であることが判明した。このニュースを、世界中の音楽ファンは納得をもって受け入れた。今日の音楽解説書では、レオポルトの作品ということが定着している。しかし1992年、オーストリアのチロル地方から驚くべきニュースが入ってきた。チロル地方シュタムス修道院の音楽蔵書の中から、写譜した「おもちゃの交響曲」の楽譜が発見されたのだ。其処には今日全く忘れ去られた作曲家エトムント・アンゲラーが1770年ころに作曲したと記されていたのだ。何れにせよ、小さな可愛い交響曲で、気軽に聴くには良い作品です。
2009.06.05
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この音楽カセットは、1980年代後半ニューヨークの「Sam Goody」の地下売り場で購入したものです。その頃は、米国出張が毎月と言い程あって、旅の徒然にカセット・プレーヤーで何度となく聴いたものでした。指揮:ブルーノ・ワルター (BRUNO WALTER)演奏:コロンビア交響楽団 (COLUMBIA SYMPHONY ORCHESTRA)曲目:ハイドン交響曲第88番「V字」&第100番「軍隊"MILITARY"」最晩年のワルターは、遅めのテンポで、堂々たる指揮ぶりは如何にも巨匠ならではと言う感じがします。我が家のCDはアーノンクール指揮のものですが、メリハリが効き過ぎて、ワルターには敵わないと思われます。ワルターの演奏は、近年の演奏スタイルとは遠く違いますが、一度は聴いておきたい名盤です。この演奏は、ソニーレーベルで1998年発売されています。商品情報発売日:19981021 /ソニーレーベル JAN 4988009230139 音源情報1961年3月YouTubeでは、88番「V字」をバーンスタインが1984年、ウィーンフィルを指揮した演奏が良さそうです。Leonard Bernstein conducting Haydn's Symphony n.88
2009.06.01
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ベートーベン自身が高い評価をしたピアノソナタ11番、我が家にはエミール・ギレリス演奏のCDがあり、好みの曲なのですが近頃聴きません。そんな状態ですので、面倒も無く、当代最高のピアニストとされるグリゴリー・ソコロフの演奏をYouTubeで聴くことが出来るのは楽しみです。Beethoven: Piano Sonata no. 11グリゴリー・ソコロフはロシア国籍のピアニスト、当代最高のピアニストの一人とみなすヨーロッパ人は少なくない。彼は40年前に16才の時 チャイコフスキーコンサートで優勝、若い頃は日本でもコンサートをしていましたが、最近は健康上の理由からか ヨーロッパ大陸を拠点にしており、コンサートをしないようです。
2009.05.23
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現在インターネットで話題になっているスーザン・ボイルをYouTubeで聴きました。田舎からぽっと出て来て、カラオケ・オーディション番組に出演した47才の小母さんがもの凄い歌唱力を披露しているのです。彼女は12才から歌い続けていると言うのですが、専門プロに師事しているか否かは定かでありませんが発声訓練は怠らなったのか、音程・歌唱力共に突出したものがありました。チャンスが無く才能が埋もれてしまっている例は、この世の中には数多くあるのだと実感せざるを得ませんでした。将に現代のシンデレラなのでしょうか! I Dreamed a Dream「夢やぶれて」日本語スーパー付きイギリスで4月11日放送のオーディション番組「Britain 's Got Talent 2009」に出場した47才女性が、突出した歌唱力で満場の 喝采を浴びた。唄ったのは「Les Miserable」から「I Dreamed a Dream(夢やぶれて)」ですが、会場での聴衆の熱気で聴こえない処もあります。
2009.05.16
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この歌は元来チェコ語で、ドボルザークはドイツ訳詩に曲を付けたらしいのですが、しっとりとした良い歌です。作曲 ドボルザーク訳詞 堀内 敬三母がわたしに この歌を教えてくれた 昔の日母は涙を浮かべていた今は私がこの歌を子どもに教える ときとなり私の目から 涙があふれ落ちる Dvorak - Songs My Mother Taught Meキルステン・フラグスタート(Kirsten Flagstad)が歌う英語訳詩は感動的です。彼女はノルウェーのオペラ歌手、20世紀前半に活躍した最高のソプラノの一人(特にワーグナーの楽劇において)と評価されているそうです。Songs my mother taught me,In the days long vanished;Seldom from her eyelidsWere the teardrops banishedNow I teach my childrenEach melodious measureoft the tears are flowingoft they flow from my mem'ry treasure
2009.05.10
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Gaudeamus igitur, juvenes dum sumus;Post jucundam juventutem, post molestam senectutem,nos habebit humus.喜び楽しもう、私達は若いのだから快適な青春が過ぎれば、直ぐに厄介な老年期が来て私達は大地に埋葬されるのだからCoro dell'Università degli Studi di Perugia49年前のこととなりますが、同級生の和田宏一君は次の様な歌詞を持って来ましたので、矢内原門近くの広場で、彼の指揮で同じクラスの有志で合唱したことも、遠き思い出となりました。いざや 我等の若き命を共に喜ばん 共に寿(ことほ)がん死は疾く来りて我等を招き土に返さん2番以降もあったのでしょうが、今では忘却の彼方となりました。和田君は後年コールアカデミーで活躍したので、この時既に入団していたのかも知れません。この曲は、1879 年ブラームスがドイツのオーデル河畔にあるブレスラウ大学から名誉博士の称号を授与された返礼として作曲した 「大学祝典序曲」の最後を飾る4曲目として採用されたことでも知られ、歌詞も青春時代の愉しさを謳歌する内容で、輝かしいフィナーレが築き上げられています。
2009.05.01
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ドイツ学生の愛唱歌と知られますが、元来はシュヴァーベン地方の民謡なのだそうです。YouTubeには幾つかアップロードされていますが、マレーネ・ディートリッヒのアンニュイに歌うのも魅了的です。Marlene Dietrich "Muss i’ Denn"Muss i' denn, muss i' dennZum Staedtele hinaus, Staedtele hinaus,Und du, mein Schatz, bleibst hier.Wenn i' komm, wenn i' komm,Wenn i' wiederum kommWiederum kommKehr i' ein, mein Schatz, bei dir.Kann i' auch net allweil bei dir sein,Han i' doch mein Freud' an dir.Wenn i' komm, wenn i' komm, Wenn I' wiederum komm,wiederum komm,Kehr i' ein, Mein Schatz bei dir.此処から僕は町へ出て行かなければならない町へ出て行かねばならないしかし、僕の大事な君はここに残るのだね?戻って来られたなら また戻って来られたなら恋人である君のそばへ私は帰って来るね!私には君のそばにいられることこそ喜び戻って来られたなら また戻って来られたなら私は宝物の君の側に帰って来るね!私がこの歌を習いましたのは中学校だったのか定かでないのですが、50年以上も記憶に残っている歌詞は全く違うのです友よ 行こう 広い原へランララ ランララ 日は麗(うら)ら静かな森よ 萌える若葉よ雲雀 ララ ランララ 囀(さえず)り我らを 喜び招くこの民謡は私にとって、未だに「別れの曲」でなく春の訪れを唄う「春の歌」なのです。インターネット検索しましても、この様な歌詞は見つからないので歴史の時間の中で淘汰されてしまいました。
2009.04.26
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1958年封切りのルイ・マル監督第2回作品「恋人たち」の主題曲として知られ、アンニュイ(怠惰)な雰囲気を絶妙に表現したとも言われています。夫に不満をもつ若き人妻が、ふと知り合った若者と情熱の一夜をすごし、夫も家も捨てて若者と共に去るのですが、その瞬間に「この恋は永く続かない」ことを予感させ、そんなアンニュイ的状況を女優のジャンヌ・モローが見事に表現していました。黒白ワイドの画面だったことも、心理表現には適切だったと記憶しています。Brahms: String Sextet op18重厚な響きを好んだブラームスは、古典派の巨匠に同様の曲種がなかったことから、若くして27才の時に第1番変ロ長調を作曲。2本ずつのヴィオラ・チェロの声部を使い、厚みのある響きや陰影豊かな叙情性を表現することに成功している。その後はNHK海外ドラマ「ダヴィンチの生涯」のテーマ曲になったこともあり、大天才レオナルドも陥った青春期の不安定さを暗示していた様な気がしていました。
2009.04.22
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1783年夏、モーツアルトは妻のコンスタンツェとともにザルツブルクの父と姉を訪れています。このザルツブルクに滞在中、かつての同僚で尊敬するヨーゼフ・ハイドンの弟でもあった、ミヒャエル・ハイドンは大司教のコロレドから二重奏曲を6曲つくるよう依頼されていました。しかし、ハイドンは4曲作ったところで病気になって果せなかったので、モーツァルトは友情から残りを引き受けて作曲したと言われています。K423、K424の二重奏曲は珍しい楽器構成ですのであまり演奏されることは無いようですが、渋い味わいがある曲です。「モーツアルト」で日本のモーツアルト好きを高揚させた小林秀雄氏は、この曲について次の様に言っています。「カルテット、クインテットに好きなものが多いな。変わったものじゃバイオリンとビオラの二重奏曲など好きだな。弦楽器と言うのは本当に人間的な感じが強いものだ。それに比べてピアノは機械的過ぎるんじゃないかな」Duo in G, K423 1st Mvt. by Grumiaux/PellicciaHigh Qualityモードにしたのですが、録音が古く、高音質は望むべくもありません。
2009.04.12
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「私は仕立屋カカドゥ(Ich bin der Schneider Kakadu)」はピアノ三重奏曲、主題と変奏曲からなる単一楽章の変則的な曲です。楽譜出版は晩年の1824年となっていますので、第10番となったのですが、作曲年代は1803年とされ、有名な「大公」「幽霊」トリオより7~8年前である様です。難聴が進行しつつあったのですが、その頃はピアノ演奏家として活躍していたこともあり、軽妙で洒脱な曲となっています。序奏のト短調のアダージョの部分は曲全体のバランスを崩す程の長さと重厚さを持ち、半終止した後ト長調でジングシュピールに非凡な才能を見せた若い有能な作曲家ヴェンツェル・ミュラーWenzel Müller(1767ー1835)のリート「私は仕立屋カカドゥ」の主題による10の変奏曲とロンドの主部に入る。Trio Fidelis play: Ten Variations on 'Ich bin der Schneider Kakadu' op. 121a19世紀初頭には、オペラ・広く唄われた歌等の人気のあるテーマ曲を使った変奏曲演奏が、音楽界を席巻したとのことですので、未だ巨匠ではなかったベートーヴェンも時流に乗ったのだと思われます。カカドゥー(Kakadu)はドイツ語で鸚鵡(オウム)鳥のことですが、名字になっている例があるのか確かめたことはありません。人気のあるテーマ曲を使った変奏曲は、ピアノ三重奏曲第4番Opus 11もその系統です。“街の歌”作曲家ジョセフ・ワイグルのオペラ“愛人マリネロ”の主題による変奏曲
2009.03.23
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この曲は好みの一つで、LPレコードはフィリップス(Philips)製、録音は1960年代だった記憶があります。Grumiaux Trioバイオリン(violine) Arthur Grumiauxヴィオラ(viola)Georges Janzerチェロ(violoncello)Eva CzakoこのLPレコードは、遠い昔に妻の実家に置いて来てしまいましたので、代替品としてズッカーマン(Zukerman)のLPレコードを1980年代に購入したのですが、グリュミオー盤の方が良かったと思っています。YouTubeに上記フィリップス盤がアップロードされていますので、お聴きください。K563 Mozart Divertimento in E flat movt 6この作品はモーツアルト研究家のアインシュタインが「嘗てこの世で聴くことの出来る、最も完全で、最も洗練された三重奏曲(p. 263)」と激賞したもので、全体構成は6楽章からなり、形式的にはディヴェルティメントなのですが、その内容は寧ろ弦楽四重奏曲に近い曲です。この作品はウィーンの富豪プフベルクの依頼により1788年9月ウィーンで作曲されたが、モーツァルトが何故三重奏の編成としたかは不明で、依頼者であるの要求に応じたのでは無いかと推測されている。彼はフリーメイスンに属していた同志で、経済的な危機を何度も救ってくれた感謝が込められていると言われている説もあります。
2009.03.10
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ピアノ三重奏曲第4番Opus 11は“町の歌(Gassenhauer:Street Song)”と呼ばれている作品で、古くからヤニグロ演奏のモノーラルLPレコードがあったこともあり、私のお気に入り曲の一つで、長い間よく聴きました。その第三楽章は作曲家ジョセフ・ワイグルのオペラ“愛人マリネロ”の主題による変奏曲形式の魅力ある作品です。“街の歌”は1797年に作曲・出版された作品で、元来はクラリネット、チェロ、ピアノの為の三重奏曲でしたが、クラリネット部をベートーベン自身のバイオリン演奏に替えて行われたのが好評でピアノ三重奏曲となりました。この作品は、有名な“大公トリオ Op. 97”“幽霊トリオ Op. 70-1”に隠れてしまい、それ程重要とされないのですが、当時の流行を取り入れた作品群の一つとして知られています。作品は3楽章構成となっていて、第1楽章Allegro con brio、第2楽章Adagio con espressione、第3楽章"L’Amor Marinero" Theme & 9 Variations、特に最後の変奏曲は天才的なカノン風に作曲されていますので、非常に明快で楽しく聴くことが出来ます。原曲のクラリネット・バージョンで何曲かYouTubeでアップロードされておりますので、その一つをお聴きください!Clarinet Trio Op. 11 3rd Movement "Theme & 9 Variations"なかなか、音質も良い様です!
2009.03.06
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モーツアルトの「フルートとハープの為の協奏曲(K. 299)」は楽しい曲と知られています。1960年代初頭に録音されたフランスのエラート盤は、B面にカップリングされたクラリネット協奏曲も良い演奏であったことから、長い間名盤の誉れの高いレコードでした。数学者であったジャン・フランソア・パイヤール(Jean-François Paillard)率いるジャン・フランソア・パイヤール室内楽団が、明快な演奏をしつつも出しゃばらず、ジャン・ピエール・ランパル(Jean-Pierre Rampal)のフルートとリリー・ラスキーヌ(Lily Laskine)のハープを引き立たせ役に徹しているからだと思われます。YouTubeにアップされていますので、お聴きください!Flute & Harp Concerto (K. 299) 3rd Movement - Rondo-Allegro
2009.02.28
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デニス・ブレイン(Dennis Brain)はイギリスのホルン奏者、車好きが災いして1957年8月、36才で交通事故により亡くなったが、卓越したフレンチ・ホルン奏者として知られ、多くの録音が残されています。我が家にも、「モーツアルト・ホルン協奏曲全集」、「デニス・ブレインの芸術」等があるのですが、何しろアナログLPレコードですので、残念ながら聴くことが出来ません。YouTubeで検索してみますと、死後50年以上も経っていて古いにも拘わらず、種々出てきますがそれ程多くはありません。その中で見つけましたモーツアルトのホルン協奏曲4番(K. 495)、画像は無く、演奏録音だけのアップでした。Mozart : Horn Concerto No. 3このCDジャケットは我が家のLPレコードと同じもので、演奏者は次の通りです。録音 1953年11月オーケストラ The Philharmonic Orchestra指揮 Herbert Von Karajanホルン Dennis Brain
2009.02.22
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YouTubeにアップされていますモーツアルトのピアノソナタ8番(K. 310)を聴き較べてみますと、同じ曲とは思えない程の違いを聴き分けることが出来ます。このピアノソナタ、1778年モーツアルト22才の作品で、若くして旅先地パリでの母親の死に直面したデーモン的想いが迸り出た作品で、「パリソナタ」とも呼ばれています。フランス風ソナタの影響を示し、後年のピアノソナタに比べ、深さと言うより嵐のように劇的な曲想が魅力です。リパッテイの演奏(1947年3月)グールドの演奏(1972年)比較してみますと、リパッテイの演奏はデーモン的想いを内に秘めて抑制したもので、作曲者の意図を再現させている気がします。一方、グールドの演奏は自己解釈を激烈にそのまま発散させ、デーモン的想いを前面に出したもので、Prestoで押し切り演奏時間は半分にしか過ぎません。
2009.01.22
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2009年1月10日(土)14:00開演東京オペラシティコンサートホール管弦楽の演奏あり、歌あり、ワルツ踊りありと、盛り沢山のニューイヤー・コンサートでした。メルバ・ラモスの声量は小さいかと思いましたら、絶唱すると30mを超える天井まで響き渡り、流石は鍛えられたプロ歌手の声量は物凄いものがありました。フォルクスオーパー・バレエは僅か6人でしたが、女性踊り手の背筋の伸びた姿勢の良さ、こうで無くては美しく見えないのだと改めて認識した次第です。メルバ・ラモス[ソプラノ]ウヴェ・タイマー[指揮]ウィーン・フォルクスオーパー・バレエプログラム:-ヨハン・シュトラウス:トリッチ・トラッチ・ポルカ/チック・タック・ポルカワルツ「南国のバラ」/ポルカ「観光列車」/チャールダーシュ~オペレッタ[こうもり]より-ヨハン & ヨゼフ・シュトラウス:「ピチカート・ポルカ」-カールマン:「踊りたい」~オペレッタ[チャールダーシュの女王] より等アンコール要求も数多く、プログラムには無かった定番「美しき青きドナウ」も披露され、最後は「ラデツキー行進曲」には聴衆の手拍子で応えてトリとなりました。其処までウィーンフィルのニューイヤー・コンサートを真似なくても良いのではと思いましたが、「ラデツキー行進曲」が演奏されるまでは拍手を止めないのですから仕方ありません。しかし結局、私達もそんな雰囲気につられて、「明るく軽く」楽しむことが出来ました!
2009.01.11
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アルテュール・グリュミオー(Arthur Grumiaux)とクララ・ハスキル(Clara Haskil)と言えば、モーツアルトのバイオリンソナタ集が名盤として知られています。グリュミオー独特の艶やかなバイオリンの美しさと端正さを、ハスキルのピアノが包み込んで、豊かな表現力が深い魅力を加えることになった素晴らしい演奏となっていました。グリュミオーは伝統のフランス・ベルギー派の血筋を正式に受け継いだとも言われる彼の音色は上品にして繊細、透明度が高いとされています。彼の上品な音色はベートーベン音楽には異質とも思われますが、ハスキルのピアノ伴奏が加わると一変、1957年モノラル録音の「スプリングソナタ」演奏がYouTubeでアップされていて、「春が来る喜び」を感じさせるもので、なかなか良い聴きものです。尤も「スプリングソナタ」がベートーベン音楽の中では異質の部類に入るのかも知れません。Grumiaux and Haskil Beethoven Sonata No.5 Spring この曲は、凍てつく冬の寒い時期に、来るべき春を想って、聴くのが最も良い様に思われます。
2009.01.09
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少女と死神の対話形で書かれた8行の詩を歌詞とした1817年の作品、シューベルトは僅か20才に過ぎません。死の不安に慄く少女に、死神は、死は恐ろしいもので無く安らかな憩いだと誘うのです。Christa Ludwig sings "Death and theMaiden", with Gerald Moore at the piano 1961年のBBC放送ですから、クリスタ・ルードヴィッヒも30才代前半、本当に若くてバリバリです!演奏に先立ち、ピアノ伴奏者ジェラルド・ムーアが、「死神は脅しではなく、真の安息である」と解説しているのも納得出来る気がします。死神は男性名詞、少女は女性名詞で無く中性名詞ですから、日本人には入り込み憎いニュアンスがあるのだろうと思われますが・・1824年に作られた弦楽四重奏曲第2楽章の変奏曲のテーマにこの曲が用いられています。緊迫の度合いは7年後のこの四重奏曲の方が勝っている様に思われます。Matthias Claudius(1740-1815) マティアス・クラウディウス作詞Das Maedchen: 乙女:Vorueber! ach, vorueber! 来ないで お願い!geh, wilder Knochenmann! 行ってしまって、野蛮な骸骨よ!Ich bin noch jung, geh, Lieber! 私は未だ若いの、行ってよ und ruehre mich nicht an, 私に触らないでund ruehre mich nicht an. どうか 触らないで頂戴!Der Tod: 死神:Gib deine Hand, du schoen und zart Gebild! 手をお出し 可愛い清き乙女よbin Freund und komme nicht zu strafen. 私は良き友で罰しに来たのでは無いSei gutes Muts! ich bin nicht wild, 安心なさい 乱暴はしないからsollst sanft in meinen Armen schlafen! 私の腕の中で静かにお休みなさい!
2008.12.20
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ゲーテの「ウィルヘルム・マイスターの修行時代」には「ミニオン」2首の詩があり、1首目の「ミニオン」は”君よ知るや南の国・・”と明るい詩ですが、2首目は以下の様に嘆き調となっています。バーバラ・ボニーの歌う「ミニオン(Mignon II)」はYoutubeにアップロードされていて、聴いてみる価値があります。Barbara Bonney sings 'Nur wer die Sehnsucht kennt'(Schubert/Goethe)Nur wer die Sehnsucht kennt, 憧れを知る者ぞWeiss, was ich leide! わが悩みを知っている!Allein und abgetrennt 全ての喜びから引き離されVon aller Freude, ただ独りSeh ich ans Firmament ぼんやり大空のNach jener Seite. 彼方を見やる。Ach! der mich liebt und kennt, あー! 私を知り愛した人はIst in der Weite. 遠くに離れてしまった。Es schwindelt mir, es brennt 眼が眩めいてMein Eingeweide. お腹の中は燃えるに熱い。 Nur wer die Sehnsucht kennt, 憧れを知る者ぞWeiss, was ich leide! わが悩みを知っている!1826年作曲とされ、死の2年前ですから、何か寂寥感が感じられてなりません。ベートーベン、チャイコフスキーもこの詩を歌曲にしていますが、やはり優れた詩情を汲み取ったのだと思います。通常Sehnsuchtは「憧れ」、「憧憬」と訳されますが、本来ならば「孤独」とか「疎外」感情を詩にした様ですが、天才ゲーテは「達せられない寂寥」を否定的でなく、少し明るさのある「憧れ」と言う肯定的な言葉に置き換えたのではないかと思っています。
2008.12.10
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12月5日はモーツアルト(Mozart)の命日にあたりますので、優れた作品を聴いてみたいと思いYouTubeで探してみました。1785年に作曲されたリート歌曲の初期作品である「スミレ(Das Veilchen:K.476)」が、相当数アップロードされていました。その中で、1955年のモノーラル録音で音質も良くないのですが、シュヴァルツコップ女史の気品のある歌唱法はお勧めです。Das Veilchen:K.476 Angel Labelソプラノ(Soprano):エリーザベト・シュヴァルツコップ(Elisabeth Schwarzkopf)ピアノ伴奏(Piano):ワルター・ギーゼキング(Walter Gieseking)ギーゼキング氏は新即物主義(Neue Sachlichkeit) 演奏を標榜しモーツアルトは得意分野と言われていましたから、絶品の伴奏と思われます。「スミレ」は、ゲーテの詩に作曲した唯一のリート歌曲ですが、詩の音楽的表現が見事に反映した優れた作品です。ゲーテはモーツアルトが作曲してくれたことを大いに喜んだと言われ、モーツアルトの天才を認めていた様です。Das Veilchen スミレEin Veilchen auf der Wiese stand, 牧場にスミレが咲いていましたGebueckt in sich und unbekannt; 身をかがめて人知れずにEs war ein herzigs Veilchen, いじらしい可憐な花でしたDa kam eine junge Schaeferin 羊飼いの少女がMit leichtem Schritt und munterm Sinn 軽い足取りで何の屈託も無くDaher, daher, 牧場にやって来てDie Wiese her, und sang. 綺麗な声で歌を唄いましたAch! Denkt das Veilchen, waer ich nur スミレはかりそめに思いますDie schoene Blume der Natur, 一番美しいすみれになりたいAch, nur ein kleines Wielchen, あの可愛い人のBis mich das Liebchen abgepflueckt 小さな手に摘まれてUnd an dem Busen matt gedrueckt! 胸に押しつけられ萎みたいAch nur, ach nur ほんのわずかEin Viertelstuendchen lang! 束の間でも良いからAch! aber ach! das Maedchen kam 少女はやって来ますが、しかしUnd nicht in acht das Veilchen nahm, スミレに全く気が付かずErtrat das arme Veilchen. 可哀相にも踏んでしまいますEs sank und starb und freut’ sich noch: スミレは倒れながらも喜びますUnd sterb ich denn, so sterb ich doch 私は死ぬ、そう私は死にますDurch sie, durch sie, やはり、やっぱりZuihren Fuessen doch. あの人の素足に踏まれてと言ってゲーテの詩はこれで終わるのですが、音楽的表現を強調する為、モーツアルトが文節を付け加えてしまったのです。Das arme Veilchen! 可哀そうなスミレよ!Es war ein! herzig's Veilchen! それは愛らしいスミレだった!現代なら作詞者から著作権の観点からクレームが出され、大きな裁判沙汰にでもなるのだろうが、18世紀ではそんな権利意識も無く、問題にはならなかった様です。文豪ゲーテの詩にも一寸した文節を付け加える自由奔放さ、これもモーツアルトの魅力なのかも知れません。
2008.12.05
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モーツァルトの子守唄(Wiegenlied)は、K. 350と言うケッヘル番号が付けられ広く親しまれて来ましたし、遠い昔、中学校でもその様に教えられた記憶があります。この曲は1796年ハンブルグの図書館で楽譜が発見され、これ程の美しい曲はモ-ツァルト以外には書ける筈が無いとの評判が立ち、それが定説になったと言うことらしいのですが、現在では別人の作品と言うことが判明しています。作曲 ベルンハルト・フリース(Bernhard Flies)作詞 フリードリッヒ・ゴッター(Friedrich Gotter)1. Schlafe, mein Prinzchen, schlaf einEs ruh'n Schäfchen und VögeleinGarten und Wiesen verstummtAuch nicht ein Bienchen mehr summtLuna mit silbernem ScheinGucket zum Fenster hereinSchlafe beim silbernem ScheinSchlafe, mein Prinzchen, schlaf einSchlaf ein, schlaf ein訳詞 堀内敬三1. ねむれよい子よ 庭や牧場に 鳥も羊も みんな眠れば 月は窓から 銀の光を そそぐこの夜 ねむれよい子よ ねむれやこの曲がYouTubeにアップされていて、ヘイリー・ウェステンラ(Hayley Westenra)の歌うドイツ語原語バージョンが良い様です。日本語バージョンもアップされていますが・・Mozart's Lullaby - Hayley Westenra (2005)ヘイリー・ウェステンラ(Hayley Westenra)は、1987年4月生まれで、ニュージーランドのクライストチャーチ市出身(アイルランド系)の歌手。2008年5月に日本でシングル「アメイジング・グレイス2008」をリリースした。これは2005年に白血病で亡くなった本田美奈子との仮想的なデュエットによるバージョンで、好評を博している様です。又、ヘイリーは最年少のユニセフ親善大使で、そのチャリティー活動は高く評価されているそうです。
2008.12.01
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この曲は極めて華麗な作風のソプラノ独唱の為のカンタータですが、小編成にもかかわらず多くのカンタータ曲の中でも華やかな曲の一つです。 ソプラノ独唱は高い音域を使い、高度な技術が必要なことから、ソプラノ歌手の重要なレパートリーとなっています。 とりわけソプラノのコロラトゥーラ独唱とトランペット独奏が活躍する「歓喜せよ」(Jauchzet)と言う歌詞で始まる第1曲のアリアは良く知られています。作曲はライプツィヒで1730年、初演も1730年9月とされていますが、ソプラノのコロラトゥーラ独唱は至難な技巧が要求されることから、ライプツィヒ以外の地、ドレスデンでは無いかと強く主張される説もあります。エディット・マティスのソプラノ独唱をお楽しみ下さい!1.AriaJauchzet Gott in allen Landen!Was der Himmel und die Weltan Geschoepfen in sich haelt,muessen dessen Ruhm erhoehen,und wir wollen unserm Gottgleichfalls jetzt ein Opfer bringen,dass er uns in Kreuz und Notallezeit hat beigestanden.Jauchzet Gott in allen Landen!1.アリア全地よ神に向かって歓呼せよ天と地の中にある被造物はすべて神の誉れを讃えよ。私たちも同じように神に供え物を捧げよう神は十字架と苦難の中で常に私たちのそばにいて下さるのです。全地ら神に向かって歓呼せよ。
2008.11.20
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バッハの世俗カンタータである結婚カンタータ(BWV 202)は、作曲年代も歌詞作者も明確には特定されておらず、おそらくはケーテンの宮廷楽長時代では無いかと推定されています。 冒頭の弦楽アルペジオ演奏からオーボエが奏でるメロディーは、冬の霧が晴れ上がる様を描いた美しいものとなっていますし、次いで「いまぞ去れ、悲しみの影よ(Weichet nur, betruebte Schatten)」と始まるソプラノ独唱は、春と青春を讃える曲となっています。エマ・カークビーのソプラノ独唱は絶品です。エマ・カークビー(Emma Kirkby)は、1949年生まれのイギリスのソプラノ歌手。オックスフォード大学で古典を学んだ後、英語教師として活動しつつ、合唱団のメンバーとして演奏活動を開始。その後1969年に、リュート奏者のアントニー・ルーリーらと共に、ルネサンス以降の音楽を専門とする「コンソート・オブ・ミュージック」を創設。端整で透明感ある独特な美声と、ノン・ヴィブラート唱法によって、「天使の声」と呼ばれて親しまれている。Weichet nur, betruebte Schatten,Frost und Winde, geht zur Ruh!Florens Lust Will der Brust Nichts als frohes Glueck verstatten, Denn sie traeget Blumen zu.Yield I say, ye brooding shadows, Frost and tempests, take your rest! Flora's mirth Will our breast Nought but merry joy now furnish, For she draws with flowers nigh.今よ去れ、悲しみの影よ霜と嵐は、休み給え花の神フローラの歓楽楽しき幸せは替え難く胸に溢れる花神が花々を咲かせて呉れるからYouTubeにアップされているLaudate Dominum(K. 339)もお聴きください!
2008.11.01
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1773年モーツアルト17才、初の6曲セット弦楽四重奏曲、イタリア旅行中にミラノで作曲されたことから、一般に「ミラノ四重奏曲」とも呼ばれています。 6曲とも3楽章のディヴェルティメント的構成で、テンポの指定には父親の影響が大きいと見られますが、緊張感あるメロディーは早くも父親を凌駕していると思われます。第5曲の緩・急・急(ロンド)と言う楽章構成は珍しく、充実したソナタ形式による緊張感のある作品に仕上げられています。 第1楽章はアンダンテ指定、先ず第2バイオリンが第1主題を奏し、第1バイオリンが呼応しつつ転調して行き、官能的な響きの第2主題を二つのバイオリンで奏する。展開部は第2主題と結尾部によっており、呈示部の優美さを保っている魅力ある作品です。演奏会等では、取り上げられる機会の殆ど無い作品ですので、CDで静かに聴くのが良いのかも知れません。ハーゲン4重奏団の演奏でお楽しみください!
2008.10.19
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昨日マチネー(昼興業)がありましたので、紀尾井ホールに行って来ました。音響効果が良い好きなホールでもあり、日曜日の午後を優雅に過ごせますので、尚更楽しみでもありました。曲目・演目: ドヴォルザーク:ピアノ5重奏曲イ長調 Op. 81シューベルト:ピアノ・ソナタ第4番イ短調 D. 537即興曲D. 899より 第1番ハ短調ピアノ5重奏曲イ長調 D. 667(鱒)シューベルトのピアノ・ソナタ4番以外は良く知られた曲で、我が家にもCDがあって時々聴いていますので、それ程の期待感も緊張感もありませんでしたし、まあまあの演奏だったと納得出来ました。イ短調 D. 537は初めて聴く作品で、20才に作曲した初期の作品にしては、私淑していたベートーベンを思わせる重厚な構成でありながら、シューベルトらしい旋律と和声の調和が心地良く聴こえて来ました。ルイサダ氏はショパン弾きと知られていますが、シューベルトD. 537もなかなかのもので聴き応えがありました。ロマン派が得意なのかも知れません。YouTubeにアップされているショパン曲の演奏はこちらです!モディリアーニ弦楽四重奏団は、パリ国立音楽院卒業のメンバーで2003年に結成されたばかりで、アンサンブルが良く、特に低音部のビオラ、チェロが良く響く様に思われました。実力はあるのでしょうが、未だ独自でメジャーな室内楽演奏会で客を惹き付ける魅力に達せず、メジャーなルイサダに支援されながら奮闘中の楽団の様です。
2008.10.13
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コーヒー豆の高騰も激しくなり、コーヒー好きには財布には応える事態となりました。朝食はパンに珈琲が基本、午後3時には「お茶の時刻」となるのですがこの際も珈琲店での注文が原則、夜にも睡眠に支障を来たさない様に午後9時前に「もう一杯」となります。近頃は、三越デパ地下にある「キーコーヒー(Key Coffee)」に行くことを少なくし、インターネットでの格安販売で知られる「ブルックス(Brooks)」のドリップバッグコーヒーを購入して自分で入れることが多くなりました。 Die Katze laesst das Mausen nicht,Die Jungfern bleiben Coffeeschwestern,Die Mutter liebt den Coffeebrauch,Die Grossmama trank solchen auch,Wer will nun auf die Toechter laestern!猫がネズミを嫌いになることがないように、未婚の娘達はコーヒーが好き、母親がコーヒーを愛飲すればおばあちゃんもそれを飲む。誰一人娘達に辞めさせることは出来ません!こんな内容を唄うカンタータ211番(BWV211)の3重唱をお聴きください!「Schweigt stille, plaudert nicht(そっと黙って、おしゃべりめさるな)」と言うカンタータは「Kaffee-Kantate(コーヒー・カンタータ)」とも呼ばれる風刺的なものです。やはり、古今東西を問わず、好きなものは止めにくい様です!
2008.07.05
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スメタナ4重奏団が演奏活動を終えて、19年となりました。このCDは、1989年にチェコで行われた「さよならコンサート」をライブ録音したもので、聴衆の熱気も伝わって来る感じがします。親愛なる日本の皆様へ私達は30年の長きに亘って、私達の祖国からお届け出来る数少ない一つである最も美しい音楽を奏でることが出来ました。美しい音楽は、皆を生き返らせ、魅了して止みません。音楽を奏でるには、物理的な技量を必要としますが、残念ながら、今の私達にはそれが残されておりません。どうか、私達の最後の演奏の音一つ一つが、私達の皆様への愛と友情の証として伝わります様にプラハにて 1990年11月17日スメタナ4重奏団 イルジー・ノヴァークルボミール・コステツキーミラン・シュカンアントニン・コホウト「さよならコンサート」の演奏曲目は、ハイドン最晩年の未完作品、スメタナ逝去直前の弦楽4重奏曲2番として、作曲家最後の作品にスメタナ4重奏団活動停止を準えて告別しています。最後の選定曲目は、作曲家最晩年の作品では無く、ドヴォルザークの壮年30才代の弦楽6重奏曲として、若手2人を加えて、彼等の音楽性を未来に繋ぐものとして聴衆に告げている様です。全ての活動分野で、引退とか告別とかは、なかなか難しい決断ですが、スメタナ4重奏団は潔いものがあり、須らくこの様にありたいものだと気が引き締まって来ます。
2008.06.27
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1980年にグールド自身がデビュー25周年を記念して、選曲をして創り上げた、バッハ演奏の履歴書となっています。 眠りを誘うとされた原曲を、強烈なパッションで眠気も覚めると評され、1955年衝撃のデビュー演奏とされたゴールドベルク変奏曲のアリアをトップに採用し、最後にはイギリス組曲の最終3曲を持って来た、この選曲集でイタリア協奏曲を何故選ばなかったのは何故かなどグールド自身の思いを、確かめつつ聴くには最適なCDでしょう。 グールド・ファンの必需品とも思われ、これを入門編として、各曲の全曲集に進んで行くのがお勧めです。このCDに収められているパルティータ第一番は、自分のWebサイトで紹介していますので、お聴き頂ければ幸いです。Bach Partita BWV 825 by Glenn Gould
2008.06.22
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アマゾン(Amazon.co.jp)の売り出しキャンペーンでクラシックCDを3枚購入しました。価格はおよそ30%値引きとなっていて、購入総額が1500円以上となりますと送料無料となります。因みに、このCD価格は1011円、定価1600円でしたから27%引きでしたが、再販制度に守られ通常値引き販売は無いと思っていましたので、得した気分となりました。早速、アマゾンのカスタマーレビューに下記の様に投稿しておきました。1991年録音のギドン・クレーメルのシューベルト・ソナチネ集は、2004年発売に際して24ビット・リマスタリング技術が施された所為か、バイオリンの木製の音色が感じられる極めて良い音質です。初期の作品とされるソナチネ3曲(D.384、D.385、D.408)は、家庭内にて仲間内で演奏する為の作品で、簡素な構成となっていますので、メロディも含めて親しみ易い作品でした。それでも「バイオリン伴奏付ピアノソナタ」の域と言う制約が感じられます。しかし、カップリングされているロンドD.895ロ短調は、単一楽章の小さな作品ですが、バイオリンとピアノが対等の立場になる2重奏曲となって、このCDの聴き処です。作曲された1826年は死の2年前、ベートーベンを尊敬し私淑していた時期で、作曲技巧・構成ともベートーベンに倣ってがっちりとしていますが、生き生きしたメロディを歌い上げるシューベルトの本質は生かされている優れた作品です。
2008.06.06
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九州・四国は梅雨入りとなったらしく、関東地方でも数日冷たい雨が降り、4月上旬の気温が続いています。こんな時は、ブラームスのバイオリン・ソナタ「雨の歌」を聴くのが良いかと、家にある手持ちの古い1975年製CDを取り出しました。しっとりとした情感をズーカーマン(Pinchas Zukerman)はしっかりと演奏していますし、バレンボイム(Daniel Barenboim)もアンサンブル第一を心掛けているのがとても良いと思われます。YouTubeではパールマン(Itzhak Perlman)とバレンボイムの演奏が動画でアップされていますが、パールマンの感情移入が強すぎて、我が家のズーカーマン演奏の方に軍配を上げたい。バイオリン・ソナタ第1番 ト長調 作品78「雨の歌」このバイオリン・ソナタの雨は、しっとりとした愁いのある雨と言える。この曲は1878年夏と1879年夏とを費やして、南オーストリアの風光明媚なぺルチャッハで作曲されました。牧歌的、田園的雰囲気の大変親しみやすい作品で、この作品には哀愁のある叙情性が底辺に流れており、その愁いを含んだ雰囲気は、46歳で独り身のブラームス自身の孤独な心境を描き出している。 この曲は「雨の歌」と呼ばれますが、それはブラームスの作品59の歌曲の中の第3曲「雨の歌(Regenlied)」の旋律から第3楽章の主題を導きだしているからで、この「雨の歌」の旋律は第1楽章や第2楽章の主題とも関連を持ち、全曲に「雨の歌」と共通した気分が流れます。曲は親しみやすい軽快な主題で始まる第1楽章、民謡風の旋律で始まり表情豊かな第2楽章、「雨の歌」の旋律を主題とした優美な第3楽章からなっている。
2008.05.30
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連休の初日と言うのに結構強く雨が降っていますので、室内で静かにピアノ曲を聴こうかと、「シューベルトのピアノソナタD.960」をYouTubeで検索しますと、ブレンデル演奏がアップされていましたので、拝聴しています。第1楽章モルト・モデラート(その1)第1楽章モルト・モデラート(その2)シューベルトの生涯最後のピアノソナタで、遺作とされていますが、静寂の中から始まる冒頭の旋律には、シューベルトが厳かな響きで心を開いている感じがして、背筋がしゃんとして来ます。歌曲王とされ、美しい旋律が無尽蔵に湧くともされたシューベルトは、生涯ベートーベンを尊敬して、その作曲法に近づこうとしたのですが、31才で夭折してしまいました。Schubertがこの遺作ピアノソナタを完成させたのは1828年9月、死の数週間前でベートーベンの死後僅か1年、そして出版されたのは更に10年後だったとのことです。このアナログレコードは、40年も前のこと、中野駅北口から近い古レコード屋「文化堂」の主人に名盤だと言われて、リフテル演奏のD.959、D.960をセットで購入し、以来長く愛聴していたのですが、残念ながら再生装置も無くなり今は押入れの奥に死蔵されてしまっています。作曲家が生涯の最後に身を削って創作した作品には、いずれも透明な美しさがあります。
2008.05.03
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今年2008年は、ヘルベルト・フォン・カラヤン生誕100年、NHKでも各種特集番組が組まれていました。1970年代にはクラシック音楽指揮者と言えば「カラヤン」と言うことになり、日本公演コンサートチケットを入手が難しいとされる程の人気でしたが、今となると「そんな過去の伝説の人になってしまう」とは、一寸感無量と言った感じがします。しかし、彼より少し先輩でグラーツ出身の指揮者カール・ベームも好きな指揮者の一人でしたが、近頃すっかり忘れ去られていますので、カラヤンの存在感の大きさは凄いものがあったのでしょう。往時は「カリスマ性と神秘性」で知られていましたが、YouTubeで検索・視聴してみますと、同郷の大先輩モーツアルト「戴冠ミサ曲(KV 317)」を、晩年バチカンで「カリスマ性」を捨て去り淡々と指揮している様子を見るのが、彼を思い遣る一番良い方法の様な気がします。Mozart: Coronation Mass-Gloria(1985年6月、聖ピエトロ大聖堂でウィーンフィルを指揮したもの)1954年に初来日以降11回日本を訪問していることもあって、日本でのカラヤンの人気は絶大で、クラシック音楽ファンに留まらず、その端正な立ち居振る舞い・顔付きからも広く一般に認知されていました。彼が1970年代に採用した「目を閉じる指揮法」は、カラヤンの「カリスマ性と神秘性」を大いに知らしめることになりました。演奏に集中するための暗譜であることを誇示するために目を閉じるようになったということでしたが、人目を気にするカラヤンの性格を端的に表す逸話ではある様です。
2008.04.11
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シューベルトの最高傑作ともされる「死と乙女」弦楽4重奏曲がYouTubeでアップロードされています。演奏はアルバンベルク4重奏団(The Alban Berg Quartet)、メリハリの利いた迫力のある演奏方法は人によっては好き嫌いもある様ですが、このアップロードされたDVDは音・映像共に出色の出来と思われます。特にシューベルトの歌曲(リート)「死と乙女(Der Tod und das Maedchen)」を主題とする変奏曲を奏でる第2楽章「アンダンテ・コン・モート(Andante con moto)」は素晴らしいの一言です。元来は病に伏す乙女と死神の対話を描いた作品をシューベルトが歌曲としたもので、乙女は死神に「去ってくれ」と懇願するが、死神は「お前を苦しめるために来たのでは無く、安息を与えに来たのだ」と語るのです。ドイツでは昔から「死は眠りの兄弟である」とよく言われており、ここでの死は苦痛で無く永遠の安息として描かれている様で、そんな葛藤が見事に再現されています。第2楽章その1-The Alban Berg Quartet 第2楽章その2-The Alban Berg Quartet ドイツ語の標題を見ていましたら、乙女は女性名詞(Die Maedchen ?)かと思っていましたが、未だ年若く(..chen)女性途上にあると言うことで、中性名詞(Das Maedchen)であることが分かりました。そんな風に、ドイツ語を見てみるのも久しぶりです!
2008.03.05
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ベートーベンの作品番号1はピアノトリオ3作品、出版されたのは1795年ウィーンですが、作曲・演奏されたのは2年前の1793年とされる説が有力です。その中でもピアノトリオOp. 1-3はハ短調の調性で、その後を暗示する激情的表現があり、緊迫感がある良い作品とされています。YouTubeで見つけたアイザック・スターンが演奏する動画、モノクロ画質・音質とも良好ではありませんが、歴史的演奏と考えれば楽しんで鑑賞することが出来ます。Isaac Stern - Allegro Con Brio - Beethoven2nd Movement: Menuetto; Quasi allegroバイオリン アイザック・スターンピアノ ユージン・イストミンチェロ レナード・ローズ米国CBCの聴衆を入れたスタジオでの実況演奏で、1965年6月23日放送の映像らしいのです。アイザック・スターンも未だ若く、迫力を込めて演奏する様子には驚きです。こんなビデオも無料となると、YouTubeはどんな収入を見込む経営戦略があるのか、と不思議に思ってしまいます。
2008.02.27
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「魔笛の主題による変奏曲」 はソル(Fernando Sor)の代表作で、 モーツァルトのオペラ 「魔笛」 第 1 幕の合唱曲を主題テーマとし、序奏に次いで、テーマと 5 つの変奏、 そしてコーダ (終結部) という構成で、 各変奏ではギターの様々なテクニックを披露する作品となっています。 元来あるべき序奏を、アンドレス・セゴビアが弾かなかったのは、地味な雰囲気を省いたと言うことでなく、実用的にSP レコード一枚では序奏まで収録することが出来なかったからだとも云われています。 Andrés Segovia plays Sor Op. 9 今はもっとシャープに弾く人が多く、セゴビアの弟子とされるウィリアムズ氏(John Williams)でもそうなのですが、このアップビデオでは、何と柔らかい響きでしょうか、所謂セゴビア・トーンを如実に堪能することが出来ます。このギター曲は、セゴビアに師事しセゴビア・トーンを受け継いだとされる阿部保夫氏が、1966年から「NHKギター教室」の講師を5期に渡り担当した際、教室のテーマ音楽として採用・演奏することで、広く知れ渡ることになりました。阿部保夫氏(1925年9月~1999年12月)略歴兄の影響からギターに興味を示し1938年より管ノ又信太郎に師事。1947年古賀ギター歌謡学院で講師を務めることとなる。1948年第一回全国ギターコンクールで一位。1953年イタリアへ留学しA・セゴビア、E・プジョールに師事する。1966年から「NHKギター教室」の講師を5期に渡り担当。1969年日本ギタリスト協会発足にともない初代委員長を務め多くのコンクール・コンサート等を開き、晩年に至るまで日本のギター界全体の発展に大きく貢献した。享年74。
2008.02.12
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本当に1905年に録音されたものか否かは知る由もありませんが、ベートーヴェンのエコセーズ WoO.83がYouTubeでアップロードされていました。Carl Reinecke plays Beethoven, Ecossaise in E flat Major YouTubeで他にアップされているPaul Badura-Skodaの演奏録音に比べて、ダイナミックさに欠け音質が痩せていて良くありませんが、それでも下記メモにある様に103年前の録音とは驚きです。Recorded by Carl Reinecke - 21 January 1905, Leipzig. Reinecke was a friend of Schumann, was helped in his career by Mendelssohn, knew Brahms as a young man, and probably heard Chopin play in Paris. それにしても、カール・ライネッケは偉大な作曲家、ピアノ演奏家、指揮者、教育者だった様です。カール・ライネッケ(Carl Heinrich Carsten Reinecke, 1824年6月23日 - 1910年3月10日)はクラシック音楽の作曲家、ピアノ演奏家、指揮者、教育者。1836年 12歳でピアニストとして初めて公開演奏。1843年 北欧に演奏旅行を行い、ライプツィヒでメンデルスゾーンやシューマンに師事。1846年 デンマーク宮廷ピアニスト。フランツ・リストの娘コジマのピアノ教師となる。1860年 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の楽長、音楽院の教授に就任。 ブラームスの「ドイツ・レクィエム」全曲版のライプツィヒにおける世界初演を指揮。門下生に、ブルッフ、グリーグ、ヤナーチェク、アルベニス、ワインガルトナーらがいる。エコセーズ(Ecossaise)は18世紀末から19世紀初めにかけてフランスとイングランドで特に流行したスコットランドのフォークダンス。 フランス語で「スコットランド風(舞曲)」の意味。ベートーヴェン、シューベルト、ショパンはいずれもピアノのためのエコセーズを作曲している。
2008.02.07
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グレン・グールド(Glenn Gould)のレコードを最初に購入したのは、タイトル「Bach Keyboard Concertos」となっているアナログ・レコードでした。鍵盤楽器(Keyboard)を、定番とされたハープシコード(Harpsichord)では無く、強弱の効くピアノでぶつぶつと言いながら楽しそうに演奏しているのが魅力で、何回も聴いたものでした。先日YouTubeを検索していましたら、そのレコードと同じ演奏録音と思われる画像がアップされていたのには、驚いてしまいました。確かにほんの一部には過ぎないのですが、これではDVD/CDの販売は低迷を極め、インターネットで無料視聴するか、有料ダウンロードが優勢となってしまうのは無理からぬことかも知れません。 Glenn Gould plays J.S.Bach Piano Concerto No.7 in G minor BWV1058一緒に演奏するのは、トロント交響楽団(The Toronto Symphony Orchestra)、指揮はVladimir Golschman、僅か4分弱の映像ですが、画像付きの懐かしい演奏を聴き入ってしまいました。グレン・グールドの紹介はこちらです
2008.01.25
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ベートーベンのスプリング・ソナタは大寒の時期に聴くのが相応しい気がしています。「凍てつく朝、暖かな太陽が春を予感させながら上って来る、春の到来も遠いことで無く、もう直ぐだ」との情感に溢れている気がするのです。13年前に亡くなった義母はこの曲がとりわけ好きで、「満州(中国東北部)の冬は厳しく、この曲を聴いて春を待ちわびたものだ。春になるのは素晴らしいことだった」と言うのが口癖でした。北国ロシアの春はそれ以上のものと思え、下記にアップされているダビッド・オイストラフの演奏はロシアでの初春の喜びを歌い挙げている気がしています。1962年録音らしいのですが、少し抑え気味のレフ・オボーリンのピアノ演奏に乗せて、オイストラフが遅めのテンポを取って豊かな情感に溢れています。David Oistrakh played Spring Sonata with Lev Oborin45年前の録音ですが録音もそれほど悪く無く、日本人に「バイオリンの巨人」として愛され、度々来日して名演奏を聴かしてくれました姿を偲ぶことの出来る演奏です。我が家にも、オイストラフとオボーリンの組み合わせによるアナログレコードはあるのですが、プレーヤーがありませんので、押入れの奥深くに死蔵されたままになっています。このYoutube演奏録音と同じなのか否かは分からないままですが・・・
2008.01.22
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クリスマスの音楽としては、「くるみ割り人形」を聴いてみるのが良いと思い、YouTubeを検索してみました。「くるみ割り人形」はクリスマスを題材にしたバレエ劇で、チャイコフスキーの作曲したバレエ音楽で、欧米では親子連れで観劇することで親しまれています。「くるみ割り人形」組曲は、そのバレエ音楽の中から、抜粋してコンサート用に組み替えたもので、気軽に聴けますのは楽しいことです。いろいろ見つかりましたが、小澤征爾指揮のコンサート版が最も良いようです。「くるみ割り人形」組曲(その1)「くるみ割り人形」組曲(その2)小澤征爾氏がボストン交響楽団の常任指揮者であった時代のボストン郊外「タングルウッド夏季野外コンサート」であるらしい。演奏楽団はボストンでなく、ベルリンフィルに来て貰っての客演指揮で、彼の頭髪も未だ白髪では無くゴマ塩ぐらいですので、10年程前のものかも知れません。何とまあ、情操細やかな指揮をするものだと感心してしまいましたし、古き良き日本の細やかな伝統が、彼の地ボストンで発揮されているのだと思わざるを得ませんでした。情報訂正の書き込みがありました。この映像は、ベルリン郊外のヴァルトビューネで行われるベルリン・フィル恒例の初夏コンサートの模様で、1993年に小沢征爾を迎えて行われた「ロシアン・ナイト」のものです。謹んでお礼申し上げます。
2007.12.25
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この曲は近年の研究によって、ロンドンの作曲家・オルガニストであったジェレマイア・クラーク(1674~1707)の作品であることが判明、イギリスの誇る大作曲家のヘンリー・パーセルが編曲した作品とされています。クラークの原曲はチェンバロ演奏用「デンマーク王子の行進曲(Prince of Denmark's March)」、ボランタリー(Voluntary)と言う曲種は元々教会の礼拝に伴うオルガン演奏だった様です。トランペット演奏は「天の声を奏でる」と言われました名手モーリス・アンドレ(Maurice Andre)です。1933年にフランス南部の鉱山町アレーズ生れの彼は、14才から19才まで炭鉱夫として働き、父親と共にアマチュアの楽団でトランペットを吹いて一日の疲れを癒していましたが、偶然に同郷のパリ音楽院のトランペット奏者に見いだされてから運命は一変しました。パリ音楽院を僅か1年にて一等賞で卒業、1955年ジュネーブ国際音楽コンクールで優勝、1963年ミュンヘン国際コンクールで優勝、全世界の檜舞台で活躍することとなりました。私のWebサイトにアップロードした47才での演奏は油が乗り切っていますYouTubeにアップロードされている54才でのライブ演奏、細かい指の動きがよく分かります
2007.12.21
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今年はモーツァルトイヤーではありませんので、12月5日の命日は昨年程の話題にはなりませんでした。命日に因んで彼の音楽を偲ぶには、最後で未完の作曲となる鎮魂ミサ曲(Requiem:K. 626)よりも、静かに「主を崇めよ(Laudate Dominum:K. 339)」を聴きたいものです。盛儀晩祷(ヴェスペレ:ハ長調 K. 339)は、モーツァルトがザルツブルク時代最後の年(1780年)にザルツブルクの教会のために書いた曲で、 翌年はコロレド大司教と決別してザルツブルクを去りウィーンに出て行ってしまいます。 「ヴェスペレ」は夕べの祈りの6曲からなる教会音楽で、「ラウダテ・ドミヌム(Laudate Dominum)」とは「主を崇めよ」と言う意味でその5番目の曲です。ソプラノ独唱の類い稀な響きの魔力と一切教会的なものに無頓着な表現と詩情溢れる曲で、その後シューベルト迄は比すべき曲が無いと言われています。YouTubeで探してみますと色々ありましたが、エマ・カークビー(Emma Kirkby)の独唱が一番良い様です。Emma Kirkby: Mozart's Laudate Dominumエマ・カークビー(Emma Kirkby)は、1949年生まれのイギリスのソプラノ歌手。オックスフォード大学で古典を学んだ後、英語教師として活動しつつ、合唱団のメンバーとして演奏活動を開始。その後1969年に、リュート奏者のアントニー・ルーリーらと共に、ルネサンス以降の音楽を専門とする「コンソート・オブ・ミュージック」を創設。端整で透明感ある独特な美声と、ノン・ヴィブラート唱法によって、「天使の声」と呼ばれて親しまれている。
2007.12.07
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