全21件 (21件中 1-21件目)
1
今日は、ここしばらく続いていたひどい症状がすこし和らぎ、10分くらいなら起きていられました。長く長く続く雲の切れ間から、ほんのちらっと、太陽が覗くようなかんじかな。でも、あっというまに、また雲がやってきて、世界がみえなくなる感じ。もうすこし、病気から、症状から逃げられる時間がほしい。一日中続く、薬もきかないひどい頭痛と鬱症状。眠っているとき以外はずっとつづく酷い吐き気。でも、今日はすこしでも楽になれる時間があった。とてもうれしい。今だ!と思った時間に、あわててなめことキャベツとニンジンのお味噌汁を作り、そのとなりのコンロで餃子を焼きました。焼きながら、今度はホームベーカリーにパンミックスとお水をセットしてパン作り(機械が作るだけだけど!)これで、簡単だけど晩ごはんと明日の朝のパンができた!!やりたいこと。いっぱいある。スーパーに買い物。車の運転。大好きな、毛糸のかばん作り。子供や、子供のお友達に髪ゴムの新作を作りたい。そのための布を選びに行きたい。床にワックスもかけたいし、ぎょうざも包みたい、ピザもつくりたい。外食もしたい。子供を幼稚園に送って行きたい。参観日にも行きたい。公園にも。病院に行く以外のことで、外出したい。以前は当たり前だった、いろんなこと。手をのばしてものばしても、とどかない。いつまで頑張ればいいのか。今日、すこし楽できたから、ゼイタクになっちゃったのかな、気持ちが。まったく元通りとはいわなくても、すこしでもよくなって、ひとつでもいいからできるようになりたい。できるようになるまで、なんとかやっていこう。いくしかない。
2006年11月29日
コメント(12)
先日、子供達が家で遊んでいたら、風船がタンスの上に乗っかってしまったらしい。私は寝込んでいて知らなかったのだが、子供達は椅子に乗ってみては届かず、本で落とそうとしても届かず、最後には、掃除機をひっぱり出してきて、椅子の上に乗って、吸い込ませようとしたらしい!ゴーンとすごい物音がしたので、母が見に行くと、息子はとっさに「掃除機なんか出してきて!」としかられると思ったのか、あわてて床に掃除機をかけるフリをしていたらしい。ゴーンと言う音は、どうやら掃除機をたんすにぶつけた音のようだ。母が「何してんの?」とたずねると「うん、掃除。」と息子。母は、心のなかで笑っていたが、「ふーん、そう。」と言って、また部屋を出て行ったそうだ。しばらくして、風船を手にもった2人が、大喜びで私のところへやってきた。「どうしたの?」と聞くと、「風船が、タンスの上に乗っかって、で、椅子にのぼっても取れなくって、本で落とそうとしても届かなくって、今度は掃除機をだしてきて吸い込ませようとしてん。でも掃除機が届かなくって。で、今度は椅子にのぼって、おふとん(の先をもったままもう片方の先)を風船のほうになげたら、それがひっかかって、風船がとれたの~!!はあ~、大変やったわあ~!」何とか自分たちで取れたのが、とても嬉しいようだ。私は寝てるわ、母はどちらかというとかなり放任のタイプなので、子供達は大人に頼らずいろいろ考えて、自分達なりに研究活動?に没頭できるみたい。そのうち何か壊されそうですが、放っておくのもなかなオモシロイですこれからも、兄妹で何をやらかしてくれるのか楽しみです
2006年11月24日
コメント(6)
先日より、ちょっと調子わるくて暗いめの日記でした。。気にかけてくださった方、ありがとうございました。今日の昼頃から、やっと1日半ぶりに食事がとれるくらいに回復しました!と言っても、寝転んだままの食事なのですんごい格好ですが^^ 子供にお行儀悪いよなんていえません!!でも寝たままスパゲティーのサラダ食べるのって、結構技術いるんですよ。まあそれを平気で出す私の母も、ナカナカな人ですが。寝たままの人に、スパサラ、揚げそば、コーヒー。。おまけにはじめは、お箸もなし。「お箸~」と言ったら、「ハハハ」と笑ってました。ちょっと嫌がらせに近いような気が!? 気のせいか?この数日、おトイレだけには起きて、ずっと寝てるのでちょっと腰痛い!それとつまらない事だけど、寝たままパソコンしてるんで、首のシワがちょっと気がかり。。でも今は、シワよりパソコンのが大事^^こんな状態ですが、いちおう今日は結婚9周年の記念日です!(パチパチパチ!)オットは覚えているだろうか。今日のことを。。9年前、ピチピチ??の私とオット(学生時代から課長のようなヒトだったらしい)は、ジャマイカとニューヨークへ新婚旅行。その後数年間、オットの父母さんがらみで喧嘩が絶えず。4年後、不妊治療の末に息子を授かり、5年後、立て続けに娘を授かり8年後、やっと息子が入園した矢先に私、白血病。その後続けて今の病気。そして2006年。記念日のプレゼントは、1年目・ネックレス 2年目・時計 3、4、5年目・確かミスタードー○ツ 6、7年目・確かなかったような。。 8年目(去年)は、無事、生還した記念でしょうか、またまたネックレス(ただし私の口座から落ちるカード払いであった。。)さて今年は。。?まあ、今年1年元気でいてくれたから、今日も元気で帰ってきてくれたらそれでいいかな!10周年も、家族みんなで笑って迎えられたらいいな。
2006年11月22日
コメント(5)
ここ最近天気の悪い日が続き、「11月18日の日記」の状態がずっと続いている。トイレ以外はほとんど寝ているようにしているのに、それでも症状がおさまらない。この病気(脳脊髄液減少症、別名 低髄液圧症候群)のひとは大体雨のときはアウトで(気圧が低くなることにより、硬膜外腔?の容積が広がったのと同じような状態になるらしく、それにより脳脊髄髄液が少ないような状態が再現され、症状がでてくるらしい)→シロウトなので説明まちがってるかも。。普段、何気なく生活していて全く意識していなくても、脳脊髄液というのは、頭の中で脳を浮かばせているなど大切な役割をしているみたい。人間の体ってすごい。何が多くても、何が少なくても、差し障りがでる。19時から、モウロウとしてたけど、子供に教えてもらって大好きなスケート(見るの専門)のエキシビジョンの番組は見れた。最近のミキティーはすごい。自信に満ち溢れていて、トリノのときとはまるで別人のよう。今日の演技も素晴らしかった。「スケートが大好き!!楽しい!」「生きてるんだゾ~!」と体ぜんたいで表現している。涙がでてきて止まらなかった。曲の「I believe」がぴったりはまる。彼女の演技をみて、体は寝たままでも、ココロは元気になれた!明日はいい天気になるといいな。
2006年11月20日
コメント(3)
今日は朝から天気が悪い。そうなると私の体調も悪い。気圧の関係で、天気が悪い時は脳脊髄液が漏れやすい状態になり、脳が下垂するといわれている。朝トイレに起きてからずっと立ち上がれない。症状が酷く、今まで睡眠薬で意識をとばしていた。あまりそうやって逃げたくはないのだが、症状を我慢するのにも限界がある。脳神経科学会で、ようやくこの病気のことについてまとまった見解が作られはじめることが決まったらしい。できるだけ、早く研究をすすめてほしいと思う。医師には、もう3回入院治療したのに余り効果がないので今年はこのまま様子をみるよう言われている。わかっている。そうするしか仕方ないと。でも今日のようにあまりにきつい日は、落ち込む。でも今こうやって字をうつと、少し頭の中が整理されてくるような気がしてくるちょっと気が楽になる。字を打つのはいいことだなあと思う。こうして書きながら、なにか吐き出しているのかな(読んでしまった方のほうが迷惑かな、ごめんなさい!)でも仰向けだから、ペンで字は書きにくいけど、パソコンなら楽に打てる。ほんと便利で感謝。さっきから子供達がずっと私の周りで遊んでいる。音がうるさくて頭に響いていらいらしていたが、こうやってたら少し気にならなくなってきた子供がうるさかったんじゃなくて、私がいらいらしてただけだったんだ朝よりちょっと進歩したかな今日、これからでもいい一日になったらいい
2006年11月18日
コメント(3)
今日は、久しぶりにたくさんたくさん笑った一日でした。子供が園に行っている間、息子のクラスのお母さん方6人が遊びにきてくれました。昨年入院していた時から、色々と持って病院に駆けつけてくれたり、メールで励ましてくれたり、退院後も時々ランチをしに集まったりしている、私にとって、かけがえのないお友達です。確か、「無菌室にこんなにたくさんの方に入ってもらったらこまります!!」とナースに怒られたこともあったなあ。下の子を連れてきてくれたお母さんもいて、私がしばらくご無沙汰している間、生まれて数ヶ月の赤ちゃんだった子供たちがスタスタ歩くようになっていて。。赤ちゃんの成長の早さと、自分が家に寝ているようになった時間の長さがリンク?して不思議な気分になりました。私があまり動けないからと、一人はパステルのプリンを買ってきてくれ、一人は我が家にお寿司の出前が届くように手配してくれ、一人は洗い物がでると大変だからと紙コップや紙皿、お箸にお惣菜を買って、私が何もしなくていいように、気を遣ってくれていました。こんなにお手間をかけてしまうのに、きてくれてありがとう。いつも、子供達が園に行っている間、一人で寝転んでパソコンを太ももに乗せて見ている毎日とはうって変わって、家の中がとても明るく、にぎやかになりました!普段の子供達の園での様子を聞いたり、もうすぐ小学生だねと話したり。同じ歳の子を持つ母たちの、一日一日は大変でもあり、楽しくもあり・・あっという間に、お迎えの時間になってしまいました。うわあ~遅れるたいへん!と、嵐のような速さで皆、園のお迎えに走っていってしまいました。(ちなみにウチの子は母がお迎えに。。)急に、いつもの静かな部屋に戻りました。でも、さっきまでの楽しさを思い出して、自然と笑顔になってしまいました。しばらくして、母が娘と息子を連れて、帰ってきました。娘は、今日遠足の日で、母と一緒に行ってきました。どんぐりを袋いっぱいに山ほどとってきて、ニコニコしています。明日、さっきもらったプリンの空きカップを使って、マラカスでもつくろうね!
2006年11月16日
コメント(9)
今から書くことには人それぞれ色んな考えがあるとは思うが、自分の場合について書こうと思う。昨年白血病治療の入院中、遠方に住んでいる幼なじみがわざわざ新幹線に乗ってお見舞いにきてくれた。とにかく、私のためにわざわざ来てくれたことがとてもうれしかった。ただちょっと気になったことがあった。以前は、ちょっとしたことがあると愚痴を言ったりもするような、ごく普通の子だったのだが、なんだか今までになく?生き生きはつらつとしている。アラアラ恋でもしたのかしらん!と思っていたが、違っていた。「信仰」を、見つけたらしい。そして、無菌室で抗がん剤治療を始めたせいかしんどいけれど、せっかくきてくれたのだし話もしたいと思って聞いていると、要するに、その「信仰」を私にすすめているみたいなのだ。病気が治るわけではない(ここは強調していた)が、信仰や、念仏を唱えることによって、これから続くだろう辛い治療が少しでも楽になるという話だった。彼女の帰った後、私は1時間以上話を聞いた疲れからか薬の副作用からか、高熱が出た。まだ治療が急に始まったばかりなところにこのような話も聞き、少し頭の中が混乱した。翌日も、私の好物を持ってわざわざ来てくれたのだが、話のメインは、その内容だった。ちなみに私はビニールに覆われたベッドで寝たきりなので、もういいよと思っても、逃げ場がなかった。本当は、病気とかとはぜんぜん関係ない、学生時代の話なんかで盛り上がって、今の自分の状況を忘れたい、気分だけでも、楽しいことでいっぱいだった頃に戻りたかったのだけど。。自分が信じている、すばらしいものだから、今困っているだろう私にすすめたい一心だったとは思う。でも、肝心の私自身が、そう思えない。何かにすがれば、もしかしたら楽になれるかもしれないのに、そうできない自分を相変わらず不器用だな。。と思う。同じような病気にかかって、何か祈ってもらっている年配の方数人を、無菌室からでる機会があるときに、見かけた。私もやってもらったらこの状態から少し変われるのかなと思いつつ、どうしてもできない自分がいる。結局その後もメールなどでもすすめられたりしたのだが、やはり納得してもいないのに受け入れられないし、とりあえずやりますとウソもつきたくない、第一そんなこと考える余裕がないほど色んな症状がでてきたので、お断りさせてもらった。「初めての治療で、何が起こるかわからないけど、どれだけしんどいかわからないけど、耐えられないかもしれないけど、ほんとに耐えられないのかどうか、自分で試してみるわ。ははは、相変わらず頭悪いかも知れんけど、私^^」それでもまだすすめてくるので、「悪いけれど、今は、○○ちゃんも仕事をもって一人で生活してる訳やし、まずはお互い自分の生活のことだけ考えよう。ありがたいけど、お気持ちだけ。」と言った。正直な所、今のこの状態の私にここまで言わさないでくれえ~と感じていた。約7ヶ月の治療がなんとか終わり、今もまだ家族に助けてもらっている状態にある中で、こう思うようになった。「私は、オットはじめ子供たち、父母などの家族や周りの友人、支えてくれてる人たちがいてくれれば、いまはじゅうぶんやっていける。」治療前、彼女には「信仰に頼らず自分で。。。」と言ったが、そうではなくて、周りのみんなのおかげでなんとかやっていけるのだと、病気をしてみて、心からそう思った。つい先日、その彼女がメールをくれた。「仕事で色々あって大変だけど、頑張ってるよ。(中略)○○○に入って教えを頂いてなかったら、今頃不平不満で一杯かもしれないと思うとありがたいね。。」といった内容だった。確かに、彼女は今、シアワセな気持ちですごせているようだ。私はどうだろう。以前は、オットがちょっと子育てを手伝ってくれないだけで文句言ってたような気がする。(単純だから、寝たらすっかり忘れてたけど!)今は。。大げさかもしれないけど、皆が笑ってくれているだけで、園や会社から家に元気に帰ってくれているだけで話をしたり聞いたりできるだけでシアワセ。人間だから、ちょっとしたことでムカっとくることもあるけれど、そうことにあまり長くこだわらず、さっと頭を切り替えるのが少し上手になった気がする。私は、昨年エライ目にあったとなあ~と思ってはいたけれど、病気と、家族、友人から、とても大切なものをもらった気がしている。あたりまえの日常を、シアワセに思える気持ち。何をきっかけにして、どんな風に思うようになるか、何を大切におもうかは人それぞれと思う。長い時間かけて、ゆっくり、楽しみながら、悩みながら、自分で探していくものじゃあないかなと思う。そして、私がかかった病気もふくめそれ以外の病気やいろんな事柄で苦しんでいる人たちが、少しでも、元気になれるように、祈りたい。
2006年11月15日
コメント(0)
今日は外来受診の日でした。出かける用意をして、オット(半日休ませちゃった!)に車乗せてもらって、病院の椅子にかけて順番を待っていた。が、私の立っていられる制限時間、30分を余裕で過ぎてしまった。耐えられず、かっこ悪いけど椅子を2つ分使って、横になる。周りの方の目が釘付け。。周りはご年配の方ばかり。2つも椅子使ってすみません!と心の中で言う。やっと呼ばれた。横にならせてもらったままで診察。採血もベッドでしてくれました。助かりまーす。(が、事情を知らないナースが「あのベッドで寝てる女の人ナニ?ん?採血?時間かかるの?点滴の人の順番がまわらなくてこまるんやけど。。」と言う。あの~、、丸聞こえなんですけど。。)ところで前回の、白血病の遺伝子検査。今回も陰性でした!ちょっと、ほっとしました。できたら、この状態が長く続いてもらいたい。。。ただ、この検査、実費で4万くらいかかるのです~プラス、再発治療薬が、2週間分で2万以上かかるノダ(3割負担なのに)病気になるよりはいいとわかってるものの、やはり実際問題、負担ですね。欲をいえば、今困っている脳脊髄液減少症のほうも、もう少し改善して、半日くらい、いや2時間でも立てるようになりたい。でも、今年はもう入院、治療3回したけどあまり効果なくて、こないだ先生に「今年いっぱいはこのままなんとかやってください、4回目しても改善するかわからないから」といわれた。んじゃ、今年は立てるの30分くらいのままってことですね。。わかりました。じゃ、なんとかやりまーす。悪いけど、子供達、オットさん、母さん、まだしばらくヘルプよろしく。帰宅してからほとんど意識不明。。ぐったりしてたけどやっと少し動けるように。ヘルプに来てくれてた母も、もう帰ってた!知らなかった。。子供の食事が遅くなっちゃった。ごめんよー。と、思ったら、母の作って帰ったきのこご飯を勝手に食べてくれていた。助かりました。まだしばらく「おかあさん」できないけど、よろしくね。
2006年11月14日
コメント(4)
今日のお昼は、おうちでたこ焼きを焼きました。と言っても私一人で用意ができないので、母と子供たちに手伝ってもらいました。お粉も、めんどくさいので市販のたこ焼き粉に、ちょっとすりゴマをまぜました。いつも、具はタコだけなのですが、最近飽きてきたので、何種類かの具を用意することに。で、 チーズのきざんだの キムチのきざんだの 紅しょうが おねぎ いつものタコ で作ってみました。たこ焼き器にひく油も、ごま油にしてみました!で、いざ焼き焼き開始! 子供達も、色んな具をいれて楽しそうにしています。焼くときには、ま~るくま~るく出来上がるように、竹串で少しずつ少しずつ回転させながら焼くのですが、子供達もだいぶ上手にできるようになりました^^自分で回転させながら焼いたものには愛着がわくらしく、「これはじぶんでたべるから!!」と言って、あわてて自分のお皿に入れていました。中濃ソースと、マヨネーズ、青のりをふって出来上がり!(おだしで頂く時もありますが)ん~おいし!タコだけのときと違ってとても新鮮でした!チーズはとろっとしていいし、キムチもピリッとして刺激的。子供達も喜ぶし、たまにはみんなで作るのもいいですね。よろしかったら、お試しあれ!また、こんな具、食べ方おすすめ!てのがあれば教えてもらえたらうれしいです
2006年11月13日
コメント(3)
先日、年少の娘の担任の先生とお話しする機会があった。 普段、園の送迎や親たちでの活動にも参加できないこと、代役で出席している母が結構天然・・ な所があり、ご迷惑おかけしているであろうことをお詫びした。 私の母は70歳近いのだが、園のお母さん方の活動に出席しても、 「イヤーン、私できなあいぃ」等と発言したりして、 「なんだか少女のような可愛らしいおばあさまですね。」 とイヤミ?を言われたこともあるようなキャラの持ち主である。 まあこの性格で助かることも多いんですけどね! ところで娘の話である。 先生に「マミはどうでしょうか。。」と尋ねると、 「生まれ月が早いだけあって、発達もはやくて周りの様子もとてもよくみていますし、とにかく しっかりされています。」 「ただ、何でも自分でやってしまおうと頑張りすぎている所があって、年相応に無理を言ったり 甘えたりしないので・・おうちでは、マミちゃんのお話をゆっくり聞いてあげたり甘えさせてあ げて、ゆっくりと過ごすようにしてくださいね。」 このお話を聞き、私、反省。。 確かに、頼まなくてもやってくれるものだから、なんでも任せていた。 朝は園へ行く準備すべて、まったりと準備の遅い兄をせかし、私に氷枕にタオル、お茶を持って きて、帰宅後はご飯を自分で入れて運び、洗濯物をたたんでたんすにしまい、消し忘れた電気を アラアラといって消しに走り。。 これじゃあ、主婦。。 多少はお願いするとして、年少児なりに楽しく生活させてあげなければ。 そういえば、最近家事疲れのせいか、娘は夕食中にもかかわらず、食べかけのご飯茶碗に顔をつ っこんだまま、熟睡してしまう日がよくあった。 園と家事の両立に疲れていたのか。。 ごめんよ。マミ。母さん、気をつけるわね!
2006年11月12日
コメント(4)
昨晩、私が寝転んでいるところへ息子がやってきた。手に、1冊の本と輪ゴム1本を持ってハリキッテいる。「お母さん。まず、この輪ゴムを左手の人差し指と中指にかけて。」 ハイハイその位ならお安い御用です。「それから、その手をグーにして、で、パッとひらいてみて!」 はいよ。じゃ、開くよ。 当然ながら、輪ゴムはさっきかけた指にかかったまま。えっ、なんですかあ?「あれえ、おかしいなあ。。輪ゴムが引越しするはずなのに。絶対おかしい!!」 何のことだかわからない。 どうやら、幼稚園児向け雑誌に載っている何かを試そうとしているようだ。 いったい何がしたいのだろうと思い、本をチラッと覗いてみる。わかったぞ、息子よ!キミは手品をするのに「たねあかし」をとばしているのだよ!! 本にはこうかいてあった。 1・まずお客に手の甲のほうを向け 2・手を開き、人差し指と中指にゴムをかけ 3・お客に見えないようにもう一方の手でゴムを引っ張り、その引っ張ったゴムの間に、 親指以外の4本の指をいれる(ここがポイント) 4・ハイッ!! 手を開きます。 なんと、輪ゴムは薬指と小指のほうへお引越し!! (よかったら、おためしくださいマセ!)園児向けにしては結構難易度高いなあ、と思いつつ、息子に披露してみた。「わあーーすごいすごい!」 と大絶賛。この技をモノにするため、息子は練習をはじめた。しかしまだ「手品」というものが何たるかわからず、お客さんに見えないように引っ張る(上記3番)というトコロに全く頭が回っていない。ようするに、丸見えなんです。。しかし、本人はすっかりその気になって手品師気分。ああぁ~眠くなってきた。ウトウトしていたらまた息子がやってきた。今度は、ナニ? 自信満々で、画用紙で作った、チョビヒゲと蝶ネクタイを服に貼り付けて登場。しばらく、彼の中で手品ブームが続きそうな予感。。。
2006年11月11日
コメント(2)
少し前、オットが言った。「ああぁ、久々にお母さん(私のこと)のつくったカレー食べたいなあ。おいしいもんなあ。」それを聞いて心の中で思った。(ああぁ、お母さん、か。。新婚のときは確か奥さん!って呼んでくれてたなあ。もう私達男女じゃなくって、家族なんだよね。わたしゃ、おかあさんなんよね。でも見た目も完全そーなってるわね。。仕方ないわねえ。)→そう言わせない努力はする気がないと、オットの言葉には返事もせず、感傷にふけっていた。オットは、私が返事をしないので、「まだしんどいからむりよな。」と言い、カレーはあきらめたようだ。私が全く違うこと考えてるとは、つゆしらず。。いい人だ。ところが最近、たくさんのジャガイモを頂き、そう言ってたことを思い出した。確か食べたいって言ってたな!それに自分でいうのもなんだけどオイシイんだよね。作りたい。朝、主人に背中をさすってもらい、なんとか起きてみた。お、いい感触。これなら1時間くらいはもつか?一発奮起して朝ごはんも食べずカレーを作り出した。自分自身に、制限時間があるのわかってるから、することが早い早い。久しぶりにたまねぎを切ると、涙が出てきた。そうそう、この痛さ。なつかしい~。元気なころはこうやって毎日料理してたな。こんな痛ささえ、うれしい。うちのカレーはカットトマトの缶を半分入れるのと、インド出張の人にもらうナゾのカレーパウダーと、蜂蜜、しょうゆがかくし味。あっという間にできあがった。味見をしたらこれがまたおいしいっつ!!元気なころにいっぱい作ってたこの味。もっと何回も作れるようになりたい。今日は、早く帰ってきたらいいな!案の定、出来上がった後疲れ果て、今まで寝込んでました。でも、カレーがつくれて嬉しい!
2006年11月10日
コメント(4)
皆様、こんばんは。今日は、いつもより体調が悪く、寝続けていた。つい少し前、ヤットコ起きれた。とりあえず、体慣らしにパソコン。少しずつ正気にもどってきた。トイレに行って気づいた。実は、寝ている間もずーーーっと無意識にお○っこを我慢していたのだということを。。かなり、多量でした(変なハナシですみません)今から私の一日?がはじまる。でも、おおよそあと4時間。一日短いな。。子供がミリオネアーを見ながら、私に早くごはんしてよ!!という。そりゃそうだよね。もう夕ご飯たべたいよね。当然だわね。よし、思い切って立ち上がるぞ!!
2006年11月09日
コメント(0)
我が家では、私が朝から体調が悪いため、オット→娘→息子→だいぶたってから私の順に起床す る。 詳しく書くと、私は目覚めてはいるのだか、起き上がることができず、オットが枕元に薬と水分 補給のボトルを持ってきて、薬が効いた頃にヤットコ起き上がるのだ。 寝転びながらも、家族の動きは全部把握している。(みんな気づいてないが) しかし、実際には父子家庭の朝の風景だ。 オットがパンを焼きコーヒーを淹れ牛乳を取り出しチーズも出して一人で朝食をとる。新聞を 見ながら。 しばらくして娘がそこに走っていき、仕方なくオットは娘のパンを焼く。娘が息子を起こしに行 くので、仕方なく息子は起きる。 その後は、夜帰るのが遅いオットにとっての、子供とのふれあいタイム。3人でワアワア騒いで 盛り上がっている。盛り上がりすぎて、マンションの下の階にひびいてないか心配だ。 年少の娘は、気持ちがいいくらい、用意が早い。 着替え→パジャマをたたむ→朝食→お皿のかたづけ→歯磨き→園バッグと帽子を玄関に並べ→園 のスモックを着て→私のところに髪を結んでといって髪ゴムとブラシを持ってくる。 寝ていてもその様子が音でわかり、ああ、なんと手のかからない娘よ。。と嬉しくなる。 一方息子は。。 だらだら起きる→娘に促され着替え→そのまままったり→オットにパジャマを たためと怒られる→パンを食べるのが遅い(雰囲気が伝わってきて寝ている私もいらいらしてく る)→園バッグ等は用意しない 朝ズバッ!をぼんやり見ている感じ。 オットは家を出る。娘が私のかわりに「行ってらっしゃい。車とかに気をつけてね。」と送り出 す。息子はその間もテレビの前でぼんやりしているみたいだ。 おい、動け!動くのだ!コウタ。 来年キミは小学生ダゾ! と心の中で叫ぶ。 娘は、兄である息子の行動さえすべて把握している。 「歯は磨いたの??」と迫っている。 「えーっと。磨いた磨いた。」と息子。 「いいえ。磨いてないはず。眼を閉じて、よく考えてごらん。」 「あー。そーそー。磨いてないわ。磨いたのは昨日だったわあ」 「ほら、見てごらん。やっぱりね。」 どうやら、幼稚園に送ってくれる母が来るまで、私はこのまま起きなくてもよさそうだ。 娘が私以上の役目を果たしているではないか。 が、そうはいかなかった。 「お母さん、早く水筒に麦茶を入れて。忘れてない?」 はいはい、すみません。起きます。 年少のうちから、ここまでエラクなってしまい、頼もしい反面、かなり不安だ。
2006年11月08日
コメント(0)
昨日、11月6日は私にとって忘れられない日だ。私にとって、2回めの誕生日とも言える日。 去年のこの日、私は約半年の入院生活を終え、退院することができた。 昨年4月、どうも体調がおかしいと感じ、子供を祖母に預けて病院へ。血液検査がすんでしば らくすると、医師から告げられた。 「このまま病院から出ずに、入院です」 急性の白血病だった。 まさか。この私が?と、信じられない気持ちだった。 息子の入園式が終わったばかりだというのに。 長い入院生活だった。病院の部屋から見える公園の木々は、青々とした若芽をたくさんつけて、 眩しいほどだった。それを部屋の中からパジャマ姿で見ている自分が、なんだか惨めに思えた。 抗がん剤治療がはじまり、吐き気がしたり、髪がどんどん抜けていったり、高熱が続いたり。そ れでもドラマでみるような悲壮なことばかりではなく、テレビをみて、無菌室のなかで大笑いし たり、抜けた髪を拾うのに忙しかったり、冷凍お好み焼きが無性にたべたくなり、部屋をこっそ り抜け出してレンジでチンしに行ったり。 そうしてる間に、公園の木々の、黄緑色に輝いていた若い芽はすっかり濃い緑になった。 治療が体にこたえてきて、歩けなくなってしまい、車椅子のお世話になった。最初は下手だった 曲がり角も、しっかり曲がれるようになった。スピードだすと、これがまた結構楽しい。 マスクをつけて、1階の売店へお菓子とジュースを買いにいけることだけが、楽しみになった。 いろんな痛みを経験して気がつかない間に、公園の木の葉はきれいな黄色、赤色になっていた。 春夏秋冬、人間の一生もこんなのかな、なんて考えたりするようになった。人生には、いろんな 季節がある。移り変わっていくものなんだ。 そして治療のおかげで白血病は陰性になり、退院がきまる。うれしい反面、外の世界に飛び出す のが少し怖い気もした。 病院でみた、「セカチュー」の再放送とは違った展開。これからの筋書きは、私次第なんだ。 あの、本田美奈子さんが逝ってしまった日と、偶然にも、同じ日になった。 なんとか生きよう!としていた人の分まで頑張れるかはわからない。でも家族の為にも、自分の 為にも、支えてくれた皆の為にも、自分なりに一日一日大切にしていこうと誓った日だった。 今もまだ闘病は続いていて、思うように体は動かないけれど、それでも私はまだ生きることがで きている。 本を見ていて、「生きてるだけで、まるもうけ」という言葉が目にとまった。 生きてさえいれば、何でも、とはいわないが、何かはできる。 今、本当にそう思える。
2006年11月07日
コメント(2)
息子と幼稚園児向けの本を見ていると、子供向けの本らしくない、女装した男のヒトが何人か載 っているページがあった。 それをみた息子が、 「このヒトって、実はオトコなんだよ~」 と言う。 「オトコやけど、ジョセイらしいねん。」 「じゃあ、コウタは?」 と聞くと、 「そりゃあオトコにきまってるやん」 「じゃあ、お母さんは?」 「そりゃあジョセイ。」「マミ(妹)もジョセイ」「お父さんはオトコ。」 で、 「じゃあ クロちゃんは?」と聞くと、 「あれは、ジョセイダンセイやな。」 とのこと。 「じゃあ、kaba。ちゃんは?」 「あれも ジョセイダンセイ。」 「ピーコも ジョセイダンセイやで。」 子供なりに、なにか雰囲気から感じ取っているのだろうか? そして、こう言った。 「おっきいおばあちゃん(オットの母)もジョセイダンセイやで。」 うーんこれは、オットにも義母にも言えない。。そう見えなくもないのだが。。 間違えても、本人の前では言わないでもらいたいものだ。。
2006年11月06日
コメント(0)
さっき、子供達が起きて服を着替えながら、またまたもめていた。 「コウタ、おしっこもれるう!」 「いいや、マミのほうが先にもれる!」 トイレの前で、どちらが先にトイレにいくかで争っている。あああ。 結局、力の強いコウタが先にトイレに入った。 トイレのドアを開けたまましているので、寝ている私にも勢いのいい音!がはっきり聞こえる。 それも、寝起きだからかかなり量があるような。 娘が怒り始めた。 「ちょっと!!早くしてよ!もう!」 相変わらず、ヒステリックな物言いだ。誰に似たのか。。 そこで欠かさず息子が反撃。「オレがおそいんじゃあないっ!オレのおしっこマシーンが、遅いんだっ!」 娘は、黙った。。 おしっこマシーンって、おちん○んのことですよね。。 そういう、言い訳もアリなんですかね。。
2006年11月05日
コメント(0)
今日は、オットが大学時代の友人の男女数名で集まりがあると言う。 昔の(今もかな?)待ち合わせ場所の定番だった、大阪の「ビッグマン」前で集合とのこと。あ~確か私もコンパの集合場所で行ったなあ。。懐かしい。あのころは、稲垣純一とか、あーなんだっけ色々はやってたなあ、それを思い出せない自分がコワイ。。 その集まりには、昔主人とつきあっていて、結婚寸前?までいった女性も、混じっているらしい。約8年ぶりの再会なので、その彼女もいるし、少しカッコでもつけていくのかと観察していたが、服装はいつものジーンズにシャツ、特に身ぎれいにしていくわけでもなく。。これじゃあ奥さんの私の病気の介護に疲れてる(実際疲れさせてるけど!)おじさんにみられちゃうよ~~ 「ちょっと、カットでもしに行ったほうがいいんでないの?」 と私。 「いや、もう時間ないし。また明日でも行くわ」 おいおい、明日はもう同期の集まりは終わっててまにあわないんだよ!! 「ちょっと、襟足の毛がのびてもじゃもじゃしてるからカットしたげるわ」 「もーいいって。時間ないし」 「このまま行ったら、嫁の介護疲れしてるみたいにみられちゃうってえ~!」 「だいじょうぶって!学生のときからあんま変わってないからさ。」 あのねえ、卒業してから20年経ってるって!!この前向きさが息子に遺伝しているのか。。? 「いいからいいから、うしろ向いて。カットするから。んで、時計もこっちつけてさあ。」 結婚したときにあげたIWCの時計に替えさせた。 ん~これでちょっとグレードアップしたかな!靴も磨いて少々ピカらせた。 体格だけは、言わなくてもどんどんグレードアップするのだが。。 男のヒトって、昔の彼女に会うのにちょっとカッコつけたりしないんですかね。それともうちのオットだけなんでしょうか。。きっと元カノのほうはおめかししてくるんだろうな!しかし、オットはそれにも気がつかなさそう。。!
2006年11月04日
コメント(0)
昨晩、ちょっとしたことが原因で、息子と娘がけんかをはじめた。またいつものことか。と思いつつ寝転んで様子をみたりテレビに目をやったりしていると、突然娘の大声が。「うわー!!ぎゃあー!!」えっ?と思って見ると、鼻に手をあてている。「どしたん?」 と聞くと同時に鼻血が。。どうやら息子が鼻の辺りをたたいてしまったらしい。あーあと思いつつ、「はいはい、痛いねえ」と言いつつ娘の鼻をティッシュでおさえながら、ふと息子はどうしているか探すが、見当たらない。 バツが悪くなったんで、寝室にでも逃げたかなと思ってほうっておいた。 が、30分ほど経ってもリビングに戻ってこない。 もしかして寝ちゃったか、絵本でも見てるかなと思って見に行こうとすると、真っ暗な廊下の途中に、小さく丸まった息子と、メモ書きが散らばっている。 1枚目。 「さっきマミ(仮名です)おたたいたりしてごめんね」そして少し離れたところに2枚目。 「コウタ(仮名)ってだめですね。ほんとわいいこですけど。 コウタ 」 そして3枚目がまた少し離れたところに。 「コウタってだめだめなときもあるけど ほんとうわ いいこなんですね。」う~ん、いつもながら前向きな人だ。。そして内容もなんだか自己完結している。。今度は娘にふと目をやると、さっきのことなどすっかり忘れて絵を描いてあそんでいる。息子はまだなにやら真剣に4枚目の手紙を書いていた。「コウタ、マミみてごらん。もうぜんぜん怒ってないよ。それに別にけんかしたからいい子とか悪い子なんていってないよ。ただ、悪かったとおもうんだったら、マミにひとこと謝ったらいいんじゃないかな。」「うう~。うん。ごめんなさい。」泣いていました。前向きですが、少し口べたで。。ちょっと、かわいかったです。
2006年11月03日
コメント(1)
さっきニュースを見ていたら、最近は巨大地震が起きる直前(数秒~数十秒前)に揺れをキャッチして速報を流せるシステムができつつあるそうです。 でも、パニックになるといけないのでそれをすぐテレビで流すことはできなかったり、落雷などもキャッチしてしまうなど課題もあり、普及には少し時間がかかるみたいです。もし家にいて、地震になるとわかったら、 火の始末をし 窓をあけ カーテンをしめて 机などの下にかくれるといいとのことでした。 そのとき、横で幼稚園児向け雑誌のふろくを組み立てながらテレビをみていた息子が、「へえ~、地震てこわいなあ~。おうちとかつぶれたりして。まあここは大丈夫だけどね。」といつものプラス思考発言が飛び出しました。 「そんなのわからないよ。ここだってすごい揺れたりするかもよ~。昔すごい地震が来たことあるし。。もし地震になったら何持って逃げる?」 「そりゃあ、おもちゃやね。でも、どれ持っていこうかな。全部持っていきたいし。まず落ち着いてから、ひとつずつ運んでいくわ。」ですと。 あ、そう。。。いつもマイペースですね。
2006年11月02日
コメント(0)
今日は昼間からひどい体調でたえられず、睡眠薬で眠りに逃げていました。今ちょっと復活!これで夜のドラマもみれるかな。。?ところで先日、力をふりしぼって、主人に運転を頼み社会保険事務所にいってきました。目的は、障害者年金受給の申請用紙をほしいのと、そのための相談です。私は、昨年急性白血病になり、約半年間入院し治療を受けました。入院中、抗がん剤の副作用とは違った感じの、おかしな体調が続き始めました。しかしそうしている間にドクターや周囲のお陰でなんとか陰性にこぎつけることができました。命拾いでき、ほっとしました。さあ!退院して子供や主人とまたもとの生活にと思っていたのですが、入院中からのおかしな体調が続き、思うように動けません。ドクターに話しても入院が長かったからでは等、特に問題ないように言われていたのですが、とうとう1時間も立てなくなり、ひどい頭痛、吐き気めまい、動悸に胸痛、視力も悪くなりました。いくつかの病院で筋肉痛やらうつ病扱いされつつ、そんなはずはないとドクターショッピングを続け、とうとう「脳脊髄液減少症」という、脊髄あたりから脳脊髄液が漏れるという病気だとわかりました。そのための入院治療はこの半年のうち3回しましたが、未だ、起立可能時間は長くて30分。と言う訳で、ほとんど家で横になっている日々です。しかしこの病気の治療に加え、去年の白血病の再発予防の治療や遺伝子レベルで白血病細胞が増えてないか調べる検査などに月々かなり費用がかかり、ほとんど寝たきり生活が続くので、障害者年金の受給ができないか相談に行ったのです。が!今のところ、白血病の治療によりこの脳脊髄液減少症になった例はあまりないらしく、関連性が証明されないと、今の段階では、受給できるかわからないそうです。脳脊髄液減少症自体が、まだ治療方法も確立されておらず、医者でも知らない人が多いくらいなので。。(だからうつ病扱いされたりしたのでしょうね)明らかに、日常生活に支障があるのですがね。。でも、この病気で苦しんでいる人、まだこの病気ともわからずに苦しんでいる人が多くいるのではないかといわれています。最近、テレビでも取り上げられるようになってきて、よい傾向だなと思います。とにかく、少しでも健康な体を取り戻したい。それだけです。自分のためにも、助けてくれている家族や周りの人のためにも。こうしてブログを書いたり皆さんのを読んだりしている間は、少し症状のことを忘れられて幸せです!一日のうちに、何か少しでもよかったことがあればいい。でもそう思えるようになったのは、病気のおかげかな~なんて、思っています^^
2006年11月01日
コメント(0)
全21件 (21件中 1-21件目)
1