2003/03/21
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 本棚には見沢知廉の横に大江健三郎を、埴谷雄高の横には坂田靖子を置く程度のバランス感覚で、坊主の書いた小説の次はカトリック信者の書いたものを、と。馴染んだ作家であるから決めた瞬間から楽しみにし、楽しんだ。
 後で気付いた。『中陰の花』に不満が残るのは、坊主としての経験から出る自然な感情、洞察など、何も小説でなくてもいい、随筆で足りるようなものを求めていたのに、霊的な出来事がいかにも「小説的」にあらわれ、まるで小説の書き方を学んだ人が習った通りに完成させたような、薄っぺらい当たり前過ぎる作品になってしまっていたからだ。こぢんまりとまとまったそのまとめ方は自然なものではなく、無理やり型に嵌めた醜さが現れ、着付けぬ高い服を身に纏いちっとも似合っていない人を思わせた。当人の感じる息苦しさと他人が感じる見苦しさ。何もいいことがない。
 その点森内俊雄のカトリック信仰はごく自然に見える。敬虔で清廉な主人公などいない。好色で鬱を孕み薬に頼り、信仰上禁止されている自殺を選ぶことも多い。それでいながら彼らはとても自然に見え、筆の運びに無理が少ない。「谷川の水を求めて」の主題はここでも重なる。「この世で最も理解しがたく、かつ神秘な事実は、悪の働くところにこそ、神が居給い、力強く働いておられる、ということだ、私もそう思う」。悪徳の限りを果たしたというわけではない。多少の不義理から悲劇が起こり、それは後の人生に影響し続け、病を宿らせる。告解により膿を落とすことをしないことで自分を罰するにせよ、その場合どこにも赦しは向かわない。真相の告白に一番近づいた時の友人の調子がやけに明るく、それ以外のところと温度差が激しい。



「おい、漆山。おまえ何かやらかしたな。違うか。誰かに言いたいのだが、言えない。しかし、黙ってもいられないのに、決して言えない。それで、あちらこちらうろつきまわって、おれのところへきた。そのおれにも言えない、喋るつもりもない」
「そうなんだ。すまない」
「ばか。あやまることなんか、あるものか。いいんだよ」
 漆山は、眼をあげた。粗野、無骨、辛辣、衒学、繊細の入り乱れた男が言った。
「頼られて、うれしいな。今夜、おれは自分が誇らしいよ。みんな秘密を持っている。漆山よ、もしもそんなに重大なことなら、喋るな。絶対、人に言うな。お墓の中に抱いてはいれ。おまえは腐っても、秘密は死ぬことがない。どんな恥知らずの汚らしい秘密でも、それは土の中で、永劫に美しく光り輝く。何故なら、苦しさに耐えぬいた魂が、そうさせるのだよ。それが信じられないなら、人間なんて生きていられない」


「治らない病気を持っている人の心は、宇宙の果てを知っている、と言ったのは誰か知っているか? 宮澤賢治だ。いや、待ってくれ。おれが言いたいのは、こういうことなんだ。秘密も、治らない病気だ」


 告解室で信者の話を聞く司祭にはその内容がいかなるものであれ他言を許されていない。司祭の気持ちはいかなるものか、当人にとっては大層な覚悟の上のものであれ、聞かされる側には大したことに思えないものがほとんどだろう。それでも固まれば力を持つ。一人の人間の長きに渡る告解を聞き続けたなら情も移る。森内俊雄の小説は作家の長く終わらない告解に似ているのかもしれない。創作された物語としてではあるが、欲望を晒し出し続け、それに報いも受けさせる。小学生の頃から家庭教師についていた女と14歳になってから交わる時に「お兄ちゃん!」と叫ばせるのにはさすがに鼻白んだが──エロゲームの類じゃあるまいし──。事実そのものより「真実の告白」に近い。主人公役の男の鬱はこの後進み「氷河が来るまでに」では物語の輪郭が危うくなる。
『中陰の花』は引き立て役でしかなくなっていることに気付く。繰返し書くが、読んでいた時はそれなりに感心もした。今では出来損ないとしか思い出せない。
 聖書、中原中也・八木重吉の詩、いくつかの俳人の句が多く引用されている。


さて
あかんぼは
なぜに あん あん あん あん なくんだろうか

ほんとに
うるせいよ

あん あん あん あん
あん あん あん あん

うるさか ないよ
うるさか ないよ
よんでるんだよ
かみさまをよんでるんだよ
みんなもよびな
あんなにしつっこくよびな

 題名はなく、ただ八木重吉の詩とだけ書いてある。それと西東三鬼。その二人に興味を持てた。中原中也の詩は大体知っている。

森内俊雄「骨の火」(文芸春秋社 この本は現在お取り扱い出来ません)





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Last updated  2003/03/22 12:51:24 AM
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