第四章~ジュロー島の激闘!



 キサラの乗った船が乗り上げてしまったのは、シジムの村人が「ジュロー島」と呼んでいる巨大な岩でした。「ジュロー」とはジンベエザメのことで、干潮になると浮かび上がる様に水面から顔を出すこの巨岩は、背ビレの様な突起といい模様といい形といい、本物そっくりの姿をしていて、「千畳敷」と名づけたくなる程の広さがあります。

 ラーズとリクが桟橋に繋留してあった村のカッター船(小さな帆船)を借りてキサラの救出に向かおうとしていると、シジムの村人達が駆けつけてきました。

イリア:あっちは武器を持ってやり合おうって勢いだよ。そんなヤツらの真ん
    中に丸腰で行くつもり?

 イリアはそう言うと、漆塗りで両端に彫金を施したやや小ぶりな弓と矢筒をラーズに手渡しました。リクはそれをまじまじと見て、

リク:何?この弓。ちっちゃいな~!!神聖文字のB(ベオク)みたいな形じ
   ゃん?矢もかなり短いし・・・。

ラーズ:これで結構使えるんだよ。射程が普通の弓の3倍近くあるんだ。弩弓
    (ボウガン)にだって負けないよ。

リク:でも立場上人殺しはマズいんじゃない?それに扱えるのか?

ラーズ:いや、あのさ・・・。

イリア:その子は村一番の弓の名人だったんだよ。訳あって狩りはしなくなっ
    たけどね。ホラ、あんたにはこれ。

 イリアがリクに手渡したのはクジラでも狩るのか?という程大きな三つ又の
モリでした。

リク:いや・・・俺、人は殺せないッス・・・杖とかないッスか?

イリア:だ~か~ら、別に必ず闘うことになるとは限らないでしょ?いざって
    時の用心に持っておけば安心だってことよ。
     それに三つ又のモリだから、もしヤツらに襲われたら柄の方でぶん
    殴って、相手が怯(ひる)んだら腕とか足とか隙間に挟んで捕まえる
    のよ。

リク:あっ!そっか!?お母さん冴えてますね~!!

マジャホ:わきゃあ(若い)のだけじゃ心配だでオラも行かざあよ!船んし(乗
     客達)も助けてやんにゃーとな!

ミギワ:お父さん危ないって!あいつらみんなリクちゃんくらいでっかいよ。

 全てのネグリトがそうだという訳ではないのですが、シジムの村人を含むエンスール灘周辺のネグリトの場合、女性はほとんどが大柄で逞しいのに、男性は華奢で小柄な人が多いのです。マトゥラとイリア、マジャホと妻のミウラが並ぶとビーグル犬とチョコラブのカップルといった具合です。

マジャホ:オラ、まっといきゃあ(もっとでっかい)サメぶっさらった(やっ
     つけた)ことあるだよ!平気平気!おっきゃーだら(危なかったら)
     よけてきゃいいら?

 こうしてラーズ・リクと村の男8人は、戦闘が始まった場合になるべく巻き込まれないように沖の方から回り込むかたちで、4隻のカッター船で座礁したガレー船の乗客を助けに向かいました。

ラーズ:船底に穴が開いているかも知れません!浸水する前にこちらの船に乗
    り換えて下さい!シジムの浜までお送りします!

リク:4隻ですからだいたい20人くらいまでは乗っていけると思います!
   得体の知れない武装船もいますので速やかに移動を御願いします!

 乗客はキサラとターバンのような布を頭に巻いた老人と、旅の商人が4人、若夫婦らしきカップルが1組と親子連れが3組の26人でした。

 乗客達はラーズやリクの誘導で、カッター船に乗り移って来ました。しかし
やや定員オーバーの様で、しかも得体の知れない高速艇が、飛行艇を追いかけ回して立てている波のせいでカッター船が右へ左へと傾きます。

ラーズ:申し訳ありませんが、子供、女性、高齢者の方優先で、男性の方6名
    ほど残って頂けないでしょうか?必ずもう一度迎えに来ますから。

商人A:識者様~!私急ぎの荷があるんですぅ~!なんとかなりませんでしょ
    うか?

ラーズ:いやっ!僕はまだセージ(識者)じゃないんですけど・・・。

新婚婿:識者さまぁ!僕も昨日結婚したばかりで、妻のお腹には赤ん坊がいる
    んです!その子をててなし子にはしたくありませ~ん!なんとかっ!
    ねっ!(-人-)

ラーズ:だから識者じゃないってばっ!!・・・って・・・、ええぇ~~~~
    ~!?結婚翌日に赤ちゃん~~~~~~~~!!!!!!?????

新婚婿:あっ!できちゃった婚ってヤツね・・・えへへ・・・(^^ゞ

商人B:識者様ッ!!私も家に帰れば5つを頭に7人の子がっ!なんとか
    っ!!この通りっ!!(-人-)

ラーズ:だから識者じゃないっての!!・・・っておい!計算が合いませんが(‥?

商人B:双子が2組いるんですぅ~(ノ_<。)!

ラーズ:あっ、そ・・・(‐_‐)

商人C:識者様!!私にも10を頭に14人の子が!(ノ_<。)!!

商人D:私には12を頭に20人の子がぁ~!(ノ_<。)ビェェン!

ラーズ:はいはい・・・(▽o▽;)

オヤジ達:私達ナディの共同農園で一緒に働いてる耕夫なんですが、ずっと休
     みなく働いて、やっととれた休暇なんです!内陸の出身者ばかりで
     海もはじめてなんです!泳げないんです!家族と離ればなれで死ぬ
     のはいやですぅ~(; ;)

ラーズ:そっかぁ~、それぞれ事情があるわけですね。仕方ないなぁ。ねえ!
    リクさ~、悪いんだけど一人で操舵できる?俺こっちに残るわ・・・。
    皆さん、僕の分ジャンケンで決めて下さい。

 男達は早速丸くなってジャンケンを始めました。

「うお~!!勝ったぞ~!!」「お前今後出ししただろ!!」「あっ!今のナシ!」など闘いは醜くも熾烈を極めています。

リク:何言ってんだよ!砂漠の町で暮らしてンだぞ!漕ぐだけならいいけど操
   舵なんてできるわけないじゃん!俺も残る!これで代わりに2人行ける
   だろ!

老人:ワシゃ残ってもええぞ。もう97だしの・・・ホッホッホ。

キサラ:私も残ります・・・、ラーズさんが残るなら・・・ (*‥*)ポッ

 後半部分は聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でした。

マジャホ:しょんにゃ~(仕方がない)なぁ!ほうだで(これだから)白いヤ
     ツらはしょ~もにゃ~っつうだよ~!おっとリクちゃんは別だに!
     (^^ゞま~ええわ!オラも残るだよ!

マトゥラ:むっ、むっ、息子置いて、いっ、行けないから・・・、おっ、おっ、
     俺も残る!(どもりぐせがあるので滅多にしゃべらないため影が薄
     いラーズの養父です)

ラーズ:キサラ姉さんは船に乗って。女性一人くらい大丈夫だから。男性諸氏!
    これで皆さんは救われました。さあ、行って下さい。マガン兄さん!
    僕らの船を頼めるかなぁ!?

 今まで蛮族と見下してきたネグリトに助けられ、今また自分達よりずっと小柄なネグリトの勇気ある行動を見たアムリの男達は、マジャホやマトゥラの手をしっかり握って「あなた方は命の恩人です!このご恩は一生忘れません!」と言ってカッター船に乗り込んで行きました。

 今月21歳になったマガンはミギワの旦那さんで、ラーズとは大の仲良しでした。

マガン:おう!すぐ戻って来るからな。頑張れよ!

 4艘のカッター船がガレー船から離れようとした時、大きな悲鳴が上がりました。
 さっきの高速艇が1艘のカッター船に急接近して来たのです。どうやら得体の知れない乗り物(飛行艇)が、干潮で姿を現し始めたジュロー島に向かって再び動き始めたので、それを追いかけているようです。

 高速艇の後部座席にいる弓兵が何かを叫んでいます。

兵士:νοκανκαψ!φαλεδομο!χαμαψα!(どけっ!お
   前ら邪魔だ!)

乗客達:は?何だって!?

兵士:αθο!!νοκεψυ=τονχα!!(バカッ!!どけって言っ
   てるんだ!!)

乗客達:だから何言ってんだよー!!

兵士:βοκε~!σψνεψα~!!(バカ野郎め!死ねっ!!)

 業を煮やした兵士はボウガンを構え、マガンの頭を狙いました。

ラーズ:させるかっ!!

 ラーズが兵士に向かって矢を放ち、鏃(やじり)がボウガンの樫の木の銃身を貫いて弾き飛ばし、ボウガンは海に落ちました。
 逆切れした兵士はカッター船に乗り込んで来て、巨体に物言わせ乗客達に殴る蹴るの暴行を加えました。ラーズが守ろうとした人達を腹いせにいたぶって仕返しのつもりの様です。

 マガンも殴られ、船の中で倒れ込みました。勢いづいた兵士は刀を抜こうとしています。

ラーズ:マガン兄さん、船上は分が悪い!海だっ!!そいつら鉄の甲冑着てる
    ぞ!!

 とラーズが叫ぶと、マガンは鼻血を拭うと「へへっ、了~~解!」とつぶやいて短い指笛を鳴らしました。するとネグリトの男達6人が兵士と操縦士に一斉にとびかかって海の中に引きずり込みました。

兵士:νανψσυν=εν!(何をする気だ!!)

操縦士:οθ μψ γοοοοοοδ!!(うわ~~~~~~!!)


 大きな魚をしとめるために鍛え上げられた絶妙なチームワークの勝利です。敵一人に対して3人が取り付き、首と両腕、両足を固めたので、兵士は刀を抜いてもろくに抵抗すらできませんでした。

マガン:海で俺達にケンカ売ろうなんざ10年早ぇや!

 しばらくして、溺れて気を失い、ぐるぐる巻きに縛られた兵士と操縦士を乗せた高速艇は、マガンの船に曳航されて行きました。

 一方、得体の知れない復座式の乗り物(飛行艇)には、30歳代の男女と、2~3歳の子供が乗っていて、いずれも民間人のようです。

 それを執拗に追いかける武装した兵士・・・。ラーズの脳裏に、漠然とですが馬車に乗って逃げる親子とそれを守る弓兵、執拗に追いすがってくる騎馬隊のイメージがよぎりました。

 許せない!丸腰の民間人を武装した兵士が追い回すなんて絶対許せない!!

 ラーズはガレー船の舳先から弓を八相に構え、高速艇の船外機に狙いを付けました。

つづく


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