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写真は、8時15分の鐘と黙祷。会場を埋めた観客。懇親会で発言する俳優の佐野浅夫さん。6日に、「本日本番」の記事を書き込もうとしたら、ちょうどこのブログがメンテに入ったところ。最後の案内を書き込むことができませんでした。残念。今日からは結果の報告になります。前日5日、寝たのは朝5時近く、6時過ぎには家を出なければなりません。1時間ばかり横になって出発です。ここ3日間、睡眠は1~3時間の連日でした。起きたときには空は少しベールがかぶっていたようでしたが、会場に着くころには快晴。また、あの8月6日のように暑い暑い日でした。8時からの羅漢寺主催の法要には、出演者、スタッフも集まって、みそぎをしてからのスタートです。もちろんスタッフはその前から受付をやっていますが。9時半頃にはもうお客さんが集まってきました。しかし、追悼会の始まる10時半になっても、申し込みの人数に達しません。変です! 送れてきたお客さんから、山手線で人身事故があり、電車が止まっているとのこと。さあ、どうなることでしょう。お寺の前にはタクシーが次々に到着しています。申し訳ないなあ、みんなタクシーで乗りつけてくれたのでしょう。その後の情報では、電車は動き始めたようです。遅れてくるお客さんも多かったけれど、公演会場に案内して席に着いてもらうと、250席用意した椅子は順々に埋まっていきました。開演時にはぴったり埋まり、立ち見はスタッフだけ。山手線の事故がなかったら、立ち見が出たかもしれないと思うと、よかったという気持と、少し残念な気持が交錯しました。そういうわけで、来場者総数約260名。「朗読劇、息をするのを忘れ、拳を握りしめ、鳥肌が立つという感じでした。」という感想もいただきました。細かい報告等は改めてHPにアップしますが、懇親会での印象的なお話。佐野浅夫さんが初めて参加されたということでお話を伺うと、9人の写真の下のいちばん下の空いているところには浅野さんが入るはずであったとのお話。今まで聞いたことのなかった話です。高山象三と学校もいっしょで、桜隊の前身の「苦楽座」時代から活動に加わっていたのだけれど、甲種合格で兵役に入り桜隊から離れたのです。被爆61年になって、原爆忌の会としてはまた新しい記録が書き込まれることになりました。
2006年08月07日
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演技の研究に、俳優さんたちの熱がこもります。泣いても笑ってもあと2日。今日もハイライトシーンです。1 雨じゃ。2 雨じゃ。3 真っ黒い雨がふりよる。4 Bが重油をまいて火をつけたんじゃろか。5 ぬぐってもとれんのよのう。 水をつかあさい 水をつかあさい 水をつかあさい 低く、重く、お経のような単調なリズム。 せりふに重なってだんだん大きくなる。 (SE 雨の音が一段と高まっていく。)ナビゲータ 川へ次々と人が飛び込んでくる。 まるで悪魔の手で誘いこまれるように。 ここは地獄の死の川なのだ。ここへ飛び込んで海へ流されるのだ。 日本時間の8時19分、テニアン島にひとつの電信が届いた。1 「すべての点で大成功。目に見える効果、 アラモゴードの実験よりも大。標的は広島。 機内異常なし。ただ今より帰投する。」 (この間も低く、重く、「水をつかあさい」の声にならぬ声)ナビゲータ やがて黒い雨は止み、午後の陽射しが人々を容赦なく照らし出す。2 お母さんはどこですか? わたしの弟はどこですか? わたしを知っとる人おりますか?3 うちの子、知らんですか? 建物疎開で、元安川の近くへいっとるはずなんじゃけんど。 うちの子、知らんですか? 朝、「おかあさん、行ってまいります」 言うて元気に出ていったうちの子。4 ええ子でおるから、これからはきっとええ子でおるから。 かあさん、お目目を明けてちょんだい。ナビゲータ テニアン島ではエノラ・ゲイの帰還を歓迎するパーティの準備が はじまろうとしていた。 「1945年8月6日、 エノラ・ゲイ号広島攻撃任務第330号凱旋祝賀会。 本日午後2時より無料ビール・パーティ開催。 ビールを飲まぬものには、レモネード支給。」 ヒロシマでは、死に向かってのたうちかえっている。 人びとは虫けらのように焼かれ、目が飛び出し、 顔や全身が焼かれてケロイドにふくれあがり、 即死したものは6万に達している。 やがて放射能をあびて死んだものをふくめると20万に達するのだ。
2006年08月03日
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今日から、6日まで公演のための集中稽古です。音楽の古川東秀さんはじめ、音響、舞台作りの人も集まっての本格的音合わせになりました。上映スライドも合わせました。(下の写真)今回の公演成り立ちまでの話をドキュメンタリーにするNHKハイビジョンの取材打ち合わせにディレクターが来たほか、NHKラジオのキャスター、遠田恵子さんも取材に見えました。8月4日の「ラジオあさいちばん」の取材です。NHKハイビジョンの方は後日になりますが、ラジオは、8月4日朝7時40分頃から5~6分の放送になります。キャスター本人の取材にびっくり、いつもご本人が取材するのですかと聞いたら、自分の気になったものだけとおっしゃっていました。うれしいことです。稽古の音のほか、僕と、演出の山口みるさんのインタビューを録っていきました。たった5~6分の放送に、4時間近く付き合ってくれるなんて、かなり興味を持ってくれたのだと思います。(上の写真、稽古前にいるのが録音中の遠田さん) さて、今日も少しばかりハイライトシーンの紹介をしておきましょう。この前の続き。-----------------------------------------------------------ナビゲータ 爆発から十億分の一秒後、爆心地の温度は摂氏六千度に達した。 スレート屋根を溶解させ、女性の髪の毛がぱっと燃えた1 山岡ミチ子は土間に下りて玄関の格子戸を開けた 2 さくら隊の丸山定夫は、布団の上に起き上がった、3 園井恵子は、階下へ降りようとしていた、4 高山象三は食事をおえて二階へ上って、藤椅子に掛けようとした5 仲みどりは食べ終えた食器をもって台所へ行きかけた。5 島木つや子は台所で洗い物をはじめた。1 森下彰子、羽原京子、小室喜代、笠絅子は食事をおわろうとしていた、ナビゲータ そして 路面電車が福屋の前にさしかかったとき、全員 みな、まっ白になった全員 馬が、 犬が、 鳥が、 電柱が、 木々が、 弁当箱が、 自転車が、 家が、 学校が、 工場が、 食堂が、 時計が、 金魚売りが、 玄米パンを売っているおじさんが、 そして、 この日の朝を迎えた 広島市の すべての人間が、全員 まばたきを一回する間に、全員 内臓を破壊され、 裸体から皮膚が垂れ下がり、 ガラス片を体じゅうにつきさし、 手足をうしない、 乳房をうしない、 燃えつき、 うめき、 さけび、 赤ん坊が地上へと叩きつけられた。
2006年08月01日
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