出会いと別れの幸福論
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よしたろ1216
ストレスとかじゃ無いんです。 唯そこにネタがあるから突っ込むんです。
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カズが残したモノはどこへ行ってしまったのだろうか。システム、采配、チーム作り…不満を挙げたらキリが無い。けれども、それ以上に怒りを覚えたものがある。勝利への執念が感じられなかったことだ。もちろん選手は勝利を目指して戦っている。監督とて同じことだ。しかし、戦う気持ちが伝わってこなかった。単なる「精神論」を言っているのではない。W杯の舞台で日の丸を背負い、青のユニフォームを着ることを許された選手たち。彼らはその意味をどれ程理解しているのだろうか。精神論を最も嫌う男、中田英寿は言った。「気持ちが足りない」と。勝利への強い気持ちが一歩の出足を速め、球際の強さを生む。そうしたディティールの積み重ねこそがチームに勢いをもたらし、試合を決めるプレーに繋がるのだと信じている。ファウルを犯して止めるのも、1点の重みを知るが故なのだ。サッカーには汚いプレーが存在する。「泥臭さ」と一括りに出来ないプレーも往々にしてある。けれども、それがサッカーなのだ。8年前、フランス大会目前にして代表から外れた三浦和良は、日本チームに魂を置いてきたと言った。そして残されたメンバーも死力を尽くして戦った。足を骨折しながらボールを追った中山に、幾度となくサイドを駆け上がった相馬の姿に、多くの国民は感動を覚えたはずだ。すべてを出し尽くして戦った結果の三敗だった。今大会はどうだっただろうか。多くのファンは日本代表に拍手を送るのかも知れない。感動に涙したと言うのかも知れない。しかし、一つになれない代表にどうして感動を覚えられるだろう。「スタメン組」と「控え組」の間にある齟齬は、最後まで埋まらなかった。4年という歳月をかけて作り上げた夢は、「戦う集団」と「一つの集団」そのどちらにもにもなれなかった。予選敗退から数日。世間では早くも次期監督の話題で盛り上がっている。W杯を想うという事は予選敗退の問題を検証し、次へと繋げることである。次期監督を論じるよりも、「気持ち」が見えなかった日本を論じる方が先ではないのか。清算もせずに指揮官だけ変えたところで、日本の根本は何も変わらない。戦う集団にならなければ、誰が監督をしても同じなのだから。今回の敗戦で選手たちが目を覚ましてくれることを、そして戦う集団へと変貌してくれることを、心から望むばかりである。(独り言なので聞き流してください)要はサッカー馬鹿なんです…→
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