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Feb 1, 2007
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テーマ: ニュース(96561)
「大学全入時代」 を来年に控え、 優秀な学生を確保するため、学費全額免除など独自の奨学金制度を設ける 私立大が兵庫県内で増えている。対象者は入試など成績だけで選考し、経済状況は問わないのが特徴。四年間の学費分を給付し、その額が300万円を超える大学もある。大学側の負担は大きいが、各私大とも生き残りをかけ、学生のレベルアップに躍起になっている


 昨日中学受験の受験数増大に警鐘を鳴らしましたが、「全体がそういう流れなら・・・」という大義名分の下、「大学」の愚考によって「大学」自体の存在意義が問われるようなことになってきています。

 大学は私くらい世代(30代)が第2次ベビーブーム(私が最後の年だったと記憶します)によって受験戦争が熾烈を極めたときには、まさに殿様商売をしてきたわけです。裏口入学などで学校側が大きな金額を受け取り問題になったのもこの辺りの年です。

 しかし、この時の単純な「学力」と言う意味では「熾烈な競争」の結果『大学受験までは高レベル』を保つことが出来ていました。当然です。学力=テストの点でしたから、少しでも落ちれば他の人に抜かれていくわけです。

 水戸黄門の主題歌ではありませんが 『くじけりゃ誰かが先に行く~~~♪』と言う状態だったわけです。そして、大学に入ってさえしまえば、司法試験を受けたりしなければ、殆ど文系の学生などは単位を取って卒業できたわけです。この結果

 中学↑ ⇒ 高校↑ ⇒ 大学受験↑ ⇒ 大学1年↓ 2年↓ 3年↓ 4年↓

と言う世にも不思議な 大学にいるほど基本学力が落ちている統計 が私の大学卒業時には予備校(公務員試験などのです)から提示されていました。もっとも大学の勉強が基本学力の向上を目的としていない部分が多いので、統計自体に意味があるかは疑問が残りますが・・・。ただ、はっきりと言えるのは私の大学卒業から後10年近くたちますが、大学の中で「能力向上」(就職を見越したもの)を志向する学生と、「入ったことで満足」する学生で2極化がすすんでいる事です。これは大学の学部などのカリキュラム設定によるところが多いと思います。


 今回の記事ではおそらくこの「能力向上を志向する学生」を集め、企業側へのPRを行おうと言う意図かと思いますが、果たしてそれで大学の価値が高まると言えるのでしょうか? 単純に言って大学の収入は大量の「お客様学生」によるものです。それだけ大量の学生がいたからこそ教授クラスの研究費の捻出が可能であったり、少人数の「能力向上」を主眼に置いたカリキュラムを組むことが出来たのではないでしょうか。 お客様学生を切り捨てて大学の土台が保てるんですか?  ここのところで東大、早稲田などで研究費補助金の不正取得が問題になっているのも、根本に研究費の節減があるからではないのですか?  

 研究のレベルが下がれば、受験生への訴求力は低下します。さらに、大学自体のレベルが下がるということは、全体的に見れば学生もそこで身に着ける能力の低下を意味しますので「大学卒」の能力自体が評価すべきものではなくなると言えます。

 大学全入時代はそれほど長くは続かないでしょう。単純に、大学が今の経営ならつぶれますから。大学側は「学生のレベルアップ」では無く、自分たちの経営根本の方向転換(大規模な敷地での経営や大人数の授業の排除、一講座の質の向上、研究費用の捻出方法、企業人の研究員としての受入拡大等々)、つまり 「大学の再構築」 が必要になっていると考えます。


 大学自体の問題とは別に学生側にも問題があります。 今 中学受験に向う層は一貫教育とあいまって大学までは簡単に行くことになってしまうかもしれません。中学に受かれば 10年ほど競争が強要されない世界 で子供の人格はどうなってしまうのでしょうか。大学の4年間でも堕落するんですよ。受験がない分「理解力」が向上するんでしょうか。それは 「ゆとり教育」 と言う名で政府が言っていたことではないのですか?

 大学が「最高学府」としての質を持ち、それを目指す「学ぶ意識」を持つ者が居るのであれば、むしろ社会が準備しなければならないのは、そこにいたるまでの適度な競争、多くの選択肢、失敗しても再チャレンジ(安倍総理もこうした考えで言ってもらいたい)する(=経済的な困難への対策や何歳でも学びなおせる機会) の『場』を用意・維持していくことではないでしょうか?






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最終更新日  Feb 1, 2007 01:44:33 AM
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