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(自由党結成時の幹部)自由党は憲法制定・早期国会開設・農民と商工業者の自由な発展を主張、地方支部設置、機関紙「自由新聞」発行、遊説活動を中心に活発な運動を展開し、広い支持を得た。 しかし、政府の弾圧・板垣洋行問題による幹部分裂と立憲改進党との対立、資金問題・路線対立などで困難に陥り、明治17年(1884年)10月、3年間の活動で解党した。立憲改進党も都市の資本家や知識人を基盤に支持を集めたが、1884年事実上の解党状態に陥った。 これは、まるで2013年の民主党凋落のようではないか!弾圧と分裂策動は、つまり日本の政治運動の常套手段であり、現在でも有効ということか。なんと、日本の政党は未熟なんだろう! 明治14年の政変から明治15年(1882年)の終わり、つまり板垣退助の洋行までが、自由民権運動への「弾圧と抵抗」が最も激しかった時期らしい。情報化社会の現代ならばいざ知らず、この時の社会の変転の激しさは、私の想像を超えていた。因みに、「板垣遭難」事件(岐阜演説の後に短刀で襲われた)は、15年の4月6日のことである。有名な「板垣死すとも、自由は死せず」は現場にいた「探偵」が報告したらしいが、かなり歌舞伎かかっている。今も昔も、こういう芝居かかった「流行語」をモノにするか、どうかは、その時々の情勢を左右するに違いない。たとえ、その半年後に板垣退助本人が自由党の半分近くが反対する三井出資の洋行に出掛けるという大馬鹿であることが分かったとしてでもある。
2016年11月15日
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今度、時給648円となっている賃金で生活する「最賃生活体験」にとりくむことになってしまいました。現在の最低賃金は、生活保護水準より低いものであり、まさにワーキングプアにならざる得ないものです。おそらくこれでは人間らしい生活を維持することができません。この体験を通じて、そのことを証明し、最賃引き上げの必要性を明らかにし、賃金底上げの運動をすすめるために取り組みます。《実施期間》1ヶ月コース 5月12日~6月11日《実施方法》 ○岡山県最低賃金・時給648円を基礎に、8時間22日労働を基本にした賃金《114,048円》で、税金・社会保険料・家賃・水光熱費、各種保険、通信費、車の維持費、会費、新聞代、必要経費などを差し引いた金額で生活体験を行う。○日記を付け、支出した金額はすべて記入する。いただき物などはすべて金額換算して支出扱いとする。《特典》途中で赤字になるのはOK。(毎年黒字になる人はほんの一握り。)ちゃんと報告書を出した暁には無料で食事会にご招待される、というものです。ざっと計算しました。残った一ヶ月に使える金額は29,884円。一日に換算すると964円です。実は過去二回ほど、経験し、一回は途中で挫折し、一回は最後までやり通したものの、二万円ほど赤字が出てしまいました。今回は並々ならぬ決意で行きたいと思います。現在少しづつ、安い米や冷凍品などを買い置きして準備万端。映画は出来たら二本くらい(それでも通常月の四分の一以下)見たいのだが、果たしてどうなることやら。赤字転落を防ぐのはもちろん、人間らしい生活も工夫次第でやって見せるぞ、と決意しています。国民投票法が明日にも国会で強行採決されそうです。「問題点が少しも明らかになっていないのに、強行採決するな」等の声を様々な形(メール、ファックス、電話、直接行動)で国会・マスコミに届けましょう。今日でこのブログも三年目。これからも宜しくお願いします。
2007年05月10日
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「火の鳥 黎明編(上)」手塚治虫 朝日新聞が、お蔵入りの手塚治虫の「火の鳥 大地編」のプロットを持ち出して、直木賞作家の桜庭一樹に小説版として続きを書かせるという暴挙を企画した。それを記念して、2ヶ月あまり「火の鳥 黎明編」上下巻の電子版の無料配信を始めた。小説版企画には反対だけれども、これを機会に黎明編を再読した。改めて、マンガの古典だと思う。火の鳥黎明編が、初めて雑誌形の大版として世に出た時に私はリアルタイムで購入した。高校生だった。衝撃を受けた。どれくらい衝撃だったかというと、高校2年の夏休みをかけて、既に読んでいた「未来編」を真似て、30ページの「地球の歴史」をテーマにしたマンガを、(百科事典を参考にしながら)ノートに書きつけているのでもわかる。そこから大河ドラマを描くはずだったのだが、「未完」に終わった(^_^;)。あの本は何十回読んだか、わからない。ボロボロになって捨てた。その後もさまざまな単行本で読んだけど、今回は数十年ぶりに読んだ。先ずは上巻について気がついたことをメモする。・「火の鳥」のテーマは、一言で言えば「命とは何か」「人間とは何か」ということだ。後者に関しては、最初から既に火の鳥が明確に断じている。151ページで、火の鳥がナギの心に語りかける言葉で、結論は出ているのではないかのようにさえ思える。ところが、ナギは肯んじ得ない。いや、このシリーズの登場人物みんな「(他の生き物よりも人間はずっと長生きなのだから)その一生の間に、生きている喜びを見つけたら、それが幸福じゃないの?」というような言葉では納得しない者ばかりなのだ。それが人間というものなのかもしれない。と、40数年経った今、私は思う。・初めて猿田彦が登場するシーンは、1ページを6分割して、ヤマト政権から派遣された将軍としてゆっくり顔をアップで見せて、それをナギの眼(まなこ)と被せて、敵の襲来に驚く様を映す。完全に映画的な表現であり、しかもこういう「効果的な」カット割は、現代マンガでめっきり見なくなった。このシーン、あとあとシリーズ通じて副主人公的な役割を受け持つ猿田彦の、まだ鼻が大きくない貴重なショットである。・また、7ページにも渡る、ヒミコとスサノオとの会話の場面は、完全に舞台表現になっている。手塚治虫は、火の鳥において、テーマ的にも、表現的にも、考えつくだけの「実験」を行った。現代マンガ家のように、数年間1作品だけを描き続けるような漫画家にはならなかったし、なれなかった。その一点だけでも、手塚治虫の後には手塚治虫は居ない。・なぜ猿田彦はナギを助けたのか?最初の登場の時に、将軍はナギのムラを襲って一箇所に集めて、女子供含めてほぼ全住民を殺している。だから唯一将軍に怪我を負わせたナギを奴隷として都に連れて行ったのは、彼の気まぐれのように思える。「お前の弓の腕は確かだ。だから、ヒミコさまのために火の鳥を捕まえて欲しい」と、助けた理由をナギに説明しているが、説得力はない。証拠にナギのせいで、猿田彦の鼻は膨れて都を追われる。しかし、コマ間を読んでいくとわかる。と、この歳になって初めて気がついた。独身の猿田彦は一目惚れした可能性がある。少年のナギに恋をしている。もちろん、あからさまな表現は70年代の日本では絶対に許されないので、あとで猿田彦の父性の発現として描かれているが、ところどころ見ようによってはエロチックに描かれていて、独身の猿田彦に突然父性が目覚めたとは思えない。と、いうようなこと、いろいろ発見があるのが古典たる所以である。
2019年04月01日
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私の参加している映画サークルで、姫路のロケ地めぐりツアーを敢行しました。 姫路駅を出ると、目の前に世界遺産姫路城が見えます。思った以上に白くて、白漆喰で塗る事の大変さを知っている私などは、それだけでテンションが上がります。 先ずはバスで書写山円教寺に向かいます。966年に性空上人によって開かれた天台宗のお寺。「西の比叡山」として知られています。 ロープウェイで上がれば、こんな山の上へ。54万人の姫路の街が一望。姫路城は小山に隠れて見えません。遠く瀬戸内海、淡路島が見えます。 坂が多くて、相当歳を召した参加者も居て、正直少しヒヤヒヤしましたが、結局最後まで元気に歩き通されました。凄い。 苔の道が無惨に荒らされている。最初、誰かが盗んだのかと思ったけど、道行く人が、これはイノシシが荒らしたんだ、と教えてくれた。苔の下の虫などを好んで食べるそうだ。 最初のロケ地。正面は書写山食堂(じきどう)。ここでは、「駆け込み女と駆け出し男」(2015原田真人監督)のロケが全面的に行われた。 この大講堂では、駆け込み女が写経や読経をするシーンが撮影された。 食堂の中は参観者が無料で中に入れるようになっていて、「黒衣の刺客」(2015ホウ・シャオシェン監督)で太い柱を挟んで秘術を尽くして戦う印象的なシーンが撮られた。おそらくこの柱だろうと特定した。 奥の院では、トム・クルーズと渡辺謙の競演が話題を呼んだ「ラストサムライ」(2003エドワード・ズウィック監督)での雪のシーンを撮ったらしい。この映画にあった雪を被った木々が見当たらない。わざわざ植えたのだろうか。 本多家廟所は勝元(渡辺謙)の屋敷として撮影されたらしいが、とうてい人が住める家ではなかった。景色だけを借りたのだろう。 書写山は、なんてもない景色が全て絵になる。「駆け込み女」では、全面的にロケ地として使われた所以だろう。 摩尼殿では、スーチーが歩くシーンの場所を特定した。 他にも、「軍師官兵衛」「武蔵」などのNHK大河ドラマ、「源氏物語千年の謎」「天地明察」などで使われた、この山は、古い建物なのに参観者も中まで入れる所が多くて、そういう開かれた姿勢がロケ地に 何度も選ばれる所以なのだろう、と推察した。 偶然、映画のロケハン隊らしき人々が居たので、何を撮影するのか聞くと、来年秋公開の「関ヶ原」らしい。原田真人監督作品である。よほどこの山が気に入ったのだろう。
2016年09月27日
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二日目、とても三回に収め切れませんでした。五回に分けて掲載します。4月22日(月)晴れ 2日目朝、寝坊した。行きたい所に行けなかった。私の人生っていつもこんな感じだ。朝食は一泊4000円とは思えないバイキング。2泊するので、半分くらいしか乗せなかった。深草駅に行く。龍谷大学正門。ずっと昔、ここに受験に来た。その時と雰囲気がまるきり違う。他にもう一つ京都の私立の受験をした。京都の左京区に、兄貴の下宿があった。今でもイマイチよくわからないのだけど、地下の鰻の寝床だった。玄関扉から地下に降りて、細い廊下の最初の扉を開けると、2人がやっと寝ていられるスペースがある。よって陽は入らない。そこを基地として、受験日と受験日の間の期間を利用して1週間、私は京都観光をした。中学修学旅行は奈良・京都だったが、日本史教科書に載っている京都はそれだけではないだろうと、確信を持っていたから昭文社のポケット地図を持って、行きたい寺は全て踏破するつもりだった。京都をなん分割かして、今日は銀閣寺周辺、今日は六波羅蜜寺周辺、今日は金閣寺周辺、今日は二条城周辺、今日は平等院周辺と歩いていった。行きと帰りだけバスに乗り、地図に載っている有名ラーメンを食べ、時には、同志社映画研究会に入っていた兄貴オススメの名画座「京一会館」などで一日中初めて若松孝二などのピンク映画を延々と観たりした。一本目こそ興奮したけど、三本目からは飽きてしまったのも覚えている。ものすごく、大人になった気がした。今思えば、ピンク映画なのに素晴らしいチョイスだったのだ。その後何回か京都を訪れ、行きそびれた所は補ってきたので、有名所の寺は大抵行ったはずだと思っている(実際はそうではないのではあるが)。この金のかからない旅が、私の生涯の旅スタイルになった。この時、京都の土地勘がついたので、その後歴史小説を読むときや、歴史書物を読む時にどれほど役に立ったかしれない。若い時に、京都を1ー2週間、東京を1ー2週間歩いて回ることは、その後の人生に必ず役に立つ。東京へは私はその後15年経たないと行くことができなかった。私立受験は、ひとつは落ち、龍谷大学は受かった。しかし、そのあと国立の山口大学に受かったので、さすがに兄弟共に私立大学に行くカネはないと、私は自覚していて山口に行った。大学に未練はなかったが、京都の文化には未練はあった。電車で出町柳駅まで来る。糺の森に着く。河合神社。見るつもりはなかったが、説明を見るととっても興味深い。鴨長明の人生挫折の神社だったのだ。三井社。三井物産の社殿ではない。下鴨神社の分霊神社。ともかく、異様に屋根を綺麗に古く保存している。河合神社では鏡絵馬と言って、美人の神社の霊剣新たかにあやかるためか、自分の化粧品で飾り立て奉納するらしい。まあ様々な「化粧」があるものだと、実際の奉納を観て思う。本殿。任部社(とうべのやしろ)。祭神は八咫烏の命らしい。ということで、サッカー選手のサイン入りボールが奉納されていた。鴨長明資料館があった。ほかの2つの資料館と三館共通券。博物館フェチとしては観なくては。中の鴨長明失意のうちに河合神社を去る事情については、冒頭のここを観てもらいたい。彼のいた頃の下鴨神社古図。江戸時代の鴨長明の絵。既に仙人のようになっている。うーむ、違うと思うけどなあ。大福光寺本『方丈記』(複製本)。鴨長明直筆かどうかは不明らしい。ひらがながカタカナになっているところが特徴的。直筆だとしたら、ホントに貴重だ。実際の方丈庵がある場所らしい。行きたいけど、実際は半日仕事になる。諦める。実際の場所の写真。外に方丈庵の復元があった。観たかったので、嬉しかった。こういう生垣はあったと思う(少年の世話する者までいたのだから)。夏は涼しく冬はなんとか凌げそうだ。四畳半。私はそんなに酷い家とは思わないのだけど。瀬木の小川。湧き水から出る水が糺の森を通って行く。今は枯れていた。この川の石橋を渡り、河合神社に向かう、その間の馬場が、なんとラグビーワールドカップの第1蹴の地らしい。八咫烏神社は、蹴鞠の神様なので、ラグビーにとっても神様なのかもしれない。
2019年05月03日
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14日の日曜日午前中に録画した番組を観て作ったのが、この具だくさん味噌汁です。各界で活躍するヒーローやヒロインたちが子供時代に食べてきた家庭料理を軸に、家族の愛を描くドラマトークバラエティー。NHK岡山が、2017年度の新番組として季刊放送するらしい。第1回タイトルは『辰吉丈一郎』ご存知のように、彼は岡山県倉敷市児島の出身である。しかも、私よりも10歳歳下だから、私が23歳で社会人になったときに、彼は児島の中学校で有名なガキ大将をちょうど始めた頃になるだろう。「46歳の今も世界王者への返り咲きを目指して現役生活を続ける不屈のプロボクサー辰吉丈一郎を迎える。故郷・児島から大阪へ修業に旅立つまでの15年間の子供時代を男手一つで育て上げ、52歳の若さで亡くなった父・粂二。母がいないことでイジメにあって苦しんでいた丈一郎にボクシングを教えた粂二が、その無骨な手で毎日作り続けた"ごちそう"によって不死鳥ボクサーのカラダは作られた。丈一郎が愛して止まない亡き父のレパートリーとは?!( ※ 辰吉丈一郎の吉の字の上半分は士ではなく土。丈の字の右上には点が付く。)」と、ホームページには書かれている。ひとつが、具だくさん味噌汁であり、ひとつが卵焼きだった。米は鍋で炊いた。私が作った味噌汁(写真)は、この番組で辰吉が作ったそれとは違う。具には、麩、玉ねぎ、じゃがいも他のいろんな具が入っていた。しかしいいのだ。要はあり合わせの野菜やタンパク質が取れればいいのである。特徴は、その切り方にあった。必ず子どもが食べやすいように、薄く切っていた。無骨だけど繊細。それはそのまま辰吉の血と肉になった。残念ながら、辰吉がいた15歳までを、私は児島の方面に仕事に出向かなかった。私が30歳代で児島方面で仕事をしていると、辰吉が世界チャンピオンに何度も返り咲いた頃で、「辰吉は味野中学校で、ものすごいヤンチャしてたんだぜ」という噂は聞いた。辰吉は中学校卒業後、先生の勧めで大阪に出向いてボクシング修行をすることになった。長屋形式の借家で、時には自分は飯を食べずに辰吉を育ててきた粂二は、先生の勧めを直ぐに引き受けたらしい。その気持ちを辰吉が汲むのは、ずいぶんあとになっての事になる。辰吉は、根っからのファイターチャンピオンだった。負けても、網膜剥離になっても返り咲いた。その頃粂二は、「俺の役目は終わった」とばかり辰吉の誘いを断り岡山を出る事もなく、飯も作らず、毎日酒と缶コーヒーを飲んでいたという。辰吉がチャンピオンになっても、粂二は周りに威張ることはなかったが、時々辰吉の中学校の友達には「丈一郎はすごいけど、わしもすごかろうが。わしがミルクつくってオムツかえて、全部しよったんで。信じれんじゃろうが。こんなかっこしとっても、する事はしてきとったんで」と言っていたらしい。98年、チャンピオンベルトを失った翌年、粂二死去。辰吉は誓う。「チャンピオンになるまで、お父ちゃんの骨を墓に入れない」。それから18年、今でも現役に拘っている。
2017年05月16日
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「鬼平犯科帳」令和3年6月9日サンテレビ観賞 先日たまたま観たら、「密偵たちの宴」だった。 主要登場人物総出、それぞれの役割が全部出た、作品のテーマ自体が1番出た屈指の傑作、そして相模の彦十が江戸家猫八、大滝の五郎蔵が綿引勝彦というもう2度と観れない至福の1時間。 「急ぎ働」をきちんとお縄にして、なおかつ業つく金貸に密偵たちがあっと言わせ(どうやって金蔵の鍵を手に入れたのか、スッカリ忘れていた)、最後は鬼平が総てを掻っ攫ってゆくラスト。密偵たちのみんなの一人一人の「お頭は恐ろしい」と言う表情が、もう2度と観れないのかと思うと、ホントに愛おしい一編だった。 因みに 鬼平犯科帳DVDコレクション 36号 (おみよは見た、密偵たちの宴) [分冊百科] (DVD付) という商品があって、Amazonで販売されている。 蛇足だけれども、ラストはこうだ。 平蔵(中村吉右衛門)はそのまま帰るかと思いきや、「あ、そういえば、五郎蔵、鍵は元のところに返しておけよ」と言って部屋を出る。その間は、やはり映像のものです。確か、相模の彦十(江戸家猫八)を目を丸くし、大滝の五郎蔵(綿引勝彦)はむっつり黙り込み、小房の粂八(蟹江敬三)は口をぽかんと空け、伊三次(三浦浩一)は向こうを向いて黙り込み、おまさ(梶芽衣子)は「たから言わんこっちやない」という表情。そのあと宴は、「潰れるまで飲もう」とやけ酒になる。そのあと、1人江戸の夜の道を帰る平蔵がふと振り返って、お茶目に舌を出したところで終わりです。
2021年06月13日
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「非暴力行動198の方法」を書き写しました。 (ジーン・シャープ「独裁体制から民主主義へ」(ちくま学芸文庫)より)※印は訳者瀧口範子による注を選択的に附した。 ■非暴力抵抗と説得の方法 形式的声明の方法 1.公共の場で演説する 2.反対意見や支援を示す手紙を送る 3.組織や機関にによる宣言を行う 4.署名入りの公共声明を出す 5.告発や決意を宣言する 6.グループや大衆による嘆願を出す 幅広い人々とのコミュニケーション手段 7.スローガン、風刺画、シンボル 8.旗、ポスター、プラカード 9.チラシ、パンフレット、本 10.新聞、刊行物 11.レコード、ラジオ、テレビ 12.空中文字、地上文字 グループによる主張の方法 13.代表団を設置する 14.模擬的な賞を授与する 15.ピケを張る ※重要な場所に行って歩き回ったり座り込んだりして、監視すること。 16.模擬的な選挙を実施する ※合法的な選挙を行うことが認められていない場合に、独自に直接選挙や訪問による票回収などの方法で違法な選挙を行うこと。 象徴的な公然行動の方法 18.旗や象徴的な色を掲げる 19.シンボルを身につける 20.祈祷や礼拝を行う 21.象徴的なモノを届ける 22.抵抗のための脱衣行動をおこす 23.自身の所有物を破壊する 24.象徴的な明かりを掲げる 25.肖像画を提示する 26.抗議のためにペンキを塗布する 27.新しい標識や名前を掲げる ※道路や駅名などの標識を撤去したり、異なった名前をつけたりすること。 28.象徴的な音を鳴らす 29.土地や領土の象徴的な返還要求行動を起こす ※重要な意味を持つ土地に木を植えたり、建物を建てたりすること 30.無礼な身振りをする 個人に対して圧力をかける方法 31.役人に"つきまとう" 32.役人をなじる 33.馴れ馴れしくする ※主に兵士や警察を相手に、親しげに振舞って、こちら側の影響力を直接的、間接的に与えること 34.寝ずの座り込みを行う 演劇と音楽 35.ユーモラスな寸劇やいたずらを行う 36.演劇や音楽会を上演する 37.歌を歌う 行進を利用する方法 38.行進をする 39.パレードを行う 40.宗教的な行列を実施する 41.巡礼する 42.車によるパレードを行う 死者を讃える方法 43.政治的追悼式を催す 44.模範的な葬儀を行う 45.示威的な葬儀を行う 46.墓参りをする 公の集会方法 47.抗議や支援の集会を開く 48.抗議会合を持つ 49.偽装した抗議会合を開く 50.討論会を開く 撤退と放棄の方法 51.退室する 52.沈黙する 53.勲章を放棄する 54.背中を向ける ※文字通り身体的に背中を向けて沈黙すること。 ■社会的非協力の方法 人を排斥する方法 55.社会的にボイコットする 56.選択的な社会的ボイコットを行う 57.セックス・ストライキをする ※好戦的な夫に対して、妻たちがセックスを拒否し続けること。 58.破門する 59.職務禁止令を出す ※宗派のトップが、特定の地区での祭事の禁止を命じること。 社会的行事、慣習、機関への非協力の方法 60.社会活動やスポーツ活動を停止する 61.社会的行事をボイコットする 62.学生ストライキを行う 63.社会的非服従を起こす 64.社会的機関から脱退する 社会制度からの撤退の方法 65.自宅待機する 66.完全な個人的非協力を行う 67.労働闘争を起こす 68.避難所を設ける 69.集団失踪する 70.抵抗の避難行(ヒジュラ)をする ■経済的非協力の方法:(1)経済ボイコット 消費者による行動の方法 71.消費者によるボイコットを起こす 72.ボイコット製品の非消費行動を起こす 73.耐乏生活に入る 74.家賃不払いを起こす 75.賃貸拒否をする 76.全国的消費者によるボイコットを起こす 77.海外の消費者によるボイコットを起こす 労働者や生産者による行動の方法 78.工具によるボイコットを起こす 79.生産者によるボイコットを起こす 中継による行動の方法 80.原料供給者や仲買人によるボイコットを起こす オーナーや経営陣による行動の方法 81.売買業者によるボイコットを起こす 82.土地の賃貸や販売を拒否する 83.閉鎖する 84.産業支援を拒否する 85.商人による“全体ストライキ(ゼネスト)”を起こす 財政源の所有者による行動の方法 86.預貯金を引き出す 87.料金、会費、税金の支払いを拒否する 88.負債や金利の支払いを拒否する 89.財源や信用金を遮断する 90.政府への支払いを拒否する 91.政府紙幣を拒否する 政府による行動 ※この政府とは、何らかの独裁的権力が支配的な中で、別の政府が存在している場合のこと。 92.国内通商を禁止する 93.業者をブラックリスト化する 94.海外販売業者との取引を禁止する 95.海外買受業者との取引を禁止する 96.国際貿易を禁止する ■経済的非暴力の方法:(2)ストライキ 象徴的ストライキの方法 97.抗議のストライキを起こす 98.急に退室する(稲妻ストライキ) 農業ストライキの方法 99.農民によるストライキを起こす 100.農業労働者によるストライキを起こす 特殊グループによるストライキの方法 101.押しつけ労働を休止する 102.囚人によるストライキ起こす 103.同業組合によるストライキを起こす 104.専門職によるストライキを起こす 通常の産業ストライキの方法 105.機関によるストライキを起こす 106.業界でのストライキを起こす 107.同情ストライキを起こす 限定的ストライキの方法 108.細分ストライキを起こす ※職場から作業員が1人づつ去って行く方法で行なわれるストライキ。 109.バンパー・ストライキを起こす ※ある業界の中で、会社ごとにストライキに入っていく方法。 110.減産ストライキを起こす 111.順法ストライキを起こす 112.仮病を使って休む 113.辞職によるストライキを起こす 114.限定的ストライキを起こす ※時限ストのこと。 115.選択的ストライキを起こす ※特定の作業だけを行わないストライキ。 複合的産業ストライキ 116.一般的ストライキを起こす ※部分ストのこと。 117.全体的ストライキ(ゼネスト)を起こす ストライキと経済封鎖を組み合わせた方法 118.同盟休業をする 119.経済封鎖をする ■政治的非協力の方法 権力に対する拒絶の方法 120.忠誠を保留、あるいは撤回する 121.公的援助を拒否する 122.抗議を唱える文書公開や演説を行う 市民による政府への非協力の方法 123.立法機関をボイコットする 124.選挙をボイコットする 125.政府による雇用や就職をボイコットする 126.政府の省、機関、その他の組織をボイコットする 127.政府の教育機関から退学する 128.政府支援を受ける組織をボイコットする 129.執行機関への協力をボイコットする 130.自身の標識や表札を撤去する 131.役人指名の受託を拒否する 132.既存機関の解散を拒否する 市民による服従に代わる方法 133.不承不承と緩慢に従う 134.直接的な指示不在のもとで非服従を行う 135.民衆規模での非服従を行う 136.偽装的な不服従を行う 137.集会や会合解散を拒否する 138.座り込みを行う 139.徴兵や国外追放に対して非協力になる 140.潜伏や逃避をし、偽りの身分を名乗る 141.“非合法的”な法律に対して市民的不服従を起こす 政府職員による行動の方法 142.政府職員による支援を選択的に拒否する 143.指令や情報系統を遮断する 144.足止めや障害を起こす 145.事務業務全体での非協力を起こす 146.司法関係者による非協力を起こす 147.警察関係者による意図的非効率と選択的非協力を起こす 148.上官に対する暴動を起こす 政府による国内行動の方法 149.疑似合法的な回避や遅延を起こす 150.地方政府による非協力を起こす 他国の政府による行動の方法 151.外交や他の代表を変更する 152.外交行事を遅延する、あるいは取りやめる 153.外交交渉を保留する 154.外交関係を断絶する 155.国際機関から脱退する 156.国際機関への入会を拒否する 157.国際組織からの除名を受ける ■非暴力的介入の方法 心理的介入の方法 158.自らをその要素にさらす ※火や灼熱の太陽など、身体的、心理的に極限状態に陥るような状況に身を置くこと。 159.断食する (a)道徳的圧力をかけるための断食 (b)ハンガー・ストライキ (c)サティーヤグラハ的(非暴力抵抗としての)断食 160.逆提訴する 161.非暴力的いやがらせをする 物理的介入 162.座り込みを行う 163.立ち尽くしをする 164.無許可乗車をする 165.無許可の水中侵入をする 166.歩き回りをする 167.無許可で祈祷をする 168.非暴力的急襲をかける 169.非暴力的空襲をかける 170.非暴力的侵入をする 171.非暴力的介入を行う 172.非暴力的妨害をする 173.非暴力的占拠をする 社会的介入 174.新しい社会パターンを構築する 175.機関の作業を過剰負担にする 176.業務を停滞させる 177.集会で介入演説をする 178.ゲリラ演劇を上演する 179.別の社会的機関をつくる 180.別の通信システムをつくる 経済的介入の方法 181.逆ストライキを起こす ※必要以上に働いて、従業時間や生産量をオーバーさせること。 182.居座りストライキをする ※職場には来るが、作業は行わないストライキ。目的が達成されるまで続けられる。 183.非暴力的に土地の差し押さえをする 184.封鎖を無視する 185.政治的動機による偽造を行う 186.妨害的な買い占めを行う 187.資産を差し押さえる 188.投げ売りをする 189.選択的に後援する 190.別の市場をつくる 191.別の交通システムをつくる 192.別の経済機関をつくる 政治的介入の方法 193.行政機関を過剰負担にする 194.秘密警察の身分を暴く 195.拘束を求める 196.“中立的”法律への市民的な不服従を行う ※独裁政権が提示する一見中立に見える法律を受け入れないこと。 197.非協力の下に仕事を続行する 198.二重統治や並行政府を打ち立てる 2014年2月27日記入 実際は、198よりはるかに多くあるだろう。書かれた時期が90年代だから、インターネットは言及されていない。しかし、これをみて例えば「12.空中文字、地上文字」というやり方に「あっ、」と思うのである。「まだまだやれることはいくらでもあるのではないか」
2014年03月02日
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取り急ぎ、ご報告。昨日夜に「麻生でてこい!!リアリティツアー救援会」から賛同表明に対するお礼と報告のメールが来た。不当逮捕の三人が釈放されていることは一応知っていたので、よかった、よかったと悦びたいと思っていたのであるが、なんと最後の一文で「「救援会」は今後、3人の不起訴を勝ち取るまで闘いを続けてまいります」とあるではないか。てっきり不起訴処分決定で、無罪放免されたのだと思っていた。無罪放免でも、警察のやり方を二度起こさないための運動や、マスコミ対応の批判は必要だと思っていたが、もしも起訴されたならば、刑事裁判の99.9%は有罪になるという日本の理不尽な裁判制度はまだ残っているわけだから、まだまだインターネットでの注視は必要と言うことである。麻生でてこい!!リアリティツアー救援会ブログへの注目をこれからもしていきたいと思う。以下届いたメール「麻生でてこい!!リアリティツアー救援会 不当逮捕弾劾声明」に賛同をいただいたみなさま、ご支援をいただいたみなさまへご報告が遅くなり、大変申し訳ありません。10月26日に東京・渋谷で行われた「リアリティツアー2――62億ってどんなだよ。麻生首相のお宅拝見」にて不当・不法逮捕された3名は、11月6日午前、11日ぶりに釈放されました。早々とメーリングリストやブログを通じてこの不当逮捕の問題を取り上げていただいたみなさまや、弾劾声明に賛同していただいた全国・全世界のみなさまの声(約700件:7日時点)により、3人が釈放されたものと感謝しております。本当にありがとうございました。6日19時から総評会館で行われた「でてこい3人!でてこい麻生!!麻生邸リアリティーツアーの不当逮捕に抗議する集会」には約250人の方々にお集まりいただき、3人も元気な姿を見せ、釈放を喜びあいました。集会では、3人がそれぞれの言葉で当日の状況や拘留中の様子、そして支援者への感謝を述べました。また、会場で当日の映像を見ながら警察の無法ぶりを再確認し「何らかの形でやり返す」ことを決意しました。また、警察発表を無批判に流すマスコミの姿勢を批判し訂正を求めました。「救援会」は今後、3人の不起訴を勝ち取るまで闘いを続けてまいります。引き続き、ご支援・ご協力をよろしくお願いいたします。11月9日
2008年11月10日
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「水滸伝7」烈火の章 北方謙三「おまえいま、志がどうあるべきか、などということを考えているな。そういう無駄はやめておけ」「無駄なのですか」「志がどうあるべきかなど、ひとり一人で違う。お前は土を捨て、闘いを選んだ。大事なのはそれなのだ。闘い抜くことが出来るのか。自分で選んだことをやり遂げられるのか。志は難しい言葉の中にあるのではない。お前のやることの中にある。」分かるような気もした。完全には分からない部分もある。「考えてみます。」「立ち止まらずに考えろ。闘いながら、考えろ。それで見えてくるものがある。立ち止まっていれば、いまと同じものしか見えん。そういうものだぞ。」陶宗旺は若い農民だが、止むにやまらぬ情熱を持って宋江についてきた。石積みの技術で思わぬ成果を作る。この若者の前で、今回も多くの英雄たちが死んでいく。若者は彼らの生き様を見ながら、次第と志とは何かをつかんでいくのであろう。昔から志をともにしてきた元官軍の武将が、500の騎馬隊にひとりで立ち向かい、散々てこずらせ、時に圧倒し、まさしく空を飛ぶ虎のように飛び、雄雄しく死んでいく。将来を嘱望された若い軍師が誇りを守るために戦死していく。闇の中で貴重な情報をもたらせてきた間諜が人知れず殺されていく。解説の縄田一男は「彼らにとってはおのれの死すら梁山泊が勝ち取った勝利のひとつなのだ。」という。私も読んでいて、そう思う。さて、「戦争をする国つくり」のための日程が次第と明らかにされつつある。それにそれぞれのやり方で戦っている全国の「個人」「個人」が現実世界でも、ひとりまたひとりと倒れていこうとしている。その死に様さえも、我々の勝利のひとつになるように、残ったものの志が問われている。これを読んで、右翼の主張に辟易している方は、まるで特攻隊員の死に様を美化するかのようだ、というだろうか。そうかもしれない。「水滸伝」を読んでいて思うのは、梁山泊側にしろ、青蓮寺側にしろ、どちらも誇りを持ちながら闘っていることに関しては同じなのだ。卑劣な人間は糾弾すればいい。けれども精一杯戦う、闘い方に敵味方の区別は無い。私が特攻を美化しないのは、特攻させた側に「志」が無いと思ったからだ。その意味で「特攻は犬死に」である。話がそれた。いまここではない、もうひとつの世界を夢見て生きたい。私の志を闘いながら考えて生きたい。
2007年05月17日
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原作・脚本・監督 : 宮崎駿 製作 : 鈴木敏夫 声の出演 : 山口智子 、 長嶋一茂 、 天海祐希 、 奈良柚莉愛 、 土井洋輝 、 柊瑠美 、 矢野顕子 、 吉行和子 、 奈良岡朋子 どうもすっきりしない。子供向けに作った水準の高いアニメだとは思う。 命を大切に。 約束は守る。と、言うメッセージとともに前半のトロール漁船が描き出す一見綺麗な猟師町の海の底にも非常に多くのゴミが堆積していることを描く。その一方で後半のデボン紀の海をも見せる。 地球環境を守ろう。などと言うメッセージも読み取れなくも無い。中盤の嵐前後描写は躍動感があって素晴らしい。けれどもだ、「千と千尋の神隠し」ほどにはイマジネーションの広がりは無く、「もののけ姫」ほどにはドラマの緊張感は無く、「となりのトトロ」ほどには愛くるしいキャラは生まれず、「ハウルの動く城」ほどには破壊衝動が無くなり一方では何かこそこそやっているような気がする。問題はフジモトである。彼はいったいなにものなのだ?どうも宮崎駿の分身のような気がする。フジモトは今回はポニョを尊重し、当初の計画は棚に上げにしたようだが、とっくの昔に地球に見限りをつけ、この地球の表面を壊して海を再生しようとする。そのためには人類が何億と犠牲になろうと仕方ないと言う立場をとる究極のアナーキストである。(未来少年コナンはそもそもそのような時代から始まった物語だった)「ハウル」は宮崎の絶望感が爆発して収拾がつかなくなった作品だった。今回は宮崎の孫ともいえるポニョが出てきて、彼女が人間の間だけは人類を生かそうとする。そういうラストだと思えなくも無い。あとやはり一夜明けたら嵐のあとなのに全く濁りの無い海がひろがり、今までの町がその底に沈んでいるというのはやはり違和感を感じる。カタストロフィを綺麗ごとに捉える宮崎駿の傾向が顕著だからだ。(「パンダ・コパンダ」「千と千尋」でもある情景)。ただ、今回の場合は理屈がつく。今回の場合は時空の狭間に落ちて、町ごと太古の時代にタイムスリップしたのかもしれない。だからラストのあの瞬間のあとに町は元のところに戻っているのかもしれない。ファンタジーだから、理屈に合わないところは皆オーケーにしよう、と言う主張には組みしない。子供は何回もこの映画を観る。もしかしたら、ものすごく危険な映画かもしれないのである。わざと挑発的な文章を書いています。請う反論。
2008年08月01日
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「ポーの一族3」萩尾望都 小学館コミックス復刻版「ポーの一族」新章を読んだはずみで、5月に復刻版が出たというので注文してみた。残念ながら「3」しかネットの在庫がなかったのだが、そもそもシリーズそのものが時制を行ったり来たりしているのだから、これで十分だろうと思っていた。最初、一切汚れがないページをめくると「こんなのだったのかな」という気がしてしてくるけど、2頁目からはすっかり昔の気分を取り戻した。ドイツの寄宿舎(ギムナジウム)に馴染めないアランの喋るイギリス語は、この歳になって初めて意味が解った。そして、偶然この巻から始めて良かったと思った。シリーズ中で、おそらく屈指の傑作だったのである。「だあれが殺した?クック・ロビン」中学生の時には学園ミステリー仕立てで物語が進むので、ストーリーの構造を掴むためだけに何回か読まなくてはならなかったけど、今ならば一度読んだだけで大筋はわかった(←当たり前か)。だから、とりあえず整理してみる。エドガーとアランは(おそらく)1948年頃にイギリスで3歳ぐらいのロビンに出会う。毎年会っていつかパンパネラ一族に加えようと思っていたが、1952年ロビンの両親は離婚して、母親と一緒にリバプールへ。1956年ごろ母親と死別したロビンは父親のカー氏がスイスに連れてゆく。カー氏は再婚して57年にロビンをドイツのギムナジウムに押し込め、イタリアに渡る。ロビンは学校に馴染めずにいじめにあい、事故か自殺かはわからないが「天使(エドガーたち)が来た」と叫んで沼に落ちて亡くなる。エドガーたちがロビンの死の真相を確かめに寄宿舎に来たのは1959年である。キリアン・ブルンスウィッグ。東西ドイツに分かれていた頃、1950年代初めに東から難民として逃れて来た(その頃はまだベルリンの壁は建設されていない)。逃れる時に母親は殺され、父親は国境で捕まった。キリアンはディーテール家に引き取られ、やがて寄宿舎に入る。ディーテール家の長女リースが初恋の人だったが、あえなく失恋。1957年、12歳の時にロビンを追い詰めた罪の自覚で長髪、ソバカス顔になる。「ロビン、ちがう!沼地の奥まで狩られたのはぼくだ!張り出し窓で泣いていたのはぼくだ!ずっと落ちて死んで自由に逝ってしまいたかったのはぼくだ!」現在キリアンがドイツで生きているならば、おそらく71歳。ドイツ統一のために闘って来たのではないかと(勝手に)想像する。誰がロビンを殺した?エドガーも自分を責めていた。自分たちを忘れているんじゃないかと心配して、迎えにいくのを躊躇していたのだ。ロビンの死の真相さえ、分かればエドガーたちにもうこの寄宿舎学校に用はなかった。しかし、一瞬の油断から温室の世話係をしていたマチアスに正体を知られる。エドガーはとっさにマチアスも仲間にする。しかし、エドガーの正体に薄々感づいたキリアンとテオがマチアスが目覚めた時に彼を消滅させてしまう。エドガーとアランはアメリカに行った。キリアンは微かにマチアスに噛まれて仕舞う。萩尾望都はついつい書いて仕舞った。「パンパネラの血は、キリアンの体内に深く沈んで存在した。それは潜在的な因子として子孫に受けつがれてゆき‥それはもっとのちの話となる」この記述があるがために、「ポーの一族」ファンたちは、一生「続編」を待ち望む「呪い」をかけられてしまった。もちろん、私にも。その呪いは未だ解けていない。しかし、改めて読むと「子孫に受けつがれてゆき」となると、最短でキリアンの孫の世代の話になるのである。そうなると、1970年代ならばSFとしてしか描くことはできなかった。萩尾望都が続編を書かなかったのも当然なのだ。さて、ここでやっと本題に移る。私たちは、この学園ミステリーに隠された「最大の謎」を見落としていたのではないだろうか。ロビンはなぜ「将来の仲間」として選ばれたのだろうか。パンパネラ始祖の血を引き継いだエドガーはしかし、仲間を作った(血を送った)のは、緊急避難のマチアスを除けばエドガーの妹メリーベルとアランのみだ。それ程に仲間入りは大量のエネルギーが必要なので、大きなことなのである。アランは、メリーベルに似た写真の入っている懐中時計を沼に落として叫ぶのである。「学校にくるの、最初から気にくわなかったんだ!メリーベルだって、ロビン・カーだって、どうでもいいじゃないか。ぼくのことだけ考えてくれなけりゃいやだ!」ここからわかるのは、ロビンの仲間入り方針はエドガー主導だということである。なぜ3歳の頃からエドガーはロビンに執着したのか。やはり考えられるのは、ロビンの母親が特別だった、ということなのではないか(父親は生きていて、何もしていないので母親の方だろう)。何らかの事情で母親は仲間に入れることはできなかった。ならば、子どもを、ということなのではないか。ということならば、エドガーと母親が出会っているのは、1940年代のイギリスということになる。その頃のエドガーは何をしていたか。そう、まさに「ポーの一族」の新編「春の夢」は、その時代の物語なのである。ロビンの母親の旧姓が「3」では明らかでないのも、示唆的だ。私はここで預言しよう。「春の夢」は「小鳥の巣」の前日譚である。もう一つ言えば、キリアンの孫が14歳になっているとすれば、正に2016年の現在かもしれない。となれば、もうSFではない形で、あの夢見た「続編」が拝めるかもしれない。produced by 「13日の水曜日」碧猫さん
2016年06月25日
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加藤周一の娘ソーニャさんの寄稿文by「図書」12月号なんとか、手に入れた!題名は「夕陽妄語(とドイツ語のその言葉)」。ソーニャ・カトー文、高次裕翻訳。内容は、立命館の加藤周一文庫開館記念講演の内容を大幅に膨らませたもののように思えた。あの時、聞きそびれていたことや、曖昧だったことも随分明らかになったような気がする。新しく知ったこともあった。以下、私的に「おおっ」と思ったことをメモする。・(私は)この家系で加藤という名を継ぐ最後の者なのだ。←つまり、家系的には加藤家は絶えるということなのか?最初の奥さん(京都の人?)との間に子供はいたのか?矢島さんとは子供はできなかったのか?いかん、いかん!下世話な感情です。・←ウィーンとの奥さんとの関係が、これを読む限り、何故別れたのか、一向にわからない。・パリでの加藤周一との共通の故郷として、パンテオン広場にある、ルソー像、ゾラ像と向かい合い、ヴォルテール像のすぐ隣のホテルを挙げた(←1度行ってみたい)。・加藤周一のお気に入りの場所(ソーニャさんの定点)。クリュニー美術館の「貴婦人と一角獣」ブランクーシーの彫刻「接吻」(←1度行ってみたい)。・ソーニャさんは、20代にヨーロッパ情報の加藤周一への通信員だったという自覚。←それは当然あり得るだろう。我々とは違い、そういう「生の声」を発信する友人は加藤周一にたくさんいただろう。それが彼の判断を正確なものにしていただろう。・ソーニャさんは「(加藤周一が)政治家になることが、ひとつの選択肢としてあったのか」と思っていたようだが、日本人の読者でその選択肢があり得ると思う人は先ず居ないだろう。・どうやらソーニャさんにとっても、加藤周一のキリスト教洗礼はショックだったようだ。「父は最期の時は一人の人間だったということだ。」ということは、この行動は、娘に相談していないということなのだろう。あゝそうだ。ごめんなさい。2018年12月は、加藤周一没後10年、命日のある月でした。もう10年。はや10年。・「制定から72年間を経過した憲法第9条保持のために戦う者として、私の父は今日でもまだ知られているか」ことあるごとに彼女はそう学者や学生に問い、返答は曖昧で「日本の社会には、そもそも平和の象徴となる人物がいない」と聞いたそうだ。落胆しているソーニャさんに言いたい。少なくとも私は、9条の会で加藤周一の果たした役割は、誕生から立ち上がり運動まで導いた役割は、9人の中で1番重く、決定的だったと思っているし、9条改憲を2018年末のギリギリのタイミングで、またもや退けたことは、9条の会の存在なしには語れないことであり、よって、日本の平和に果たした役割は、とてつもなく、非常に大きい。と心から思っています。2018年12月読了
2018年12月27日
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「MIX(既刊14巻まで)」あだち充 小学館「あの」明青高校が、30数年ぶりに甲子園を目指すという漫画を、あだち充が描いているのは知っていた。どうせ上杉達也と浅倉南の息子が出てくるのだろうと無視を決め込んでいたのだが、最近無料で電子書籍を見ることを覚えて、試し読みをしてみたら、そんな単純な話じゃなくて、血の繋がっていない立花兄弟が甲子園を目指し、みゆき等歴代ヒロインそっくりの可愛い女の子2人も出てきて、じっくり高校野球青年群像を描く話になっていた。という話になりそうなところで、無料お試しが終わったので、続きは買うのはやめて、某所で最新の14巻まで一気に読んだ。勢南高校の西村が息子と共に出てきたり、元・須見工野球部が出てきたり、13巻からは原田正平が記憶喪失で出てきたり、完全「タッチ」の続編となっていた。何度も盛り上がりかけた所で、和也のような悲劇が襲いそうな場面を作ってみたりしている。あだち充は、絵柄に似合わない癖のある漫画を描く男なのだ。明らかに「タッチ(ヒーローの交代)」というテーマではなく「ミックス(名作と現代のコラボ)」というお話になっている。まだまだ主人公たちは高校二年生になったばかり。ゆっくり進んでいるので、あと6年ぐらいは続きそう。あだち充は、そう言うことを平気でやる男である。おそらく、最終回は、明青が甲子園出場を決めて、浅倉南が顔を出す所で終わる、と私は見ている。でも、予想を外すのをとことん楽しんでるのが、これまでの14巻だったからなあ。
2019年05月25日
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午後よりお話シネマの会という映画を語るサークルに参加するために岡山まで出向く。思いっきり映画の話をしてストレス解消。けれども終わった後の恒例の夕食会はパス。次の月の課題映画が三作決まってしまった。「パッチギLove&Peace」「主人公は僕だった」「パイレーツオブカビリアン」である。うーむ、悩ましい。しかもナタリーポートマンの「パリジュテーム」と宮崎あおいの「初恋の雪」をファンとしてはどうするのか、という深刻な問題もある。安売り店で弁当のおかず、野菜、肉、お菓子、ジュース等を買う。これで約二週間、少なくともあと一週間は何も買わなくてもやっていけるはず。理論的には。朝食バナナとジュース。 昼食弁当 夕食弁当500(ガソリン代60キロ) 300(会の場所代) 100(コーヒー) 2854(買い物)計3,754円 残20,440円 最賃生活あと29日
2007年05月13日
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首露王陵となりの金海の観光案内所には、日本語の出来るお姉さんがいる。そこで二つ聞くことがあった。ひとつめ、良洞里遺跡、柳下貝塚はタクシーで果たして行くことができるか。バスは無いと言う事は知っていた。地元のタクシー事情を知りたかったのである。ふたつめ、金海の大学に考古学博物館はあるか。ひとつ目については、遺跡の正確な住所をその場でネットで出してもらったのでOK。ここのタクシーは総べてナビがついているので、住所さえあればたどり着くことができる。二つ目については、金海の大学では考古学の発掘はしていないらしい。よって、博物館は無い。どちらも聞いて良かった。彼女によると、国立博物館に行けばもっと詳しいことはわかるそうだが、そもそも今日は月曜日で博物館が休みだから遺跡めぐりを計画したのである。日清カップラーメンをプレゼントして、観光地金海ですぐにタクシーを拾う。幸い人のよさそうな運転手でずるをする気配なし。30分ほど車を走らし、ナビに従って良洞里(ヤントンリ)遺跡のある場所に行くと、工場団地に入り、工場の敷地にたどり着いた。行き止まりだ。タクシーの運ちゃんがたまたま休憩していた工員に聞いてくれた。そしたら、(これはものすごくラッキーなことなんだけど)彼は遺跡の場所を知っていて、どうやら車は入らないので歩いていく処だと教えてくれたらしい。私は運ちゃんに「ちょっと待ってね」と言って写真にあるような小路を400mほど歩いた。ちょっと開けた広場がそれだった。当時この一帯は海だったはずだ。小さな小山の海辺に墓を設けたのだろうか。ここは三韓から三国時代にかけて、木棺墓、甕棺墓、石棺墓などが出ている。そこから10分ほど走らすと、柳下貝塚がある。有名ではないが、行ってよかった。白い看板があるのですぐに分かった。辺りは発掘していないのか、貝の堆積層がそのまま残っている。看板には特徴的な土器が出たというような記述は無かったが、金海の文化を育むもとになったに違いない。花木洞遺跡はついでに行った。良洞里と同じ時代の墓がある。やはり当時は海の中の小山だったと思う。看板は見つけられずに終った。本当は昨日の福泉博物館でこの山の北側にある貝塚の詳しい地図もゲットしていたのである。タクシーを降りて歩き回ろうと思っていたのであるが、一旦タクシーを降りるとどこで拾うことができるのか、急に不安になったのでやめることにした。だいたいの感覚は分かったので、まあ、満足した。これは花木洞の民家。屋根が独特だ。これも民家。やっぱり所謂玄関は無い。金海市庁に向かって帰り中。あの山のふもとが市庁です。その前に軽鉄道が走っています。山の頂上にある盆山城にはちょっと行けそうに無い。しかしタクシーを使うと楽でいいけど、想う所は少ないということが分かった。ふだん一日で探しきれないところを約1時間半で回ったのである。タクシーを待たせていると思うと、ゆっくりする気持ちも起きず、なんか「そうなのね」で終ってしまった。やはり今後はタクシーを使うのはできるだけ避けようと思う。
2012年02月29日
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今朝は起きたら、晴れの国岡山では珍しく県南にいっぱい積もっていました。9時過ぎてまだ積もっている。ホントに20年ぶりの大雪かも。 昨夜は十数年ぶりに県労倉敷会議の旗開きに参加しました。そのオープニングで沖縄民謡を聞いたのですが、最後にTHE BOOMの「島唄」が歌われたのです。そこで演奏者が一言語ったことに私は驚愕しました。そこで、初めて知ったのですが、これは集団自決の歌だというのです(←知らなかったのは私だけ?)。 「 ウージぬ森」とはサトウキビ畑のことです。その下というのは防空壕、ガマのことなんです。だとすると、「嵐」とは米軍の爆撃のことになるでしょう。 『島唄』 でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た でいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐が来た 繰りかへす哀しみは 島わたる 波のよう ウージぬ森で あなたと出会い ウージぬ下で 千代にさよなら 島唄よ 風にのり 鳥と共に 海を渡れ 島唄よ 風にのり 届けておくれ わたしぬ涙 でいごの花も散り さざ波がゆれるだけ ささやかな幸せは うたかたぬ波の花 ウージぬ森で うたった友よ ウージぬ下で 八千代ぬ別れ 鳥とともに 海を渡れ 島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の愛を 海よ 宇宙よ 神よ いのちよ このまま永遠に夕凪を 朝日新聞に作詞者宮沢和史さんのコラムが掲載されていたようです。引用させていただきます。 『島唄』は、本当はたった一人のおばあさんに聴いてもらいたくて作った歌だ。 91年冬、沖縄音楽にのめりこんでいたぼくは、沖縄の『ひめゆり平和記念資料館』を初めて訪れた。 そこで『ひめゆり学徒隊』の生き残りのおばあさんに出会い、本土決戦を引き延ばすための『捨て石』とされた激しい沖縄地上戦で大勢の住民が犠牲になった事を知った。 捕虜になる事を恐れた肉親同士が互いに殺し合う。 極限状況の話を聞くうちにぼくは、そんな事実も知らずに生きてきた無知な自分に怒りさえ覚えた。 資料館は自分があたかもガマ(自然洞窟)の中にいるような造りになっている。 このような場所で集団自決した人々のことを思うと涙が止まらなかった。 だが、その資料館から一歩外に出ると、ウージ(さとうきび)が静かに風に揺れている。 この対比を曲にしておばあさんに聴いてもらいたいと思った。 歌詞の中に、ガマの中で自決した2人を歌った部分がある。 『ウージの森で あなたと出会い ウージの下で 千代にさよなら』という下りだ。 『島唄』はレとラがない沖縄音階で作ったが、この部分は本土で使われている音階に戻した。 2人は本土の犠牲になったのだから。 -- この歌が沖縄だけではなく、本土でも長く長く歌われていることに、日本民衆の「祈り」のようなモノを感じる。 さて、春闘旗開きである。 県労会議倉敷議長は言う。 「今年は政府も賃上げをしろと言っている。しかし、消費税も上がる。それは実質2%金額で言うと、毎月6000円の賃下げを安倍さんが宣言したのと同じことになります。春闘頑張りましょう」 明日は都知事選です。 宇都宮けんじ、宇都宮けんじをよろしくお願いします!
2014年02月08日
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楽天ブログは、毎日よく読まれた記事のベスト5を教えてくれる。時々、自分で書いてすっかり忘れていた記事が出て来て、自分でその文章に感心することがある。重松清「その日のまえに」の場合もその一つであり、その感想に導かれて、最近それを原則とした映画を見た。まだ見ていないと思っていたからであるが、実は最後まで見ると一回見て、なおかつ記事に書いていることが判明した。そこで、前回の記事と今回の記事、二つ並べてみることにした。先ずは、前回の記事、9年前の記事である。(以上の文は18.03.19に記入)『その日のまえに』どこも まっしろ2009年01月13日カテゴリ 邦画(09~) (121)日曜日に見た『青い鳥』の場合は、村内先生は石川啄木詩集の愛読者であった。いじめというリアルな現実の前には、啄木のほうが確かにあっているような気がする。例えば、気の変わる人に仕えてつくづくとわが世がいやになりにけるかな打ち明けて語りて何か損をせしごとく思ひて友と別れぬ(映画の中では一首も紹介されなかったが)そんな歌の中の現実が、これから向かう学校の現実の真の姿を探す手助けにもなっただろう。同じ原作者のこっちの映画の方は、結局宮沢賢治が大きくクローズアップされた。どちらの原作にも、実は啄木も賢治も出てこない。けれども、この二人が脚本に使われたのは偶然ではないだろう。岩手県出身の二人の詩人はどちらも言葉の天才で、東北の重く垂れ込める空が、どちらも登場人物の心像風景にぴったり合うのだろう。監督 : 大林宣彦原作 : 重松清脚本 : 市川森一出演 : 南原清隆 、 永作博美 、 筧利夫 、 今井雅之 、 勝野雅奈恵原作は既に読んでいる。けれども、冒頭から明るい音楽とともに始まる。ずいぶんと原作とは違うタッチで描かれる。ガンで死ぬ人たちの話であるが、泣かす映画にしてしまっては、確かにつまらない。人はその日のまえにどのようにすごし、その日をどのように迎え、その日のあとをどう生活して行くのだろう。映像と見せるためには、むしろ泣くのはほんの少しでいい。あとは淡々とした明るいタッチの方がいい。肝心の心の部分を、宮沢賢治の『永訣の朝』が代弁する。けふのうちにとほくへ いってしまふ わたくしの いもうとよみぞれがふって おもては へんに あかるいのだ(あめゆじゅ とてちて けんじゃ)(略)ああ あの とざされた 病室のくらい びゃうぶや かやの なかにやさしく あをじろく 燃えてゐるわたくしの けなげな いもうとよこの雪は どこを えらばうにもあんまり どこも まっしろなのだあんな おそろしい みだれた そらからこの うつくしい 雪が きたのだ(略)詩に託して、雪の岩手県の映像が流れる。その静かな白さが、私には心地よかった。原作は去年一番泣いたものだった。映画は泣きはしない。けれども、死を迎えるということはこういうことなのだ、と静かな気持で納得できる映画であった。(以上の文は09.01.13記入)以上が9年前の映画の感想。この半年前に、私は父親を亡くしている。だからこそ、小説を読んで大泣きし、映画を観てこのようにしんみりしている。それから、9年後にDVDで観て何を思ったか?以下がその感想だ。「その日のまえに」(2008)大林宣彦監督作品10年前のDVDを観る。永作博美のガンの発病と、夫の南原清隆の葛藤を縦軸に、幾つかの生死の物語を描いた作品。多くは重松清の原作に依ってはいるが、クラムボンの「永訣の朝」がずっと流れたり、迎え火の代わりの花火大会に、全ての死者を集合させたり、大林宣彦監督らしい演出も目立つ。演出があまりにも大林宣彦監督監督していて、原作読了時のように泣ける映画にはなっていなくて、なんか乾いた笑さえ出てくる。この時は元気だった今井雅之や峰岸徹が、そのあと少ししてガンで死ぬなんて、この時にはみんな思いもしなかったに違いない。また、大林宣彦監督自身がガンに侵されながらも、克服して10年後に作品をものにするなんて、思いもしなかったに違いない。(以上の文は18.03.01に記入)この湿度の違い!どちらの感想がより読ませるか、と言えば、私は9年前を挙げる。もちろん、どちらの感想もわかりにくいという欠点はある。しかし、映画からどちらがより豊かなものを得たか?で比べれば、あまりにも明瞭であるからだ。と言われて、現代の私はもう少し絞り出す。大林宣彦監督は、お涙頂戴にワザとしなかった。本来ならば、発病の発端があり、告知があり、紆余曲折を経て死亡(ここで観客を泣かす)、そして最後の手紙の場面へと移る(「忘れてもいいよ、」という言葉で余情をつくる)のがセオリーだと思う。しかし、映画では、何度も時制が行ったり来たりする。実はこれは、最初の場面から既に終わっていて、その先の南原の回想から始まっていたのだ、と見るのが最も分かり易い観方ということになる。これは日本文学の伝統である。構造がないのである。「その日のまえに」をいくら私たちが映画で観たとしても、必ず終わってみれば、「その日のあと」の物語になるだろう。それならば、最初から終わっていた方が、ホントの「その日の迎え方」になるだろう。と、監督が考えたとしても、無理はない。結果的にはヒットしなかった。永作博美を自分の妻として、勘違いできないからである。とし子という名前にして、永訣の朝を何度も歌わせ、わかりにくいその詩に、とし子の死を重ね合わせる。という凝った演出に、共感したものだけが、この映画に満足しただろう。(以上の文は18.03.12に記入)
2018年03月19日
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「不滅のあなたへ 1ー5巻」大今良時 少年マガジンコミックス「このマンガがすごい2018」オトコ編第3位。5巻まで一気見。私の偏見ではあるが、オトコ編の中ではこれがベストワン。「聲の形」の作者が、ここまでガラリと世界を変え、世界を作って、新しいモノに挑戦していることが素晴らしい。ファンタジーの王道である地図や言語の創成。食べ物、住居、衣服の創作。少年マンガの王道である「主人公が人間として成長してゆく物語」を、まさに「何者でもない球形」から始めるという大胆さ。最初石器時代を思わせる氷原、次に核戦争後の氷の世界を思わせる荒野を見せて、まさか「火の鳥」みたいな何十万年にも渡る大河歴史モノになるかと思いきや、どうやらせめて中世ヨーロッパぐらいの文明はあるらしい世界であることがわかる。最初思ったほどに一挙に年数を飛び越えたりはしない。不滅というのは不死身という意味でここは作られている様だ。話の中心は、文明史観ではなくて、あくまでも「人間とは何か」に移ってきている。世界観の構築は、一生懸命作っているので、十分見ることができる。この作者がまだ若い女の子だということが信じられない。世の中はいつの間にか変わっているんだな。連載が終わった時に、また一括して書評したい。
2018年02月23日
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「ビジュアル大和言葉辞典」大和心研究会 ビジュアルだいわ文庫古語は文化の遺物である。きちんと研究すれば、古代の世界を解明する要素になるだろうし、素人の私たちが知れば、古代を感じる窓になるだろう。古語本来の意味から、最近の使い方まで書いている。間違えるポイントまで書いている部分もあり、全てに用例並びにイメージ写真が付いているので、受験生の直前学習にはいいかもしれないし、それを狙っているのかもしれない。一方、私にとっても親切な古語入門にもなっている。古語は本来、一言づつに長い歴史があるのだから、普通の辞書にあるような無味乾燥的な説明では物足りないのである。私の本来の関心は弥生時代なので、平安時代以前の出典のあるものを特に重視した。厳密に見るのならば、本来の古語を知るには不十分な著述ではあるが、雰囲気を知るにはこれぐらいがいい。以下、勉強になった古語をメモする。・青海原(あおうなばら)海原(うのはら)とも云う。「う」大きい「はら」場所・隠れる 見えなくなる。雨隠れ =雨宿り・木漏れ日 英語にこの意味する言葉はない。爽やかさや温もり、神々しさを感じるのは、独特。・さらさら→ささらめく・ささらぐ→せせらぎ(細流)・時雨(しぐれ)→しぐれる(雨が降りそう)・しぐる(涙をこぼす)・しめじめ(しとしとと潤いを持って)・統ばる(すばる)・統ばまる→昴(すばる)枕草子に登場古代から知られていた星。・きわ あと少しでものになるギリギリのところ。→汀(みぎわ)・山際(やまぎわ空の部分)反対、山の端(やまのは山の部分)・暁(あかつき)朝の全体→曙(あけぼの)→朝ぼらけと云う風に移る・あたら(惜しい)→あたら夜(惜しむべき月が美しい夜)・古(いにしえ) 往にし方 自分が生まれる前の過去 CF昔(自分の生きてきた過去)・泡沫(うたかた)転じてはかないもの例え・篠竹で作った明かり取り→篠(しの)の目→東雲(しののめ、夜明け)用例は古今和歌集・たま(滅多にない事)→たまの、たまたま→たまさか(ホントに滅多にない)→たまゆら(玉響、短時間)・つとに(早朝に)・ゆきあい(行き逢い→季節の変わり目)・したためる(事前に準備する→文を準備して書く)・あながち(必ずしも←強ち←強引に)・熱る(いきる)興奮する、怒る・面映ゆい(おもはゆい)恥ずかしい、照れくさい・こう(恋う、慕う)(乞う、求める)・こころよす(心を寄せる、好き、ひいきする)・すずろ(心に赴くままに物事をする、本意に反する、風情がない)・はなむけ(餞、鼻向け)旅人の安全を願って馬の鼻を向かう方向に向けた事から出た言葉、紀貫之「土佐日記」に出てくる・勢う(栄える、圧倒する、社会を支配する)出典「更級日記」・面も振らず(脇目も振らず)、面を冒す(目上の人を恐れず諌める)、面を起こす(面目をほどこす)、面を輝かせる、面を向かう(対面する)・言問う(こととう)話す、質問する。こととはぬ木すら妹と兄ありとふを ただ独り子にあるが苦しさ。出典「万葉集」・流離う(さすらう)、彷徨う(さまよう)・弛む(たゆむ)→油断する・微睡む(まどろむ)出典「古今和歌集」・「ぬばたまの黒髪」と「みどりの黒髪」は、表面的な意味は同じだが、その意味するところは正反対。・数多(あまた)・いとけない(幼い)いとは幼児。愛しい。ないは意味を強める接尾語。・さやか(清か)はっきりと、明るく清らか。出典「古今和歌集」・さおとめ(さ=稲の神、おと=若い、め=女性。田植えをする若い女)出典「万葉集」ではおとめを「未通女」「処女」・しじま(沈黙)・たおやかに(しなやかに)出典「枕草子」・佇まい(たたずまい)元は立っている様子そのもの・揺蕩う(たゆたう)揺れてくる。出典「万葉集」・千尋(ちひろ)非常に長いこと・のどか(長閑)のんびりしている。のど=穏やか。・ほのめかす=少しだけ伝わるようにする・見目よし(美男・美女)・やんごとない用事で(特別の用事で)VSよんどころない用事で(仕方ない用事で)・淡雪(あわゆき、沫雪、泡雪)出典「万葉集」・麗らか(うららか)出典「枕草子」・朧月(おぼろづき)出典「新古今和歌集」朧は夜、霞は昼。・陽炎(かげろう)日中又は朝方の陽のゆらめき。出典「万葉集」・朝凪、夕凪。出典「万葉集」・野分。出典「源氏物語」・返り花(初冬の小春日和の頃に咲く花)忘れ花、狂い花。・木枯らし(初冬に太平洋側で吹く冷たい風、木の葉を落とし枯らしてしまうぐらいの風)出典「新古今和歌集」2018年1月読了
2018年02月11日
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「海辺の王国」ロバート・ウェストール 坂崎麻子訳 徳間書店 あさのあつこさんが海外児童文学の中でイチオシで紹介していたので、読んでみた。 まるで、あさの作品「バッテリー」の巧のように、自分に誇りを持って、自分を失わない。けれども、そのまっすぐな少年と相対する大人たちは却っていろんな弱さ、強さ、醜さ、脆さを現す。 時代は、空襲でひとりぼっちになる処から始まるので、戦争文学に入りがちかもしれないが、決してそうではない。現代日本でも、貧困の中でもし12歳の少年がひとりぼっちになれば、嫌な「保護」を拒否して、これに似た物語が成立するかもしれない。しかし、果たしてこの物語のように、抑制と具体性と気品を持つことが出来るだろうか。 内容(「BOOK」データベースより) 空襲で家と家族を失った12歳のハリーは、イギリスの北の海辺を、犬とともに歩いていた。わずかな食べ物を犬と分けあい、親切な人や心に痛みを抱えた人、残酷なゆがんだ人など、さまざまな出会いをくぐり抜けるうちに、ハリーが見出した心の王国とは…。イギリス児童文学の実力派作家ウェストールの代表作。「児童文学の歴史に残る作品」と評価され、世界十数ヵ国で話題を呼んだ。ガーディアン賞受賞、カーネギー賞銀賞受賞。 2015年5月22日読了
2015年05月25日
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監督 : 若松節朗 原作 : 山崎豊子 出演 : 渡辺謙、三浦友和、石坂浩二、松雪泰子、鈴木京香、山田辰夫、香川照之、木村多江、清水美沙、鶴田真由、柏原崇、戸田恵梨香、大杉漣、西村雅彦、柴俊夫、風間トオル、神山繁、菅田俊、草笛光子、宇津井健、小林稔侍、加藤剛、品川徹、田中健山崎豊子がOKを出しただけあって、プロットは長い原作を上手くまとめてていると思う。あの長い原作を一本の作品にするのならば、御巣鷹山事故を導入部にするのは必然です。ただ、切れ味は鈍いのではないかと思い、実は封切りの日に観ていたにもかかわらず、今日まで合格作品として写真付きにしようかどうしようかずっと迷っていた。けれども、今日のこの記事を見て私の思っていた以上に切れ味は鋭かったのだということが分り、写真付きで書くことにしました。日航社内報で「沈まぬ太陽」批判 「客離れ誘発」法的手段も社内報ではこんなことを書いているらしい。映画で描かれている社内の報復人事や役員の不正経理、政治家・旧運輸省幹部らへの利益供与や贈賄について「こんな不正があるわけがない」と一刀両断。「国民航空」の名称やジャンボ機墜落事故の克明な描写から「『フィクション』と断っているが、日航や役員・社員を連想させ、日航と個人のイメージを傷つける」と反発している。よくもまあ、社内報とはいえ、こんなことが書けるものだ。私は山崎豊子を「不毛地帯」から「大地の子」「沈まぬ太陽」と読んできているが、次期主力戦闘機疑惑事件、中国残留孤児、日航問題と世のタブーに挑戦してきて、一度たりとも訴えられたことがないことを知っている。それは彼女の徹底的な取材があったからである。日航の場合は、経営者側の「取材拒否」にあったからこそ、それ以外の取材はまさに徹底してやったということを知っている。(御巣鷹山編ではだからこそ実名の小説にもなった)訴えれるものならば、訴えてみればよい。それこそ、「報復人事や役員の不正経理、政治家・旧運輸省幹部らへの利益供与や贈賄」が白日の下に晒されて都合が良いだろう。日航は結局このころから全然「反省していない」ということなのだろう。現在の経営危機はまさにその膿みの決着なのであろう。木村多江や山田辰夫、香川照之 加藤剛、品川徹のように大河ドラマらしく、場面場面では見どころ役者がいて、存在感を出している。木村の悲痛な呟き、香川の揺れ、加藤の「政治家」としての空恐ろしさ、瀬島龍三の品川徹の不気味さ、そして故山田辰夫のお客様係の冷徹さ。ただ、映画として一本芯を通す印象的な場面がいまひとつ作れていない気がしたのである。ナショナルフラッグの旗の下に魑魅魍魎渦巻く組織の中で「筋を通す」ことの困難とかっこよさを恩地と行天に対比させて描くことこそがこの映画の醍醐味なのだろう。その点で、行天がいまひとつ浮き上がらなかった。演技の問題ではなく、演出の問題だろうと思う。国民航空のあのシンボルをもっと効果的に使うとか、最初と最後をきちんと「対」として見せるとか、あと一つ映画的な工夫が欲しかった。しかし、みんなの評判を読むと、私の思った以上に「思い」は伝わっているようなのだ。私はないものねだりをしていたようだ。面白いのは、ブログ評を読んでいると、非常に多くの人が「どうして仕事をやめなかったのか不思議だ」という意味のことを書いている。やっぱり今の若い人にはわからないのか、と苦笑いする。今ほど簡単に仕事を辞める事が社会的に認知されていなかったということもあったかもしれないが、それ以上に一つの労組が今では八つの労組に分裂していることからも分るように、徹底的な「戦う労組つぶし」があった。苦労したのは恩地だけではない。恩地はそれを良く知っていた。だからこそ、「逃げる」ことは出来なかった。彼の言う「矜持」とはそういうことなのである
2009年11月03日
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今年の憲法記念日はいつもに増し25条が注目された。「すべての国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」朝のNHK憲法の日の特集では雨宮可凛、五木寛之、吉岡忍が登場してそれぞれの立場から25条を語っていた。そのときにやはり、問題になるのが「健康で文化的な最低限度の生活」とは何か、ということである。当然「人間裁判」ことが話題になる。今日その場所に行ってみた。朝日さんが入院していたのは、岡山県早島町の現在南岡山医療センターのあるところである。二号線を倉敷から岡山方面に行き、早島無津交差点を左に曲がるとすぐ左手にこの記念碑はある。「犬のように死にたくはなかった」映像の中で朝日さんは訴えている。朝日でも社会面で特集をしていた。今こそ「生存権」を 「朝日訴訟」若者の胸に(ウェブ上に記事がない。長くなるので省略します。)当時26才の弁護士だった新井章さんは「この裁判があったから、25条は絵の中の餅ではなく、使われなくちゃいけないということを多くの人に認識させたのだ」と評価している。実はいまも憲法25条をめぐり訴訟があるという。知らなかった。04年度から始まった生活保護の老齢加算・母子加算の段階的な廃止が同条に違反するとして、高齢者や母親が廃止処分の取り消しを求めて、全国10の地・高裁で争う「生存権訴訟」が起こっているという。そして、今年はその最終段階母子加算の最終的廃止が4月より始まったばかりである。5月16日より、また今年も最賃(岡山県では669円)では「健康で文化的な最低限度の生活」は到底できないことを証明するために最賃生活します。
2009年05月03日
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《逃げろ、逃げろ、生きていてなんぼ、だ》話の筋は単純だ。(何らかの巨大な陰謀で)首相暗殺の嫌疑が掛けられた主人公が、仲間の助けを借りながら、ひたすら逃げる話である。監督 : 中村義洋 原作 : 伊坂幸太郎 出演 : 堺雅人 、 竹内結子 、 吉岡秀隆 、 劇団ひとり 、 貫地谷しほり 、 相武紗季 、 ソニン 、 大森南朋 、 柄本明 、 香川照之 香川照之演じる警視正ならびに警視庁一課の面々は不気味であり、用意周到に主人公青柳に濡れ衣をかぶせたまま消し去ろうとする。なかなかみごとに用意周到なので、基本的に大嘘の映画なのだが、緊迫感があってよい。時には大胆にちょっと切れた刑事はショットガンを使い、白昼堂々青柳を殺そうとするのだが、ちゃんと後でそのショットガンも青柳が使ったのだと情報操作しているのだ。けれども、これは権力批判の映画になっていない。そこが、この映画の新鮮なところである(権力嫌いの映画ではある)。青柳君は時には賢く、時には素人丸出して権力に対峙する。巨大な権力に対してどこにでもあるような商店街や住宅の路地裏が彼の逃走を助ける。巧妙な大衆のイメージ戦略に対しては、根拠も無くあっという間に「人を信じる力」が彼を助ける。面白かった。そうだ、逃げるしかない。いまの世の中、正体は分からないけど、突然(命さえ狙われるような)攻撃を仕掛けられるなんて決して映画だけの出来事じゃない。「派遣切り」なんてその最たるものだ。まじめに仕事をして何年も契約更新してきたのに、ある日突然「契約期間満了」だと言って首を切られる。首を切られたら最後、社会保険も役所も助けてくれずにすぐにホームレス→死亡の道に入っていく。ずっと前にわけのわからないときに派遣法が改正されたのがこの事態を起こしているのだ、と当の本人には理解できない。生きていてなんぼ、だ。もし青柳君がそんなになっても生きていけるのだとすれば、それは彼が信じているだけでなく、彼を信じている人間が少なくとも5人はいるからに過ぎないそれはひとつの「溜め」である。
2010年02月24日
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「ルーマニア日記」カロッサ作 高橋健二訳 岩波文庫 今から13年前、これがどうしても読みたくて、臨川書店のハンス・カロッサ全集版の「ルーマニア日記」を(高かったけど)買ったことがある。 それはそれで素晴らしかったのだが、どうしてもしっくりこなかった。藤沢周平が戦後の結核療養所で愛読していたというハンス・カロッサのそれは、こんなにも立派で明るい装丁の書物ではなかったはずだ、と。それからは古書店に行くたびに岩波文庫版のそれを探したり、雑誌「図書」を見るたびにそれが復刊されていないか探したりした。それでも見つからなくて諦めていた。ところが最近、偶然Amazonで検索すると、簡単に岩波文庫版の古書がヒットするではないか。すぐさま取り寄せた。どうやら10年前とはAmazonの古書事情が全然変わっていたようだ。 これは実は、1994年に一度リクエスト復刊されていた。装丁こそは少し明るいものになっているが、字体は1953年の旧仮名遣いそのままである。 「枯れた葉が、地面の上をハツカネズミのように走った」(9p) 体温まで冷え込むような風景描写。東北の寒さとルーマニア戦線の共通頁は確かにあったのかもしれない。生と死を見つめる日々は、若い藤沢周平に何をもたらしたのか。しかも、人生に絶望しない。人間に温かい。 それらの「眼差し」を、起承転結がない日々の描写の中に確かに認めることが出来る。 ここで描写されるのは、言葉は通じないが優しいルーマニアのお母さんたち。弱く愚かで優しい兵士。人間的な上官。食糧のために無表情に仔猫たちを壁に叩きつけて殺したあとに、一匹奇跡的に生き残った仔猫を断固として守ろうとした男の子と、その猫のか細い命の物語。 びっくりするのは、おそらく何度も何度も読み返したであろうそれらの描写のほんの一言も、ほんの一場面も、藤沢周平は小説の中に流用していないのだ。 それでいて、カロッサにははなはだ失礼で、それどころか「ルーマニア日記」は第一次世界大戦文学の最高峰だと言われているのに、私は敢えて言う。私にはそのことの直接の感想は一切生まれてこなくて、ひたすら「ルーマニア日記」に藤沢文学だけが見えて来た、という感想しか持てないのである。 2015年8月8日読了
2015年08月08日
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「僕は、そして僕たちはどう生きるか」梨木香歩 理論社この本の題名を知って、先ず思ったことは二つ。吉野源三郎の名作「君たちはどう生きるか」をちゃんとリスペクトしているか。もししていたならば、現代の課題に応えているか。結果は二つともマルだった。主人公はおじさんがつけたあだなの14歳のコペルくんである。それでもう一番目の答は十分。二番目については以下に述べる。梨木さんらしく、ガーデニングの薀蓄はたっぷり出てくるし、登場人物はちょっと14歳にしては大人びすぎているが、後半辺りからそんなことはどうでもよくなる。僕は軍隊でも生きていけるだろう。それは「鈍い」からでも「健康的」だからでもない。自分の意識すら誤魔化すほど、ずる賢いからだ。「いじめ」の問題から、「全体主義」の問題まで通じるような「問いかけ」が、このコペル君の痛切の呟きの中に含まれている。この小さな本の中に、性の商品化も、命の価値も、自然保護の問題も、良心的懲役拒否の問題も、言葉の両義性の問題も、ジェンダーの問題も、忍び寄る軍靴の響きの問題も、大きく小さく「問いかけ」られている。「……泣いたら、だめだ。考え続けられなくなるから」コペル君は決意する。戦時中に、徴兵拒否で洞穴に隠れて暮らしていた人がいた。その人が当時を振り返って言うのである。ずっと考えていた。「僕は、そして僕たちはどう生きるか」「戦時中だったからね、自分の生き方を考えるということは、戦争のことを考える、ってことと切り離せなかったんだね。でも人間って弱いものだから、集団の中にいるとつい、皆と同じ行動をとったり、同じように考えがちになる。あそこで、たった一人きりになって、初めて純粋に、僕はどう考えるのか、これからどう生きるのか、って考えられるようになった。そしたら、次ぎに、じゃあ、僕たちは、って考えられたんだ」平成の時代に相応しい中学生、高校生向け「問いかけ」本が生まれた。今年の四月に刊行されたばかり。これからじわりと読まれていくだろう。もちろん大人にも。
2011年10月24日
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「鹿の王4」上橋菜穂子 角川文庫ヴァンは、ホッサルとの長い対話の中で、「生まれながらの貴人はいない」理由として、以下のことを話し始める。「飛鹿の群れの中には、群れが危機に陥ったとき、己の命を張って群れを逃がす鹿が現れるのです。長でもなく、仔も持たぬ鹿であっても、危機に逸早く気づき我が身を賭して群れを助ける鹿が。たいていは、かつて頑健であった牡で、いまはもう盛りを過ぎ、しかし、なお敵と戦う力を充分に残しているようなものが、そういうことをします。私たちは、こういう鹿を尊び〈鹿の王〉と呼んでいます。群れを支配する者、という意味ではなく、本当の意味で群れの存続を支える尊むべき者として。貴方がたは、そういう者を〈王〉とは呼ばないかもしれませんが」(19p)ここに至って、初めて作品の表題の意味が姿を現す。表題が〈犬の王〉とならなかった理由が、ここでやっとわかり始める。もっとも、ラストにならないと真の意味はわからないのではあるが。私は一方の主人公ヴァンをめぐる物語の輪郭をここで掴んだ。こういう〈王〉の在り方は、もしかしたら珍しくはないかもしれない。日本でも身分制が確立しなかった縄文時代や弥生時代後期ぐらいまでは、このような〈王の伝説〉はあったかもしれない。上橋菜穂子は長いことオーストラリアのアボリジニの調査研究をした。いままでは、不思議なほどにその調査研究の影響が作品上にみられなかったが、今回は濃ゆく出た気がする。アボリジニは、英国人の実質上侵略を受けた。長い迫害をどのように耐えて来たのか。現在は、どのように英国人と共存しているのか。それを観て来たのが上橋菜穂子である。ヴァンはラストはどうなったのか、誰もが想像できる。その寸止めの描き方が素晴らしい。もう一人の主人公ホッサルからは、人の身体を国に譬えた話が飛び出した。医療をテーマにして、やはり大きな物語が動いていた。しかしそれは多くの人が解説しているので、ここでは述べない。ただ、文庫版あとがきでは、著者はこの2年間の御母堂の癌との戦いの日々を告白している。さぞかし、決断と忍耐と癒しと悲しみの日々だったろうと推測する。「守り人シリーズ」の文庫本化の時にはまるで最終章に合わすかのように大津波が起きた(最終巻が2011年夏の発行)。「獣の奏者」の時にはISの台頭、そして本作ではこのようなことが起きる。決して時代に合わせて書いているとも思えないが、やはり「何か」あるのかもしれない。2017年9月読了
2017年09月30日
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「風魔」白土三平「忍者旋風シリーズ」の最終章第3部である。ちなみに、白土三平から階級闘争を学ぼうというのは無駄である。白土三平のマンガは教科書ではない。その意味では、闘争を指導する力はない。しかし、白土三平に思想性がないかどうかは、保留しなくてはならない。ある人物の思想性を問う時に、私はふたつの条件があると思う。(1)首尾一貫とした主張があるか(2)社会に大きな影響力をもっているかだから、学者や哲学者だけが「思想家」と言われるわけにはならないのである。むしろ、文学者にも思想性はあると言われている。また、いくら社会的影響力をもっていたとしても、清水幾太郎や竹中平蔵を思想家とは、私は呼ばない。文学の役割は何か。それは加藤周一に言わせると「価値観の変換を促す」ということである。もし、60年代に大きな影響力を持った白土三平のマンガに、その力があったとすれば、白土三平の思想は、(私は首尾一貫とした主張があると思っているので)思想性があると言っていいだろう。風魔一族は「全国の忍びの生活と権利を守るための」組織(忍び集団)であり、すべての忍びの個人や集団は、風魔に届けを出すことになっているらしい。言うまでも無く、これは50年代から60年代にかけての労働組合運動のカリカルチャ化である。もっとも、日本の労組は一つの職業を横断する方式の労働組合を遂に作ること能わず、会社個々で独立してしまった。言うなれば、ここにはあるべき労組運動の姿を見せているようにも思う。公儀隠密の半蔵の風魔切り崩しと戦うなかで、スパイや様々な陰謀が飛び交うのが、この本の内容だ。この中で、公儀隠密側の犬山半蔵は、偽風魔を作り上げ、そのもの達が風魔らしからぬ所業をすることで、風魔としての信頼を失脚させる作戦をとった。このモデルは戦後間も無く起きた下山事件その他の事件だろう。真田忍群や四貫目たちは「もはや風魔は忍びをまもる結社では無くなっていることじゃ」「われら仲違いしてるどころでは無いぞ」「全国の忍びに回状を回し風魔を糾弾しようぞ」(260p)と風魔を見限りそうになる。実際の日本でも、これらによって労働組合運動は様々に分裂し、さらに国民の支持も失った。日本の支配層は、それを利用してきた。マンガはそのような当時の情勢に対するアンチテーゼを打ち出す。風魔たちは、実は最初から対策をとっていて大逆転を示すのである。そういう見事なドラマトゥルギーが読者に受け入れられれば、世の中に「価値観の転換」は起きたかもしれない。ただ、少年雑誌にそこまでの力を期待することは、そもそも客観的に無理。よって、青年誌を舞台に白土三平はカムイ伝を始めたのかもしれない。しかし、ドラマは別の要素もあった。最後の最後で、支配層の優秀なコマだった忍犬シジマが、主人の半蔵を裏切るのである。上司のあまりものブラック振りに反旗を翻したのである。そして、そのあとにそれを知らなかった風魔一族によって念のために殺される「ラスト」。これは、さすがの白土三平と言わざるを得ない。これによって、この作品は、読んだ日本人がこの作品の中の「労働組合運動や階級闘争の話は覚えていなくても」(←なぜならば現実日本を見るとリアルではないから)決して忘れることの出来ない作品に変貌した。あれから50年経った現在、忍者旋風シリーズを通しての実際の主人公は風魔小太郎なのに、彼よりも遥かに有名なのは忍犬シジマになってしまっている。日本人の判官贔屓という「思想性」は、それほどまでに強いのである。
2018年06月05日
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「過ぎ去りし王国の城」宮部みゆき 角川文庫表紙の「王国の城」は、実は絵ではない。ということに気がついたのは、物語を半分近く読んだ時だった。目次の前に「装画 れなれな(イラスト資料提供 PPS通信社)」とある。これだけならば、「凄い絵だ。確かに、こんな絵ならば物語にあるような不思議なことが起きてもアリかも」と思ったかもしれない。資料提供は、物語通りに何処かの世界遺産のお城の写真を提供して貰ったのだろう。そんなことにまで気を使わざるを得ないほどに重要な絵なのである。ところが、その後に「撮影 帆刈一哉」と続く。「えっ︎写真だったのか?」まるで写真絵画のように見えた椅子や机は、ホンモノの教室だったのだ。だとすると、これは流行りの黒板アートというヤツか。物語に出てくる件の絵は黒板アートではない。でも、物語のテーマにちゃんとあっている。教室の風景も物語のテーマの中で重要な意味を持つだろう。また、心を込めて描いた絵に感動するということも、この絵の「意味」にこだわることも、物語のテーマに深く関係する。だから、この物語を紹介するに当たっては、この表紙の絵(写真)のことを、ただいろいろと呟けばそれで足りる。あまりにも淋しくて、つまらない絵と思ったならば、貴方はこの物語の登場人物にはなれない。尾垣くんも城田さんも、パクさんも、写真からでも十分絵にアクセス出来る感受性を持っていた。宮部みゆきの小説自体が、作品世界にすっかり自分を溶け込ませる体験を提供する。だから別の言葉で言えば、宮部みゆきの小説世界に入ることが出来た人は、この絵に出会ったとき、彼らのような体験も可能かもしれない。小説の愉しみ方は、正にそういうことなのだろう。とも思う。話は、キチンとファンタジーの王道を経て着地する。パクさんの名前は、2ヶ月前に亡くなった高畑勲のあだ名から採ったのだろう(あだ名の付け方がまるきり同じだ)。私の頭の中では、常に(壮年の頃の)高畑勲アバターがずっと活躍していた。2018年6月読了
2018年06月29日
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「アマゾンの船旅(地球の歩き方・紀行ガイド)」高野秀行・文 鈴木邦弘・写真 ダイヤモンド社「河口から最長源流までローカル船を乗り継いでさかのぼる、6770kmの旅」。91年の発行。高野秀行さんの実質二作目である。後に集英社文庫「巨流アマゾンを遡れ」になった時には、大幅に(しかもカラー)写真が減っているはずなので、絶版になっているこれはかなりレアな本。文庫本にはないらしいが、巻末40p近く、「地球の歩き方」宜しく具体的な「アマゾンとは」「行き方」「旅に出る前に」「船旅ガイド」「ジャングルツアーについて」「アマゾンの自然」「主な都市案内」「簡単な会話」「参考文献」まである。どうやらそれも全て高野秀行さんが書いていて、普通に書いている処もあって珍しいが、たとえば「ジャリ周辺で"見どころ"とかろうじて呼べるのは、(略)サン・アントニオの滝ぐらい」と普通の「歩き方」では書いちゃダメな表現があり、街の地図も載っているけど、おそらく高野さんがメモしていて「いちおう中心街と呼べるかもしれない」などと書いている。行くつもりは決してないけど(ホントはこんなのを見ると行って見たい気持ちがムクムクと湧くけど)、そんなのを見ているととても楽しい。しかし、もし本気でアマゾン巡りをしようという気が起きたならば、文庫本ではなく、この本を手に入れるのは必須だと思われる。写真の鈴木さんも、よくこの旅について来たな、と感心する。幻の大魚、ピラクルの真紅の尾っぽの見開き2ページの写真などは、よくこの旅の雰囲気を現している。「(最後の源流への旅をのぞけば)普通の旅行者が普通に行ける旅である」といちおう高野さんは言っているが、高野基準で「普通の旅」のことを言っており、事前準備に何年もかけない、一週間で終わらすように短い期限も設けない、普通の旅行者リスクも覚悟する、という意味で言っており、ある程度こういう旅に慣れていない人でないとむつかしいだろうと思う。たとえ「普通の旅」でも、旅にはいつも「ワンダー(驚きの発見)」がついて回る。この本にはどこをめくってもそれがあった。高野さんのデビュー作は、基本的には大学サークルの報告書(「幻の怪獣ムベンベを追え!」)であり、2作目は旅行のガイド本だった。つまり、型から入ったわけだ。しかし、出来上がったものは規格外のものだった。思うに、世に出る人とはそういうものだろう。2018年8月読了
2018年09月04日
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「沖縄の人だけが食べている」仲村清司 夏目書房 沖縄の古本祭りでゲットした。残りの日程あと2日、読了出来ず。斜め読みをして、どうにかこうにかゲットできたのが「ポーク玉子おにぎり」である。普通に置いてあるコンビニおにぎりなのだが、なんと沖縄しか無いという。2003年発行のこの本ではローソンで180円となっていたが、私はセブンイレブンで220円だった。表紙の、上から3番目の写真がそれである。この形状と具の組み合わせもなかなか本土にはないが、1番の特徴はポークが豚の精肉ではなく「ポークランチョンミート」だということだ。SPAMというメーカーが最も有名な缶詰肉である。その薄切り肉と卵焼きに薄くケチャップを塗ってご飯でサンドして海苔を巻いている。ホテルのゴーヤチャンプルーの肉はたいていコレだった。輸入缶詰だが、消費は沖縄県が9割だという。元は豚のくず肉をコンビーフ状に固めたものらしく、占領時代に安く肉を使うためにこれが沖縄県内に普及したらしい。食べてみると、普通に美味しく、オカズとご飯を一杯を食べた満足感がある。 沖縄にしかない食べ物は、実はものすごくあると思う。ここで展開されている「島豆腐」「焼きテビチ」「中味汁」「沖縄そば」「古酒」「島ラッキョ」「島ニンジン」等の有名なものだけでなく(この辺りは沖縄旅行をすれば自然と食べることができる)、「スクガラス」「ムーチー」「インガンダルマ」「きっぱん」「マース煮(表紙の1番上にある写真)」「大東寿司」等のマイナーなやつ、聞いた限りでは本土にもあるが実は沖縄独特の「天ぷら」「餃子」「ヨモギ」「味噌」等々と紹介して、文章もなかなか読ませてくれて楽しい。 しかも、那覇市を中心にして何処で手に入れられるか、値段はいくらか、書いてくれていてとても親切だ。食べれるお店を何軒も梯子をする必要があるが、数日で制覇できる可能性がある。 やはりこういう本は、沖縄旅行に行く前に読む本である。次回行く時には、何何を制覇するのか、計画をたてて行こうと思う。
2019年11月19日
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「年収90万円で東京ハッピーライフ」大原扁理 太田出版 初めて彼を知ったけど、全然意外な生活じゃない。というか、極めて似た生活をしている。彼のように、洗いざらい書いて紹介する機会も意思も余裕もないし、ちょっと書くのだったら差し障りがあるので秘密にするけど、かなり似ている。それに、彼も言っているけど、何も彼と同じ生活をする必要はさらさらない。 でもだからこそ、私と違って若くてストイックな彼の生活の中で、参考になるところはある。以下はそのメモ。 ・起床したら白湯を読みながら、ブログ更新とメールチェック30分。←短い! ・朝一番の飲み物。白湯。冬は生姜のすり下ろしとたまに蜂蜜。夏は濃い目のセイロンティー、ミルク。快便のもと。 ・17時ごろ夕食。腹6分目で調子良い。←ストイック! ・ものすごく好きって、周りから見たらウザい。でも意外とそこに才能が隠されていたりもする。 ・人間やりたいことはわかんなくても、やりたくないことだけは意外と迷わないんですね。 ・中学環境は荒れていた。周りでは、ブロック殴り殺し事件、いじめ自殺もあった。彼も酷いいじめに遭う。死の一歩手前までいく。登校拒否の同級生の家に避難生活。←これは全く似ていない。よく生きていたな。小説にできるぞ。 ・親の極貧生活(トイレットペーパーにマヨネーズつけて食べた等々)聞いて「世の中の不公平等」を知る。 ・コンビニの廃棄弁当食べたら、翌日如実にだるい。朝うんこ出ない。現代人、食べることを蔑ろにしていないか? ・しかるべき時にちょうど出てくる欲や野心。それは例えば「本を書きたい」ということ。 ・手間暇かからないで、健康も欲しい。それで粗食(玄米菜食)になった。 ・小松菜は常備菜。軽く湯にくぐらせて、ごま油と醤油で炒める。冬は根菜(人参、大根、生姜)をすり下ろしたのを冷蔵庫に入れて2-3日持たせる。色とりどり。 ・いじめられていた時もそうだったけど、何も感じないことにした方が、その場は圧倒的にラクなんです。だけど、これを続けていくと、物事は見えないとこから壊れていく。ジンマシンが出て、あのとき辞めてホントによかった。←そう言えば、ジンマシンがいつの頃からか出なくなった。以前の仕事辞めた時と期を一にする。今気がついた。 ・地球の人口約73億人の中から、この「お金」は、私を選んで来てくれた。なんかありがたいことだなぁ。 ・家賃2.8万、共益費1500円、固定費(ネット含む)1.5万、食費1万、その他。月6万で生きていけるが、たまの贅沢で7万。それで週2日のバイトにした。たまのライターの仕事や、バイトは貯金へ。 ・結果、読書と散歩が趣味になる。自然の中をあるくって、本100冊分のすごい情報量があると思う。 ・隠居生活をして、つくづく実感するのは、平和=退屈なわけではないということです。退屈は人の心の中にしかありません。退屈する人は、どこで何をしようが、いくらお金を持っていようが退屈するんです。 ・人間って、個人的な単位では想像も共感もできるけど、全体的な単位ではよくわかんないように、頭が出来ているんじゃないかと思う。全体主義屋さんはそういうとこに付け込むんですよね。これは怖いことです。 想像力はどうしたら身につくか。 1番手っ取り早いのは、本を読むこと。自分が体験し得なかった人生を擬似体験するのが目的なので、ビジネス書とかじゃなくて小説が良いです。 ・全体主義屋さんに付け込まれてしまう根本的な原因は、人間が何かに頼らなきゃいられないという弱さを持っていることです。(略)誰もが、自分自身の手で、心の中に伽藍を建てるしかないんです。(略)100人の他人からの「いいね!」より、自分ひとりの「いいね!」が勝るようになればしめたもの。
2020年05月30日
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