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ここに母に向けた駄文を書いていた頃は、今にして思えばとても混乱していた。母と一方的にでも連絡を取りたいと思い詰め、宛先がないことにがっかりしたり、そんなバカなことをやっていた。心身ともに最悪の体調で、全く余裕がなかったと思う。母は病床にあったとは言え、脳溢血で急に死んでしまったことを受け止めることが難しかった。今もまだ母の部屋をいじることもできずにいるし、今も些細なことで母を思い出しては辛くなり、日に何度かは「おかあさん」と声に出してしまう。様々な状況や場面で、母のこと・・・と言うより母に対しての自分の言動を振り返っては辛くなっている。それでも、少しずつ母の死を客観視して諦めと共に受け入れることができるようになってきた。
2008/05/06
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連休中にお墓に二度行ってきた。一度目は息子と墓参りに。そして今日は一人で、草むしりをした。このあいだは暑くて充分にできなかったから。秋川某に言われなくても、お墓にお母さんがいると思ってるわけじゃない。お母さんのことは毎日思い出さない日はなく、仏壇の前で寝起きしているんだし。でもお墓にはお骨が納められてるのも事実で、ときどき気になって行きたくなる。
2008/05/05
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アフェリエイトなんてやってるつもりがないのに、ポイント獲得のメールが来てびっくりした。なんと、この日記から私の買い物レビューが見えてしまっている!いや~~~~ん!買い物の中味を人に知られるなんて、超恥ずかしい。このブログを設定したとき、購入履歴は見えないようにし、レビューは匿名で書いていたのに、これじゃ意味無いじゃん。いやだよ~・・・、どうすれば隠せるのかあちこち見たけど分かりません。
2007/09/11
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パソコンの古いデータを整理していたら、息子の学校のPTA会報用に書いたものが出てきました。世に出ることなく終ったけれど、受け取った担当の先生はすごく誉めてくれましたっけ。・・・・・・・・・・・・・・・・・ このあいだ、息子が珍しく学校の話をしてくれる機会があり、学校生活の様子がいくらかわかりました。その話を聞きながら、二つほど気になることがありました。 ひとつは、授業中の態度に関することです。 息子が「学級崩壊」という言葉を使ったことでまずびっくりしてしまったのですが、授業の形をなさない時間があるというのです。ノートを取らない、眠っているなどは良い方で、完全に後ろを向いてお喋りしている生徒もいて、先生の声が私語にかき消されることもある。教室から出て行く生徒もいるなどに至っては、とても信じられませんでした。先生は怒らないのか聞くと、特に注意することもなく、ご自分のお話を一人で続けていらっしゃるとか、教科書のどこをやっているかもわからないなどと言い出すので、ほんとうに驚きました。 自分自身の学生時代を振り返ってみると、決して全員が熱心に授業を受けていたわけではありませんでしたが、それでも生徒と教師の双方に授業の妨害を許さない、最低限の共通理解はあったと思います。それが崩れているとしたらとても残念であり、子供達には自分が「学生」である意味をもう一度考えて欲しいと思います。 そして先生方には、授業中の態度としておかしいことはおかしいという普通のことを、その場で指導していただけるようお願い申し上げます。何も、特別に工夫された「面白い授業」を要求するものではありません。提出物を出すまで請求するとか、眠っていたら起こすとか、お喋りを黙らせるなどというあたりまえのこと(これが大変なことは想像に難くないのですが・・・)を、どうか子供たちに求め続けていただきたいと思っております。 ふたつ目に、護身術としての空手の学習会があったという話にも驚きました。 子供達を犯罪の被害者に(もちろん加害者にも)したくないという願いは全く同じです。しかし、それへの対策として空手というのには違和感を覚えました。もちろん、空手というスポーツを否定するものでは決してありません。ただ、理想論かも知れませんが、犯罪に遭わない工夫や、上手に逃げる知恵を備えた子供を育てていくのが教育なのではないかと思ったのです。 もし、どうしても「護身術」を指導するのであれば、犯罪の実情に沿った対処法を豊富に持っているであろう警察などの専門家から、具体的な個々の場面へのノウハウを教わる方がずっと効果的だと考えます。 何より恐れるのは、暴力に対していたずらに腕力で立ち向かおうとする無謀さです。反撃に出た結果、相手を激昂させればさらなる暴力を受け、下手をすれば殺される危険性さえ生じかねません。また、力で力に対抗するという考え方を追求していけば、銃の携行にまで至らざるを得ません。また、こういった発想は、現在イラクやイスラエルで起こっている事態とどこかで繋がっているように思えてならないのです。 暴力に対抗できるのは知恵と人間性だけではないかと思います。「機転を働かせて生き延びるしたたかさ」「ユーモアで切り抜ける賢さ」。子供たちにはそういった力をこそ身につけていって欲しいと願うものです。 最後になりましたが、親でさえ扱いあぐねる年頃の子供たちと日々根気よく関わり続けてくださっている先生方には、心からありがたいと思っております。今回は、日ごろのご指導に対する感謝の言葉より、苦言めいた話が長くなってしまった失礼をどうかお許しください。
2007/07/27
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長いこと書かずにいたけど、お母さんとは毎日話していたから大丈夫だよね。今は参議院選挙の真っ最中です。お母さんは真面目だったし、社会や政治に関心を持ってちゃんと意見もあったから、必ず投票していたよね。いつも日曜は私がなかなか起きないので、早く投票を済ませてしまいたいお母さんは、朝早く目覚めてから待ちくたびれていたと思います。でも、このあいだの統一地方選以降は、私一人で投票所に行ってます。寂しいよ・・・。今回は、当選させたい人が複数いて困っているところです。友達から選挙ハガキの記入を頼まれて数十枚を書いたものの、その人個人はすごく良いけれど、所属の党そのものは???なんです。もし、改憲論議とか派兵問題などが起きたら、その人はどうするんだろう?そこは無責任にも未確認なので、私はすごく迷っています。やっぱり、改憲を唱える政治家はおかしいのです。なぜなら、現憲法を批判することは以下の憲法99条に違反しているからです。「第99条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」
2007/07/22
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古い友人のユーコちゃんがお夕飯に招待してくれたので、来ています。彼女はいま、私の食べたかった冷やし中華を作ってくれています。ちゃんと錦糸玉子も焼いてくれてます。なんと!高校生のお嬢さんもここ数日冷やし中華を食べたがっていたそうで・・・今日はほんとに暑かったので嬉しい。お母さんの冷やし中華には、いつもくらげがのっかってて美味しかったね。
2007/06/19
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お母さんの妹がまた入院してます。子供達は遠くにいることもあって、なかなか会いに来ないので可哀想です。このあいだはちょっと認知証の様相だったので焦りました。私も一周忌が終り一段落したので、頻繁に顔を出すことにします。お母さんにあまり似ていない叔母だと思っていたけど、今日足を揉んであげていたら、足や指の形がそっくりでした。お母さんにしたようには看病できないと思うけど、なるべく顔を出して元気づけたいと思ってます。
2007/06/08
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今日はお母さんの命日です。昨日は体調が悪く、ヒーリングのできる友達の所に行きました。お母さんの話をしていたら蛍光灯が一瞬消えたりしたので、友人は「お母さんが来てるのかも」と言い、リーディングできる知人に電話しました。すると、電気を消したのは母ではなくてヒーラーである友人のエネルギーだったらしいのですが・・・。リーディングできるかたの話では、お母さんはもう成仏してるそうですね。それで、私のそばについて歩いてると言うよりは、家にいる方が多いらしいとのこと。お父さんがいつも私の斜め後方にいるのと対照的ですね。で、お母さんが白玉小豆のような甘いものを欲しがっているから、命日に作ってあげてくださいとの伝言を頂きました。いま帰宅したのでこれから作ります。妹からはさっそくこしらえた白玉団子の画像が届きました。本人はけばくなったと言ってますが、美味しそうだよね。
2007/05/31
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今朝、すごく久しぶりにお母さんの夢を見ました。雪の中、アーチ型の陸橋の上をお母さんを背負って渡っていました。しかもお母さんは意識がなく、このままではもうダメだと思いながら足を進めており、途中で私の精が尽きて、道ばたに倒れ込んでしまいました。でも、お母さんが息を吹き返したので、又頑張って歩いたようでした。(この辺は不確実)隠れ家のような家に着くと、お母さんはちゃんと元気になっていてすごく嬉しい思いをしました。何か会話をすれば良かったのに、そういえば何も話さなかった夢でした。お母さんの声を夢で良いから聞きたかったなぁ。でも耳元に背中のお母さんの息づかいを感じたし、何より背中にはお母さんの柔らかさや温もりをちゃんと感じていました。だから、上出来な夢ではありました。
2007/05/29
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お母さん。一周忌法要が無事終りましたね。あんな風で良かったのかなぁ。お母さんに相談することもできないし、けっこう準備では迷ったり悩んだり大変でした。とりあえずほっとしました。昨日は札幌の叔父さんが、今日の昼には息子が、夕方には妹が帰っていき、また一人です。妹の見送りから戻って玄関の鍵を開けたら、猫が土間を転がって喜んでいたので、ひとりぽっちではないんだけど。
2007/05/27
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庭の牡丹が散って、こんどはジャーマンアイリスと芍薬が咲いています。お母さんが亡くなる前に背負って庭を見せたら、「もうすぐ芍薬が咲くね」と言っていたのに、咲くのを待たずに死んでしまいました。病院から戻ったお母さんの枕花には、薄いブルーのジャーマンアイリスを飾り、お棺の中には庭から摘んできた芍薬や薔薇の花を沢山入れました。火葬場ではお骨に芍薬の紅色染みこんでました。あれから一年が経とうとしているけど、お母さんの部屋はあのときのままです。庭の花々は、お母さんがいなくなっても以前と同じように咲いています。
2007/05/24
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お母さん。お母さんが育てていた、お気に入りの牡丹が満開です。去年の今頃、足が弱ったお母さんを背負って庭を一周したよね。あのときと同じように、色んな花がいっぱい咲いているよ。それから、去年も一昨年も一緒に摘んで食べた「こごみ」(草ソテツ)なんだけど、今年はダメだったんだよ。お母さんが「肥料をやらないと食用にできる太さにならない」と言っていたの覚えていたんだけど、いつどんな肥料をやったらいいのかわからないまま忘れていたの。来年は食べられるように、なんとか調べて手入れをしてみるね。他の花も、これからは少し気にするようにします。このままだと、お母さんの庭がどんどん荒れ地になっていきそうで悲しいもんね。
2007/05/14
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まもなく一周忌が来ます。準備がなかなか進まないので、お母さんは心配してるでしょうか?それとも、いつものように結局は何とかしてしまう私を信頼してくれていますか?この頃は朝の焼香さえさぼっていて本当に申し訳なく思う一方で、お母さんはお墓はもちろん仏壇の中にいないと思ってるのです。もちろん、お墓にはお骨があり仏壇には位牌があって、それぞれに大切にしなくてはならないのもわかってるよ。だけど、お線香やお水をちゃんとあげないと仏様が苦しむとか成仏できない等と、脅かすのもどうかと思っているのです。私はいつもお母さんに話しかけているし、食事もお母さんと一緒に摂ってるつもりなの。だから私の気持ちはわかってくれてるでしょう。いつも感謝してるし、いつか会えるときに良い報告ができるように生きているつもりだよ。
2007/05/10
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箪笥の中に綿紅梅の浴衣地があります。お母さんに教わりながら自分用の浴衣を縫おうと思っていたのに、果たせなかった布。後悔先に立たずです。自力では絶対に縫えそうもないし、どうしたらいいのかな・・・。最後にお母さんが縫ってくれた浴衣は、海外青年協力隊でスリランカに行く友達にあげてしまいました。少し惜しい気もするけど、むこうで大活躍したようなのでお母さんも喜んでるよね。ずいぶん昔に作ってもらったものが一枚残っているから、ちょっと柄行が若いけどこれを大事に着ますね。
2007/05/06
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夕方一緒に散歩してるとき、息子が「この道はお婆ちゃんと一緒に歩いたんだ」と、お母さんとの思い出を話していたよ。お母さんの夢も見ると言っていたよ。(私は見ないのに・・・)些細な生活場面の夢だったけど普通にお婆ちゃんが家にいて、でもおばあちゃんが死んだこともわかっていたから「今のうちによく見ておこう」と思ったんだって。そのとき可愛いことを言っていたよ。夢の中でこの頃よく泣くんだって。うたた寝して目を覚ますと、実家で寝てるつもりが東京の寮だと気付き、がっかりして泣いてる夢なんだって。実際にはそんなに家が恋しいわけでも寮がイヤなわけでもないのに不思議なんだ、と言っていました。だからこんな風に話しました。夢には現実のストレスとのバランスを取る働きがあるそうだから、ふだんは大丈夫と思っていても、寮には家ほどの安心感がなかったり、一人で生活してる寂しい気持ちや、大学生活の緊張感などが心の奥には溜まっていて、それが涙になって表れるのではないかと。すると、反発しないで、「そうかも知れないな・・・」と言っていました。なんだかいじらしくなってしまいました。
2007/05/03
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お母さんの部屋が物置化しているの、とても気になっています。遺品整理もかねて、この連休には何とかしたかったのですが、今日はぐずぐずと何もせずに終えてしまいました。本当はどこからどう手をつけて良いのかわからないのです。お母さんの部屋に行くのもまだかなり辛いです。誰か他の人の力を借りるしかないのだけど、誰にお願いすればいいのかもわかりません。
2007/05/03
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友達とドライブに出かけました。お母さんの好きだった「紅しだれ桜」を見に行ったのですが、やはり少し時期が遅く、葉桜になりかけて花の色は精彩を欠いていました。それでも青い空にピンクの花びらのコントラストが綺麗でした。桜よりも印象的だったのは、周囲の民家を取り囲むように咲いていた灌木の花々でした。桃なのか、杏とか李(すもも)とかそういった木だと思うのですが、濃淡様々なピンク色がひとつとして同じ色の木がなく、一本の木に、赤やピンクや白の花を咲かせているものもあり、見とれてしまう不思議な美しさでした。お母さんに聞けば、花の名前はなんでも知っていて教えて貰えたのに残念です。※追記※この花のことが気になって調べてみたところ観賞用桃(ハナモモ)(宇都宮大学観賞用モモ品種コレクション)のようだ。果実は小さくて食用には向かない観賞用の灌木とある。花が枝に沿って咲く様子や、一本の木に複数の色の花が咲くキメラ(写真が美しいブログ“夢花”)があるのも該当する。それぞれに微妙に違うピンクが、本当に愛らしくて好きになってしまった。「桃源郷」という言葉がぴったりな光景。(信州の旅COM)ハナモモ・フリークとなって検索作業に明け暮れるうち、素晴らしいホームページを発見したのも大収穫!山本 純士 (Atsushi Yamamoto)さんの「季節の花300です。丹念に更新を重ねられた敬意を表すべき労作です。掲載されている花の多さや写真の美しさ、解説文のわかりやすさ、そして検索のしやすさが魅力です。で、その中の「花桃」のページです。本当に写真が綺麗で、いくら見ていても飽きません。
2007/04/29
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大学生の息子が帰省するので、「あちら」(私の元夫の実家)やお小遣いをいただく親類に、たまにはお土産を持ってくるように言ったら、こんなものを買って帰ってきました。(-_-;)近くにあったお菓子屋からどっさりと買い込んで来た模様。硬くならないうちにと、家に帰るより先に親類に配り歩き、「あちら」まで届けることは無理なので、お隣に差し上げました。「“ひよこ”でも何でも良いけど、住んでいるところの名物があれば喜ばれるよ」と教えたらこれでした。なんの表示も包装紙もない、ホントに普通のお団子です。自分が食べて美味しかったのか尋ねるとそういうわけでもなさそう。きっと出がけに慌ただしく見繕ったのでしょう。すごく珍しかったり是非食べさせたかったりする生ものは別格として、日持ちがして軽いものがお土産には良いことを、今回は学習したことでしょう。(たぶん)
2007/04/28
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昨日急に封筒が必要になって、お母さんの部屋を物色しました。黒いつや紙の袋の中に、便箋や封筒がきとんと整理されていました。中には私がお土産に買ってきた手漉き和紙のものや、私があげた記念切手が入っていました。袋の折り目ひとつを見ても、そこにお母さんの形跡を感じます。いじってしまったら、もう私のものになってしまいます。それが少し寂しかったです。台所では、使いかけの調味料や輪ゴムの束など、あちこちにお母さんの名残があったけど、すでにそれらは生活の行きがかり上、どんどん私のものに更新されてしまいました。
2007/04/28
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最近、「スピリチュアル系」略して「すぴすぴ」した世界(ちょっと前なら「精神世界」?)に傾倒してます。レイキの伝授も受けたし、アカシックレコードを読むワークショップにも行きました。オラクルカードもその日を過ごすためのヒントに使っています。このあいだ出かけた大阪では「前世喫茶」に行きたかったのだけど、疲れが溜まってホテルでぐーぐー寝てしまったのはご存じの通りです。今はまってるのはペンジュラムを使ったダウジングです。紡錘体の水晶をチェーンでぶらさげ、その動きで質問の答えを得るのです。お母さんも知ってる「オーリングテスト」が一人ではできないけど、これならいつでも大丈夫。こっくりさんと原理は同じかも知れないけど、安全なものなので安心してね。昨日「お母さんがここにいますか?」と聞いたら「NO」でした。「お父さんはいつも私のそばにいますか?」と尋ねたら「YES」でしたよ(笑)。二人は一緒にいるのじゃなかったの?
2007/04/25
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Rちゃん(20年来の友人)と話がしたくなって連絡を取ろうと思っていた矢先、本人からメールが届いたよ。仕事で近くまで来るというので、夕ごはんを食べに行ってくるね。この頃こんな風に、何かを思うとそれが向こうからやってくるとか、ちょうど良いタイミングで助けが貰えることがしばしばあります。お母さんが助けてくれてるんでしょうか?(亡くなったばかりの人はそんなに力はないと聞くけど)ところで、Rちゃんは常々、お母さんの作る食事を気に入っていて、うちでごはん食べるの大好きだったんだよ。彼女のおうちはインテリ一家で、知的でお洒落なお母様がうちなんかよりずっと良いものを作ってくださっていたと思うんだけど。でも、お母さんの料理はすごく美味しいっていつも誉めてくれてました。そういえば、私が最後にお母さんの手料理を食べたのはいつだったのだろうね。どんなメニューだったかも覚えていないし、ちゃんと教わろうともしなかったことが悔やまれます。もう二度と口にすることはできないけど、私の味付けも似てるように思います。
2007/04/24
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お母さんが何回も輸血で助けて貰ったので、いつかお返ししたいと思っていました。少し前まで何度か献血センターや移動献血車にトライしたけど、その都度血が薄くてダメでした。でもこのところ体重が増えていたので(関係ないか?)また行ってみました。今度はなんとかOKで、でも血色素量が12.4g/dLと0.1足らず、200mlしかできませんでした。輸血に対する異論や疑義が色々あるのは知ってるけど、やっぱり緊急に必要な人もいると思います。そんな人の役に立てたら本当に嬉しいです。そしてここでまた、お母さんを何度も助けてくれたあの血液をくださった方々に感謝の気持ちを抱かずにはいられません。それにしても、最近また基準が変わったとかで、渡航経験をかなり詳しく尋ねられました。イギリスには1980年から1996年までに1泊でもしていたら、狂牛病の可能性があるのでお断りだそうです。私が行ったのは1998年だったのでセーフでしたが、怪しかったので正確な年度を思い出すのに苦労しました。カードもプラスティック製のに代わり、暗証番号を入力するタイプになっていました。裏側には自分の献血データが印字されています。私は7回もしてることになっていたけど、うち2回は断られたときのも入ってるんだと思います。
2007/04/23
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お母さんが庭に植えていた花が綺麗に咲いたよ。庭の隅に残っていた空っぽのプランターに一本だけ芽を出したので、玄関に植え替えました。たぶんお母さんが一昨年に植えたものだと思います。去年は咲いていたのかどうかさえ覚えていないほど全く手入れもせずにいたのに、亡くなった翌年にちゃんと咲いてくれました。冷たい春の風に揺れて、少しぶれています。
2007/04/20
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お母さんに聞かなきゃわからないことが、また出てきて困りました。隣の家のおじさんが、四期目の市議会議員の選挙に立候補しました。出陣式の案内状が届いて、うちも一応関係者というか支援者の一角に入ってるようだとわかりました。むろん日中なので私の参加は無理ですが、4年前にはお母さんに言われて、選挙事務所にビールを届けたことを思い出しました。そのとき金一封も用意したんだっけ?そういうことが全然わからなくて、すぐにお母さんに聞きたくなります。それはもう叶わないのだと諦めて自分で考えるようにしてるけど、ひとつひとつのことが大変です。このところ寒いので重たいビールを避けて日本酒を持って行ったら、なんと!お酒の化粧箱がずら~~っと並んでいました。最初考えたとおり、ビール1ケースにしとけば良かったです。今日の私の判断は失敗に終わりました。
2007/04/17
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仕事が終わり着替えのために眼鏡をはずしたら、片方のツルがぽろっと落ちた。ネジも見あたらないし自分ではどうしようもなく、眼鏡を誂えた専門店に持っていった。認定眼鏡士のNさんが両方の留め具を外れにくいものに付け替たうえ、手際よくゆがみも調整してくださった。それらは無料で、これからもときどき持ってくるようにとのこと。ゆがみがあると見えにくかったり目が疲れたりするのだそうだ。確かに、Nさんが数回かけたり外したりしながら私に合わせてくれた後は、しっくりと収まった。作った当座は高いと思ったけれど、こういうフォローがちゃんとついてくるのは良かった。Nさんに会うのは3回目だが、その専門性の高さにいつも感心してしまう。
2007/04/16
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裏切り行為をしていた彼には、大切に思っていることも離れたくない思いも伝えました。会ったときの自分の気持ちが怖いけど、それでも会いたいということも伝えました。昨日は一方的だったけど、待ち合わせ場所を指定して一時間待ってみました。でもそれ以上はもう私から言うこともないし、自分のできることはもうやり尽くした感じがします。憶測や妄想でものごとを考えても益がないけれど、こういう事実が積み重なっていくと彼の心情はどうあれ、結果もまた自ずとくっついてきます。強がって彼を試すようなことをしても良い結果にはならないけど、納得もできていないのに私がフォローし過ぎるものどうかと思います。そんな風に考えると、行動停止状態に陥ります。今できるのは、互いにとって最も良い結果を迎えられるようにと神様に祈ることだけのようです。
2007/04/13
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彼のしたことは追求せずに、ただ好きな気持ちを信じようと思ってはいるけど、会うのは怖いです。文句を言ったり、あるいは触れることに生理的嫌悪感を持ってしまいそうです。なので、私の気持ちを伝えただけで自分からはもう連絡していません。すると向こうも気まずいのか友達の引っ越しを手伝った日からずっと音信不通です。私の気持ちは混乱したまま、行動停止状態なのです。でも黄昏時に運転などして、よく行く喫茶店や彼の仕事場の近くなどを通ると、急に感情がこみ上げてきます。今日は「会いたいよ~」と言いながらしばらく泣きながら運転して帰ってきました。車の中はけっこう泣くのに良い場所です。
2007/04/10
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土日は、所用で出かけるRちゃんの喫茶店を手伝ってきました。土曜日はメニューを覚えたりコーヒーを淹れる特訓を受け、日曜は一人で留守番をしたんだよ。お母さんの好きだったココアも練習したけど、注文はありませんでした(笑)。お客さんが途切れることなく来てすごく忙しかったけど、面白い経験でした。夜になってRちゃんとその彼が戻ってきて、都知事選の結果を知りました。3人で落胆しました。きっとお母さんもかなりがっかりしてるでしょうね。あんなに横柄で差別的で専政的な態度が、強さや頼もしさと混同されるんだね。孫のリュウにはまだ選挙権がなく投票できなかったのが残念でした。
2007/04/09
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友人と携帯電話で撮ったペットの写真自慢をし合っていたら、お母さんのが何枚も出てきました。入院中に写したものや退院後公園に行ったときのなどがあって、久しぶりに見入ってしまいました。すぐにでも会えそうな、探せばどこかにいるような気がしてなりません。そんな風に感じる一方で、生きてるのが辛いとき早くおかあさんのところに行きたくなる私がいます。
2007/04/07
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しばらく放置していた相続税の書類を、今日税務署に行って出して来ました。もちろん、支払う義務がないということの報告書だったんだけど。お母さんが持っていた土地の面積とネット検索した路線価を掛け算した、エクセルの表を持っていたら、税務署員が目ざとく見つけて色々問いただしてきました。これはどこで調べたものかとか、北海道の土地の詳細な住所をしつこく聞かれたりしました。そりゃ、路線価そのもので計算しないのは知ってるけど、固定資産税さえ納めなくて良いほどの安い土地なんだってば~~。「もしもあとから納税の必要が明らかになったときのため」って言っていたけど、7000万円なんか超えるわけないんだってば~~。脱税しようとしてるんじゃなく、自分なりに調べた結果、相続税支払い義務がないって確信して行ったのに、疑われたみたいでほんとに疲れました。それにしても、お母さん。妹には3ヶ所(安いとは言え)あげて、なんで私はこの住宅を含めて2ヶ所なんでしょうか?(笑)私も北海道の土地が欲しいです~~~~!
2007/04/02
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昨日から寒気がすると思ったのは喉が腫れていたせいでした。もっと寝ていたかったけど、花火が上がって町内の放送が流れ、寝ているわけにも行かなくなりました。本当は児童公園に集合して、割り振られた場所へ出動するらしいけど、私は近所の人に習って家の前の公道の掃除をしてました。その後、自宅の前の枯れ葉を掃き集めたらたくさんありました。それでもまだまだ取り切れ図、すっきり感が足りません。雑草が芽を出していたり、花の咲いていないプランターや植木鉢が虚しく転がっています。お母さんが元気だった頃は、こんなじゃなかったなーと思いつつ、でも私にはこれ以上は無理と思いました。お母さんには許しがたい光景でしょうが、どうか我慢してくださいね。そうそう!妹の所、今日が引っ越しです。旦那の単身赴任先がだいぶ近くになります。妹は嫌がってるけど、しょっちゅう通う際の費用や時間だけでも楽になるだろうにと思います。み**は新しい職場で厳しい思いをしつつも、張り切って喜んで働いてるそうです。うちの*うは、今日のお昼に大学に戻ります。どうかみんなを見守り、行く道を間違えないよう導いてくださいね。今度の所は海のそばです。以前観光で訪れたときは、みんないい人達だったことを思い出します。
2007/04/01
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息子が帰ってくると、トイレが汚れます。昨日も掃除をしながらお母さんのことを思い出していました。お母さんがなくなる少し前から、粗相をして汚すことが増えてきましたよね。お母さんは自分で何とか始末をしたつもりでも、完全に綺麗にすることができませんでした。そのため、他の人には匂うけど汚れがどこだかわからないとか、知らずにそのうえに腰を下ろしてしまうなんてことがしょっちゅうありました。汚したら何もしないで私を呼ぶようにと何度も叱ってしまいましたね。歳をとって体調が悪くても、やれることはやろうとしていたお母さんだったのに、ごめんなさい。黙って後始末をしてあげれば良かったと、本当に後悔し反省しています。それからお母さんのトイレに関して、いつも感心することがありました。トイレットペーパーの使い方が、なんと言えば良いんだろう、とても誠実でした。本当に必要最小限を引き出して、それを丁寧に2~3度折りたたみ、とても静かにふき取るのです。「手が濡れるでしょう」と言うと、洗うのだからこれで良いんだと言ってましたよね。勢いよくガラガラとロールを回転させて長々と紙を引っ張り出し、ふわふわのスポンジみたいにしてお尻を拭く私とは大違いでした。
2007/03/31
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辛いできごとほど、魂が進化するためのチャンスなのだという人がいるけど、お母さんはどう思う?問題と思えることは、いつだってすべて自分自身の問題なんだって・・・。酷いことをして私を傷つけている(ように見える)人ほど、深い愛情を私に示してくれているのだそうです。だから彼を悪いと思うことは自分をおとしめることなんだというのです。そんな考え方があるということはわかるけど、自分がそうなんだと思うことは難しいです。魂が成長することはすばらしいことだと思うけど、悲しい思いが続くのはやっぱり辛いです。避けられているのはわかっていたし、不信感は消えてないけど、純粋に恋しくなって声が聞きたくなった。電話をかけたら10回目ぐらいで出てくれた。どうでも良い近況報告の中に、言い訳めいた言葉や逃げ口上を聞いて、またいっそう傷ついてしまいました。
2007/03/28
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昨日からの雨が、やっと咲いた庭の梅の花を濡らして降っている。でも、春を感じさせる雨だ。信じていた人に裏切られたと感じ、PTSDのようになってしまった。突然そのことが思い出され、体が震えたり吐き気がしたりする。辛さから逃れようとしてもがいたけど、考えれば考えるほどはまっていくようだ。無理に元気を出してみたり、新しい見方で捕らえてみようなどと試みたけれど、難しい。裏切った人からの癒しを期待したけれど、それは無理な話だ。相手は傷つけたとは思っていないのだろうし、その行為には理由があったのだろう。信じられないことがとても残念なタイミングで起こり、あまりにも辛いことだった。けれど、きっと私にとって何か意味があって起こっていることなのだろう。だから、乗り越えることができるのだと信じたい。とても難しく感じるけれど、乗り越えてみせると決めて宇宙と自分に約束しよう。
2007/03/25
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いつもは朝起きてすぐに仏壇にお線香を上げてるけど、雪の日は真っ先に居間のパソコンに飛んでいく。ネットで高速道路の交通情報を調べ、通行止めだったりしたときは5時台に家を出なくてはならない。先日の吹雪の際は、たった20キロあまりを3時間かけて出社した。今朝は隣の区域が通行止めだったので、うかうかしていると危ないと思い、いつもより一時間も早く高速に乗った。雪かきされていない高速道路は、轍(わだち)ができ50キロ制限だった。制限速度を無視したわけでもなく、やたらと早く会社に着いてしまい、仕方なく若い人達と一緒に顧客用駐車場の雪かきをした。またまた危険を顧みず、写真を撮ってしまいました。このあいだの青空写真と同じ道です。
2007/03/12
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彼とはうまく行ってると思ってきたけど、わけが分からなくなってきました。おかあさん。何か知ってるなら教えて。彼にとって私は何なの?彼がどんなにダメなヤツでも、どんなに願いが無視されても、それでも大切だから仕方ないと思ってきた。私が全部受け入れて、いつも笑って彼を包んでいけばいいと思っていた。感じ方も行動パターンも違うんだし、それでも私を愛してくれてると思ってきた。それを幸せと考えていた。でも、もうだめかも。彼の気持ちがわからない。私じゃなくても良いんだって気づいてしまった。もう目をつむることができないところまで来ちゃったかも知れません。
2007/03/11
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今日は仕事の都合でいつもより30分早く家を出なくてはいけませんでした。しかもお弁当持ち。なぜか3月に入ってから増した寒さのせいで、早く起きるのが辛かった。お母さんが元気だった頃は、目覚し時計なんかなくても、遅れないように何回も呼んで起こしてくれたものでした。お弁当も、起きたらちゃんとできていて私は小風呂敷に包むだけでした。今朝の高速道路は、遠くの山に雪が積もって綺麗でした。危険を冒して携帯で写真を撮ったのに、山が撮れていません。
2007/03/08
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お母さんから色んな形質や能力を貰い、その多くは感謝してます。でも、アレルギー体質だけはあまり欲しくない頂き物でした。このところ杉花粉にやられ、目や喉が痒くてどうしようもありません。薬のおかげか、「鼻水ずるずる」にはならずに済んでるのが救いです。あと、糖尿病と高血圧はいりませんので、お母さん限りにしておいてください。悪い話ばかりでは何なので、良いところも書いておこうか?真面目で正義感が強く、親切で優しいところ。色白なところ、器用なところ・・・、これらはお母さんの良いところです。そして私も似てると思い、お母さんに感謝しています。あとは良いのか悪いのかわからないけど凝り性なところも似てますね。お母さんとしては、自分が生んで育てた娘をどう思ってますか?
2007/03/07
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お母さんのお葬式のときは、水晶でできた普通の女性用の数珠を使ってました。でも天台宗の正式な数珠は108個の平玉に、10個と20個の房のついたもの。延暦寺の宿坊にある売店で、梅の木でできたのを求めてきました。手にかける方法を調べてみたけど、色々な説が出てきて困惑中です。
2007/03/06
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お母さん、やっと家に戻って来て、疲れましたか?本当に楽しい旅だったよね。妹とお母さんと三人で旅行するのが夢だったんだよ。写真立てをバッグに入れていたし、ずっと一緒にいてくれてたと思っています。延暦寺の根本中堂で朝のお勤めができ、私の願いが叶いました。延暦寺での写真がないので、大津の三井寺(こっちも素敵でした)のものを載せます。
2007/03/05
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明日から3月だね。去年の3月1日は、お母さんの誕生日であると同時に息子の卒業式だったね。あれからもう1年が過ぎてしまいました。お母さんはかねがね「葬式に使う写真(遺影)を撮っておきたい」と言っていたけど、お母さんとしては、まだまだ死ぬつもりじゃなかったんでしょう?実は私は、癌でもうそれほど長くないだろうって思っていたから、そんな話は切なかったよ。でもやっぱり撮影はしておいた方が良いかも・・・って思ってました。だから、息子の高校卒業の記念写真を撮ることを口実に、写真館に行ったんだよ。そして、ついでを装ってお母さん一人だけのも写してもらったよね。3人でそんな風に写真に収まったのも、最初で最後になってしまいました。私はお母さんに作ってもらったピンクの訪問着を、お母さんはハイネックのセーターとツイードのジャケットを着て行ったね。写真屋さんが「遺影に使うなら、ハイネックはそぐわない」とか言いだしたけど、本人の好きな服装が良いですと応えました。妹の旦那さんが作ってくれた眼鏡を外出時にかけるようになり、そのせいで遺影はちょっと違う顔に写ってしまいました。(これはこれできりりとして、女校長みたいな感じでかっこいいけどね。)今の私はいつでも色んなお母さんの顔を思い出せます。でもいつか時が流れて、遺影の表情しか思い出せなくなる日が来るのでしょうか。
2007/02/28
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スーパーでホッキ貝を売ってたから、買ってきたよ。お母さんが亡くなる前に、ホッキ貝を炊き込んだごはんの作り方を習ったよね。すごく美味しかったよね。黒い貝の身が火を通すと真っ赤になり綺麗だし、煮汁で炊いたごはんは甘みがうつって本当に美味しい。これから久しぶりに作ってみるからね。詳しい分量は忘れてしまったけど、何とかやってみるよ。
2007/02/27
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お母さん宛に今でもダイレクトメールが届きます。今日は眼鏡屋さんからバースデーカードが来てました。そう言えばもうすぐ戸籍上の誕生日だものね。3月1日はお祝いしますか・・・、ねぇ?
2007/02/26
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久しぶりに彼さんに会いました。この頃忙しいらしいのです。昨日はすっぽかされ、今日は今日で待ち合わせの時間がどんどん遅くなっていき、ちょっとしか会えませんでした。短時間でも会いたいと思ってくれることを嬉しく感じればいいとわかってても、家で身動き取れずに待ってると恨みがましい気分になってしまいます。向かう途中に泣きたくなって、実際、涙目になってしまいました。文句を言うまいと思っていたのに、顔にすっかり出ていたようで、最後までぎくしゃくしてしまいました。でも、ちらし寿司を作って持っていき、食べて貰えたので良かったです。
2007/02/25
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Rちゃんの山の喫茶店に久しぶりに行って来たよ。そうしたら偶然、遠くから古い友人夫婦が来てました。そして今夜はたまたま、Rちゃんのお母様主催の「朗読会」というイベントにぶつかってました。その会の中味はさておき、お母さんが元気で一緒に催し物ができるなんて、ほんとうに良いなーと思うと同時に、私のお母さんはもういないと思ったらちょっと悲しくなりました。しかも、しかも・・・です。私とお母様の他は、Rちゃんをはじめ、みんなカップルばっかりだったんだよ~。いじいじいじいじ・・・(笑)最後までいじけずに笑顔で参加した私って、ちょっと偉かったなぁ。
2007/02/24
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今日、仕事の帰りに病院に寄ってきたよ。やっぱり顔がむくんで、一人では起きあがれないようでした。でも、お粥はお腹がすいてしょうがないって言っていたから、元気が出てきてるようです。病院から帰る途中、鼻水が止まらなくなったけど、花粉症か風邪なのかよくわかりません。おばちゃんにうつしたりしてないと良いんだけど・・・。そんなわけで今夜は早く寝ようと思います。
2007/02/23
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今日私はすごい大失敗をしてしまいました。とても大事な手続きを忘れていて、ある重要な権利を失ってしまいました。しかも自分のことではなく、息子のためのものだったので、なおさらショックは大きかったのです。あまりにもがっかりで、自己嫌悪で、食欲もなくなりました。でもこうやって書くことで少しは気が晴れますね。忘れっぽいことにかけては、たぶん私は家族中で最強だと思うけど、お母さんもなかなかだったよね。小さいときの家族旅行で、初めての飛行機に乗るべく電車で移動中に、飛行機の時間を間違えていたことが判明し、乗れなかったこともあったよね。どう考えても信じられないミスだけど、お母さんはあのとき自己嫌悪にはならなかったんでしょうか?それでもなんとか目的地に着いたのだから、お母さんの行動力ってすごかったね。きっとそれもこれもお母さんから貰った遺伝子なのでしょう。がっかりしつつも何とか気持ちを切り替えて前に進むことにしましょう。
2007/02/21
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お母さんもきっと一緒にいて、見ていてくれたと思うけど報告するね。昨夜も息子の寮に泊って、今朝帰ってきました。仕事はちょっときつかったけど、早朝ドライブは気持ちよかったよ。ヤツはバイトが入ったのでしばらく帰らないと言い、迎えに行ったはずなのに単身で帰ってくる羽目に・・・。でも、富士山を見に行ったり一緒に食事したりしてすごく楽しかったよ。息子は「こんなにしょっちゅう寮に来る親はいないから恥ずかしい」と言ってます。最初のうちは、私の気持ちがわかるのでむげにできずに、自分も楽しんでいるのだけど、何かの拍子に、うるさくなったり他の人の視線を気にしたりするみたいです。もう来ないよと言ったけど、きっとほとぼりが冷めたらまた行ってしまうと思います。お母さんはどうしたらいいと思う?
2007/02/19
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これから車で東京に行って来るね。同じ研修に参加する友人を乗せて行き、帰りは春休みになった息子も連れてくるからね。猫と一緒に留守番していてください。・・・っていうか、お母さんは私が行くところにはいつも一緒に来てるのかな?あの世では時間も空間もないと聞くから、いるとかいないとか、何処とか、何時とか、そういうのはないのかも知れないね。
2007/02/17
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おかあさん、ごめんね。私はやっぱり、時々トイレの灯りを消し忘れているみたいだね。今日も仕事の帰り、家が近づいてきたらトイレが明るかったよ。お母さんが生きてた頃、お母さんの消し忘れと決めつけてけっこう厳しく文句を言っちゃってたけど、どうも犯人は私だったみたいだね。ほんとにほんとにごめんなさい。この先もひとつひとつこんな風に、自分の間違いに気づいていくのかも知れないね。生きてるうちにはわからなかったこと。お母さんがいなくなって気づくことって、いっぱいある。トイレの電気がまた点いていたら、今度からは「あぁ、お母さんが待っててくれるんだなー」と思うことにするよ。
2007/02/16
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