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姉の「骨髄移植」の準備にあたって今日、近親者の自分も適合者か検査を受けることになった。そもそも髄液の提供に値するのは1.骨髄ドナー2.臍帯血3.近親者からの骨髄近親者でも、親や子供は適合の可能性は低く、ほぼ他人と変わらないとか。兄弟姉妹でも、100%適合は珍しいらしい。しかし、「少しでも可能性があるなら」との想いから検査を受けることにした。検査費用は、1人8万円。負担は患者がするものらしい。姉は、弟の自分に依頼することに抵抗があったようだ。何故なら、提供者にも昔ほどではないが、少なからず後遺症などのリスクがあるからだ。『骨髄ドナー』とは、登録だけならカッコだけでも出来るが同様にリスクを伴うがため、いざとなると適合者が辞退するケースや、家族から反対されることも珍しくないらしい。更に手術直前入院と、事前に1週間ほどの調整入院、数回の通院。費用は患者が負担するも、休業の保証は何も無い。なるほど、ドナーがなかなか現れない理由にもなるのかなと・・・。いずれにしても唯一の姉弟。検査しない理由はない。正直、不安はあるが背に腹は代えられない。
2021.01.27
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今日、姉の入院するT病院から呼ばれ担当医から途中経過の説明を受けた。その内容は、姉は生まれながらにして持っていた白血病が原因の『悪性リンパ腫』と判明した。この歳になって現れるとは・・・・。人によっては、お袋さまや祖母のように一生患わない人もいるようだ。そして、医師から「先々を考え『骨髄移植』する」ことと「このまま『化学療法』を続ける」のかの判断を求められた。現状、一旦は回復しているように見えたがこのまま化学療法だけでは「持って、1~3年」と。当初、姉は入院生活や費用、残してきた家族やお袋さまの事、その他いろいろと考え手術するのを躊躇しているようだった。仮に手術をしても再発を含め、この先何年生きられるかは正直誰にも判らない。しかし、「姉ちゃんは、5年後、10年後を見なくていいのか?」と言う弟の言葉に耳を傾けたのか、決断できたようだ。結果、骨髄移植することになった。
2021.01.13
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相も変わらず、背中の痛みも収まらないため早めの治癒を望み、再診することにした。そして前回、言われた通りエコー検査を受けた。結果、以前言われた通り胆のうにハッキリと結石が映り込んでいた。このことで、胆汁を詰まらせたり、すい臓に悪影響を及ぼすそうだ。背中や脇腹への痛みの原因が判明した瞬間だった。医師からは「年明け早々に胆のう摘出してはどうか?」と。胆のう自体を摘出することで、身体に与える影響は何も無いとか。現在、山梨で透析を受けながら孤独な生活を送るお袋さまのフォローとガン闘病をしている姉への対応もある。今の自分に、自分の身体の世話に時間をかけている余裕は無い。であれば姉の移植手術よりも前に、自分の治療を早期にしなければならない。このコロナが騒がれているときに・・・・。#背中の痛み#胆石
2020.12.25
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自分には、8歳年上の姉がいる。現在、62歳である。住まいは、山梨。介助が必要な若年性認知症の旦那と、成人した娘が3人の計5人で生活している。それに加え、今年6月、神奈川に住んでいた親父さまが他界しその両親が老々介護状態だった為、残った不自由なお袋さまを姉は心配して「面倒を見る」といい神奈川から引っ越させて、近所に住まわせている。そんなさ中、11月末自分が背中を痛め、それと同時に姉は首の根元を大きく腫らしていた。自分の症状は伝えずとも、姉には病院に行くよう促していた。何となく、この時点で「自分も姉も『ガン』じゃなきゃいいな・・・」と思っていたのも確かである。そして数日が経ち、姉から連絡をもらう。「私、悪性リンパ腫かも知れない」と。自分は、『胆石』という生命に関わる病ではなかったものの姉は、最悪の事態を迎えるかもしれない・・・。正直、親父さまを亡くし、長年生活していた神奈川から引っ越させていたお袋さまが毎日、困惑の日々を送りながらワガママになっていく様を姉や姉の娘たちと自分で、激務のように対応していた。そんな中、我が子が『ガン』に成ったことを、お袋さまがどうとらえるのか?姉が闘病するとなったら、残った姪っ子たちと自分で、お袋さまの面倒を見切れるものなのか?まるで先の見えないトンネルの前に立っているように感じた。そして今日、姉から正式に「『ガン』が確定した」との連絡が入る。即刻、東京のガン専門のT病院に入院するとのこと。 それは、長い闘病生活を意味する。東京で生活をしている自分が、山梨に残ったお袋さまの面倒と、姉の闘病の手助けをしなきゃいけないのは一目瞭然だ。トンネルに入らざるを得ないってことだな・・・・。#闘病#悪性リンパ腫
2020.12.15
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やはり、何年も診てもらっている先生が一番信頼できるのかな・・・。少し、いい加減な先生だけど・・・・。『肝臓』だの、『狭心症』だの慌ただしい数日だったがどうやら『胆石(胆のう結石)』らしい。とりあえず、当面、アルコールと脂もんを控えるよう言われ痛みが続く様なら、改めてエコーを撮るとのこと。#背中の痛み#胆石
2020.12.14
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先日、隣町で診療を受け処方された薬のせいか今日は頭痛が酷い。元々、高血圧症で数値が高いときに頭痛に見舞われるけど・・・・。しかし、今までの人生でここまでヒドい頭痛は経験したことが無かった。これは薬のせいだな。何故なら前日、医師より「血管を拡張する~」なんちゃらと。苦痛の中、薬剤師に問い合わせると「そのような状態なら、即刻中止して医師の判断を得てください」とのこと。自分は『御縁』を重視するタチ。この日、その受診した病院が休みなこともありこの医院に縁が無いことを確信する。ま、2か月に一度血圧の治療で行きつけの病院もあることだしちょうど受診の時期でもあるので、判明するかわからないがそこで改めて相談ですな。#背中の痛み
2020.12.10
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自分は毎週末土日だけ、モモと晩酌をしている。そういう生活、もう何年になるのかなぁ・・・・。6年ぐらいかな?毎週、地元の決まったお店に。焼き鳥屋に行ったり、おでん屋、韓国家庭料理屋、たまに沖縄料理屋とか、インドカレーのお店だったり・・・。何気ないことだけど、小さな幸福感を感じてますわ。しかし、ある時と言うか、先週末明けと今週末明けの月曜の朝寝起き時、背中に激痛が走った。今週に限っては、脇腹にも痛みがあった。こ、これは・・・・。昔から言われている『肝臓』が悪くなった時の痛みではないか?しかし、顔色が特有の色黒さもない。2週連続ともなると「これはマズイ」と思い始めた。せっかくの楽しい日常が無くなるのは、苦痛でしかない。そう判断した自分は、早期治療を求め受診することを決断した。あいにく隣の駅に肝機能専門医が居ることを知り、やっと今日受診することが出来た。そして、衝撃の診断が・・・・。「肝臓の症状ではないですね。他の疑いがあるので、一旦処方する薬で様子を見ましょう」とのこと。疑わしいのは『狭心症』だと。確かに、今年他界した父も『狭心症』の治療をしていた過去がある。もし、それが事実ならショックですわな。
2020.12.09
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ママが付けたよ。『帆太』。良い名だな・・・・。
2020.11.24
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自分と内縁モモとの“大事な子”『ぼん』。今日、旅立った。ありがとう。そして、ごめんね。ハナミズキ
2020.11.11
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いろいろ書き記したいこともあり約9年ぶりに、ブログを再開することにした。生まれ変わる、・・・・・リ・ボーンですな。#再開
2020.11.11
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ご無沙汰しています‥‥ 最近、PCに向かう気力も無く、久々に携帯から失礼いたします 今日、悪友の葬儀に参列してきました コイツは中学入学直後、一番最初に仲良くなったヤツでした イタズラ好きでケンカっ早く、どうしょうもないヤツだったな‥‥ ソイツは、付属なのにわざわざ別の高校に進んで、 たった三年間の付き合いだったが、 自分らの人生40数年で最も濃かったんだなと 改めて感じました 結局、あの頃の仲間が、オッサンになった今も一番親密な付き合いなんですな ヤツは10数年来「糖尿」を患い、先週月曜、心不全で逝きました 引き取った娘を残して‥‥ 葬儀へ向かう途中、 「意外とあっさり終わるんだろうな‥‥」と思いつつ、 弔辞を頼まれ、いざ話し始めると、言葉が出ない 頭にコトバは浮かんでいてもしゃべれない 泣いている訳でもないのに‥‥ あれは何だったんだろうか? 不思議な経験だった そいて棺に花を手向ける時、 (葬儀に向かう前に) 「悪仲間だった自分らが泣くはずもない」とタカをくくっていたが、 ヤツの顔を拝んだ瞬間、 人目もはばからず、泣いた、泣いた‥‥ そんで、そこにはしばらく口を開けない自分がいた 最後に「斎場までご一緒に」と誘われた 昔からよく「~骨を拾ってやる」とよく言うが、 あれはウソだな‥‥ 身内ならともかく、自分には出来ない 親友の骨を拾うなんて、 想像しただけで、震えた箸で摘まめないのが容易にわかる 解っちゃいるが 「死んだ」って認めたくないんだろうな‥‥ 情けないと思われるかも知れないが、 結局、「斎場行き」は断って帰ってきてしまった ヤツには、ホントに済まないと思ってる‥‥
2012.02.07
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東京の高校野球の話の続き。先週の事だが、結局“中学野球”で面倒を見ていた子供たちが所属する高校は、全て姿を消してしまいました。一人の高校は、東京でも優勝候補の筆頭だったハズ・・・・。また、一人は近年、毎年ベスト4には顔お出す高校の“4番”を任されていた。結果、色々ドラマはあったようですが、ベスト8を目前にして力尽きてしまいました。あとは、“東北大会”に参加した教え子も・・・負けました。負けた相手は、甲子園出場が決まったようで・・・・、実力も無いでしょうが、クジ運も悪かったようです。野球を始める動機は様々あるかも知れませんが、『甲子園で野球をやりたい』と思って、小学校の低学年から始める子がほとんどだと思います。毎年“甲子園”をかけて全国で約4,000校がしのぎを削る・・・。1校ベンチ入りが18名、ベンチに入れない子も含めると平均して25名位いるのかなぁ・・・。ざっと、全国で毎年10万人の“高校球児”がいると思われます。夏は出場校が49校で約800人が、春は32校で約600人が甲子園に行くわけですよね。単純に全国高校球児は、夏は125人に1人、春は160人に1人しか甲子園に行けない訳ですよね。ウチの中学チームも創設して早、5年・・・。毎年約30名入部で、トータル150人か・・・・。卒団した高校球児が約50人・・・・で、たった1人だけ甲子園出場か。あっ、数字だけみると、それも「良し」としないといけないのかも知れません。しかし・・・・毎年の事でしょうが、『甲子園出場』できる選手って、実力もあるんでしょうが、スゴい“運”を持っているんでしょうね、きっと。更に、甲子園の土の上でプレーできるのは、常にその半分ですから・・・、大変なことですよね。にほんブログ村
2011.10.23
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先日話題にした、東京の高校野球の話。息子の高校は、初戦であっさり負けました。情けない・・・・。「情けない」と言うには、訳があります。相手は、専用グランドも無い公立校。方や、こちらは何度となく甲子園にも出場し、設備も新しく、寮や室内練習場もあり、ハンパ無い。ましてや“甲子園”が賭っているにも関わらず「低レベル」な野球を披露してしまったらしい。今は状況も変わったが、我々の頃は(申し訳ないが)「公立に負けるくらいなら、即刻『引退』しろっ!!」と罵られたもんだ。さすがに試合後、この高校は父母会は無いが、応援に駆け付けた父兄に監督は詫びたそうだ。ただ、「良かった」のか「悪かった」のか、ウチの息子は試合に出ていなかったらしい。高校に息子を預けた以上、監督の「起用方法」や「采配」にとやかく口を出すつもりはない。ましてや、知っていれば言えるが、自分が教わった監督でもないし・・・。息子には「高校がダメなら、大学でガンバりゃいい」と言ってある。(大学でも使ってもらえるかどうかは別問題だが・・・)そのせいか、負けた試合に関わっていない息子は意外と“スッキリ”していた。しかも「実力はオレの方が上だから・・・・」と言う。成長しているのか、そんな息子が“頼もしく”思えた一日でした。「なら、来週から他の教え子の高校の応援でも行くか・・・・」と思っていたら、まだ母校の問題は済んでいなかった。それは他にも、この試合に出ていなかった息子の同級生の親も、不満を言いだしたからだ。実はこのオヤジも、この高校野球部のOB、すなわち自分の2コ下の後輩である。コイツは「先輩、もうガマンできませんっ」と言い張る。結果、まず直接監督には文句は言わず、事務局のこれまた野球部の1コ下の後輩を呼びつけ(明日の夜に)酒でも飲みながら「緊急会議」をすることになりました。終わってしまった事を今更、あまり“気乗り”はしませんが・・・・、「夏」に向けてオモシロい話になれば、またお知らせいたします。高校野球↑ポチッとな
2011.10.12
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いよいよ明日から東京都の高校野球「秋季大会」の本戦が始まる。野球の教え子たちも、数名勝ち上がって残ってます。応援に行きたいんだけど・・・・。1次予選を勝ち上がった48校に、我が“母校”もあります。毎年「母校、母校」と言っているわけではないんですが、今年は格別です。何故かと言うと、息子(高2)が“母校”にいるからです。試合に出るかどうかは解りませんが、一応ベンチ入りしているようです。なので、応援に行きたいのですが、明日の初戦は残念なことに仕事です。相手が公立校なので「イケるかな?」と勝手に思ってますが・・・。では、祝日の2回戦目はというと・・・・、中学野球の遠征に当たってしまい、今、チームに交渉中です。相手は、以前甲子園にも出ているまぁまぁ強い私立高。勝ったとして、3回戦目は翌週の日曜。相手は、甲子園常連校の“最大の難敵”。しかし、ここは同時間帯に中学野球の公式戦でコーチとしてベンチ入り予定なので、観戦は完全にムリ。今のとこ、2回戦目だけかな?はぁ~、ゆっくり観に行きたいなぁ・・・・。
2011.10.07
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現在、全国で来年の「選抜高校野球大会」の予選にあたる秋季大会が全国で行われていることでしょう。そんな中、今日、ある県で準決勝戦が行われ、決勝進出高校が決まりました。その中に、試合こそ出ませんでしたが、わたくしの野球の教え子がいました。彼は親元を離れ、遠い○○県でガンバっています。その高校の下馬評は県内で「ベスト8」とも言われていたので、この決勝進出はこの上ない喜びです。なぜなら、優勝・準優勝高校だけ集まり、その地域で「春の甲子園」出場校を決める大会が催される訳ですから・・・・。20高校ぐらいから2~3校だけしか出場権が得られないでしょうけど、その地域大会に出られるのは各県で勝ち上がった限られた高校だけなんですもんね。彼が今一番、“甲子園”に近いわけですから、そりゃ、嬉しいですよ・・・・。他にも何人かまだ勝ち残っている教え子たちもいます。この後、数週間がホント楽しみです。まっ、これが楽しくて中学生たちに「野球」の指導をやってるんですがね・・・・。にほんブログ村 野球ブログ 中学野球へ←ポチッと
2011.09.24
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前からお話している通りわたくし週末は中学生に野球を教えています。息子は、現在「某」高校に通う『高校球児』です。先日、その高校野球部の年一回の父母会があり、(あまり行かないんですが)参加しました。そして息子は、今年、二年生になりました。会場に着いて、まず新入生の親子さん(と言っても冒頭の教え子の親ですが・・・)が挨拶に来られました。次に自分の後輩が‥‥、続いて同じく自分の同級生が挨拶に来る。まっ、簡単に説明すると・・・、自分の『母校』に息子を入れたんです。一応…、母校は何度か「甲子園」にも出場してまして、(今はあんまり「強い」とは言えないんですが・・・)息子は現在「寮」住まい。そして・・・、「ベンチ入り」出来るかどうかの瀬戸際らしいんです。では、表題の「苦労」とは何かと言うと…。昔‥‥、わたくし、少々『おワル』っぽかったらしいんです…自覚ないんですが。息子の担任の先生と学年主任が、たまたまわたくしをご存知だったらしく、息子に何やら言ったそうです。あとは、野球部の部長が後輩だったり・・・。ある時は、対戦校の監督が同級生で「おまえ、父ちゃんソックリだな」と言われたり。はたまた、試合会場で見知らぬオッサンたちから何度となく名を呼ばれ、呼び止められるそうです。片や息子は、先輩方が大勢いる中で後輩の分際で立場が無いらしく‥‥。たま~に帰って来る息子は、決まって「また知らない人に・・・・、困るんだよね」とか、「お父さん、いったい何者?」と言われます・・・。何も悪い事はしてないつもりだが…、息子よ…、ホントに申し訳ない‥‥。がんばろう、東北!がんばろう、ニッポン!
2011.05.02
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硬球って、、痛いですわ。コーチをしてる中学チームの話し。先週の土曜のこと・・・・。1.中学3年のフリーバッティングで、内野を守っていた時の打球処理がイレギュラーして左腕手首に(正確には腕時計に)直撃。子供たちが見ているので、平然とする。2.午後に中学2年のエースのスライダーの練習に付き合う。打者想定で左打席に立つ→初球・・・・、右わき腹を直撃。またも子供たちが見てる・・・・、当然、平然とする、微動だにしない。が、しかし・・・・、、メッッッチャ痛いっ!!・・・・心は、泣いている。3日経ってもまだアザは消えぬ・・・・。おまけに、血のにじんだ腕時計の跡も・・・・。オジサンの皆さん、“硬球”には気を付けましょう。↑ボチッとお願いしヤす
2011.04.19
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自分にとっての好きな『野球』・・・・、どこにでもある“普通”の『野球』だった。 あの日までは・・・・。 わたくしは‥‥、いつから『野球』に関わっていたのだろうか…。 たぶん小学二年生ぐらいからだっただろう。 何となく…、カラーボールで手打ちしていた頃を憶えてる。 中学になり“大好きな”『野球』もだんだん辛くなり・・・・、 そして挫折する高校二年生までプレイヤーだった。 普通に大人になって普通に「草野球」をやり、普通にテレビで「プロ野球」や「高校野球」を観る。 その後、前回記事にした通り“少年野球”のコーチになった。 そして37年経った今は、経験を基に中学生に“硬式野球”を教えている。 お陰さまで近年そのチームは、所属しているリーグの支部内でもそこそこ実力を認められるようになった。 先日、このチームの総監督に「支部春季大会で2軍の監督をやってほしい」と頼まれた。 そして考えた末、受託した。 当日と前日、地方で出張の仕事があったが、この大会の試合の為に1週間前倒ししてもらった。 いつもなら仕事を優先して断るのだが、このメンバーが昨シーズンまでよく面倒を見ていた 子供たちだったからだ。 決まっていた仙台・多賀城市の仕事を、お客に頭を下げて前の週の3月4日の午後からに変えてもらったのだ。 ・・・・そう、あの『東日本大震災』が起きる1週間前に。 当日は、埼玉にいてあの地震を体験した。 その後、ブラウン管を通して事の「甚大」さと、あの仕事現場の「惨劇」を目の当たりにした。 ・・・・震えが止まらなかった。 結局「震災」の翌日、わたしは子供たちと予定通り大会に参加し、いつもと変わらぬ『野球』を続けていたのだ。 (ちょっと拝借・・・) 解釈の問題かも知れないが、今のわたしにとっては「“好きな”『野球』に助けられたのか・・・」なと。 あの日から自分にとっては、ただの“楽しい”『野球』ではなくなったのかも知れない。 にほんブログ村
2011.04.14
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プライベートの話わたくしの仕事は、基本、土日が休みです。週末になると、家族サービスなどはほぼ皆無ですが、毎週のように行っている事があります。それは、野球の指導です。現在、中学生チーム(硬式のクラブチーム)のコーチをしています。指導と言っても自分がスゴいキャリアを持っているわけではありません。高校野球が最後で、しかもケガをして2年で辞めています。なぜ「わざわざ休日を使ってまで活動しているのか?」とよく聞かれますが、「なんでだろう?」と自分でもよく思います。まっ、当然『野球』が好きですが、『教える』のも好きなんでしょうねぇ・・・・。コーチを始めて、かれこれ10年が過ぎました。最初は、縁(?)あって少年野球(小学生)のコーチになったのが始まりでした。息子が在籍していたチームに誘われ、初めて見に行って「監督になっていただけませんか?」と依頼されました。正直、「息子が野球をやる」ことも、ましてや人に「野球を教える」ことにも全く興味も有りませんでしたけどね。それが「あれよあれよ」といううちに少年野球にのめり込み、子供たちの“上達”や“勝負”に拘っていました。そして、息子が中学に上がる前に『中学生クラブチーム』の立ち上げに参加しました。現在、息子は“高校球児”ですが、このチームに残り次代の“高校球児”たちを育てています。
2011.04.08
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