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完結p1「夢の最果て」
★ ~ 忘却の行方 完結編 ~
『夢の最果て』
二人で歩いて行こう、何処までも・・・。
未来は一通りの形だけではない。
様々な未来が開き、創られていくはずだから。
・・・その中の1つくらい、己が夢見た未来も、きっとあるだろう。
見果てぬ未来の最果てへの道行きは、果てしなく遠く、永い。
そんな道でも、君が横に並んで進んでくれるなら、
きっと・・・、あっという間の瞬きの瞬間だろうから。
エドワードに告げられてから、ロイの心の中での葛藤は深くなるばかりの日々だった。
エドワードの純粋な願いを裏切りたくない感情と、
打ち砕いてでも、彼を自分の手に落としたいと思う情動が、
入れ替わり立ち代り、ロイの中で攻めぎあっていたからだ。
エドワードを信じているからこそ、彼の真摯なロイを思う気持ちに
心打たれ、それに答えて行きたいと思い。
人を信じきれないからこそ、移ろう心を手中に収めたいと願う。
ロイの中で、エドワードの気持ちを疑うような事はない。
彼は、嘘も誤魔化しも口にはしない。
する時は、それが真実で不動のものだけだ。
それは彼の生き様を、見続けていたロイには、はっきりと確証できる。
・・・疑うわけではない。
己が、人と言う生き物を・・・、信じ切れない人間なだけなのだ。
ロイの深い苦悩とは別に、日々は何事もなく過ぎていく。
季節はしだいに変わり始め、ロイの周辺も、次への転機が近づいてきているのか、
ざわざわと賑やかさを増していってるようだった。
ロイとロイの部下達の移動の話が、下士官にまで、
まことしやかに囁かれるようになってきた頃。
ロイの中央への栄転の内示が舞い込んできた。
任期中の東方の発展や、治安の回復。
そして、先立ての演習での目覚しい成果も、大きく効を奏しているのは間違いないだろう。
俄かに慌しくなるのと関係なく、年1度の査定も、当然のように
こなすことを要求されてくる。
そしてそれは、同じ国家錬金術師のエドワードも同様だ。
「たっくー、時期を外して位、認めてくれたって良さそうなもんなのにな」
引継ぎの書類作りに、査定まで入って来て、
忙しさが、通常の倍・・いや、3倍程に膨れ上がってくれば、
普段は不満や文句を言わないエドワードにしても、愚痴のいくつかは
零したくなるというものだ。
「まぁ、そう言うな。
得てして、転機の時期とはそんなものさ。
代わりに今回は、簡易の項目だけ出せば良いと言ってくれてるんだ。
それだけでも、有り難い寛容ささ」
軍の上層部の融通のなさには、慣れっこのロイは、諦めたように
査定用の資料を漁っている。
「ってもなー、俺まだ、荷造りもしてないんだぜ」
「だから言ってただろうが、こういう事もあるから、
常日頃、出来るだけまとめておけと」
「わかってるよ! んでも、増えちまうものは仕方ないだろ」
ザカザカと目ぼしい資料を積み上げていくエドワードは、
昔と変わらず本の虫だ。
興味が惹かれたものを、定住の部屋が出来たは幸いと、
集めまくった結果が、荷造りの負担を倍増させている。
「さて、これで大体は揃ったかな?」
互いが積み上げた資料やら、本を、少々辟易しながら見つめて確認する。
「んー、多分大丈夫だろ? 後は、足りなくなったらその都度
集めるしかないしさ」
「取り合えず、手早く作成してしまうに限る。
この後は、時間は有って困るどころか、無くなって立ち往生するばかりだろうからな。
さて、運ぶか」
ロイが扉の外で控えている下士官に声をかけているのを、
エドワードは持てるだけ持って、待っている。
数人の手を借りて車に運び込むと、二人は漸く身体の力を抜いて、
後部座席に腰を落ち着ける。
「で、あんたの目算でどれ位?」
「そうだな。
互いのパートで2日、共同部分で1日でやるしかないだろう」
「・・・・」
返事の代わりに、重いため息が吐かれる。
査定用の資料は、今回は大負けに負けて、互いの共同で良いと言われたのだが、
物質と反物質の練成を共同でする方が、数倍手間がかかりそうだ。
が、恩着せがましく伝えてきた相手の面目を潰すことも出来ず、
二人して短期決戦で望む事になったのだ。
「まぁ、そう悲観する事もないだろう?
我々二人が揃うんだ、思いの他スムーズに進むかも知れないぞ」
エドワードほど、今回の査定の作成を負担に思っていないのか、
そんな風に、楽観的に返す相手に、エドワードも「だと、いいよな・・・」と
小さくだけ返すに留めたのだった。
丸3日間、外に出なくても良いように、全てが調達済みのロイの官舎へと行く。
部屋は余り過ぎているので、互いが困る事無く、自分の課題にも取り込む事も出来る。
そんな経緯でロイの家を臨時の研究室にした割に、二人はさして広くもない書斎で、
顔をつき合わせて、互いの研究をまとめている。
着いた数時間ほどは、互いの部屋でこなしていたのだが、
行き詰る度や、アドバイスを聞くたびにウロウロするのは、
時間の無駄だと、どちらともなく揃ってするようになっていた。
が、これはこれで有益な点が他にもあった。
「鋼の。 そろそろ夕食の時間じゃないのか」
じっと資料を睨んでいる相手にそう声をかけると、
小さく頷いて付箋を貼り立ちあがる。
「じゃあ、俺、作ってるからさ、さっきの考察のとこ、
調べといてくれよな」
「ああ、物質の変換の法則と速度だったな」
「うん、頼むぜ」
足早に去った背中を見送りながら、ロイは機嫌よさ気に微笑んでいる。
ここに着いてから、1度目の食事でうんざりしたエドワードが
自主的に食事の当番をかって出てくれたのだ。
一人だと忘れがちな寝食も、互いが監視する意味になれば
きちんと取ることも出来る。
そして、ロイにとって有り難い事に、美味い手料理つきなのだ。
特に食に拘って、手料理を披露しようとは思ってなかったロイが、
缶詰やら、出きあいを、机に大量に並べて出したときの、彼のがっくりした様子は
ロイの思っていた以上だった。
ロイにしてみれば、時間短縮を考えての上だったのだが、
エドワードにしてみれば、家に居るのに、何でこんなもんを食べなくちゃいけないんだと
言うわけだ。
そして、簡単な料理なら、さほど手間をかけずに作れる彼が、
手ずから作ってくれる事になったと言うわけだ。
作る時間の間は、ロイが自分の研究の合間に、必要な事を調べておいてくれるので、
意外に時間のロスもなく、互いのレポートは順調に進んでいっている。
「で、さっきの部分が必要になってくるわけさ」
クルクルとフォークにスパゲティーを巻きつけながら、
エドワードが話を続けている。
「ああ、それはわかった。
が、余りそればかりに特化してくれるなよ。
そればかりに突出されると、こちらとのバランスが悪くなる」
ほんのりと温かい野菜を、満足そうに口に運んで、そう答える。
「そうなんだよな・・・。 変換速度が違うもん同士てのが、
やっかいだよな」
「ああ。 だが、それは練成時間を遅らせたり早めたりで調整が可能だろ?」
ロイの言葉にエドワードが、パチクリと目を瞬かせる。。
「そっかそっか。 つい自分が全部やる気になってたぜ」
「折角分けてるんだ。 時間差も可能さ」
ロイの言葉に、フムフムと考え込むように頷くと、手早く料理を口に放り込んでいく。
食事の合間に進行具合の情報交換を行えるのは、大変効率的に良い。
互いが並みの術者ではなかったから、相手の話す事柄で、
それぞれの進み具合や、方向性、調整部分が理解できる。
ロイがエドワードを宥める為にかけた言葉も、まんざら楽観的予想という
だけでもなかったようで、査定用のレポートは、順調にハイスピードで
形になっていっている。
「んじゃ、俺は、そこんとこ計算し直して出しておく事にするよ」
「ああ、私の方はその後で、調整してみよう」
一足先に食事を終えたエドワードが、先に部屋を出ると、
綺麗に食べ終わったロイが片付をし始める。
互いの時間を考慮して、作るのはエドワードが、片付けるのをロイが分担する事に
しているからだ。
シンクに溜めた食器を、機嫌よく手早く片付けながら、食後のコーヒーを
落とし始める。
綺麗に洗い上げて並べられていく二揃いの食器を見ているだけで、
ロイの心の中には、くすぐったい喜びが浮かんでくるのだ。
こんな生活が舞い込んでくるとはな・・・。
仕事の延長上とは言え、一つ同じ屋根の下に、自分の想い人が暮らしている。
自分ともう一人の人の気配が、絶えず家の中に感じられる・・・それが不思議で、
なのに嫌などころか、嬉しく思えるのが、
ロイに今までの人生の中で感じられなかったことだ。
相手の気配が感じられる。
いつでも話せる傍にいてくれる。
ふとした瞬間に、相手の姿が飛び込み、
近づけば、相手が発する温もりや、匂を感じ。
自分が、優しい空気に包まれている事を感じるのだ。
そんな状況が得れて、嬉しくならない者など居はしないだろう。
当然のように、ロイも至極満ち足りた幸せを噛み締めていれる。
落ち終わったコーヒーを、二つのカップに注いで、自分も書斎へと向かっていく。
両手が塞がっている状態で、器用に扉を開けて入っていくと、
そこには、既に研究に没頭を始めているエドワードの姿が見れる。
「エドワード、ここに置いとくよ」
危なくない箇所に、一応声をかけて置くと、返事がないのは気にせず、
自分も先ほどの続きに取り掛かる。
『出来るだけ早めに済ませてしまおう・・・』
早め済ませれれば、その分時間が浮く。
そうすれば・・・。
そうできれば、自分は・・・どうするのだろう・・・。
自分の中で、自問自答するが、今はまだ、答えが出せそうもない。
ほんの些細な切っ掛けで、心は右にも左にも傾きそうだとしか・・・。
静寂の時が流れる中、二人は黙々と目の前の事をこなしていく。
「よし、まぁこれ位で大丈夫だろう」
二人が作成したレポートの最終確認をしていたロイの言葉で、
エドワードが、ふぅ~と大きな嘆息をつきながら、ずるずるとソファーの背もたれに
身体を落とす。
「・・・終わったぁ」
突貫工事ならぬ研究だったが、ロイの読みどおり、二人が揃えば
ほぼ満足できる結果が短期間で上げられたのだ。
コシコシと目を擦りながら、大きな欠伸を零しているエドワードに、
ロイは笑いながら、休むように伝えてやる。
「ん・・・、そうさせてもらう」
ノロノロと起き上がりながら、宛がわれた部屋へと戻るエドワードに、
「起きたら風呂に入って、食事にしよう」
「ああ、だな・・・」
ふぁーともう一度欠伸をしながら、書斎を出ると、部屋に着くなり用意されていたベットに
倒れ込んだまま、熟睡を始める。
不眠不休ではないが、短い仮眠を取るだけで、2昼夜研究に没頭していたのだから、
疲れも溜まっているだろう。
エドワード同様に疲れを感じているロイも、レポートの提出の準備だけ終わらせると、
自室に戻っていく。
ゴロリとベットに仰向けに転がると、心地よい疲労感が漂ってくる。
どちらも研究が第2の性のような性格だから、根を詰めることには
然程、苦痛は感じない。
逆に、中途半端な方が精神的にも不満が燻るのだ。
研究の結果は、上々だろう。
軍でのレポートだから、当然軍事転用を目的に書いてはあるが、
勿論、それだけではない。
気体と物質練成を合わせた今回の研究は、今後の市政の土木工事などで
大きく活躍が認められる部門だ。
どうせ二人してやるんなら、軍だけを喜ばせる為に使うんじゃなくて、
市民にも還元できるようにしようと言う、エドワードの最初からの提案に乗った。
軍が市民を守るものだという存在意義が認められれば、
これからの先、また違った展望を望む事が出来る。
ロイが創ろうとしている未来に、選択肢は多くある方が良く、
布石は数多く敷いていくべきなのだ。
エドワードはその事を、良く判っている・・・。
彼は本当に、ロイの為に良く尽くし、先々を考えてくれている事が、
今回も再認識させてくれた。
献身と呼んで良いほどの彼の努力が、ロイを先へ先へと進めてくれて行く。
どうしてそこまで・・・と思わずにはいられない。
嬉しいと素直に思う反面、何故と考える。
そしてそれは、彼が軍に戻ってきたときにも思ったことだ。
悲願を叶えて去ると思っていた彼が、何故また、今度は自らの危険を判って
ここに戻ってきたのだろう・・・かと。
そしてそれが、僅かな期待を、ロイの心の奥底に生んでしまった。
『もしかしたら・・・』
と言う、淡い期待を・・・。
馬鹿なと思う反面、もしかしたらと期待する感情が、
細く、淡く、ロイの心中の奥深くに流れている。
そして今回の、ロイにとって蜜月のような時の中で、
彼、エドワードが、ロイを深く思ってくれている事を、強く実感させられては尚更・・・。
忍び込んで来る睡魔に身を委ねながら、喜びに満ちた短い月日を振り返ると、
『放したくない・・・』という切望が、強く胸を焦がしていく。
そんな時に脳裏を掠めるのは、戸棚の奥底に隠し持った、最後の1本。
ロイの願いを叶える時をくれる、小さな小瓶の存在だった・・・。
覚醒は匂いにつられてだった。
エドワードはパチリと目を覚まし、見慣れない周囲の環境に馴染ませるように
瞼を2、3度瞬かせ、よいしょと掛け声と共に、起き上がる。
薄暗い室内にグルリと視線を巡らせてから、暫し思案し首を捻る。
良い匂いは、階下から漂っているから、多分ロイが、眠る前に告げてきた食事が
準備されているのだろう・・・が。
「誰が用意したんだ?」
と思わず疑問が湧いてくる。
ここに来てから、ロイが料理を好んでしないのはわかっている。
が、階下から漂ってくる匂いには、かなり手の込んだ料理の数々が準備されている事を
語ってくるからだ。
エドワードは入浴の準備を片手に、事情を検分しようと、階下へと足を運んだ。
「よぉ、おはよ」
時間的には少々不似合いな挨拶をしながら、リビングへと入っていくと、
そこには、のんびりと寛いだ感じのロイが、溜まっていた新聞に目を通していた。
「やぁ、良く眠れたかね」
「ああ、おかげさんでぐっすり・・・。
で、その料理はあんたが?」
目の前のローテーブルに並べられた料理の豪華さに、そんな筈はないかな?と思いながらも
一応、聞いてみる。
ロイは、ああと言うように目の前の料理を眺めやりながら、苦笑を返してくる。
「まさか。 私の腕くらいじゃ、こんな料理は無理だろ?
知り合いのレストランにデリバリを頼んだのさ」
何となく予想通りの答えに、納得したと言うようにエドワードが頷き返す。
「だろうな・・・」
そう答えながらも、目の前に並べられた料理に、思わずため息が零れる。
『勿体無ぇ・・・』
どうみても、高価そうな料理は、かなり良い店からだろう。
家で食べる食事程度で、こんな高そうな店からデリバリなぞ、頼まなくても
少し待ってくれさえすれば、自分が作るのに・・・。
そんな言葉が、視線の顕れていたのか、ロイが小さく微笑んで、
言い訳を告げてくる。
「まぁ良いじゃないか。 これは、研究の完成のささやかな祝賀のつもりだ。
それよりも冷めてしまうぞ、さっさと風呂に入ってくるか、食事を始めないか?」
ロイの言葉に、仕方ないかと肩を竦めながら、言っている本人を見れば、
本人はいつから起きていたのか、先に済ませたのか、洗いざらしの髪がさらりと顔に
下ろされている。
「ん・・・、先に食べようか?」
あまり待たせても申し訳ないと思って、そう口にすると。
「いいさ、君もさっぱりしてきたいだろ?
今、ワインを冷やしているから、その間に入ってくればいいさ」
そう言われれば、言葉に甘えて、出来れば風呂に入らせて貰える方が嬉しい。
軍から直行で来てから、時間を惜しむ所為で、この2日間半ほどシャワーも浴びていないからだ。
服も着たきりで、更にそのまま寝て、寝汗も掻いたとなると、
せっかくの料理にも申しわけがない。
「ん、じゃぁ、さっさと入ってくる」
「ああ、気にせずゆっくりしてくればいい」
「ん、悪い」
それだけ告げて、クルリと部屋から出て行こうとして、時計がチラリと視界に入る。
エドワードが寝入ってから、そろそろ6時間位経とうとしているが、
彼は一体、何時間寝たのだろうか・・・。
ロイは軍人らしく、短時間の睡眠を取る方法に長けている。
自分も同様の暮らしの中と、旅をしていた頃のおかげで、
どこでも、短い時間で寝むれる習性が着いてはいるが、
彼は更に、それの上を行く。
ーーー 多分、戦争時分に身に付いたんだろうな・・・---
平時にどれだけ訓練して出来るようになったしても、1分1秒に生死を賭けている戦場とでは
身に染み方が、格段に違ってくる。
そんなあいつに、ゆっくり休ませてやりたいと思ってた頃も、あったんだ。
エドワードは湯を張る間にシャワーを浴びながら、昔の自分を振り返る。
頭から滴る水滴を浴びながら、目の前の見慣れぬ壁ではなく、
ずっと、ずっと過去の自分を見つめている。
そして振り切るように、コックを捻って湯を止めると、
口を固く噤んだまま、張り終わった湯の中に沈みこんでいく。
食事はのどかで楽しいものとなった。
上機嫌で饒舌なロイが話す話題は、エドワードを笑わせ、感心させる。
二人では多すぎるかと思われた料理の数々も、ロイがレストランに一緒に用意させてきた
上等の酒が食欲を進ませて、程なく二人のお腹に納まっていく。
「あんた、ちょっと飲みすぎだぜ?
程ほどにしとけよな」
次々に杯を空け、エドワードへも勧めてくるロイに、呆れたように声をかける。
「いいじゃないか、今日くらいは。
研究も順調。 おかげで、明日はゆっくり出来るとなれば、
少しくらいは目を瞑ってくれたまえ」
嬉しそうに笑う相手に、エドワードは妙な違和感を持つ。
『無理にはしゃいでるみたいな・・・』
彼は決して暗く寡黙な方ではないが、こうあからさまに浮かれているような状態を
見せるような事はない。
それに・・・、いくら研究が一段落したと言っても、自分達の立場くらいに成れば、
そんな事は珍しくもなく、些細な事だ。
特に査定など、年に1回は常にやってくるのだから。
エドワードは小さな困惑を瞳の奥に掲げながらも、上機嫌な相手の気持ちに水を差さないように
程ほどに付き合っていってやる。
用意されていたワインが2本とも綺麗に無くなると、ロイは飲み足りないとばかりに、
自分の所蔵の酒を持ち出してくる。
「これは北方の珍しい酒でね。
以前お世話になっていた方が、毎年収穫の時期になると送って下さるんだ」
そう語りながら持ち出した瓶を、エドワードがしげしげと眺める。
無色透明で、特に変わったデザインも無いシンプルなボトルだ。
「この酒を冷やすときには、冷凍庫に入れるんだよ。
度数が高い為、それでも凍る事は無い。
逆に温かすぎると、あっという間に蒸発してしまう」
そう告げながら、小さなグラスにトクトクと中身を注いで、
エドワードにも差し出してくる。
受け取ったは良いが、飲みなれてない酒を調べるように鼻先に持ち上げ
匂いを嗅いでいる様子を見せるエドワードの前では、
躊躇いもなく、グイッと一気に酒を煽る相手に、エドワードが驚いて
目を瞬かせる。
その表情が可笑しかったのか、ロイが唇の端に小さく笑みを浮かべると。
「これは、ちびちび飲むんじゃなくて、一気に煽るようにして飲むのさ。
本当は、塩かライムがあればそれを含むんだが、面倒なんでね」
そう告げながらも、早々に2杯目を注いでいる。
エドワードも恐る恐る、見よう見まねで飲み始めると・・・。
「ブッ!・・・、ゲホゲホッ!!」
思わず酒の強さに、咽帰ってしまう。
「鋼の! 大丈夫か!」
慌ててロイが差し出す水を受け取ると、洗い流すように一気に飲み干し、
大きなため息を吐き出す。
「これ・・・なんだ!? めちゃめちゃ、きついじゃないかよ!」
目元を潤ませて、驚く言葉を吐きだしているエドワードに、
ロイは自嘲のような苦笑を作り、答えてくる。
「こういう酒が必要な時もあるのさ・・・」
トーンを落とした呟きに、エドワードは思わず言葉が詰まる。
思わず、ロイの隠していた部分を盗み見したような気まずい気分にさせられて、
ツィと視線を逸らせてしまう。
ロイの助けになりたいと思っていても、自分がカバーできる事など、たかが知れている。
彼の未来への布石の1つ位にはなれても、過去を払拭できる程ではないのだ。
時折彼を悩ませる陰に気づいたからといっても、エドワードには
何もしてやれることさえない。
それは、彼、ロイ自身が越えねばならない問題だ。
一時でもそれを癒せる存在には、自分はならないと決めたのは、エドワードだ。
だから・・・、だから、話さなければならない。
自分の為に、そして、彼の築こうとしている未来の為にも。
そんなエドワードの思い等気づく事もなく、ロイは腰を上げると。
「さて、その酒はお口に合わなかったようだから、
もう少し、飲みやすいのを選ぶとしよう」
新しい酒を選びながら、カチャチャとグラスを取り出して、
酒の準備をしている男の背中越しに、エドワードが話しかける。
「なぁ、中将、俺、話ときたい事があるんだけど?」
「ああ、なんだい?」
先ほどまでの暗い雰囲気を払拭させるように、ロイが振り返らずに
明るく返事を返してくる。
「中将、今日も薬を使う?」
さりげなく問いかけられた言葉に、ロイは愕然として、思わず持ち上げていたグラスから
手を滑らせる。
ガチャンと不快な音を響かせながら、グラスが棚に落ちるが、
転がっただけで、割れはしなかったようだ。
が、今のロイには、そんな事など、全く、目にも入らず、気にもかけてない。
自分がグラスを落とした事さえ、気づいていないだろう・・・。
「・・・な・・にを・・・」
言うんだい?とは続けられなかった言葉が、二人の間に沈んでいく。
ロイは震えている手を固く握り締めると、棚に付く。
決して、決して振り返れない・・・今はとても。
恐ろしすぎる、彼からの嫌悪の目を見つめることが・・・。
そんなロイの葛藤を余所に、エドワードは自然に話を続けていく。
まるでごく普通の連絡事項をつげるような口調で。
「あんたがそれを使う前に、確認しときたいんだ」
エドワードの確証に満ちた言葉に、ロイは手から広がる震えが背筋にも
伝わってくるのを感じるしか出来ない。
そして、沈黙が訪れる。
エドワードは待っているのだ、ロイが認め、振り向いて対峙する時を。
ロイは固く握り締めた手を付きながら、何度か苦しい吐息を吐き出す。
吐くばかりで、一向に吸い込む事が出来ない所為で、
胸が痛いほど、訴えてくる。
無理やりに肺に酸素を送り込めるようになると、ふと、エドワードの
問い方に思い至った。
エドワードは問いはしたが、それに続く非難は口にしてきていない。
『どうするのか?』と訊ねて来ただけだ。
それに一縷の望を賭けて、ロイは蒼ざめた表情で、ゆっくりと身体の向きを返る。
そして、座ったまま自分の様子を窺っているエドワードの纏う雰囲気を認めると、
不思議な感覚が込上げてくる。
「君は・・・何故・・・」
その感覚に突かれた様に、言葉が零れ落ちた。
「何故、気づいたかって?」
笑いながら聞き返されたエドワードの表情には、怒りではなく、
悲しみでもなく、少しだけの切なさが過ぎる。
「普通、あれだけ体調不良を起こせば、気づくだろ?
俺が如何に、そっち方面に疎いっても、もう二十歳を越えてんだぜ?
思い当たる事も可笑しくないだろ。
確かに最初は、全く結びつかなかったのは本当だ。
泥酔してたせいも、寝てた姿勢も悪かったんかなって。
あれは、植物から抽出できる催眠剤だ。
精神不安定者の病人に配られているのと成分は似てるけど、
自然物から出来てるってのが、凄いよな。
起きてるのに、脳は眠った状態で、記憶の1部が麻痺してるようになる。
その癖、後遺症の心配も無いとなれば、治療等での必要性の高い時には
重宝されるだろうな」
エドワードが語って聞かせる間に、ロイは無言で見つめ続けてくる。
「何でそこまで調べれたのかって?表情だな・・・」
エドワードが声ないまま笑いを口の端に象る。
「あんた、俺のこと嘗めてんじゃないのか?
俺はあんたと同様に、国家錬金術師で科学者だぜ。
3回目・・・だったかな?
あんたが俺に飲ませたグラスの残りから、再生させて結晶化させたものを
持ち帰って調べたんだ。
物質の練成に関しては、あんたにも負けは取らないつもりだ」
そう言って微笑むエドワードの表情は、こんな話であっても、
誇らしげに輝いている。
ロイはその彼の笑みを見て、自分の敗北を実感する。
いや・・・、元から彼に勝てる筈も無かったのだ。
彼の強さは、全てを内包できる内面にある。
どんな辛い現実でも、叶わぬ思いでも、彼は常に前を向き
己がどうあるべきか、どうしていくべきかから、目を逸らさない。
それが出来るエドワードだからこそ、叶うことなど有りもしなかっただろう奇跡を
現実に手にしたのだから。
ロイはゆっくりと嘆息を付きながら、俯いて下げていた視線を戻すと、
エドワードに問いかける。
「君は・・・怒らないのか?
あんな卑怯な手段を嵩じた私・・・を」
ロイの言葉に、エドワードが鼻を鳴らす。
「馬っ鹿じゃないの?
怒ってるに決まってんだろ!
薬嗅がせて、俺の意識が無い間に、自分の身体を好きなようにされてさ。
それで怒らない奴がいたら、驚きだぜ」
そう語気強く言い放つ彼の表情には、おかしな事に暗さには無縁で、
逆に、発奮出来た喜びが勝るように見えるのは、ロイの都合の良い解釈か?
「では何故、詰らない? 罵倒して、殴りつけようが、蹴り上げようが
私が文句言える立場ではないんだ」
そうだ・・・、実際それで、エドワードがロイに愛想を付かせて
去っていかれたとしても、それはロイの自業自得なのだ。
一時の快楽と夢の代償として、支払うべく・・・咎。
「なぁ・・・、あんたに話して起きたい事があるんだ。
それでもし・・・・・・。
それでも、もし、あんたが薬を使いたいと言うなら・・・・・・。
俺も考えてもいい」
躊躇いながらも、きっぱりと告げられた言葉に、ロイは思わず自分の耳の錯覚かと疑う。
彼は何と言った?
自分が薬を使うことを、まるで認めてくれていると言うように・・・。
「鋼・・の」
思わず歩み寄りそうに足を一歩踏み出す。
「俺の話を聞いてからだ!」
ピシャリと告げられる声には、ロイが描いているような甘い空気は
微塵も感じさせない。
ロイは思わず表情を引き攣らせ、現実の厳しさを思い返す。
長くなるとロイを迎えに座らせたエドワードが、語りだすまでに暫しの時間を要した。
その間、ロイの目の前では、哀しみに染まった悲痛な表情で、エドワードがギュッと
眉を顰め、唇を噛み締めている。
ーーー これではまるで、懺悔するのは彼のようだーーー
断罪されるべきは自分なのに、エドワードの様子を見ていると、
まるで彼が受けるように感じる。
そして、エドワードが固く握り締めていた手の平に更に力が籠もったと思うと、
彼はきっぱりと顔を上げて、淀みなく語りだす。
「俺にはずっと想っていた人間がいた」
語りだされた最初の言葉に、ロイの表情が瞬間暗くなる。
が、エドワードはそれに構わずに話を続けていく。
「幼い頃に罪を犯した俺らを、生き返らせたそいつは、
俺にとっては、特別な奴だ。
俺らの願いが理想郷より馬鹿げている事は判っていた。
けど、それでも、それに願いを託さなくては、俺らは絶望の淵に沈んで
人として生きては行けなかったと思う。
そいつが、俺らに道を示してやっと、俺らは2度目の生命を吹込まれて
動けるようになったんだ・・・人として。
・・・最初は幼すぎて、自分の感情がどう言うものかさえ判らなかったから、
自分の心を掻き乱す相手に、反発もしたし、反抗もした。
優しくされる事にさえ、ムキになって跳ね除けたりもした。
でも、それでも・・・そいつは、ずっと俺らを見捨てずに助けてくれ続けた。
自分の中の思いが、世間で言われる言葉に当てはまることに気づいたのは、
もう少し大人になってからだ。
その時に概に、自分の感情が、人様に良く思われないものだという事は
辛かったけど・・・ちゃんと、判るようにもなっていた」
俯きがちに視線を伏せた瞼が、微かに震えている。
ロイは、彼の語る言葉に、驚きで言葉も差し挟めない。
そして、胸に宿った温かな灯が、自分の中から心を温めて行くのが感じられる。
「鋼・・の」
ロイの呼びかけに、エドワードは視線を合わせる。
そして・・・。
「ロイ」
と一言。 ずっと呼びかけたいと思っていた名前を、彼のファーストネームを。
そうエドワードが呼びかけた途端、ロイの中に衝撃のような痺れが走る。
そう呼んで欲しいと強要もした。
彼が自分の名を呼んでくれる事を・・・。
意識の無い彼の時だけ、エドワードはロイの名前を惜しげもなく呼んでくれる。
でも・・・でも今は。
ちゃんと、彼の意思で、ロイの名を呼んでいる。
「はが・・・、エドワード」
自分も呼び返す。 ずっと心の中で、呼び叫んでいた名前で。
「あんたが薬を使っていると判ったとき。
間違いなく怒りが俺を支配した。
罵倒も声が枯れるまでし続けたし、非難も詰りの言葉も
思いつく限り上げ続けた。
本当なら、あんたの首を締め上げたい位だったんだぜ?」
さらりと言われる言葉に潜む真実は、冷めた鋭い切っ先をロイに向けているのが感じられる。
が、それで刺されたとしても、ロイにはエドワードに抵抗する術はない・・・。
「でも、でもそれは・・・」
泣きそうに表情を歪めるエドワードからロイは目を逸らさない。
いや、逸らしてはいけないのだ。
エドワードが自分の身に起きた事を、苦しみながらも受け止めているのなら、
ロイはそこから生まれるものは、全て受け取らなくてはいけない。
それが、薬を使う前に覚悟したことなのだから。
「でも、それは?」
ロイは静かに問う。 どんな断罪でも受けると言うように、静かに。
そんなロイに1度だけ視線を合わせると、エドワードは堪えきれ無くなったように
顔を手で覆って、悲鳴のような叫びを上げる。
「あんたにじゃない!
薬を使ったあんたにじゃないんだ!
それに気づいて尚、喜ぶ自分が許せなかったんだ!!」
悲痛な告白を聞きながら、ロイは漸く先ほどのエドワードから感じた不思議な感覚の意味が判った。
卑怯な手段を講じたロイを非難する気配が、エドワードには全く感じられず。
己を憐れむような空気が彼を纏っていたのだ。
そして、ロイは漸く全ての事が理解できた。
彼が何故、こうも献身的なのか。
そして、どうして軍に入り、自分に着いて来てくれていたのか・・・。
『有り得ない』と否定する思考が、自分の目と頭を曇らせていたのだろう。
いや・・・、否定される恐怖に脅えていただけかも知れない。
「君は・・・、エドワード・・・、
君は私の事を、・・・・愛してくれている?」
思わず体中が歓喜の喜びに震え上がってくる。
こんな・・・こんな都合の良い事が、本当に自分の身に起きているのだろうか?
ロイの問いかけに、エドワードは凪いだ瞳を見せて、はっきりと告げてくる。
「俺はあんたを、誰よりも愛してた」
エドワードの断言してくる言葉に、ロイの舞い上がりかけていた気持ちが
急激に落ちていく。
「愛してた?」
「ああ、そうだ。
俺があんたを、そういう意味で愛していたのは・・・、
もう遠の昔で、とっくにそれを葬り去った後だ」
「何故!? 何故、そんなことを!
いや・・・、そうだとしても! 君は喜んだと!!
それは過去じゃないだろう!?」
突き上げてくる激情のまま、相手に詰め寄る。
それでも、青い顔をしながらも、はっきりと首を横に振るエドワードに
ロイは目の前が真っ赤になるような、熱く煮えた感情を込上げる。
「どうして!
そうか・・・、あの婚約者だな!
あの女が、君を!!」
瞬間込上げてくる殺意を押さえもせず、ロイが声を上げるのを、
エドワードは一言で、静める。
「いいや、彼女のせいじゃないぜ。
アルを元に戻してから・・・、いや戻す前から、
俺の中で、あんたはずっと特別な人だ。
アルは当然、俺の中では1番だ。
それは、彼女が居ても変わりない。
今でも、アルが一番だ・・・酷い話だけど」
自嘲気味な笑みを作るエドワードに、ロイは随分と大人びた彼を思う。
ずっと、何も知らない、何も間違わない、綺麗な子供だと思ってきたが、
彼はもう、 子供では無くなって、久しいのだと。
「でも、あんたはアルとも違う。
身内の居ない俺には、人としてアルが1番の存在だ。
でも、あんたは・・・俺自身より、大切な存在だ。
もし俺が人として終わりを告げなくてはいけない時がきたとしても、
あんただけは、それと引き換えにでも護りたい。
それは今でも変わらない・・・いや、この先も揺るがない」
決意を秘めた瞳が、ロイを温かく包んでいく。
命より重いもの・・・そんなモノが世の中にあるわけがない。
なのにエドワードが言うと、それこそが真実のように聞こえる。
彼は言ってるのだ。 命よりも尊く、魂に刻まれた想いが普遍である・・・と。
なのに何故、それを過去に葬らなくてはならないんだ!
そんな憤りが目に顕れていたのか、エドワードがそれに答えるように話し出す。
「あんたと俺は、上司と部下。 そして、俺は皆と同じ、あんたの野望の共犯者で
いなくちゃいけない。
思慕や、歪んだ情動は、判断を狂わせ、理性を侵食する。
俺はあんたの横を歩き続ける事を誓った時から、俺の想いに蓋をした。
俺の歪んだ愛憎が、いつどんな時に、あんたの手足を引っ張り、
判断を狂わせることになるか、判らない。 そんな危険は侵せない。
だから、捨てたんだ」
そう告げるエドワードの瞳も表情も、既に苦痛や苦しみも無い、
達観した、ただ透き通るような表情だ。
「どう・・・どうして・・だ?
何故、そこまでの思いを捨てなくてはいけない?
君、・・・君だけじゃなく、私だって、君を心から欲しているというのに?」
エドワードの決定は誰にも変える事が出来ない。
それは、彼を見続けていたロイには、辛い現実だが判っている。
それでも、抗わずにはおれない。
願わずにはおれない・・・もう一度、思い出してくれと。
「無理だ。
俺は器用じゃない。 あんたとそんな関係になってしまえば、
必ず全部を欲しくなる。
あんたの心や身体だけじゃなく、視線や思考、ほんの僅かな時間も
俺が占めないと気が済まなくなる。
あんたには俺の中に潜むモノに気づいてるはずだ。
強欲で貪欲、常に飢え続け、満たされない情動に」
幼くして最大のものを失う目に2度まで合えば、
人として、歯車が狂っても仕方が無い。
喪失感は飢餓感になり、どれだけ埋めても埋め尽くされる事は無い。
まるでブラックホールのように、吸い込んでは消え、また次を求める。
だからこそエドワードは偉業を成し遂げることが、人よりも優れているのだ。
全てを喰らい尽くし、己の血と肉と知恵の糧にする。
貪欲な恐るべき小さな聖獣。
「だから、あんたが決めてくれ」
茫然としているロイに、声が降ってくる。
「決める・・・?」
「ああ。
俺の身体が欲しいか?」
エドワードの問いに、瞬間驚きで目を瞠るが、すぐさまそこに
暗い情動を閃かす。
「欲しい」
間髪入れずに返された言葉に、エドワードが頷く。
「なら、等価交換だ」
「なにと?」
それにも直ぐに答える。
たとえどんなものを要求されようが、例えそれが・・・自分の命でも。
手に入るなら、差し出して惜しくない。
そんなロイの決意に、エドワードが哀しそうな表情で告げてくる。
「俺の命と魂だ」
その言葉に、瞬間声も出せなくなる。
ーーー 彼は・・・何と?
何故、彼の身体を手に入れる引き換えが、彼の命と魂なんだーーー
思考が混乱してくる。 そんなロイの困惑は予想済みだったのだろう。
「さっきも話したとおり、俺はあんたの横に立ち並んで進む道を選んだときに
あんたへの恋情は捨てた・・・いや、昇華したつもりだ。
なら、それを再び戻すなら、俺はあんたの傍には居れない。
あんたを害し、未来への道を阻害するものを排除せずにはおれないからな。
だけど俺は生きつつける限り貪欲にあんたを求め続けるだろう。
だから、どちらかを選んでくれ。
俺の身体を手にするか、今の俺との関係を壊さずに続けるかを」
ずっと、ロイが薬を使って自分を抱いていたのに気づいてから、
エドワードは考え続けてきた。
この身体が、少しでもロイの慰めになるのなら、
それを捧げることに躊躇いは無い・・・ただし、自分の性(さが)を考えて、
意識を閉ざしたままで・・だ。
それにはほんの少し、ロイの薬をいじるだけで可能な事に気づいた。
あれは、少量なら、影響も一時期で霧散するが、一時に大量に摂取すれば、
影響を受けた脳が障害を引き起こす。
要するに・・・意志の無い人形が出来上がるのだろう。
性質の悪いモノだが、多分、それを欲していた者が作る事を強請したか、
願いを叶えて作れ出されたかだ。
だから、どちらか1つだ。
欲する身体を差し出すか、永久に変わらぬ忠誠心を捧げていくか。
どちらにしても、エドワードに嫌は無い。
再び生を受けてこの地に戻ってから、エドワードにとって、ロイは
自分を生み出し、象って行く創造主なのだから。
心を千切り取り、苦鳴に泣き叫ぼうとも、
身体を切り刻み、滴る血ごと彼に捧げようとも、
元から、全ては彼が創ったものなのだから。
でも、願わくば・・・彼の創り上げていく未来を垣間見たいとは思ってはいた。
今のエドワードにはっきりと言える事は、彼の行く末を妨げるものは、
たとえ、どんな小さな障害だとして、決して許さないと言う事だ。
それが、彼への恋情を捨てるときに、決意したたった1つの誓いだった。
そう・・・、それが例え自分であっても、エドワードは決して許さない・・・。
ロイは底冷えするような思いを感じながら、目の前の青年を凝視する。
エドワードの言葉には、嘘や誇張や脅しは、一切含まれていない。
彼は常に真実を口にする。
そして、ロイには彼のその考えが間違っているとは、もう言える立場ではない。
すでに自分は、愚かな過ちを繰り返してしまっているのだ。
そんな自分が、エドワードの考えを否定できるわけも、改めさせれるわけもない。
そう、ロイには、エドワードの言葉が、正解だともわかっている。
ずっと、願っていた。
心を手に入れられないのなら、身体だけでもと。
思い出を築けないなら、記憶に留まらない時だけでも・・・と。
でも彼は、その命を賭して、自分に全てを捧げて来てくれていたのだ。
・・・どうして、それに気づかずに過ごしてしまったのだろう。
もう、十分だ・・・、これ以上、彼から何一つ
取り上げるわけには行かない・・・。
ロイは知らぬうちに込上げてきた涙を頬に伝わせながら、
静かに立ちあがると、先ほどまで立っていた棚へと近づいていく。
そして・・・、ゆっくりと小瓶を取り上げると、
最後の瓶の中身を、エドワードに見える位置で飲み干してしまう。
「中将!!」
驚いたエドワードの呼びかけに、ロイは涙を滴らせながら、優しく微笑んで首を横に振る。
そして、腰を浮かべているエドワードの元へと近づくと、ソファーの前に膝まづくようにして、
彼の腰へと腕を回し、顔を寄せる。
「エドワード・・・辛い思いをさせて済まなかった。
これからもずっと・・・一緒に歩いていってくれ。
それが私の最大で、最後の望みだから・・・」
「中将・・・」
「ただ、今だけは・・・薬が効いている間だけでいい。
傍に居て、語ってくれ・・・私を愛していると。
明日になれば全て忘れて、また歩き出すから・・・」
言葉がゆっくりと間遠くなっていく。
眠りに落ちていくロイを抱きしめながら、エドワードも掠れた嗚咽を小さく上げ続ける。
これは哀しみではない、喜びの涙だ・・・そう自分に言い聞かせる。
彼は・・・ロイは、選んでくれたのだ。
どれだけ苦しく、哀しみに満ちていようと、互いを離さずに
歩いてくれる道を・・・。
身体だけでなく、エドワードと言う存在を愛してくれると。
伏せられた横顔に付く、涙の跡を擦ってやる。
そして、彼が目を覚ましたら、聞いてもらおう。
どれだけ自分が彼を愛していたから、そして、これからもずっと彼だけに
この心を捧げていくと。
「鋼の! さっさと出ないと、皆が待ちくたびれるぞ!」
「判ってるよ! もう、何でこんなに書類ばっかりあるんだよ!」
ガランと殺風景な司令室の中では、先ほどから扉を開けて
時計を気にしている上司の姿がある。
エドワードは、出掛けに舞い込んできた書類に至急サインをと言われ、
渋々ながら、席でサインを掻き続けている。
「仕方ないだろ。 昇進用の内示が飛び込んできたんだ。
着くまでに届けておかないと、向うで困るのは自分だからな」
ロイの昇進は無かったが、変わりに中央への栄転とポジションが決まり、
移動する準備が整った矢先に、飛び込んできた昇任の内示は
エドワードのものであった。
ファイル1冊にも及ぼうかと言う、規則やら注意やら、心掛けなどを
くどくどと書かれた書面は、見るのも億劫だが、
見ずにサインして、後から突かれるのも堪らない。
取り合えず目を通してサインして、事務官に届けておかないといけないのだ。
「終わったぁー!」
最後の1枚に、殴り書きのようなサインをして、素早く立ちあがる。
「ほら、さっさと出るぞ。
下を通る際に、言付けておけばいい。
しまった、時間がギリギリだ」
時計を確認して、ロイが足早に部屋から歩き出す。
それを追いかけるようにして来たエドワードが、
「先に事務室に渡しとくー」と追い抜いていった。
その背を、眩しいものを見るように、瞳を眇めて眺める。
そして、全ては手に入らずとも、満足だとも。
本当に欲しかったものが手に入れば、他は些細なものだ。
婚姻の近いよりも、神への祈りよりも、
神聖な誓いを、ロイは手に入れる事が出来たのだから・・・。
早く早くと言うように手を動かす愛しい相手の姿に、
ロイは微笑み返して、足を速めて近づいていく。
手を取り合うことは、もう叶わないだろう・・・。
だが自分たちは、これからもずっと、並んで歩いていけるのだ。
遥か彼方に青い空が広がっている。
昇華された二人の想いも、きっとあの空の果てへと広がっているのだろう事に
切なく痛む胸を押さえながら、見上げ続けていく、これからも二人でずっと・・・。
《あとがき》
忘却完結第1弾・・・終わりました。
うーうー、自分の未熟さが悔しいです・・・。
もっと、エドワードの葛藤を上手く伝えたかったのに、
そこんとこが、出来ない!!
愛憎は一つの思いの両端です。
エドワードはそれに気づいていたから、自分の感情の1部分を封じて、
常にロイの事だけを思える自分を作ることに決めた。
互いが向き合って乗り越すには、ロイの目指す野望は生半可じゃない。
二つを取れないなら、どちらか1つに絞ったほうが、成功率は高くなるのですから。
手を取り合っていては、片手しか使えないでしょ?
でも、両手を離して寄り添えば、前にも背にも行ける。
エドワードがそう考えて、決心した事が伝わっていればと願います。
サブタイトルの「初恋は実らず」は、互いに言えるのだろうなぁ・・・と。
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