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久遠の輪舞(前編)2章
~ 【 久遠の輪舞(前編) 】~
・・・ lento《ゆるやかに》2 ・・・
*WEB本よりのアップ
久しぶりに足を踏み込んだ執務室では、苦虫を噛み潰したような表情のロイが、
エドワードを迎えていた。
「なんだよ、その顔は…?」
別に満面の笑顔で迎えられた事はないが、あからさまに不快な表情を向けられた事も無い。
が、今の目の前の男から向けられている表情は、『迷惑な』と大きく書かれているようなものだった。
「今回はちゃんと、定期報告に間に合ってるだろ?」
そうなのだ。 いつもなら、急かれてやっとのエドワードが、今回は珍しくも、
期間内に提出にやってきたと言うのに…。
そんな不満を見せるエドワードに、ロイは仕方無さそうな大きな嘆息を付いて見せてくる。
「…全く・・・。 君は必要な時には現われない癖に、拙い時には真面目に戻ってくるんだな。
君がトラブルに出会うのが、何となく判る気がする…。
しかし、戻ってきたなら、逆に都合がいいか…」
エドワードを無視して、苛々した様子で爪を噛みながら、何事かを考えながら
呟いている相手の態度が癪に障る。
「だーかーら!! 何だって言うんだよ!」
煮え切らない相手の言動に、不愉快な気分でエドワードが問い詰める。
が、そんなエドワードの態度には取り合わず、ロイは一枚の封書を取り上げて、
エドワードに聞かせるように読み上げていく。
「半月前、西方との県境の小さな町で、一人の軍人が不正を暴かれて、免職した。
罪状は、横領に、賄賂、傷害、賭博にと余罪が山ほどの最低な人間だったから、
免職されて罪を償うのは当然だ。
財産没収後、被害にあった市民達に分配される事になっている。
そして、その件を暴いたのが、国家錬金術師の一人との報告が上がってきている。
不正を暴いた錬金術師には、総統府からお褒めの言葉を頂いている。
そして、市民には、国家錬金術師牽いては、軍の評判を上げる貢献を果したとも言えるだろう」
ロイの話す内容に思い当たりのあるエドワードは、小さく鼻を鳴らし、哂う。
「別に軍の評判の為にやったわけじゃない。 お褒めの言葉も、要らないね」
そのエドワードの言葉が終わるや否や、ロイが大きな音を立てて机の上を叩く。
「そんな事を聞きたいんじゃない! どうして私に、その報告が無かったのかと言ってるんだ!
君が正義感を振りかざして、悪人を打ちのめし、英雄を気取るのは勝手だが。
鋼の、君は軍属とは言え、軍の狗なんだぞ。 上司に連絡も、報告もなく独断で動けば、
軍の規律を乱すとして罰せられても、文句が言えない立場だと、判っているのか!」
ロイの声を荒げての激昂に、エドワードが茫然とする。
今までも小さな事件やいざこざは、数知れず起こしてきた自覚はある。
あるが、それをここまで叱責されたことなど、一度としてなかったのに…。
「いいか、君がした事は、軍にとっては規律違反の重罪だ。 毎度となく私が言っている、
報告をしろと言う言葉を、君は全く聞いていなかったと言う事か! その賢いお頭には、
錬金術以外の言葉は記憶できない鈍らなのか!」
続けて打たれた机の上では、積まれていた書類たちが、恐れたように霧散し散らばり逃げていく。
ハァハァと荒い息を吐き出しながら言葉を止めたロイは、暫く逡巡した様子を見せ、息を落ちつけると。
「ハボック!!」
大きな声で、隣の部屋で控えているだろう部下を呼びつける。
「はっ!!」
寸暇の間もなく開かれた扉からは、トレードマークの咥えタバコもしていない、
真剣な表情のハボックが飛び込むように入ってくる。
「鋼のを更迭しろ。 この事件が解決するまでは、東方で監禁しておけ!」
その言葉に驚いたのは、エドワード一人だった。
「なっ!!」
反論を返そうとしたエドワードに、二の句を告げさせずに、ロイは淡々と指示を出していく。
「罪状は、命令違反にでもしておけ。 場所は…、軍の施設では拙いな。
民間の宿泊所も、警備が手薄になるか…。
仕方ない、私の官舎にでも放り込んでおけ。 あくまでも、内密にだぞ」
そのロイの指示に、ハボックは短い敬礼を返して、了承を伝える。
「はっ、判りました。 鋼の錬金術師殿、失礼致します」
恭しい言葉とは裏腹に、ハボックはエドワードの腕をがっちりと掴むと、
司令室から引き摺るようにして連れ出していく。
「ちょ、ちょお、待てよ、ハボック少尉! 何で俺が監禁されなくちゃならないんだよ!」
ジタバタと喚き暴れるエドワードを見ても、司令部に居たメンバー達から、助けてくれる様子もない。
隣で待っていたアルフォンスも、どこに行ったのか姿が見えない。
「しっ、大将。 取りあえず、静かに大佐の言う事を聞いとけ。
後で説明してやるから」
小さな声で耳打ちされた言葉に、エドワードはハボックを見上げる。
状況が判らないエドワードの不安を和らげるように、下手なウィンクを返すハボックの様子から察して、
エドワードも不承不承押し黙るようにして、誘導されるように連れ出されていく。
静かになった指令室内では、沈痛な嘆息が、あちらこちらから漏れる。
「ビックリしたでしょうね、エドワード君」
「そうね…。 そこはハボック少尉が、上手くやってくれるでしょう。
取りあえず私達は、急ぎ調査報告を片付けてしまいましょう」
「そうですな。 しかし、大佐にも驚かされましたよ」
口々に交わされる言葉の中には、予想外のロイの過剰な反応への驚きも混じっている。
「ええ…、でも、ああ示しておかないと、エドワード君を黙らせるのは難しいでしょ?
今回は大佐の察知が早くて何とか成りそうだけど、いつも今回のように、
上手くフォローが追いつくかは解らないのだし」
そのホークアイの言葉に、他のメンバーも頷いて同意を示す。
が、そこには迷惑そうな様子は微塵もなく、慈愛にも近い、優しい思いが流れていた。
「行ったか?」
「はい、先ほどハボック少尉が連れ出していきましたから、上手く隠して進むと思われます」
「そうか」
短い返答の中にも、深い安堵の気持ちが感じられる。
「悔やんでおられますか、怒鳴ったことを?」
ロイの心中を慮った問いかけに、ロイは小さく笑って、首を横に振る。
「子供を叱るのは、上の役目だろ? 嫌な仕事を、下に押し付けるのは忍びないからな」
上司の殊勝な心かけに、含み笑いを洩らして、返答をする。
「ご配慮、痛み入ります」
静かに頭を下げるホークアイに、ロイは自嘲の笑みを浮かべる。
「甘やかしてる私の責任だから、当然だな」
仕方無さそうに肩を竦めて告げられた反省に、ホークアイも同様な己たちの態度を省みる。
「自重致します」
「ああ、私も心かけるとしよう…出来るだけ」
そんな事を言い合って、苦笑している大人たちを、見ている者がいたら、
『駄目な大人たち』と烙印を押されたことだろう。
*****
「兄さん、大人しく連れてきて貰った?」
ロイの官舎だと告げられた扉を開けて見ると、待ち構えていたように立っていた弟に、
開口一番、そう告げられた。
「お前…、何だよ、先に連れてこられていたのか?」
呆気に取られているエドワードを余所に、アルフォンスはハボック中尉に礼を告げながら、
今後のことを色々と話、進めている。
「じゃあ、暫く外出とかも控えた方が良いですよね」
「そうだな。 必要な物は届けるから、出るのは止めといてくれ。
んで、家に居る間も、外部からは見えないように、カーテンとか引いてな」
「判りました、大佐にも宜しく礼を伝えておいて下さいね」
「ああ、言っとくよ。 まぁ、何回か戻っては来ると思うけど、
家の中の物は自由に使えって言ってたし。 気楽に過ごしとけよ」
「はい、何だか皆さんに申しわけないんですけど…」
「いいってことよ。 皆、持ち回りでやってくる事だしな」
「はい、宜しくお願いします」
二人で分かり合っている様子を見せて、会話が続けられていく中、
横では、憮然とした表情のエドワードが、苛々と説明を待っていた。
「なぁ! どういう事なんだよ、一体!」
痺れを切らして声を上げて初めて、話していた二人が、エドワードの存在を
思い出してくれたようだ。
「ああ、すまん、すまん。 説明はアルフォンスがしてくれると思うんで、
俺は司令部に戻るな。 じゃあ大将、大人しく弟の言う事を聞いてるんだぞ」
そう告げながら、ワシャワシャとエドワードの頭を撫でて、慌てるエドワードを後に、
ハボックは玄関から出て行った。
それを見送った後、エドワードは一息吐いて、アルフォンスに問いかける。
「…どう言うことなんだ?」
静かな問いかけの様子に、兄が冷静さを取り戻している事を感じ、アルフォンスは、
取りあえず中へと、エドワードをリビングへと連れて行く。
二人して向き合って座ると、徐にアルフォンスが話し始める。
「半月ほど前の町のこと、覚えてるでしょ?」
「ああ、大佐にも話されたけどさ…。 でも、何で今回に限って?」
「う~ん…。 まぁ、今回に限ってでもないとは思うんだけど…。
あの軍人さんって、前の職場でも問題を起こして、左遷されて来たんだって」
その話にエドワードは、卑屈そうな表情で自分を睨んでいた相手の顔を思い出す。
「ふ~ん、やっぱりな。 性根が腐ってやがったんだな」
と腕組をしながら、小馬鹿にした哂いと共に、納得できたと頷き示す。
「うん、本当は前回の時に、免職になってておかしく無かったらしいんだけど、
その父親の人が西方のお偉いさんだったんだって」
そこまでの話を聞いていて、エドワードが呆れたような嘆息を吐く。
「何となく判ってきた…。 要するに、不肖の馬鹿息子を庇った親父が、
権力を嵩にきて、何とか首を繋げさせたってわけだ」
「うん、そうらしいよ。 で、時期を見て呼び戻すつもりだったんじゃないかなぁって、
ハボック少尉が」
はぁ~と、内心の呆れぶりを隠さない吐息を付きながら、エドワードはやってられないとばかりに、
だらしなくソファーに凭れて、天井を仰いでみせる。
「で、今回の件でしょ? 当然の結果なんだから、逆恨みされても困るんだけど、
もっと困ったのが、その父親と言うのが、裏社会の方とも繋がりがあるらしくて、
どうやら僕らを…そのぉ、探すようにと頼み込んだらしいんだって」
アルフォンスの躊躇いがちな言葉から、その言葉に含まれているだろう内容を察する。
探すだけでは、終わらせないつもりなのだろう…。
「へっ、そんなのに捕まる程、弱くねぇって」
鼻を鳴らしての、エドワードの言葉には、強勢はない、事実だけだ。
「うん、確かに僕らだけなら、別に困ることは、そうそう無いと思うけど…」
「…巻き添えを食う人間が出るってか…」
「…うん、ああいう人達は、正攻法だけでこない事も多いらしいから、
もし、人質を盾に取られたら、僕らも身動き取れなくなる事も考えれるって」
その言葉に、エドワードは自分の関連ある人達を思い浮かべる。
そして、関連ある人ばかりでは済まない可能性も。
「なら、元を断たなくちゃ駄目って事だな…」
湯鬱な思いが浮かび上がってくるのを止めたのは、次の弟の言葉だった。
「うん。 で、今、大佐たちが情報を集めてる最中なんだって」
その言葉に、凭れていたソファーから跳ね起きるようにして、視線を向ける。
「要請を出した本人自体が居なくなれば、裏の方もわざわざ危ない橋は渡ろうとしないらしいよ。
と言うか、関係を切ろうとするらしいんで、少尉たちが躍起になって、その証拠を集めてくれてるんだ。
もう、ほぼ集まったらしいから、失脚が確実になるまで、僕らに隠れていて欲しいって」
アルフォンスのその声には、皆への申し訳なさと、感謝の気持ちが溢れて語られている。
「馬っ鹿じゃないの…」
エドワードも、呟いた小さな憎まれ口も、いつもの元気はない。
「うん…。 馬鹿が付くほど、良い人達ばかりだよね」
兄の気持ちが良く判っているアルフォンスが、優しく返事を返してやる。
自分たち兄弟は、強い方だと思う。 が、それはあくまでも、二人に限っての事なのだ。
誰かを犠牲にしてまで踏み越える強さは、まだまだ子供の二人には、持ち得ないものだ。
いずれは、選択を迫られる苦境に立たされる時が来るかも知れない。
その時に、どの道を選ぶことになるかは、今だ未知のことなのだ。
夕刻をとうに過ぎて、深夜に近い時間になって、やっとロイが帰って来た。
「おかえりなさい、お邪魔してます」
礼儀正しく礼を伝えながら、アルフォンスが迎えに出た後を、エドワードは黙って付いていき、
挨拶を交わしている三人の後ろで立ち尽くしていた。
「何か変わったこと、なかったか?」
気がかりそうに聞いてくるハボックに、「大丈夫です」と答えながら、
アルフォンスが夕食の準備が出来ている事を伝えている。
ロイはと言うと、難しそうな表情を崩さずに、二人の会話を聞いているようだった。
アルフォンスは、後ろに立ち尽くしているエドワードの様子に、何かを感じたのか。
「あっ、ハボック少尉。 僕達、先に中に入っていましょうか」
と、先ほどからロイとエドワードの様子に気を揉んでいるハボックに、誘い水の言葉をかける。
「あっ? おっ、おお、そうだな。 アル、案内してくれよ」
「はい、こちらですから」
アルフォンスは擦れ違うときに、さり気なくエドワードの背中を押して、
一歩踏み出すように場所を譲る。
賑やかな二人の声が、段々と遠ざかる中、玄関先に残された二人の間には、
重い空気が漂ったままだ。
何も言わずに、自分の足先に視線を落としているエドワードの様子に、
ロイは小さく嘆息を吐き出すと、軍服の外套を脱いで手にかける。
「行こうか、二人を待たせるのも悪い」
そう声をかけて、エドワードの横を通り過ぎようとする。
ツイッと外套が引かれて、思わず足を止め、横に立つエドワードに視線を回す。
相変わらず顔は背けたままだが、握った外套がギュッと引き絞られたかと思うと。
「……… 悪い、手間かけさせて…」
と、小さな声が届いた。
その言葉に、ロイは先ほどより大き目のため息を落とすと、その反応に萎縮したのか、
エドワードの肩がビクリと撥ねる。
その様子を見ていたロイは、ガシガシと前髪を掻き乱して、軽く頭を振る。
『まだまだだな、私も…』
帰ってくるまでは、確かにエドワードには毅然とした姿勢で望もうと思っていた。
どんなに反抗的な態度をとられようが、怒りをぶつけられようがだ。
が、それがどうだ、謝罪にしては不遜すぎる言動なのに、彼が理解し、
反省している様子を見せただけで、もう、怒りを持続させにくくなっている。
『ホークアイに叱られるな…』
ロイはそんな事を考えながら、横に立つ子供の頭に片手の平を乗せると。
「手間はさしたる事も無い。 が出来れば、我々の心労を増やさないでくれたまえよ」
そう、それだけ告げると、先に歩いて中へと入っていく。
残されたエドワードは、グッと唇を噛み締めながら、暫くそのままの姿勢で立ち尽くしていた。
居候の立場だからと、アルフォンスがせっせと家事を行い、護衛を兼ねたハボックも交えての、
遅い夕食を皆で取る。
「美味い~! これ本当にアルが作ったのかぁー」
感激も大袈裟に、ハボックは美味いを連発しながら、料理を平らげていく。
「ありがとうございます。 一杯あるから、どんどん食べて下さいね」
次々に出される湯気を立てた料理は、独り者にはありがたいこと、この上ない料理ばかりだ。
「マジ美味いよ! これなら、アルは俺んとこに来て貰いたい位だぜ」
感動を表現するかのように、フォークを振り回しながら、喜ぶ様子に、
アルフォンスも嬉しそうに応えている。
「本当に美味しいな、君は料理も天才だな」
そんなロイの賛辞に、アルフォンスは嬉しそうに頭を掻いて、照れる仕草を見せる。
「そんな…、ありがとうございます。 でも実を言うと、料理は兄さんに教わってるんですよ」
種明かしするように告げた言葉に、今まで以上に大きな反応が巻き起こる。
「ええー、まさか。 大将がぁ!?」
「鋼のが、料理!!」
驚く二人の視線を受けながらも、エドワードは変わらずに、黙々と料理を食べている。
「ええ、ビックリしたでしょ? 普段の兄さんからは想像も付かないでしょうけど、料理の腕は抜群なんです」
可笑しそうに話してくれるアルフォンスの言葉を、聞いている二人は半信半疑の様子が隠せない。
「そうは言われてもよぉ…」
「どうにも、想像がつかないな…」
「そうっすよね、何か恐ろしい物食わされそうで」
「ああ、人に食べれるような物じゃなさそうだが…」
交互に言い合われている言葉は、とても本人の前で話されるような会話ではないが、
その点はどちらも図太い神経の持ち主のようだ。
「あんたらなぁ…! 俺を何だと思ってんだよ!!
別に、ごく普通の料理に決まってるだろ!」
黙り込んでいたエドワードも、余りに失礼極まりない二人の会話に、
我慢しきれず文句の声を上げる。
「ってもよぉ、いまいち信じ切れないと言うか、予想が付かないと言うか…」
そのハボックの言葉に同意するように、ロイも頷いている。
「そうだな、実際を見てみないことには、どうにも納得しきれないのは、同感だ」
そんな二人の様子に、エドワードはワナワナと肩を震わせて、怒りを溜めていく。
「言葉では何とでも言えますからねぇ~」
そのハボックの言葉を最後に、エドワードの忍耐がプチンと切れる。
「わかった! そこまで言うなら、作ってやる! 食べさせてやる!
食べてから、俺様の腕前に感謝するんだな!!」
勢い込んで、立ち上がってそう告げるエドワードに、二人が楽しそうに笑い声を上げる。
「そうか、では楽しみにするとしようか」
「大将、期待してるぜ」
その朗らかな返答に、エドワードははっと気を取り直す。
「ちっ…」
どうやら、まんまと乗せられた自分が悔しくなる。 が、それが自分を元気付けさせようとする、
二人の思いやりだとも。
こうして甘やかすから、自分が付けあがってしまうんだ…と、心の中で毒づいて返してやる。
「じゃぁ、俺は下で寝ますんで」
遅い夕飯の後、ハボック少尉がそう告げてくるのに、ロイは当然のように頷き、
エドワードとアルフォンスは、軽い驚きを抱く。
「鋼の、アルフォンス君、彼は任務で来ているんだ、気にする事は無い」
休むように告げて二階を示すと、ロイは自室へと入っていく。
どうしようかと躊躇う二人に、ハボックが気安く請け負ってくれる。
「気にすんなって。 ここのソファーなら、俺のベットより上質だぜ。
その分、大将の料理に期待しておくから」
その言葉に小さく頷いて、二人して頭を下げる。
「…大将、大佐が昼に怒鳴ったのって、お前を心配する余りだからな。
俺らも普段、あんなに真剣に怒ってるあの人を見るのなんて、滅多に無いんだぜ。
大佐って、余裕かましてるとこあるだろ?
あれだって、相手に負担をかけないって理由もあるんだ。 俺らが失敗しても、
叱責はされるけど、あそこまで怒られる事って、殆どないからな。
そんだけ、お前ら二人の事を、気にしてるんだよ、あの人は」
その言葉に返せる言葉はなかった、胸が詰まりすぎていて…。
そんなエドワードの心情も、ハボックには判っているのか、返答が無いのを気にするでもなく、
「オヤスミ」と言い終えると、さっさと寝る体制に入っていった。
じっと佇んでいる兄に、アルフォンスが小さな声をかける。
「行こうか、兄さん」
その言葉に促されるように、エドワードは宛がわれた部屋へと足を向ける。
大佐の態度に、皆の言葉に。 そして、向けられる思いやりに、返せない程の恩を感じながら。
その後の数日間は、ロイの指示の完全さか、問題や事件に発展する事無く、
調査が終了し、無事に杞憂は排除された。
罪状が暴かれた高官も、息子の後を継いで失墜し、地位を剥奪された上に、
国外追放の身の上となった。 高官に対する処罰としては、例にない厳しさと、
上層部では噂されたが、総督府からの指令となれば、誰一人異論を唱える者も出る筈も無く、
次への関心は、一つ空いた上階のポストへと移っていった。
*****
「ちはぁ~」
「こんにちは」
元気良く入って来たのは、馴染みの兄弟二人だ。
「おっ、漸く旅立ちか?」
旅装の終えた二人の姿を見とがめて、声をかけてくる。
「はい、計画も立てれたんで、次へ進もうかと」
「今回はちょっと遠出になるから、先に許可を貰っとこうと思ってさ」
そう告げながら、指令室内を見回して、告げるべき相手を探す。
「そう、気をつけていってらっしゃい。 で、大佐は多分、裏庭のどこかに居るはずよ」
「裏庭ぁ?」
エドワードの怪訝そうな声に、頷き返す。
「ええ、お得意のサボリね。 丁度良かったわ、そろそろお戻り頂ける様に、
告げて来て貰えるかしら」
そのホークアイの言葉に、いつもなら、一つ二つの悪態を口に乗せるのが主なエドワードが、
珍しくも素直に了承を返してくる。
「判った。 じゃあ、報告ついでに言っとくよ。 俺らは、そのまま出て行くんで」
忙しないのは変わらないと、皆が暫しの別れの言葉を告げてくる。
それぞれに返事を返し、二人は戸口の前に立つと、深く頭を下げて見せる。
「大将…」
「エドワード君?」
なかなか頭を上げない兄弟に、不思議そうな声がかけられる。
その呼び声に頭を上げて、エドワード達は真っ直ぐとメンバーの顔を見て。
「今回は、本当にご迷惑をかけました。 以後も無いとは言えないんだけど、
十分心かけて気をつけます!
ありがとうございました!」
「ありがとうございます、皆さん」
潔く告げられた謝罪の言葉に、部屋の中の全員が驚いている。
しばらくの沈黙の後に。
「ええ、気をつけて…、大佐に、皆に、余り心配をかけさせないのよ?」
その優しい母親のような言葉を皮切りに、皆も盛大に見送る言葉を投げかけていく。
それに、もう一度、深く礼を返して、エドワードとアルフォンスは、司令室を後にした。
「なんか、大将が大きく見えましたよ」
感慨深そうなハボックの言葉に、ホークアイも頷き返す。
「ええ、子供の成長は早いもの。 大人になるなんて、あっと言う間よ」
「愛情を持って叱る事が、子供の成長を促すコツですな」
「ええ、叱らなければ、伝わらないこともあるわ。 でも、叱るのは、その子を思う気持ちが大切なのね。
そして、心が通い合っている事が、とても大切なことなんだと思う」
そのホークアイの言葉に、以前の話を思い出す。
「成る程…。 あの二人の仲は、我々が心配するほどの事はなかったという事だな」
真剣に向き合ってくれる人を、ちゃんと受け止めるだけ、互いを認め合っているのだろう。
上辺だけでは、見えにくい事も世の中には多々あると、再度認識させられた一幕だった。
「アル、先に門へ行っといてくれよ」
エドワードのそんな言葉に、不思議そうに首を傾げるが、特に何を言うでもなく、
アルフォンスは先に門へと歩いて行った。
エドワードは、ホークアイが教えてくれた中庭へと向かっていく。
別に隠れるつもりも無かったのだろう、芝生に転がっている姿が直ぐに見えてくる。
エドワードは静かに近づいて、転寝している相手を邪魔しないようにと、様子を窺ってみる。
上から寝顔を覗き込んでみるようにした瞬間に。
「もう、出発か?」
と、即座に声がかけられた。
「あっ、ああ…、そうだけど。 何だ、寝てたんじゃないんだ」
パチリと目を開けて、俊敏に起き上がる様子には、睡眠に落ちていたような気配はなかった。
「いや、さっきまではウトウトしていた。 けど、探してたんだろ?」
脈絡の無いロイの言葉に、戸惑ってしまう。
「それは、そうだけど…」
「君が私を探している気配を感じたら、目が覚めた」
そんな事が判るのだろうか?
そんなエドワードの疑問は、表情に出ていたのだろう、ロイも肩を竦めて見せる。
「さてどうしてか? 私にも判らないが、まぁ兎に角、判るんだ」
謎かけのような返答には、曖昧な返事しか返せない。
「へぇ…、そうなんだ」
奇妙な視線で見つめられているのは気にせず、話を進めてやる。
「で、出発の挨拶か?」
そのロイの問いで、自分が何をしにやってきたのかを思い出す。
「ああ、そうなんだけど…。 ちょっと次は長くなりそうだから、先に言っとこうと思って」
「少しは学習したらしいな。 長くなっても、定期報告を送るのは、忘れないように」
「わかってるよ! 」
いつもの相手の対応に、思わずムキになって言い返した後すぐに、エドワードは慌てて、口を押さえる。
「鋼の?」
エドワードの不審な行動に、ロイが怪訝そうに見ている。
告げるべき言葉は他にもあると言うのに、エドワードは素直に言い出せないでいる。
そんなエドワードの葛藤を知ってか知らずか、ロイがパフンと頭に手の平を置いて、
手触りを楽しむように、軽く撫でてくる。
「気をつけて行って来なさい。 余り無茶をしないように」
そう、余りにも自然に、優しく告げてくるから、エドワードの胸に溜めていた言葉が、
スルリと口をついて出て行ってしまった。
「なぁ、何でそんなに好くしてくれんの?」
その言葉に、相手が目を丸くしているのを見て、エドワードは初めて自分がしゃべった言葉を理解した。
「いや…、あのぉ、別に迷惑とか、そのぉ、そういんじゃなくて…。
素朴に思ったと言うか…思ってたと言うか…」
自分の発言に慌てふためくエドワードを余所に、ロイは静かに微笑んで返す。
が、その笑みは余計にエドワードを混乱させる。
何故なら、余りに哀しげな自嘲の微笑だったから…。
「君が気にする事は無い。 少なくとも私に関しては…ね。
私がしている事等、欺瞞に近いものさ」
そんな意外な答えに、エドワードの眉が顰められる。
「欺瞞?」
「…ああ、私は自分が救われたいからこそ、君を保護し、庇護している。
要するに、私の勝手な行動だと言う事だ」
エドワードは、自分の目の前の男をマジマジと見つめる。
この男は、何を言っているのだろう?
いや、言いたいと言うのか…。
どうして、エドワード達を助けることが、この自分より強かな相手の、
何を助ける事になると言うのか…。
エドワードの当惑の瞳に、ロイは気にするなというように、首を軽く横に振ってみせる。
「さぁ、もう行きなさい。アルフォンス君が待っているのだろ?」
そう告げながら、ポンと背中を押し出すように叩いてくる。
その相手の様子に、これ以上、彼が話す気は無いのだと告げられたような気持ちにさせられて、
エドワードは不可解な思いを抱いたまま、その場から立ち去っていく。
そして、暫く進んでから漸く、自分が礼を告げるのを忘れていた事に気が付いた。
そして…。
「ど、どうしたの、兄さん!? 何かあった? それとも、どこか痛いの?」
門へと辿り着いた途端、アルフォンスが慌てて近づいては、
そんな事をエドワードに問いかけてくる。
『何、言ってんだ?』と返そうとして、エドワードは自分が声も出せないほど、
喉を詰まらせていることに気付く。
ポトポトと流れ落ちているのが、自分が流している涙だとは気づけいてもいなかった。
何故なら、自分が泣いている事さえ、気づいていなかったのだから。
じゃぁ何故、そんな事も気づけないのかと問えば、
哀しかったから…
辛くて、胸が痛すぎて、それ以外、何も感じれないほど。
痛かったから…
何がと問い続ければ、
ロイからの答えが…。
少なくとも、自分が思いえがいていた、期待していた答えとは、全く違う、その答えに。
エドワードはショックを受けていたのだ。
そんな大それた言葉が、欲しかったわけじゃない。
少しばかりの好意と、僅かばかりの愛情。
そんなものを思いえがいていたエドワードにとって、
ロイの返答は望んでいたものとも、望まないものでさえなかった。
ただ、逸らされ、誤魔化されたに過ぎない言い訳だ。
そんな言葉が欲しかったんじゃない。
ただ、真実を告げて欲しかっただけなのに。
向き合った自分に、向いて欲しかっただけなのだ。
でも、自分は今だ、力の足らない子供なのだ。
ロイほどの人間が、真実を告げるのには足らない未熟な…。
少しだけ近づけた気がし、さらに遥か遠くの相手を知る。
いつか真実を告げて貰える人間になろうと、誓ったその日が、
エドワードの大人への始まりだったのかも知れない…。
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