Selfishly

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久遠の輪舞(後編)act7


・・・・・『 久遠の輪舞・後編 』act7・・・・・








 最後まで心配を隠さずに、アルフォンスが付いていくと言ってきたのを断り、
 エドワードは元の部屋へと戻って、リンが来るのを待つことにした。
 夜更けに近くなり、もう今日は来ないのかと思い始めていた頃に、
 リンの訪れを告げる先触れが伝えにやってきた。



「遅いぞ」
 ねめつけるようにして、そう告げてやると、リンは意外そうな表情をし、その後破顔した笑みを見せる。
「待っててくれたとは嬉しいな。それだけ思われてると、夫としては冥利に尽きる」
 そう告げながら、エドワードの肩に回して来ようとした手を叩き落としてやる。
「お前、リン。いい加減にしろよ!
 今回の茶番劇は、一体どう言うつもりだ。
 それに、お前には問い詰めたい事が山ほどあるんだぜ」
 エドワードの剣幕を気にする風でもなく、リンは卓上に用意されていた酒を手酌で注いで、飲み始める。
「エドもどうだ? この酒は、年に数樽しか作られない逸品だ。
 俺にしても、おいそれとは口に出来ない代物だからな」
「リン! 俺の話を、きちんと聞け!
 どう言う事か、説明しろと俺は言ってるんだ」
 エドワードの激昂に、リンは肩を竦め、自分の杯を飲み干した後、エドワードに差出し断られた杯も仰ぐ。
 そして、満足そうに深い吐息を吐くと、エドワードへ視線を合わせてくる。
「何が聞きたい? 大抵の事は調べ終わってるんだろ?
 どうして親善大使が来る事を告げなかったのか、か?
 …決まっているだろ、お前に必要がないからだ」
「必要が…ない?」
 リンの言葉に、驚いたエドワードが茫然と呟く。
「そうだ、お前には必要はない」
 きっぱりと言い切るリンに、エドワードは視線を険しくして、再度問いかける。
「何故?」
 そのエドワードの刺す様な視線を嬉しげに受け止めながら、リンはつと延ばした手で、
 エドワードの顎を掴み視線を固定する。
「いい眼つきだ。お前はアメストリスに居た頃は、しょっちゅうそんな瞳を閃かしていた。
 俺はその閃きに、よく視線を攫われたものだ。
 気づけば心まで奪われていて、いつしか欲しくて欲しくて仕方がなくなっていた」
 リンの独白のように告げられる話の内容に、エドワードの瞳が一段と大きくなる。
「冗談、茶番…か。
 お前はいつでも、俺の言葉を真剣には受け止めてくれずに来た。
 どうして、そう言い切れる? 俺の言葉が嘘だと」
 近付いてくるリンの顔に、その意図を察したエドワードが精一杯顔を背ける。
 背けられ口付けを拒まれたリンは、代わりに曝された白い首筋に、吸い付くような口付けを落とす。
「リン! 止めろ!」
 両腕で突っぱねるようにするエドワードの勢いのまま、後ろへと突き飛ばしてやると、
 踏み止まれなかったエドワードが、ソファに転がるようにして倒れ込む。
 その瞬間に、上に乗り上げるようにして、リンがエドワードを組み伏して押さえ込んでしまう。

「エド、さっきの答えの続きだ。
 帰らない…、いや、帰さないお前に、親善の話は関係ないだろ?
 お前はここで、生涯、俺の正妃として暮らしていくんだ」
 そう告げ、先ほどは叶わなかった口付けを強引に奪う。
 噛み付くような口付けは、戸惑うエドワードの反応を嘲笑うかのように、
 エドワードの口内を蹂躙し乱暴に暴れ回る。
「よっ…せ!」
 激しく顔を振って、口付けを振り解く合間に、エドワードは切れ切れに制止の声を上げる。
「暴れるな。折角の初夜だ、酷い事はしたくない」
 嬉しそうに告げられたセリフに、エドワードはゾッとするようなリンの本気を感じ取る。
 引き攣ったエドワードの頬を、リンは優しく梳くように撫でる。
「どうだ? 久しぶりの故郷の人間に会えて、郷愁が湧いたんじゃないか?
 ジャン・ハボック中佐だったか? あの頃は、中尉位だったから、偉く出世したもんだ」
 リンの言葉に、エドワードが驚く。
「なん…で?」
 エドワードの驚きに、リンは薄く笑う。
「さて、何ぜだろうな?
 今後は盗聴の真似も止めておけ。皇后が鼠の真似をしたんでは、皆に示しがつかない。
 後、こそ泥のように、部屋を抜け出すのも駄目だ。
 あいつらが帰って行ったら、何処へなりと連れて行ってやる。
 無事に帰れればな…」
 含みの有る笑みを口元に湛え、大人しくなったエドワードの身体を弄りながら、リンは尚も告げてくる。
「今度抜け出せば、それに気づけなかった無能な侍女たちを、全員処刑する。
 何度でも、何度でも、お前が逃げ出そうとする度に、全員だ・
「・・・」
 言葉も無くリンを見つめているエドワードに、リンは優しく語りかえるように話す。
「エド、お前は優しい人間だ。俺に、そんな酷い真似はさせないだろ?」
 っと。
 哂う表情の、闇の色した翳りが、リンの真意を告げてくる。
 彼は、本気で言っているのだ。
 エドワードが抵抗する限り、関係も無い人々を無差別に屠ると…。
 彼はエドワードの羽を1枚1枚毟り取って、飛び立てないようにする気でいるのだ。
 今も所有印を刻むように、嬉々としてエドワードの身体に刻印を施している。

 エドワードは自分の愚かさを悔やむが、絶望に落ち込む事はしない。 
 ただ自分が、リンの都合の良い面しか見てこようとしなかった傲慢さを思い知っただけだ。
 そんな自分に、リンを詰る資格も権利も無い。
 ハボックの言っていた言葉を思い返す。


 ーーー 俺の友人で、俺が信じた相手だ。 
     結果が、自分の思い描いたのと違うからと、
     相手にだけ非を求める事はしない ーーー

 自分に都合が良いだけの人間など、この世に居るわけが無い。
 なら、相手がどんな人間だったとしても、それを認めるか認めないかは、自分次第なのだから。



 リンの手が、さっきまでの愛撫とは変わって、エドワードを追い立てるかのように、
 性急に下肢へと伸ばされ戸惑いも見せずに握り込んでくる。
「止めろ!」
 今まで大人しくしていたエドワードの抵抗に、突き飛ばされたリンが、
 驚いた表情を浮かべてエドワードを見つめている。
「リン、どんな事をされても、俺の気持ちは変えれないし、帰ろうと思う気持ちも変わらない」
 エドワードの言葉に、リンの黒の瞳が更に暗さを濃くして、エドワードに注がれてくる。
「では、犠牲を築き上げて行くと?」
 その言葉に、エドワードは首を横に振る。
「俺には、そんな勇気はもてない…。
 けど、人の心なんて、抑えることも、変える事も、そんな簡単じゃない。
 だから、止めてくれ。どちらにも、いい事なんかないんだ」
 そう告げてくるエドワードの綺麗な瞳が、無性に腹正しくなって、強引に引き倒して、上から覗き込む。
「どちらにもいい事がないだと!
 少なくとも、俺はそれで、お前を手に入れる事が出来る。
 手放せばどうなる? お前は、あのロイ・マスタングと言う奴の元に帰って、
 俺の事など忘れ去るだけだろうが!」
 リンの手が、細いエドワードの項に巻かれる。
 言葉を出そうとするエドワードを防ぐように、喉に巻かれた手の力が強くなる中、
 エドワードは苦しみを堪えて、リンの頬に手をやり、両手で包み込む仕草をする。
「エドワード…」
 思いがけない行動に、リンの手の力が緩む。
 咳き込む中を、エドワードは切れ切れに告げていく。

「リン…、お前は俺の大切な…友人だ。
 それは、俺が戻っても、決して変わらないし、忘れない。
 俺が命尽きるまで…それは変わらない。
 その想いだけじゃ、駄目なのか?」
 その言葉をリンは茫然と聞き入り、その後酷く辛そうな表情で、エドワードに告げてくる。
「どうしても…か? どうしても、俺じゃなく、あいつの元に戻ると言うのか」
「戻る、何が有っても」
「そこまでしてでも、あいつが良いと?」
「違う。あいつが良いんじゃなくて、あいつでないと駄目なんだ」
 エドワードの言葉が、リンの心を抉る。
「…、殺してでも戻さないと言ったら?」
「その時は、魂だけでも還ってみせる」
 きっぱりと告げられた言葉が語っている。
 死んだ後も、リンのものにはなれないだろうと…。

 リンは生まれて始めて、完敗と言う言葉を実感させられた。
 所詮、自分は無いもの強請りをしたに過ぎないのだろう。
 エドワードのロイを想う、真摯な気持ちが欲しかった。
 妥協も打算もなく、自分を賭してでも相手を想う気持ちが…。
 が、結局それは、一方通行では育たないものだったのだ。
 親書には、エドワードとアルフォンスの帰還を願う言葉しか書かれてはいなかった。
 そして、それがロイとエドワードの間にある絆の深さを突きつけられた気にさせられた結果になった。
 どれだけ深い愛情も、互いに相手を思い合う気持ちが無ければ、
 決して育ちも繋がっていることも出来はしない。

 自分には、それを向ける覚悟が無かっただけなのだ。
 エドワードの自分に告げてくれた言葉だけは、リンが持つ、たった一つの真実だ。
 首を絞めた時に宿った殺気は本物だった。
 閉じ込めても、羽根をもいででも飛び立とうとするなら…。
 なら、綺麗な思い出と想いに満ちているままで、幕を閉じてしまえば永遠に得れるではないかと…。
 そんなリンの闇い思いを断ち切ったのは、エドワードが示した友愛だ。
 死の危機を感じてさえ、自分に差し伸べられた手。
 それこそ、リンが欲しかった想いではなかっただろうか…。

 リンはゆっくりと立ち上がると、部屋を横切って出入り口へと歩いていく。
 そして、戸に手をかけると、振り向かずに告げる。
「どこへなりと行くがいい。勝手にしろ…」
 それだけを告げて、姿を消してしまった。

 エドワードは脱力しきった身体を急き立てて、急いで身なりを整えると、
 心配しているアルフォンスの部屋へと向かう。
 リンが指示しておいてくれたのか、部屋を出るのにも、後宮を出るのにも、
 誰にも咎められる事も、引き止められることっも無かった。


 そして、2人は漸く辿り着いたのだ。
 懐かしい故郷へと、
 愛しい人の元へと、戻る道へと…。



 それから数日後の晴天の日に、シンの皇宮から旅立つ使節団がいた。
 親善で訪れた人々に先導されながら、異国を訪問する事になっていた人々だ。
 連れられて旅立つ人々は皆一様に、期待と不安を入り混ぜた表情をしている中、
 喜びに輝かせている若い青年が2人混ざっていた。







 リンは皇宮の高台に独り立ち、その使節団を見送っていた。
 随分長い間、その旅人達に魅入るように。
 今では、市街の街並みに埋もれて見えなくなっていると言うのに…。

 そして。
「胡蝶の夢…だったな」
 そう小さく呟いて、高台から姿を消す。


 リンの治世は、革新的な皇帝のおかげで、長く繁栄を続けていく。
 その彼が良く語る若き日の頃の異国談には、必ず彼の大切な友人の話が出てきた。

 皇帝は彼の事を、こう語る。

「最も大切な、真の友だ」と…。







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