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1020017
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二人の関係 16
~~*《愛されていないなら別れること。
愛されているなら迷わないこと》
――― 少し会えない日が続くかも・・・―――
そう言った本人が、言われた自分より悔しそうで残念そうだったから、思わず笑ってしまい睨み返された。
前回の出来事から、お互いの距離が随分近づき、離れている間に不安が忍び込むのも少なくなった。完全に零になると云う事は決してない。
それが相手に恋している証拠だと、今の自分は思えるようになった。
『偶には外で会おう』
そう言って連れ出されたのは、以前も行った事があるヤキニクヤと云うレストランだ。気取った店とは程遠い、如何にも庶民的な店造りが結構気にいっていたりする。
カルビにトゥンシム、コットゥンシム、アンシム、アンチャンサル、チャドルベギずらりと並ぶメニューの用語は、この料理の母国の言葉らしい。
幾ら博識の二人でも、さすがに東の果ての端っこの食文化までは知識にない。もっぱら横に添えられている、アメストリス語の添え書きを読んでオーダーしている。
エドワードはチャドルベギと云う部位の肉が気に入っていて、少々癖のある味わいにはまっているし、ロイはアンチャンサルと云う高級部位が気に入ったらしい。ハシと言われる用具を使っての食事に苦戦していれば、店のスタッフがさり気なく葉野菜を持って来て、カタコトと身振りで食べ方を教えてくれる。これがなかなか美味しいのだ。生野菜に巻いて食べると云う発想がないアメストリスでは、最初は疑いつつだが食べてみれば、肉があっさりと幾らでも食べれるのに気づく。
ま、食べ過ぎに注意だから、程ほどが良いだろう。
「はぁ~喰いすぎた」
ついつい食べ過ぎるのはエドワードが若い証拠だ。それにつられたように食べるロイは、果てさて若い証拠と言って良いものかどうか。
「あれだけ追加すれば、それはお腹が一杯になるだろうね」
「んだよ! そういうあんただって、来た皿からさっさと焼いて食ってた癖に」
「・・・・・ま、残すのは失礼にあたるし。いいじゃないか、この後にカロリーを消費すれば問題ないわけだから」
意味深な言葉に、エドワードは思わず顔を酒以外の理由で赤らめて、視線を泳がせている。
「それにね、ここのスタッフに聞いたんだが、ヤキニクを揃って食べるカップルは、深い関係にある者同士らしいし」
「・・・・・!?」
大きな目を更に見開いて驚くエドワードに、ロイはくくくっと笑いながら種明かしをしてやる。
「だって考えてもみろ。この料理は上手いが随分ガーリックが利いているだろ? 恋人同士でやって来て、これを気にしないのは匂いを分け合う仲じゃないと・・・・。そういうことだ」
エネルギー充填も十分だろうしと続ける声は、エドワードの耳には入ってないだろう。今にも憤死しそうな顔で固まっているから。
それはこの後に体験してもらうとして。
「エドワード、実は暫く司令部を留守にすることになってね」
そう話し出せば、さすがに意味の大きさに気づいたのか、エドワードも神妙な顔付きになる。
「――― 留守? 大丈夫なのかよ?」
ロイの司令部は結構広範囲に担当していると聞いていたのだが・・・。
「余り宜しくは無いだろうが、有難くもご指名でね。―― 断わるわけにも行かないんだ」
茶化して伝えられた内容だが、多分・・・・・今だ前回の件が根を引いているのだろう。
「が、悪い事ばかりじゃない。これを解決すれば、相手にかなりの恩が売れるようになる。そうなれば、この後、後々が随分楽になるだろうしね」
だから断わらなかったんだと云う声が聞こえてきそうだった。
「――― ごめん・・・」
言うべき言葉が見つけられず、エドワードは小さくそれだけを言った。
「君が気に病むことじゃないさ。これは私の内輪の話だ。
が、・・・・・ 暫く会えない、声も聞けないとなると――― 辛いよ、本当に・・・・・」
しみじみ語る言葉が余りにも悲哀を帯びていて、エドワードは思わず芝居がかったロイの様子に噴出してしまう。
「・・・・・そこで何故笑う?」
ムッと表情を顰めるから、更に(餓鬼みてぇ)とエドワードの笑のツボを押してくる。
「や・・・・べ、別に、悪気あってじゃ・・・」
くくく、ひぃひぃと笑うエドワードの様子に、ロイの眉間の皺が深くなって行くのだが、「いいさ、笑ってろ」と肩を竦めて諦めモードに落ち着いた。
その夜に匂いまで分け合う仲を経験した二人は、成る程と納得した。
確かに片方だけなら、なかなか大変だろう。が、揃ってならそれ程気にはならない。栄養補給もばっちりなので、情熱的な夜で暫しの別れを惜しむのにも困らなかったし。
ぐったりとベッドに伸びているエドワードを、ロイは目を細めて眺めやる。
汗をかいて薄っすらと上気している肢体は、しなやかで綺麗で・・・・・。
無駄な動きをしない彼が、抱き合っている最中には自分の快感を逃すように腕や足が空を切り、手の平がロイの身体やシーツの上をかくのも目を楽しませてくれる。懸命に声を堪えている口元が喘ぐように、慄くように震えるのも、耐え切れず飛び出す声も。
―― どれもロイを喜ばせる仕草の1つ1つだった。
なだらかな背を撫でると、まだ開放の余韻に浸っているエドワードが、フルリフルリと肌の下を震わせるのさえ、ロイを煽って誘っている気になってくるから、とことん参っているのだろう、自分は・・・・・。
「・・・・・あんま、触んなよ・・・」
埋もれたシーツから頭を上げるのさえ億劫なのか、くぐもった声でそう注意してくるエドワードの声は、掠れて艶を増している。
「――――― こんなに色っぽくなってしまって・・・・・」
どうする気だと心配になる。日1日と花開くように綺麗になっていく恋人を嬉しい思いで鑑賞するのと同時に、綺麗な花に群がる害虫への心配もどんどん増えていく。
冗談交じりにそう伝えれば、毎回返ってくる言葉は、
―― そんな風に思う奴は、あんたくらいだよ!
と反論を口にするエドワードは、いつまでも自分の価値を理解してくれない。少しは解って気にしてくれ、と懇願したくなるロイの杞憂を笑い飛ばしはするが、減らしてはくれないのだから。
「・・・・・浮気はするなよ」
だからついつい馬鹿な嫉妬深い亭主のような言葉を零してしまうのだ。
汗と共に引いた熱を惜しむように、背後から覆い被さるように身体を重ねる。
「グェッ」と色気無い呻き上げて、エドワードが可笑しそうに笑っている。
「浮気の心配は俺よりあんたの方だろ?」
「私が!? ―― 有り得ないな」
真面目な顔でそう返せば、エドワードの金色の宝玉が嬉しそうに細められる。
「・・・・・なら、俺も同じ。妙な心配すんなよな」
シーツに着いていた手の甲に手を重ねながら、そんな可愛いことを言ってくれる。最近は言葉でも自分を喜ばせてくれるから、益々離れ難くなって困るのだ・・・・・。
不在の辛さが大きくなるだけだと思いつつ、溺れる者のように
エドワードの身体を掻き抱くのだった。
―*―*―
暫くとは、どの位の期間を差すのだろう・・・・・。
軍属ではなくなったから、エドワードが任務の内容を詳しく知る事は当然出来ない。だから、「妙だな?」と思ったのは、ロイが旅立ち暫く経ってからの司令部へ訪問してからだ。
「こんにちは~」
前回は皆の顔も見ないで帰ってしまったので、取り纏めた資料を渡すついでにと顔を出す。
「よ、エド。随分、ご無沙汰だったじゃないか」
暫く見ない間に、また一段と貫禄を付けたように思えるのは気のせいだろうか? ブレダの上げた手の逆は、何やら軽食を持っているから強ち抱いた印象は当たっているのかも知れない。
「ブレダ大尉、今頃昼食か?」
それなら随分遅くなったのだろうと思っていると、「いや、おやつ」との答えに苦笑が浮かぶ。
「あら、エドワード君いらっしゃい。丁度、お茶にでもしようかと話していたのよ」
「あ、僕カップをもう1つ持って来ますね」
気を利かせたフュリーが、さっと席を立って備え付けの給油室に向かって行く。
「フュリー少尉、悪いからいいよ」
慌てて引き止めるエドワードの声は、引かれた椅子で無効になる。
部屋に居るメンバーは3人。なら居ない者がロイに着いて出たのだろう。
「あ、少佐。これ今までの過去の解析一覧表」
「あら、ありがとう。急がなくて良かったのに」
年度の予算編成や業務報告を上げるのに必要だから、手隙で纏めておいて欲しいと言われていたものだ。
「ん、丁度こっちも一段落したところだったからさ」
手渡されたカップを礼を言って受け取る。こうして傍で座って落ち着いて見てみれば、それとなく皆の表情が冴えないのは、やはり上が不在で業務が圧しているからだろうか。
「・・・・・やっぱ、仕事とか大変なんじゃ」
控えめに気遣うエドワードの言葉に、メンバーは微妙な笑を浮かべて返してくる。
「戻ったぞ~」「只今、戻りました」の声と共に、顔馴染みの二人が入ってくる。資料や本を手一杯に抱え持っている様子から、資料室にでも行っていたのか?
「よぉ、元気かぁ~」
「こんにちは、エドワード君」
珍しい客が来ているなと笑いながら近寄ってくる二人と、座っているメンバーを返す返す眺める。そのエドワードの視線の動きから、何を考えているかを察したのか、皆が一様に黙り込んでしまった。
そんな周囲の気配と今の状況とを合わせ、エドワードは眉を寄せて考え込む。それはほんの一瞬の時間だったが、誰も口を開こうとも差し挟もうとする者も出なかった。
そして徐に視線を上げて周囲を見回すと。
「――― なあ? ・・・・・何で皆揃ってるんだ?」
有り得ない事態に困惑しているのは、エドワード一人ではなかっただろう。
「私が説明するわ」と代表してホークアイが、エドワードの疑問に答える姿勢を見せてくれる。
大佐が受けた任務は少々特殊な任務で、誰も着いては行けなかったのだと。普通の者ならやや難儀する任務だが、錬金術師の彼ならそう問題もなく任務は完了する―― 筈だった。
2日前までは定期連絡も普通に有って、特に大きな変化も報告には上がっていなかったそうだが、昨日は待てど暮らせど連絡が入らず、今日も何か有った時の為にと待機しているのだと語る。
「独りでって、潜伏調査か何かなのか?」
競り上がる不安を飲み殺しながら、そう聞く声は普通に出ていただろうか・・・・・。
「――― ええ・・・。少将クラスに来る様な任務じゃ無いんだけど・・・。
特殊な条件下だったので、―― 他に該当する者がいなかったの」
言い淀んだ間が、本当に語りたかった言葉を伝えてくる。
――― 該当者がいなかったのではなく、
該当して生還できる見込みの者がいなかったから・・・・だと。
「でも、心配すんな。2日前まで作戦は順調に進んでるって話だったし、このまま行けば週を跨がずに帰って来れるだろう・・・ってさ」
「そうそう! あの人のことだ。上手くやって帰って来るに決まってる」
自分が気遣われていることが判っているから、エドワードも引き攣る頬を何とかして笑い顔らしいものを作ると、「そうだよな」と皆に合わせて返すのだった。
戻るエドワードを見送ると言って、着いて来たのはホークアイだった。
いつでも背筋をしゃんと伸ばし、前を見つめている彼女は、こんな時でも変わらず自分を律している。その芯の強さが、不在時にロイの代理を任される信頼を勝ち取っているのだろう。
では自分はどうなのか?
信じて待つほどの忍耐も、冷静になる器量も、問題解決に当たるだけの気概も・・・・・。そのどれもに欠けている半端者ではないか。
「・・・・・なぁ、その任務って―― 本当に少将が引き受けるような内容だったのか?」
一介の兵士が請け負うような任務を、軍の将軍に振ってくるだろうか。
しかも、それを引き受けてしまう、ロイもロイだ。
「――― 黙っていてもいつかは耳にしてしまうと思うから話すけど、聞いたからと軽率な行動は控えると約束してくれるかしら?」
伺う様な口振りを使ってはいるが、向き合った彼女の目に宿る力の強さは拒否を許すものではない。
黙って頷くエドワードに、「なら」と話し出した。
「何度お話を振られても、私が受けることは有りません。ご令嬢の幸せを思う親としては、私のような不甲斐ない男に任すことを考えるより、条件に合う方を探された方が幸せだと云うものですよ」
もう何度話したか判らないセリフを繰り返すと、仕事が圧してますのでと強引で通話を切る。
「・・・またですか」
横に控えていたホークアイも困ったように呟いた。
「―― ああ、なかなか向こうもしぶといな」
御前会議からこちら随分と数は減ったのだが、今だしつこく言ってくるお方もいる。
「あちらの御家では、御嬢さんばかり3人だとか」
「ああ・・・・・、しかも二人は既に軍人以外と結婚して子供も居るそうだ」
最後の末娘が軍人と結婚しなければ、彼の寿命が尽きる前には家系の
閨閥は終ってしまう。
家柄だけで固持するやり方はもう古いが、根強く残って多少なりとも影響力を有しているのは否定できない。
ロイ自身はエドワードと付き合うようになる前から、閨閥を持とうとは思わなかったから、上手くかわして来たのだが、ここ最近のお誘いの執拗さには辟易させられるものがある。
「兎に角、暫く個人的な連絡があっても、取り次がないようにしてくれ」
「判りました、そのように計らいます」
繰言を聞かされる時間を省けば、仕事ももっと捗ると云うものだ。歳よりは話が長いとは本当だと、しみじみ思わせられた。
「それで暫くは平常どおり進んでいたの。
けれどそこで問題が1つ上がってきたわけなの・・・・・」
取り次いでもらえない腹いせなのか、軍の重要連絡を彼は個人回線で連絡をしてきたらしい。「らしい」と云うのは、履歴は残っているが何を話したくてかかってきたかまでは、取り次がなかった為判らなかったからだ。
当然、その問題の遅滞が発生した。
「どうしてくれるんだ! 君の怠慢の為に、大切な部下を失ってしまったんだぞ!」
「・・・・・マスタング君、本当かね?」
そう尋ねてくるグラマン総統の目には『君らしくない失態じゃな』と、飽きれた彩が浮かんでいる。
重要な連絡事項を私的な回線で掛けてくる非常識さを、責めても仕方が無い。何故なら彼にしてみれば、ロイに恩を売れれば何でも構わないと思っているのだろうから。
「――― 誠に申し訳ございません」
確かにロイの怠慢だ。鬱惜しいからと放って置いた事が発端の。さっさと掛けて来れないように、釘を刺して置くべきだったのだろう。
「謝られても仕方が無いんだ! 代わりの者を直ぐに探せるわけでもない。折角ここまで順調に進んで解決も目前だったと云うのに・・・・・」
部下を失ったことより任務が滞ることにご立腹な様子に、ロイは嫌悪と侮蔑が混じった感情を腹に溜めるが、直接の原因になってしまった自分が言えるべきではない。
「まぁまぁ、ダンケル中将も落ち着きなさい。確かに連絡事項を受け損なった彼も悪いが、・・・・・ 元々は君の日頃の行いも関係しているんじゃないのかな?」
その総統の言葉にぎょっとしたような表情を作る。
「ほっほっほ、年寄りは暇でな~。暇潰しに耳を傾けると、色々なことが聞こえてくるものだ、―― 色々と・・・・・」
澄ました顔でさりげない脅しを含ませてくる。
「そ、それは・・・・・っ」
「まぁ、余り無理強いは良くないね。程ほどで引きなさい」
言葉遣いは優しいが、これは命令だ。
「―――――― はっ、お見苦しい点をお聞かせし・・・・・」
「いやいや親としては当然の心配だろう。今度、私の知り合いの息子さんを紹介して上げよう。歳もマスタング君より近いから、気も合うんじゃないのかな?」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、好青年の良い子でなぁ。きっと君も気にいるじゃろう」
「あ、ありがとうございます!」
総統の覚えめでたい将校を紹介して貰えるなら、それで十分に今までの不愉快な日々のお釣りがくる。途端に機嫌が良くなったダンケルは、
(やれやれ)と皮肉な笑みを浮かべている老獪の表情には気づけない。
グラマンがロイの方に視線を流し、小さく肩を竦めて見せるのに、ロイは目を伏せて礼を返す。
――― ( 誰も将校を紹介するなんて言ってなかったじゃろ)
後々、そんなセリフを彼が口にするのが目に浮かぶようだ。
総統からの勧めとあれば断わる事も出来ない。これで閨閥に縋っていた1つの家系が終るのだろう。
「―― さて、そちらの方はそれで良いとして・・・・・。
調査の続行は誰かが引き継ぎ行なう必要があるね。あの団体には以前から手を焼かされていたから、余り長引くのも困る。亡くなられた遺族の方達の無念も晴らしてやらねばならないだろうし」
その総統の話にダンケルはさっと顔を強張らせる。潜入調査にはそれなりの準備と時間を掛けて進めていたから、いきなり次をとなってもそう簡単には手配できない。しかも、1度失敗してしまったのだ、すぐさま次を送り込んでも怪しまれるだけだろう。
この部屋の3人の中で概に2人は、彼に引き続きを要請する事は頭から除外し終わっている。う~んう~むと唸るダンケルを横目で、残り二人の視線が交差して話がつく。
「――― では僭越ながら私が。遺族の方の為にもその団体には、それ相応の罰を受けてもらいます」
そのロイの名乗り上げに、ダンケルは胡乱な表情を作って見せてはいるが、弛んだ目元が内面の安堵を語っていた。
「そうか・・・――、それが1番いいね。互いに今回の失態の痛み分けと云う事じゃな」
「「はっ」」
こうやって任務はロイの手に回されたのだった。
ホークアイの話を聞いていたエドワードは、内心の憤りに握った拳が震える。
「そ、そんなの・・・っ。ただの嫌がらせじゃないか!」
しかも人一人の命が失われたのだ。高々、下への嫌がらせの為に?
信じられない思いで叫ぶエドワードに、ホークアイは厳しい目を見せる。
「――― そう云う、非常識がまかり通る・・・・・それがこの世界なのよ」
そしてそれを糺すために、自分達の上司は闘っているのだ。
「・・・・・!?」
現実を非難しても否定していても何も変わらない。変えるためには動き、それを変えるために働きかけ続けなければならない。
唇を噛み締め顔を俯かせるエドワードの肩に、ホークアイの手が置かれる。
「大丈夫よ。どんな窮地も乗り越えてきたんだもの。信じて待っていて上げて・・・・・」
そう話してくれる彼女の言葉に、頷くことさえ出来なかった。
エドワードを見送り司令部に戻ると、周囲からの視線に小さく微笑む。
「何であんなに話を誇張して・・・・・」
確かに上司は潜入調査には行ってるが、前任が調べていた証拠固めが主な任務で、だからこそ短期決戦で引き受けたと云うのに。
自分の席に着いたホークアイが、ふふふと小さな笑い声を零す。
「何にでも切っ掛けは必要なものなのよ」
無理強いするよりも効果を発揮するのは、本人が自ら進んで動く意志だ。自分は少しだけ背を押してやっただけなのだ。後はエドワードの判断しだい。
開いたファイルの一箇所に、任務終了予定の日程を書き込み、それ以降のスケジュールを調整したのだった。
気づけば自分の部屋に帰ってきていた。
司令部を後にしてからの自分の行動はよく覚えていない。
職場に戻ると机に幾つかのデーターが上がってきていたから、それを一心に目を通してチェックし、メンバー達に注意点を伝えながら返していた気がする。どこか他人事のような気がしつつも、淡々と仕事をこなし時間に早々と引き上げてきたのだ。
夜が部屋に忍び込んで来ている。そろそろ電灯を点けないと、や暖房を入れようとは思うものの、座り込んだ椅子から立つ気力が湧かない。
――― 『信じて待つこと』
それがどれだけ辛く苦しいことか。動けないことが、これほど苦痛だとは・・・・・。
(じっとここで待っているだけで良いのか!?)
何度も自問自答してみても、今の自分に出来ることが思い浮かばない。
もし・・・何か予想外のことが起こっていたとしたら?
助けを呼びたくても呼べない状況に落ち込んでいたら?
既に怪我や負傷して・・・・・。
もしかして―――・・・。
そこまで考えてエドワードは大きく頭を振って、頭から離れようとしない最悪の考えを振り払おうとする。
『エドワード、君は病気だったんだよ。病は心を弱くする』
瞬間に浮かんで来たのはロイの言葉だ。
――― そうだよな。俺が弱っててどうする!!!
パチンと乾いた音を立てて、自分の両頬を挟み込んで叩くと、エドワードは急いで立ち上がった。
今自分に出来る事は、ここでじっと帰りを待っている事ではないのだと、気づいたから・・・―――。
―*―*―
「ご苦労様でした」「お帰りなさい」「お疲れさまでした」と口々に労って迎えてくれるメンバーに、ロイは少こし疲労を見せる顔で笑って返す。
「ああ、不在の間はご苦労だった。何か困った事はなかったか?」
不在の間に起こったことや、判断指示が必要な案件を報告受けながらロイは疲れた身体を休ませる暇も無く業務に取り掛かった。
覚悟していた事とはいえ、1週間以上の不在は滞る業務も半端ない。
これをどれ位の日数で片付け、元の業務に戻るのかと考えれば思わずぞっと背筋に悪寒が走った。
――― 暫くは長期出張は控えよう・・・・・。
せっつかれるように書類の決裁、報告の指示を片付けていく。お茶の一杯でもと言い出す隙さえ与えてもらえない。「早く早く」の声に、疲れたとも言えずに、休みたがる身体に鞭を打って片付けていく。
2時間ほどがそんな感じで慌ただしく過ぎていく。
目を通していた書類にサインを書き終るのを待ち兼ねていたように、ホークアイが受け取り目を通している。
「――― 大丈夫のようですね。お疲れ様でした、本日はもうお帰り頂いて構いませんよ」
その彼女の言葉にロイはぽけっと彼女の顔を見る。
いきなりどうしたのだろうか・・・・・?
見ればデスクに積まれた書類は、まだ3分の1も片付いていない。
「総統への報告は終られていたんですよね?」
「あ、ああ・・・――」
戻った足で先に報告に行き、「ご苦労さん」の労いの言葉を頂いている。
「総督府と人事から連絡が入っております。今日、今から明日1日が休養の為の特休に中てられるそうですから、帰ってお休みになられて下さい」
「―――――― 特休?」
思わず聞き返してしまうのは仕方が無い。下の者なら長期や一定期間の任務の後には、こうして休養の時間や休みが設けられるが、ロイ達上の者にはそれは適応されないはずでは・・・・・。
「総統からの直々のご指示だそうです。さぁ、ぼっとしてないで、さっさと帰る準備をされてください」
「あ、ああ・・・・・」
仕事同様帰宅まで彼女にコントロールされている。
先ほど置いたばかりの上着とカバンを手にしていると、車の準備が出来たと呼びに来られる。
「では、どうかゆっくりとお休みください。お疲れ様でした」
微笑みながらそう送り出され、ロイはどこか釈然としないながらも部屋を出て行く。―― 少将、お疲れ様でした~や、ゆっくりして下さいねと背後から送り出される言葉までは解るのだが、「お幸せに~」の言葉には首を捻る。色々と訝しむ点は多々有るが玄関へと歩いて行く間に、じわじわと喜びが湧いてくる。
長期不在した後に振って湧いた時間が出来たとなると、次は当然。
――― エドワードに連絡してみようか・・・・・。
と云う考えがむくむくと浮き上がってくる。
この時間だからまだ職場かも知れない。先に電話をしてみて、もう帰れそうなら一緒に戻ると云う手も有りだ。ラポに籠もってないでくれればと切なる願いを抱きつつ、受付で電話を借りようとする。
「少将~! なぁ~にやってるんですか、ほらさっさと車に乗って下さい」
わざわざ車を降りてきたハボックが、足を止めたロイを引っ張るように車へと連れて行く。
「ちょ、ちょっと待て! 先に少し連絡がしたいんだ!」
「そんなの後々。帰ってからにして下さいよ。こっちにも予定つぅもんが有るんですから」
「おいっ、押し込むな!」
玄関先で余り揉めていては、皆の注目を集めてしまう。押し切られるように車に乗り、渋々扉を閉めた。
車中の中、当然ロイの機嫌が良いはずもない。
任務を終えて久しぶりに帰って来てみれば、必要な事だけ済ませれば「もう、用は無い」とばかりに追い返されたのだから。
そこで「一体、どういう了見だ!」と詰め寄らなかったのは、ま・・・やはり恋人と会える(かも)と意識が動いたからだろう。
「着きましたよ~」
ロイの機嫌と正反対に、ハボックは勘に触るほど明るい。
何か嫌味の一言でもお見舞いしてやろうかと思った言葉が止まったのは・・・―――。
「――― 灯り?」
主はここに居る。帰る家を間違っていなければ、灯りが点いている家は、自分の家のはずだ。
まさか?という思いが浮かんだ途端、ロイは車を降りて玄関へと走り出していた。
「じゃ、ゆっくりと休んでくださ~い」
笑を含んだ背後の声に返すのもそこそこに、ロイは玄関の扉の前で鍵を取り出そうとポケットに手を突っ込む。
―――『 戻ったのか!? 』――
聞き覚えがある声が扉の向こうで、そう叫んだかと思うと。
ガァン・・・・・。
「・・・・・っぅ・・・」
ロイの額を扉が直撃した。
「あ、ごめん! そんな傍に居るとは思わなかったから」
慌てて謝ってくる人物の姿を目にして、ロイは額に当てていた手を離して見つめる。
「――― エドワード、来てくれてたのか・・・・・」
どうりで早く帰れと急がされたわけだ。
「来てたかじゃない! あんたは本当に・・・・・っ」
凄い形相で怒鳴られ、ロイは思わず首を竦めた。
「ど、どうして・・・・どうして言ってくれなかったんだよ!
俺がどれだけ心配したか・・・―――」
目を真っ赤にして詰め寄るエドワードに圧倒されながら、随分心配を掛けていたらしいことに、困惑しつつも礼を言う。
「すまない、随分心配を掛けたようだが・・・、ありがとう。任務は滞りなく終ったから」
今回の任務の曰くを知っていたから、彼のことだ随分悩んでいたのだろう。
「・・・・・ありがとうだ?
――― このぉ・・・・・、無能!! アホ! とんま! ろくでなしの薄情ものぉぉ!!!」
「え、エドワード?」
胸倉を掴んでの罵詈雑言には、さすがのロイも茫然となるしかない。
(出掛けに話してたはずなのに・・・・・?)
エドワードのこの怒りの発端は、何に起因しているのだろうか。
「・・・・・どうして、――― どうして言ってくれなかったんだよ!?
い、命賭ける様な危ない任務なら、俺には言っておくべきだろ!!」
叫んで縋りついて来るエドワードを抱きしめながら、ロイは何となくこのエドワードの取り乱しようの理由が判った気がする。
――― 成る程・・・、お節介焼きが居たというわけか。
今頃はあちらで寄り合って、笑い声を零しているかもしれない・・・・・。
「とにかく、部屋に入ろうか? 君の誤解も解かないといけないだろうし」
それにここはまだ外・・・・・、二人は玄関で揉め合っていた。
「・・・・・部屋が・・・――」
入って驚いたのは、部屋が少しずつ少しずつ違っているのに気づいたからだ。
居心地良く整えられたリビングには、ロイの知らない本や小物が。
キッチンにはこの前までなかった調理器具も増えているし。
他はまだ見には行ってないが、それぞれ少しだけ増えたり変わったりしているのだろう。
驚いているロイの横では、少し落ち着いてきたエドワードが照れたように鼻の頭を掻いている。
「エドワード、もしかして・・・・・」
ドキドキと心音が上がって行く。(これも任務完了の褒美なのだろうか・・・)なんて、有り得ない考えまで頭を掠めて行った。
「・・・・・居ない時に勝手に越して来て悪いんだけど、―― 居ても立ってもいられなくて、さ・・・・・・、うわぁ!!」
「悪いわけがないだろっ!」
回した腕でエドワードの身体を抱き上げる。昔のように自分の頭の上でも持ち上げられる程ではないが、キスをするくらいには困らないくらいは抱き上げれる。
「ちょ、ちょ・・・ぉ」
抱き上げられたエドワードは吃驚して、おたおたと顔を赤くして慌てている。
「嬉しくて・・・胸が苦しいくらいだ。―― 夢じゃないんだな・・・・・」
額をくっけれるくらいの距離で顔を見つめ合う。
満面のこれ以上の喜びはないとばかりに笑っているロイと、頬を紅潮させて照れているエドワード。
「ありがとう・・・、ありがとう、エドワード・・・――」
そう囁いてコツンと額を当てる。
「・・・・・ん」
小さな応えの後の言葉は、二人の口の中で交わされた。
「えっ――――――? ・・・・・・証拠固め・・・だけ?」
風呂上りの髪を拭きながら、エドワードはロイの話に茫然となる。
「ああ、まぁ・・・・・」
ロイの言葉の歯切れが悪いのは、笑を噛み殺しているからに違いない。
戻って来ての感動の体面の後は、盛り上がった気分のまま恋人のスキンシップに流れ込み、充足感に落ち着いてみればまだリビングだった。
煌々と灯りが点いた中で、一糸も纏わぬ姿で居るのは冷静になってくれば羞恥が湧いてくる・・・・・のは、多分エドワードの方だけだが。
「もう少しこのまま」と強請るロイを押し退けて、服を掻き集めるエドワードに、そのまま着ても気持ちが悪いだけだろうと、浴室へと引っ張って行かれた。おかげでまた時間が流れてしまった・・・。
ロイの上機嫌は変わる事無く、と云うかどんどん上がっているようで、
風呂場でエドワードの洗面用具を見るたびに顔をにやけさせ抱きついてくる。
「おい、そんなにくっ付いて来たら洗えないだろうが!」
いつまでもじゃれ付いてくるロイに、鬱陶しくなってグイッと押しやれば、
「なら、私が洗ってやろう」と嬉々としてエドワードの手からスポンジを取り上げる始末。
「い、いいから! 自分で洗えるからっ」
必死に抵抗して拒否すれば。
「いいじゃないか、別に減るものじゃなし。自分では洗い難いところも有るだろ?」
減る! 確実に何かは減る!
洗い難い処と言われても、洗わなくても良いとこまで洗われそうで嫌だ。
「さぁ座って」
と強制的に肩を押さえられて座らせられると、ロイはよく泡立てたスポンジで、丹念にエドワードの身体を洗い始める。
首筋から耳の後ろにスポンジを擦するたびに、キスまで付いてくる。
「ん・・・・ふぅ・・・―」
器用な手と唇にエドワードが逆上せるのも時間の問題だ。
気持ち良さにボォとなっている間に、「中もきちんと洗っておこう」と言われ、気づけば座位で散々啼かされている。
「っあぁ・・・・ん、ん ぜ、ぜんぜん・・・洗って、ないだろっ・・・・あぁっ・・・」
「くっ・・・ ―― そんなことは、ないさ・・・、ちゃんと、中もきれい、に」
どこの助平親父のセリフだっ!! と突っ込んでやりたかったのだが、喘ぐ声が頻々と上がるので、声は言葉にはならずに終ってしまった。
少しだけ慰められた点は、ここの浴室なら声はそう抑えずに済むという点だろう・・・・・。
で、結局二人して逆上せて、暫くリビングでぐったりと伸びる。
冷たい水を一気飲みして漸く人心地がつくと、ロイが任務のあらましを話してくれたのだった。
「え?え? ・・・・・・えぇぇ~!?」
ロイの話が漸く頭に浸透したのか、エドワードは大きな声を上げて仰天している。
「―――任務内容を詳しく話すわけにいかず、掻い摘んで話したから伝わり方が悪かったんだろう」
あの優秀な副官が、そんなミスをしでかすとは思えないが、ここは穏便にそう話しておこう。
「じゃあ、俺の決心は・・・・・」
愕然となったエドワードに、ロイはすかさず言葉を告げる。
「嬉しかったよ」
「ロイ・・・」
「君が心配してくれていた気持ちを考えると、素直に喜んでばかりでは駄目なのだろうが、――― 嬉しいんだ、エドワード」
躊躇いながらも前に踏み出してくれた。それには随分勇気が必要だったはずだ。その気持ちだけでも十分嬉しいと云うのに、こうして二人で向かい合って暮らせるなんて・・・。
「――― 夢のようだ」
「・・・・・大袈裟な奴」
自分が余りにも嬉しそうにしているからか、エドワードもぼそりと可愛い悪態を1つ吐くだけで終った。
寮だったから家具は備え付けで持って来れなかった、と話すエドワードに足りない物は明日買いに行こうと約束する。
ベッドの余分を持ち込まれないで、本当に良かった。大型の家具の廃棄は手間がかかる。
この家にはベッドは1つで充分。
いや、二人で暮らす家には・・・だ。
何度か共にしたこのベッドも、こうして寝てみれば何だか感じが変わった気がする。
ここはこんなにもゆったりとした気持ちに、なれるものだったのだろうか?
このベッドを使っている時は、どちらも相手を補うのに必死だったから、二人並んで温もりを感じ合うことに、浸る余裕がなかった所為だろう。
熱を交換し合うのも良いが、こうして体温を感じ合うのもこれはこれで素敵なことなのだと、きっと二人とも気づいたはず。
こうやって1つ1つ、新しい発見が増えて行く。
それが共に同じ場所で時間を過ごすということなのだろう。
出来ればいずれ来る分かつ日まで、
抱えきれない発見を出来ますように。
今の二人には、そうなって行く未来を
揃えた目線で見つめることが出来るのだった。
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